第199話 〈パツ〉攻略作戦開始

 統合軍による〈パツ〉攻略作戦は粛々と準備が進められた。

 〈パツ〉自体は低速で移動しているため、攻撃予定地域であるボーデン地方北西部市街地まで到達するまでには時間がかかる。

 それまでに防衛陣地を完成させるべく、後方のレイタムリット基地やレインウェル基地からも建設部隊が招集され急ピッチで建設作業が進められる。


 新年攻勢から続く弾薬不足がようやく解消しようかというところだったが、最優先攻略目標である〈パツ〉撃破のために必要だからと、備蓄されていた大口径榴弾、徹甲弾、更にはバンカーバスターまでもが際限なく持ち出された。


 ボーデン地方北西部市街地は、北東側はリーブ山地、南西側は海に囲われている。

 ボーデン地方を抜けてレイタムリット方面に向かうためにはこの狭い市街地を通らざる得ないため、統合軍にとっては迎撃準備を整えるのにうってつけだった。


 市街地に沿って設営された防衛陣地は全長30キロにも及んだ。

 それでも時速15キロ程度で前進を続ける〈パツ〉と対するには十分ではないとされた。

 〈パツ〉は移動しながら攻撃が可能だ。

 搭載された火器の威力を鑑みれば、速度を落とすこと無く防衛陣地内を前進可能だと予測された。

 だからこそ統合軍としては、何としても防衛陣地内で〈パツ〉脚部を破壊し、行動不能にする必要があった。


 カサネ率いる第401独立遊撃大隊に具体的な作戦要領が通達されると、ラングルーネ・ツバキ基地から移動を開始する。

 大隊に要求されたのは、移動要塞〈パツ〉の零点転移炉にかかる部分の詳細なデータ収集と、〈パツ〉後方輸送線に対する襲撃援護。

 あくまで主目的はデータ収集とされ、輸送線襲撃は援護のみに留まった。


 ツバキ小隊も大隊への移動命令を受けて、宿舎から荷物を運び出し移動準備を開始した。

 その間にナツコには、イスラとカリラから〈イルマリネン〉の射撃装置組み立て手法について講義がなされ、対重装甲レールガンの装填方法も叩き込まれる。

 彼女はフィーリュシカの僚機として、作戦中護衛と、射撃支援を行うことが決まっていた。


 もう片方の作戦の要。観測を行うことになっているユイが集合時刻間近になっても宿舎から出てこないため、そちらの僚機に指名されていたカリラが呼びに向かう。

 ユイは通信室に居た。

 カリラは静かに扉を開けると通信内容に耳を傾ける。


「――あんな見え見えの餌に釣られてやるつもりは無い。

 ばあさんには大人しくしてるよう言っといてくれ。

 ――ああ、あまり目立つなよ。

 ――そっちは知らん。あのバカは何か考えがあるらしいが。

 ――さあな。どうせロイグの造ったおもちゃだろ。

 まともに動くとは思えん」

「お父様の?」


 ロイグの名前が出てつい問いかけてしまった。

 ユイはうんざりした様子でゆっくり振り返ると、短く口の中で「通信終了」と告げた。

 手には端末も、通信機も持っていない。

 だがカリラは、彼女がこめかみを小さく2回叩いたのを確かに見た。


「頭の中に埋め込んでますの?

 便利だとは思いますけれど、中尉さんは知っていまして?」

「知らせる義務は無い。

 何のようだ」

「集合時刻が迫ってますわ」

「まだ時間はある。

 無駄なことを」


 集合時刻までは残り1分程度。

 タマキとしては集合時刻には行動開始するつもりなので、1分前になっても集合場所に居ないことは大問題なのだが、その道理はユイには通じなかった。


「で、誰との通信ですの?

 お父様の名前が出てましたけれど」

「知らせる義務は無い」

「ふーん。そうおっしゃるのでしたら詮索はしませんけれどね」


 カリラは口にしながら意味ありげな視線を向ける。

 タマキに秘密で外部と連絡をとっていたことについてもそうだし、ユイがひた隠しにする彼女の身元についてもカリラは把握している。

 ユイは唇を噛んで、やむなくカリラの知りたい情報を提示した。


「あいつが造った兵器がトトミ司令部に渡ってると予想しただけだ。

 確証はない」

「お父様の造った兵器?

 もしかして、それは〈パツ〉に対して有効ということですの?」

「言った通り予想に過ぎない。

 そもそも〈パツ〉の観測もまだだし、兵器が本当にあったとして、そのデータが手元に来てない」


 ユイは十分に質問に答えただろうと、椅子から降り、カリラの横をすり抜けて部屋を出ようとした。

 そんな彼女へとカリラは尋ねる。


「それで、通信先はどちらですの?」


 尋ねられたユイは心底面倒そうに、半分閉じた濁った瞳で睨んだ。

 不快感を一切隠さないその目に、カリラも追求を諦めた。


「言いたくないのでしたら構いませんわ。

 誰にでも隠しておきたいことの1つくらいあるものですから。

 それにあなたには力を貸すよう――

 いえ、何でもありません。もう集合時刻ですわ。

 遅れるとわたくしまで怒られますから急ぎましょう」


 ユイは「ふん」と鼻を鳴らして、急ぐカリラの後について宿舎の外に出た。

 集合時刻を若干過ぎた2人はタマキに怒られ反省文提出を命じられたが、ツバキ小隊は大隊から指示を受けた出発時刻丁度に移動を開始した。


          ◇    ◇    ◇


 リーブ山地南方を移動し、ツバキ小隊は〈パツ〉攻略作戦の舞台となる、ボーデン地方北西部市街地に辿り着いた。

 大隊は後方輸送線に対する襲撃援護もあるため、攻撃位置は〈パツ〉斜め右後方。〈パツ〉の進路を0時方向とすると5時の方向からの攻撃となる。


 既に〈パツ〉は防衛陣地前方の統合軍警戒陣地まで進出しており、進路上の露払いを行う帝国軍随伴歩兵と統合軍の戦闘が始まっていた。


 大隊長の乗る4脚重装甲騎兵〈I-B19〉改装型移動司令部前に、中隊長と、タマキを含む独立小隊の隊長が集められ、作戦実行前の最終戦術会議が開かれる。

 大隊の主目的は移動要塞〈パツ〉に対する詳細なデータ収集であり、それは本作戦の成否を左右する可能性があると司令部から通達が為されていた。

 そのため大隊の大部分が、帝国軍随伴歩兵部隊との戦闘、及び安全な観測地点の確保にあてられる。


 ツバキ小隊は〈パツ〉に対する砲撃要員3名を除いては観測隊の護衛に当てた。

 それだけでは不十分な護衛戦力を補うため、大隊から1小隊が観測隊護衛に割り当てられる。

 護衛小隊の隊長はヴェスティ・レーベンリザ中尉。

 ツバキ小隊は以前、ST山地攻略作戦の折に彼女の部隊と共同防衛作戦を行っている。

 それに彼女は、イスラとカリラのハツキ島時代の友人だ。

 タマキはヴェスティと挨拶をすませ、護衛陣形について詳細を詰める。


 いよいよ〈パツ〉が警戒陣地を踏破しそうになると、大隊は攻撃準備のため分散して配置についた。

 ツバキ小隊は〈パツ〉砲撃部隊としてフィーリュシカ、ナツコ、イスラを1つの班として設定。班名を攻撃班として、大隊移動司令部付近で待機。

 残りは観測班として後方待機した。


「おい、あまり無茶をするな。

 機体を壊されたらたまらん」


 出撃前にユイが〈音止〉足下で告げる。

 1人コクピットに乗り込もうとしていたトーコは、偵察機〈TW1000TypeB〉に観測装置を積み込んだユイを見下ろして返す。


「無茶するなはこっちの台詞。

 本当に〈R3〉扱えるの?」

「当然だ。あたしゃ天才だからな」


 今回、トーコとユイは別行動となった。

 〈パツ〉を観測するにあたり、〈音止〉の搭載するコアユニットが干渉するとデータに悪影響が出るとユイが主張したため、距離をとっての配置となった。

 ユイは〈音止〉を自分の近くに置かず、かつなるべく戦闘に参加させないようにと再三にわたり繰り返した。

 タマキやヴェスティとしては主力2脚装甲騎兵は最前線で運用したいと望んだが、主目的である観測に悪影響が出るならと、予備戦力としての運用を認めざるを得なかった。


「なんか今回やけに私のこと戦わせたくないみたいだけど、嫌がらせの類いじゃないよね?」

「下らんことを聞くな。

 半人前は言われたことだけやってりゃいい」


 トーコの問いかけを突っぱねて、ユイはカリラの元へ移動開始した。

 しかし通常歩行から機動走行へ切り替える瞬間に前のめりに倒れそうになり、慌てて一歩踏み込んでなんとか転倒を防ぐ。


「本当に大丈夫?

 〈音止〉使わないなら私がおんぶしてあげよっか?」

「黙って大人しくしてろ。

 愚か者め」


 ふてくされたユイはそう言い返すと、今度は転ばないようゆっくりと機動走行へ切り替えて〈音止〉から離れていった。

 半人前だとか愚か者だとか言われたトーコだが、そんなユイの様子を見ていると怒りも沸かず、むしろ彼女のことが心配でたまらなかった。


「……本当に大丈夫かな」


 念のためカリラへと通信を繋いで、ユイについて〈R3〉の操縦に不慣れそうだから気遣ってあげてと頼み込むと、トーコはコクピットに乗り込み、出撃準備を整えた。


          ◇    ◇    ◇


 移動要塞〈パツ〉は師団規模の随伴歩兵を伴って、移動速度を落とすことなく前進を続けた。

 遂に警戒陣地を越え、防衛陣地内に前足が到達する。

 統合軍の第1攻撃目標は〈パツ〉進行方向に対して左側の前足。

 〈パツ〉が物理法則を無視している以上、6脚あるうちの何脚破壊すれば行動不能になるのか予想は出来ない。

 しかし6脚で歩行している機構上、前足2つを破壊してしまえば移動は止まるはずだった。


 これまで帝国軍随伴歩兵と戦闘していた統合軍部隊は後退。

 防衛陣地では、重砲を備えた特科や、対重装甲火砲を備えた装甲騎兵部隊が攻撃開始の合図を待って身を潜める。


 時刻は昼過ぎ。

 天候は曇りだが、雨の降る様子は無く、霧も無い。

 ただただ分厚い雲が天蓋を覆い尽くしていた。

 そんなボーデン地方北西部に、〈パツ〉が打ち鳴らす異様な移動音と、障害を排除するため放たれる火砲の轟音が響き渡る。


 全幅660メートル。全高175メートル。

 物理法則を無視して存在する巨大すぎる機械。

 そんな化け物が高層建築の立ち並ぶ市街地を闊歩する姿に、攻撃指示を待つ統合軍兵士達は固唾を呑む。


 緊張もつかの間、〈パツ〉後ろ足が防衛陣地内に侵入するといよいよ、惑星トトミ総司令部より、展開中の全統合軍兵士へ向けて通信が為される。


『移動要塞〈パツ〉攻略作戦に参加する全統合軍兵士へ。

 〈パツ〉攻略は惑星トトミ防衛のため、そして、この地での勝利を掴むため、必ず成し遂げなければなりません。

 ここには宇宙で最も優秀な士官と、宇宙で最も勇敢な兵士が集まりました。

 貴官らの総力をもってすれば不可能なことなど有りはしません。

 作戦完遂のため、各員の奮励努力に期待します。


 ――これより、惑星トトミ総司令官コゼット・ムニエの名の下に、移動要塞〈パツ〉攻略作戦を発令します。

 全統合軍兵士、作戦開始準備――


 ――――作戦開始』


 瞬間、数多の火砲が姿を現し、一斉に攻撃開始。

 異様なまでの巨体を誇る〈パツ〉の姿が、爆炎と閃光に包まれた。

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