第200話 観測班行動開始

 統合軍の攻撃が開始された。

 市街地からやや外れた北側。リーブ山地南を通る高規格道路の高架下に潜伏していた第401独立遊撃大隊も行動を開始する。


 統合軍の主戦部隊が前足へ攻撃し注意を集めている間に、〈パツ〉右側後方を伺うべくまずは側面に向けて移動。

 観測が主目的のため直接戦闘は避けつつ、市街地に入ると部隊を分けて狭い路地を進んだ。


「観測班はこれより本隊と別れ観測地点へ向かいます。

 帝国軍歩兵部隊が市街地内に展開を進めているためくれぐれも注意を怠らないで」


 更に狭い路地を行くため、ツバキ小隊観測班と護衛小隊は大隊本隊と別れた。

 事前に打ち合わせた観測地点へ向けて歩を進める中、戦況についてタマキより通達が為される。


「統合軍の1次攻撃では〈パツ〉前足を破壊できなかったとのことです。

 〈パツ〉は尚も速度を落とさず前進中」


 大口径砲弾による一斉攻撃を持ってしても足の1本も破壊できなかった。

 有効打を与えるためにはどうしても正確な観測が必要だ。


「観測地点の変更は必要ですか?」


 タマキからの問いかけに、ユイはかぶりを振った。

 行軍中にそれで伝わるはずがないだろうと、隣に居たカリラが通信を繋ぐ。


「必要無いそうですわ」

「了解。

 ――何か問題が?」


 直接通信してこないことにタマキが疑問を呈すると、ユイの顔をのぞき込んだカリラが報告した。


「乗り物酔い、かしら」

「〈R3〉でですか?

 自分で操縦しているのに?」

「バカの乗る乗り物は嫌いだ」


 ユイは消え入りそうな声で虚勢を張って、手を貸そうとするカリラを「必要無い」と突っぱねた。


「カリラさん。

 最悪の場合は担いで運んでください」

「対空レーダー降ろしてもよろしいのでしたら」

「構いません。

 データ取得が最優先です」


 タマキとカリラの会話に、ユイは「必要無い」とやはり虚勢を張って、狭い路地を慣れない操縦で進んだ。

 ユイが満足に〈R3〉を操れないのは折り込み済みだ。

 落ちるであろう移動速度に合わせて計画を練ってある。

 だから観測班の行動は予定通りだった。


 統合軍と帝国軍の戦いは苛烈さを増していた。

 互いの砲撃がやむことは無く、市街地内では歩兵部隊同士が戦闘を開始する。

 〈パツ〉の3連装80センチカノンは幾重にも連なる高層建築を穿ち、若干の後に砲弾の過ぎ去った建物群がガラガラと音を立てて崩れていく。

 統合軍の砲撃も無力では無く、〈パツ〉脚部に据えられた火砲をいくつも沈黙させ、時には弾薬庫を吹き飛ばし、移動速度に若干の遅れを生じさせた。


 度重なる両軍の砲撃によって市街地は半壊状態にあった。

 至る所で火が上がり、低い位置にある厚い雲が赤々と照らし出される。


「何処のバカだ、焼夷弾なんて使ったのは」

「弾を選んでいる余裕も無かったのでしょう。それよりほら、手を伸ばしなさいな」


 建物の外壁をよじ登る途中、ユイは炎の広がった市街地を見て悪態をつく。

 しかしそんな場合ではないだろうと、カリラは落ちないよう必死に窓縁にしがみついているユイへ手を差し出す。

 彼女はそれを掴むと引き上げられ、ワイヤーを撃てと言われると素直に射撃管制を立ち上げた。


「ちょっと!? どこ向いて撃つつもりですの」

「撃てと言っただろう」

「わたくしを撃つようには言いませんでしたわ!」


 ユイの機体に装備されたワイヤー射出機はカリラの方向を向いていた。

 ワイヤーの安全装置が解除されていなかったため、味方への攻撃警告が行われて射出まで至らなかったが、あと一歩でカリラの顔面にワイヤーが射出されるところだった。


「建物の壁を撃って下さいまし。

 屋上近くに撃ち込めば、あとは巻き上げるだけで上まで登れますから」

「それならそうと先に言え」

「それ以外に何がありますの」


 ユイは悪びれることも無く、言われたとおり今度は屋上へ向けてワイヤーを射出した。

 照準は狂っていたが火器管制による補正がかかり、屋上付近の外壁にワイヤー先端部が固定される。

 巻き上げ方法をレクチャーされながらゆっくりと時間をかけてユイは屋上に到達する。


「偵察機なら壁蹴って登れる高さですわよ」

「バカのやることだ。

 あたし好みじゃない」

「はいはい。

 隣の建物へ飛び移りますわよ。

 ――間違っても中尉さんを狙って撃たないように」

「――分かってる。

 無駄な忠告を」


 言いつつも、ユイのワイヤー射出機は向こうの建物で待つタマキの方へと向いていた。

 彼女は何事も無かったように照準を修正し、窓のやや上を狙って射出。

 飛び移るなんて危険な真似はせず、そのままワイヤーを巻き上げ、向こう側の建物の壁に叩き付けられると、壁沿いに上昇して窓へ這い上がった。


「この機械欠陥品だぞ」


 壁に叩き付けられたことについて抗議するが、〈R3〉に守られているため外傷はない。

 タマキはすました顔でそんな彼女を引き上げた。


「問題があるのはあなたです。

 訓練を受けておくべきでしたね」


 ユイは引き上げられると積んで来た観測装置に損傷が無いか確かめる。

 タマキも指揮官端末を操作して、念のためユイの機体とバイタル信号に異常が無いことを確かめた。


「抱えて行ったほうがよろしいのではありませんこと?」

「わたしもそう思います」

「バカバカしい。問題無い」


 ユイは担がれるのを拒否したが、タマキとしては何としてでも彼女には無事に観測地点に到達して貰わなければならない。

 操縦ミスによる自滅で重要な観測任務が未達成になることだけは避けたかった。


『観測地点まで連れて行きましょうか?』


 やや後方に配置されたトーコも意見するが、やはりユイは「バカバカしい」と一蹴する。

 タマキはトーコの協力を退けながらも、選択肢の1つとしては頭の隅に残しておいた。

 あまりにもこんな調子が続くのならば、強攻策も採らざる得ない。


「一時ここで待機。

 大隊が安全区域を拡大するまで待ちましょう」


 3人は中程度の高さのビル内、元は企業オフィスであったらしき室内で待機した。

 爆風によって窓ガラスは全て割れているが、直接攻撃を受けた痕跡はない。

 ビル屋上にはサネルマとリルが配置につき警戒にあたり、ビル周囲を囲うように、ヴェスティの小隊が展開した。


 その間にも歩兵部隊同士の戦闘は続く。

 所属大隊も遂に帝国軍歩兵部隊との戦闘を開始。

 市街地の地形を利用し立体的な機動戦闘を仕掛け、一撃離脱で敵に損害を与えつつ、観測地点周囲から帝国軍を後退させていく。


「右側80センチ砲、4時方向へ指向中。

 各員衝撃に備えて」


 外部カメラで〈パツ〉の姿を観測していたタマキが告げる。

 10メートルのコンクリート壁すら貫通する80センチ砲に対しては、物陰に隠れたところで無力だ。

 直撃しないように祈るしかない。


 タマキはその場でしゃがみ込み、カリラはユイをその場に伏せさせて、いつでも担いで持ち出せるよう備えた。


 80センチカノンの砲撃音。

 5トンを超える砲弾が3発、立ち並ぶ建築物を貫いた。

 砲撃を受けた建物には大穴が空き、砲弾は速度を少しずつ落としながらいくつもの建物を貫通。

 速度を失ってもその質量のみで建物外壁を叩き割り、その内側へ転がり込んだところで信管が起爆。

 爆風によって周囲の建物をなぎ倒した。

 直撃を受け大穴を穿たれた建造物も遅れて、破砕音を響かせながら倒壊し始める。

 80センチ砲の弾道上は瓦礫の山と化し、隠れていた統合軍部隊が飛び出すと、〈パツ〉右舷から火砲とロケット砲弾による砲撃が加えられる。


「被害報告」

「こちらは無事ですわ」


 タマキの命令にカリラが答える。

 床に伏せていたユイも無事。

 3人が居た建物は砲撃から2区画ばかり離れていた。

 爆風で建物は大きく揺れたが、人的損害は無し。

 攻撃班を含む、ツバキ小隊全員が無事だった。


「全く、ふざけたおもちゃだ」


 伏せさせられていたユイは立ち上がると悪態をついた。

 瓦礫と化した区域で戦闘が始まったため、タマキが待機位置を変更すると指示して観測班は移動開始。


「何処のバカだ、今時80センチ砲なんて積んだ奴は」

「〈音止〉に122ミリ砲2門積んでた人が何をおっしゃいますの」

「あれは〈音止〉のコア出力じゃエネルギー兵器積めないから仕方なくそうしたんだ。

 あれだけ高出力な零点転移炉積んでるなら不必要な代物だろう」

「かも知れませんわね。

 砲弾が余っていたのでは無くて?」

「愚か者の考えだ」

「お喋りは後にしなさい」


 移動中に喋っていた2人は咎められ、仕方なく黙ってタマキの後に続いた。

 3つ隣の建物まで移動し、またしても待機。

 大隊が安全領域を確保すると、ようやく観測地点へと移動を開始した。


「少しばかり遅れがありますが、〈パツ〉の移動速度もやや落ちつつあります。

 観測地点は変更せず――で、よろしいですね」

「問題無い」


 最終確認にも、ユイは2つ返事で返した。

 観測班がいよいよ前線へ移動開始するため、大隊は安全区域の保持に努める。

 降り注ぐ地対地ロケットの雨を払いのけ、迫り来る地上部隊を機動力を活かした波状攻撃で追い払い、僅かに獲得した安全区域。

 その中でも〈パツ〉への視界を確保出来る中程度の高さのビルが林立した区画へと、ツバキ小隊観測班が向かう。


「ツバキ2、ツバキ7。

 護衛部隊の援護を。こちらは観測に集中します」


 指示を受けたサネルマとリルは観測班本隊と別れて、やや前方の建物屋上で待機。

 観測班本隊の3人は観測地点に到達すると、視界の確保出来る建物の上層部によじ登り、西側の窓から〈パツ〉の居る方向を見た。


「〈パツ〉確認。

 距離8000」


 8キロ離れた地点から見ても、全高175メートルを誇る〈パツ〉が砲撃を受けながら赤黒い炎を上げつつ前進する姿は異様でしか無かった。


「これより観測を開始します。

 ――準備は?」


 タマキが振り向き尋ねる。

 ユイは積んでいた観測装置の組み立てを開始し、カリラもその手伝いをしていた。

 十秒とせず観測装置の準備は完了し、カリラが頷くとユイが窓際へ向かう。


「くれぐれも姿をさらしすぎないように。

 この程度の距離なら〈パツ〉のカメラにも捉えられます」

「分かってる。

 ――厄介な。質量を減衰させてるな」


 双眼鏡の形をした観測装置を一目除いたユイはそう断言した。

 目を細め〈パツ〉の姿を見たカリラも頷く。


「そのようですわね」

「――分かりますか?」


 タマキには2人の言うことが理解は出来ても、現実にそうだと納得出来ない。

 〈パツ〉が物理法則を無視していることは明らかだが、それがどういった法則をどう無視しているのかは見ただけでは分からない。


「そのための装置だ」

「あなたは?」


 ユイが専用の観測装置を使って観測できるのは分かる。

 しかしカリラは裸眼で見て判断していた。


「生まれつきこういうのを見つけるのが得意ですの」

「先天的な脳組織の異常だ」

「もう少し言葉を選んで下さる?」

「選びようがない。一度専門家に見て貰え」

「戦争が終わりましたらそうしますわ」


 2人は会話しつつも観測を継続した。

 ユイが〈パツ〉に搭載された零点転移炉の総出力を見積もり、カリラが周囲に展開された物理法則書き換えに要するエネルギー量を見積もる。

 更には〈パツ〉本体区画に展開された振動障壁、質量減衰分を考慮した〈パツ〉の移動に要するエネルギーを見積もり、残ったエネルギー量と、本体区画下部に搭載されたエネルギー収束砲が備えるエネルギー保管庫の規模から、攻撃能力を概算した。


「ほら見ろ、80センチ砲なんて必要無い」


 〈パツ〉の備えるエネルギー収束砲は3連装80センチ砲1門と同等の威力だった。

 ユイは自分なら80センチ砲を搭載せずにエネルギー収束砲を2門積むと主張したが、カリラは疑問を呈する。


「でしたら、どうして未だに1度も使用しないのです?」

「温存してるんだろ」

「エネルギー収束砲に関しては素人ですけれど、温存する意味はありますの?

 半永久期間である零点転移炉を積んでる上に砲弾も必要無いでしょう? それとも、砲身の交換が必要になるのです?」

「エネルギー収束砲でしか倒せない敵が出てくるかも知れないからだろ」

「そんな敵が何処にいまして?」

「何処にもいないさ。今のところはな」


 ユイはカリラとの会話を一方的に打ちきって、観測データをまとめるとタマキへと送りつけた。


「それを大隊長でも総司令官でもいいから送りつけとけ。

 どうしたって質量干渉が厄介だ」

「送信は了解しました。

 厄介とは?」


 問いかけに、ユイは観測装置をしまうと答える。


「単純な話だ。

 質量減衰は自重で潰れるのを防ぐと同時に、こっちの砲撃の威力も減衰させる」


 回答は言われてみれば単純この上ない話だった。

 砲撃の威力は砲弾の重量と速度。榴弾などでは爆発による化学エネルギーも加わるが、それも加害するかどうかは最終的には運動エネルギーによる。

 だとすれば、質量を減衰するように物理法則を書き換えている〈パツ〉に対しては、質量兵器の威力も減衰させられる。

 〈パツ〉の脚1本すら未だに破壊できていないのはそのためだろう。


「なるほど。

 対策は?」


 問いかけに、ユイは単純明快この上ないが、実行可能性については疑問の残る回答を示した。


「簡単だ。

 速度で殴れ」

「大変結構。

 こうなるとレールガンを持ってきたのは正解でしたね」

「2,3本は折らないと止まらないぞ」

「理解しています。

 観測データは送りました。

 統合軍攻撃部隊に期待しましょう。

 まだ観測の必要はありますか?」


 問いかけに、ユイは頷いて見せた。


「可能ならもう少し近づきたい。

 零点転移炉の正確な配置を確かめておく必要がある」

「いいでしょう。

 一度後退して機会を伺います」


 観測班はひとまずの役目を終えたので、一時後退を開始する。

 大隊も戦力温存のため、緩やかに後退を始めた。


『敵襲!』


 唐突に、護衛小隊からの通信が響く。

 カリラがユイの間近で護衛に当たり、タマキはステルス機構を作動させた。

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