第196話 ラングルーネ・ツバキ基地

 占領したクレマチス丘陵地帯には統合軍によって迅速に拠点化処理が為された。

 ここを拠点として、戦力バランスで優位に立ったラングルーネ北部地帯では攻勢が開始。

 カサネ率いる第401独立遊撃大隊も、統合軍主力部隊を援護する形で前進しながら遊撃戦を仕掛けていった。

 クレマチス占領から2週間後には多方面での攻勢も始まる。


 ラングルーネ基地への本格的な基地攻略戦も秒読み段階となり、ツバキ小隊はラングルーネ北部に拠点を置くことになった。

 とは言え、進軍した先は都市構造物の欠片も無い湿地帯。

 それでも拠点化のため、後方からトレーラーを運び込んだ。


 大型トレーラーは湿地帯でも進めるように足回りに改修が施されていたが、それでも道を塞ぐ木々や岩はどけなければならない。

 運転手のイスラと指揮官のタマキを除いては、全員出撃して道を切り開いた。

 〈音止〉が木を切り倒し、〈R3〉で運び出し根を除去する。湿地帯に茂る背の低い草も、タイヤに絡まるため可能な限り除去した。

 カリラは火炎放射機の使用を求めたが、燃料がいくらあっても足りないという理由で却下され、地道な作業を延々と続けることになった。


 未開の地と呼んでいいであろう足下のぬかるむ湿地帯であったが、統合人類政府が建設した環境測定用の小屋が存在していた。

 測定機器と、もし機器に異常があった場合に技術者が滞在するための小屋だが、9人で生活する分には問題無いだろうとした。


 小屋のあるとされる位置へと近づくと、小型車両がギリギリ通れる程度の簡易舗装路が見つかり、道幅を広げながら前進する。

 小屋に到着する頃には、高規格道路を出て湿地帯へ入ってから半日が経過していた。

 休まずに進み続けたツバキ小隊だが、タマキは直ぐに次の指示を出す。


「休めるように小屋を整備します。

 まずは安全確認を」


 作業用にチェーンソーとハンドアクスを装備していたナツコは個人防衛火器を差し出された。

 ナツコはチェーンソーの刃をしまいこみ、ハンドアクスを腰に下げ、個人防衛火器を手にした。

 僚機であるフィーリュシカも同伴して、湿地帯の草木を乗り越えて小屋へ向かう。

 小屋は2階建てで、間に合わせの建材で作られたのであろう簡素な作りの物だった。

 しばらく誰も使っていないらしく、外壁には背の低い草が浸食している。


 小屋の隣にはフレーム構造の観測塔もあったようだが、それは爆撃を受けたのだろう。上部構造物が吹き飛ばされていた。

 実際にそれが天候観測用の観測塔だったとしても、帝国軍にとっては敵軍が建てたレーダー装置だ。放置するわけには行かず、無人機を使って爆破したのだろう。

 

 扉の前に立ったナツコは、左手に個人防衛火器を持ったまま、右手で扉に手をかけた。

 フィーリュシカが頷いたのを見てドアノブを捻ると、それは根元から外れた。


「あ、〈R3〉装備してたから力が強すぎたんですよね」

「違う。ノブが老朽化していた」

「信じたくは無いですけど……。

 どうやって開けましょう? 鍵もかかってますよね、多分」

「押せば開く」

「それは最後の手段では……?」


 金属製とは言え、〈R3〉に踏み込まれることなど考慮されていない環境測定用の小屋だ。

 押し込めば鍵など無視して開くことは確実だろう。

 しかしこれからツバキ小隊の宿舎にする予定の小屋を破壊してしまうのはためらわれた。

 そんなナツコの葛藤を無視して、フィーリュシカは扉を指先で軽く押した。

 たったそれだけで、腐食していた蝶番が折れて、扉が内側へ倒れる。


「え、ええ……。

 脆すぎないですかね」

「湿地帯に相応しくない建材が使用されていた」


 フィーリュシカは倒れた扉を乗り越えて中へと入る。

 それに続いたナツコだが、一歩入ると同時に立ちこめる臭気に思わず酸素マスクを掴んだ。


「これ、カビてますね……」


 湿気にやられたのであろう、壁材には模様のようにびっしりカビが生えていた。

 理由を探すように空調システムを確認すると、エネルギーが供給されていなかった。

 更には観測塔爆撃の影響か窓も破れていて、草や虫の侵入を許していた。


「一階は居住に適さない」


 フィーリュシカが所感を述べると、それにはナツコも完全に同意した。


「そうですね。布団もカビてるでしょうし」


 2階に望みを託すが、〈アルデルト〉を装備しているフィーリュシカは狭い階段を上れなかったので1階食料庫へ向かい、2階へはナツコが1人で向かう。


 2階は地面から離れているおかげか、カビの浸食は防げていた。

 虫は居たが駆除可能であろう。

 正直ここで生活したくはなかったが、1階よりは確実にマシだった。


 そして廊下の最奥には、複合素材製の重厚な扉。

 ハンドルロックを解除して扉を開けると、そこは環境測定機器のある部屋だった。

 機材を守るため部屋は複合素材の2重構造で、カビも虫も侵入していなかった。

 機材はもう用済みなので運び出してしまって構わないだろう。9人で寝るには狭いが、他の部屋を使うよりは現実的だ。


 探索を終えたナツコは1階に戻り、食料庫に向かった。

 フィーリュシカはそこで指先に虫をつまんでいた。

 金属光沢のある、黄緑とオレンジの縞模様を持つ虫。彼女はそれを床に落とすと踏み潰した。


「有毒昆虫。

 毒性は強くないが、駆除しなければいけない」

「ここを使おうとすると大変そうですね……」


 テント生活より小屋のほうがマシであろうとナツコは考えていたのだが、探索の結果、どちらがマシなのか分からなくなってしまった。

 ともかく報告のため小屋から出ると、タマキへ探索結果を告げる。


「カビに草に虫ですか。

 仕方がありません。生活環境を整えましょう」


 タマキの決断に対して、すかさずカリラが挙手する。


「どうせ短期間の拠点ですからトレーラーで構わないのではありませんこと?」

「期間が分からない以上、生活環境の整備は必要です」


 意見は一蹴されて、ツバキ小隊総出で小屋の整備が開始された。

 湿地帯の草は背が低いが硬く鋭い。

 火炎放射機で小屋周囲の草を焼き払い、殺虫剤を散布。


 小屋は壊れていた扉と窓を修復し、草木とカビの除去が行われ、殺虫剤と防カビ剤が散布された。

 機材室の機材は全て外に運び出されて、かわりに通信機が設置される。机と椅子も設置されたが、ここは基本的に士官用の部屋。要するにタマキの個室となった。


 カビてしまった布団は運び出され焼却処分され、かわりにテントの床材と寝袋が搬入された。

 空調システムは修理とメンテナンスが施され、エネルギーケーブルをトレーラーへと繋ぎエネルギー供給を行うと稼働を開始した。

 水道は復旧しなかったため、貯水タンクが設置され、仮設トイレが置かれる。


 最後に屋根にツバキ小隊の旗が掲げられて、無事に前線拠点の生活環境は整えられた。

 整備には半日を要して、1日中働き続けた隊員は疲労困憊であった。

 タマキすら、指示を出し続けた疲れから大きく欠伸をして、隊員に今日は休むように言いつけた。


「大変な作業でしたね」


 寝室へ入ったナツコが声をかけると、トーコは頷いて返した。


「そうだね。珍しく1日作業になったね。

 1泊くらいテント泊して、明日から環境整備にすれば良かったのに」

「でも、おかげでちゃんとした家が出来ました!」

「ちゃんとしてるかなあ、これ。

 屋根と壁があって空調も効いてるのはありがたいけどね」


 都市部の建造物と比較すればボロ屋もいいところだ。

 それに換気はしたものの、今だ殺虫剤と防カビ剤の臭いが立ちこめていた。


「住めば都ですよ!

 あれ、そういえばユイちゃんは?」

「ん?

 こういうときは我先に休んでるでしょ」


 トーコはこれまでの経験から、ユイは寝室が完成した時点で寝ていると踏んでいた。

 しかし並べられた寝袋を全て確認しても、ユイは居なかった。


「あー、〈音止〉かも。ちょっと見てくる」

「私も行きます」

「いいよいいよ。

 たくさん来られると嫌がるだろうし」

「そうでしょうけど――」

「休むように命令されたでしょ。

 命令無視は1人で十分だから」


 そこまで言われてはナツコもついて行けなかった。

 気をつけて、とだけ告げて、寝袋の準備を進める。


 1人外に出たトーコは、小屋の隣に置かれた〈音止〉によじ登り、コクピットを開ける。

 しかしそこは無人であった。


「あれ」


 ここに居ないとなると――。

 思案するが、こんな何も無い湿地帯で他にユイが行きそうな場所の心当たりが無い。

 念のためトレーラーの中も確認したがやはり居ない。


「行方不明はまずい」


 ちょっと〈音止〉いじっていた程度なら見逃されても、行く先を告げず姿を眩ませたとなれば一大事だ。

 トーコは単独で捜索すべきか、素直にタマキへ報告すべきか悩んで、結局後者を選択した。

 小屋の2階に上がると、タマキの個室となった機材室の扉を叩く。


「どうぞ」

「失礼します」


 トーコは返答を受けて直ぐに扉を開けた。

 ユイのことを報告するつもりで来たのだが、入室して最初に目に飛び込んだのは、あろうことかユイの姿だった。

 彼女は通信機の前に座り、端末へと通信先の入力を行っている。


「どうしました?」


 事務用の椅子に座っていたタマキが問いかける。


「いえ、ユイが行方不明だったので探しに来ました。

 見つかったので大丈夫です」

「行く先くらい告げてから出てきなさい」


 報告にタマキは眉をひそめてユイを叱責した。

 彼女は当然それを無視して、通信機の相手と会話を開始する。

 トーコは何事かと思い、タマキの元へ歩み寄ると小声で尋ねた。


「何の通信です?」

「技研との定時連絡だと。

 一応彼女は技研から借り受けていることになっていますから」

「そういうことですか」


 ユイの所属を考えればその連絡は必要な事なのだろう。

 ともかく彼女が無事だったことにトーコは安堵して、それから通信内容を聞き取ろうと耳を澄ます。

 タマキもそれは同じようで、通信を聞き取ろうと集中していた。

 しかしユイの会話内容は事務報告のようなものばかりだった。

 だが通信を終えようと言うとき、ユイの表情が変わった。


「パツ? なんだそりゃ」


 聞き慣れない言葉に対して、トーコとタマキも顔を見合わせる。


「あたしゃ知らんぞ。

 情報科にでも伝えとけ」


 それだけ言ってユイは通信を終了した。

 そのまま退室しようとする彼女を、タマキが呼び止める。


「待って。パツとは何です?」

「知らん」

「技研は何と言ったのですか?」


 タマキが食い下がると、渋りながらもユイは説明した。


「帝国軍新型兵器の名称らしい。

 詳しい情報は無い」

「新型兵器?

 装甲騎兵ですか?」

「だから知らんと言ってるだろう。

 情報科にでも問い合わせろ」


 ユイの様子を見る限り、本当に何も知らないようだった。

 

「いいでしょう。そうさせて貰います」


 情報科が知っているとも思えないが、タマキはそう伝えて2人の退室を促した。

 トーコはユイへと何処か行くときは誰かに伝えるように言いつけて、一緒に寝室へ戻った。


          ◇    ◇    ◇


 早朝、日の出より1時間も早く、タマキの部屋に置かれた通信機が着信を告げた。

 連絡元は大隊司令部であった。

 こんな時間に連絡してくるということは緊急事態だろうと、寝袋から飛び出したタマキは通信機を掴む。


「こちらツバキ」


 返答を求めるように所属を伝えたのだが、通信先はカサネだった。


『朝早くに悪いな』


 謝罪から入ると言うことは緊急事態では無い。

 緊急事態で無いということは早朝に連絡する理由が無い。

 タマキは緊張をほどいて、大きくため息をついた。


「悪いと思うなら連絡してこないで」

『いや、そう言われると返す言葉も無いが、なるべく早く伝えておいた方が良いと判断してだな』

「緊急事態ではないのでしょう」

『緊急では無い。無いが、定時連絡で伝えるともっと早く伝えろと言われそうだった』

「で、要件は?」


 どちらが上官だか分からない物言いだったが、カサネは要求に素直に応じた。


『新たにトトミに移動してきた師団が、ちょうどツバキ小隊のいる区域に前線司令部を置きたいそうだ。

 本日夕方頃の到着予定なので、受け入れ準備を頼みたい』

「師団? それ本当?」

『ああ。バスコーラス星系の師団だ』

「受け入れ準備ってことは、わたしたちは立ち退かなくていいのね?」

『ああ問題無い。

 設備としては大型車両用の駐車場と転回可能なスペースだけあれば十分だと思うが――』

「了解。本日夕方到着ね。

 連絡してくれてありがとう。大好きよ、お兄ちゃん」


 いつもの台詞に少しばかり社交辞令以上の感情を込めて通信を切ると、タマキは迷うこと無く警報装置に手をかけた。

 緊急出撃を告げるサイレンが、早朝の湿地帯に響いた。


          ◇    ◇    ◇


 警報が響くと、訓練によって行動を紐付けられたツバキ小隊隊員は一瞬で目を覚まし、寝袋から飛び出すと出撃用の機能性インナーに着替え、最低限の装備を手にして外へ飛び出した。

 〈R3〉装着装置のあるトレーラー荷室へ駆け込むと、トーコが標準型装着装置、フィーリュシカが重装型装着装置へと入った。

 その途中でタマキがやってきて、トーコは装着順を譲ろうとしたが、タマキはかぶりを振って装着中の2人以外を整列させた。


「ユイさんは?」

「トーコさんが担いで持ってきて、今は〈音止〉の足下に転がっています」


 トーコが汎用機装着中なので、かわりにナツコが回答する。

 タマキとしてはそれで良かったらしく「了解しました」と返して、トーコとフィーリュシカが出てくると整列させた。

 緊急なら全員即座に出撃のはずなので、何か変だとトーコはナツコと顔を見合わせる。

 当然、ナツコにも何が何だか分からなかった。

 タマキは咳払いしてそんな彼女たちの注目を集め、報告と指示を行った。


「朝早くに申し訳ありません。

 昨日の今日ですが、本日も作業です。

 作業量が多いため緊急招集をかけました。

 大隊司令部から連絡があり、この区域にバスコーラス星系出身の師団が駐屯することとなりました。

 師団は夕方頃到着予定ですので、それまでに受け入れ準備を整えます」


 緊急出撃を受けて飛び出して来たのに、指示内容が作業とあってイスラが挙手して発言を求めた。

 タマキは不満そうにしながらも彼女を指名する。


「そんなの師団にやらせたらいいんじゃないか?」

「いいえ。

 事前準備を整え、師団が迅速に駐屯地を設営できるよう可能な限り協力しなければなりません」


 意見を一蹴されたイスラは肩をすくめたが、ここまで言う以上もう逃れる術は無いと理解していて、「仰るとおり」と頷いた。


「大型車両向けの駐車場と転回可能なロータリーが必要です。

 それと設営に必要な土地を確保する必要があります。

 あの小屋は師団側へ引き渡しますので荷物を全て運び出して」

「え!? 昨日あんなに頑張って整備したのにですか!?」


 小屋を引き渡すと聞いてナツコは思わず声を上げた。

 半日かけて、とても人の住める環境では無かった小屋を住めるように改修したというのに、たった1泊で引き渡すというのには、ナツコで無くても不満があった。

 それでもタマキは指示を曲げない。


「そうです。小屋は引き渡します」


 きっぱりとそう言い切られてしまうとナツコには何も返せない。

 そんなナツコに変わって、サネルマが恐る恐る手を上げて発言を求めた。


「あのう、それでしたらツバキ小隊は何処で寝泊まりするのでしょう?」

「どうせ短期間ですからトレーラーで寝泊まりすればよろしい」

「昨日と言っていることが違いますわ」

「許可無く発言しない」


 カリラは昨日の自分の提案をタマキがそのまま言ってのけたことに抗議したのだが、見事に突っぱねられた。


「ともかく、師団受け入れ準備が最優先です。

 イスラさんとリルさんはトレーラーで補給基地まで戻って、燃焼剤とエネルギーパックを受領してきて。

 それ以外は小屋からの荷物運び出しを。

 終わり次第草刈りと整地を始めます。

 休んでいる暇はありません。キビキビ働くように」


 タマキは軍人だ。上から受け入れ準備をしろと言われたら従うしか無い。

 そしてその部下である隊員も、当然その命令に従わないわけにはいかない。

 誰も命令拒否など出来るはずも無く、指示を受けて行動を開始した。


 ユイ以外は〈R3〉を装備し、トレーラーから装着装置や、カリラの変態〈R3〉コレクションが入った格納容器など、輸送の邪魔になる物は全て運び出した。

 荷室があくと運転手にイスラ、護衛に〈アザレアⅢ〉を装備したリルがつき、後方の補給基地へ向けて出発する。


 残った隊員で小屋から私物を運び出した。

 小屋は師団が使用できるようにと、仮設トイレと貯水タンク、通信用アンテナなどは残され、更に2階機材室には廃材を使って机と椅子が増設された。


 小屋の準備が終わると、草刈りと整地が始まる。

 残っていた火炎放射機でロータリー用の土地を焼き払うと、邪魔な岩や焼け残った草、硬い樹木を撤去し、〈音止〉で地面を平らにしていく。

 火炎放射機が尽きた後は、チェーンソーとハンドアクスで地道な草刈りが行われる。


 作業は午前中を通して続けられ、昼過ぎには早朝出発したイスラとリルが戻ってきた。

 ぶっ通しの運転と警戒にあたっていた2人だが、その間草刈りを続けていた隊員をみると「こっちじゃなくて良かった」と呆れた様子で、積み込んできた荷物を降ろす。


 燃焼剤が補充されたことで火炎放射機による草刈りが再開され、整地用ローラーも受け取ってきたため〈音止〉による整地作業速度も飛躍的に上がった。

 作業は夕方まで続けられて、大型車両30台が駐車可能なスペースとロータリー、広大な施設建設可能用地が用意された。

 整地区画は測量がなされ、直ぐに手をつけられるようデータがまとめられる。


 タマキは大隊司令部から詳細な師団到着時刻を告げられると、予定時刻30分前には作業を切り上げた。

 ツバキ小隊の荷物をトレーラーに積み込み、ユイ以外の隊員は装備解除し制服に着替えた状態で、整列して師団の到着を待つ。


 予定時刻ぴったりに、ツバキ小隊が切り開いてきた道を通って、師団の先行部隊車列がやってきた。

 車列はロータリーに入ると、先頭の車両が待機していたツバキ小隊の前で停まり、助手席から士官が降りてくる。

 タマキは一歩前に出て彼を出迎えた。


「お待ちしておりました、中佐殿。

 第401独立遊撃大隊所属、ツバキ小隊隊長ニシです」


 タマキの挨拶に、施設化の職章をつけた中佐は敬礼して応じた。

 それから彼は端末を見て、首をかしげる。


「出迎え感謝する、中尉。

 ――しかし、事前の情報と異なるようだ。

 この地は古い環境測定用の小屋しかない、一面の湿地帯であったはずだが?」


 問いかけにタマキは整地された土地を示して答えた。


「はい。

 この度後方星系からの援軍を迎えるときき、素人仕事ですが準備を整えさせて頂きました。

 測量データもまとめております。

 奥にある小屋は古い物ですが、どうぞ師団でお使いになってください」


 中佐は土地を見渡してから口を開いた。


「これだけの人数で良く準備を整えてくれた。

 しかし、あの小屋は本来、貴官らが使用していたものではないのかね」


 問いかけにタマキは小さく頷く。


「はい。

 ですが師団の方に使って頂くほうがよろしいでしょう。

 我々は見ての通り小さな部隊ですから、あのトレーラーだけで生活可能です」

「なるほど。

 ではお言葉に甘え、小屋は施設科で預からせて貰おう。

 貴官らの協力は、師団長にも伝えておくと約束する」

「ありがとうございます。

 では、測量データをお受け取りください」


 タマキは端末を取り出して、中佐へと測量データを送る。

 彼は受け取ったデータを見て「良く整理されている」と頷き、それから部下へと命令を発した。


「これよりこの地に師団駐屯地を建設する。

 土地と測量データはここに居るツバキ小隊が準備してくださった。

 各員、彼女たちに感謝し、師団長閣下の到着までに必要な施設を建設せよ。

 ――では我々は仕事に取りかかります」

「はい。

 我々はトレーラーに居ますので、何かあれば何なりと申しつけてください」


 再度中佐が敬礼で応じ、タマキも返礼した。

 車列は駐車場へと規則正しく移動開始し、それぞれの準備に取りかかる。

 出迎えの挨拶を終えたツバキ小隊はタマキ指示の元トレーラーへと戻った。


「お疲れ様です。

 後のことは師団に任せましょう。

 朝からの作業で疲れたでしょうから明朝まで休息とします。

 各員、十分に休憩をとるように」


 ようやっと休みが与えられたツバキ小隊は、返事だけ元気に行うと、疲労困憊した状態でトレーラーの荷室へと乗り込んでいった。

 荷室には荷物が詰め込まれていたが、そんなことお構いなしに各員自分が休めるスペースを見繕っては体を横たえる。


 早朝に叩き起こされ、ほとんど休む暇も無く夕方まで働かされたにもかかわらず、出来上がった物は全て師団へと引き渡された。

 愚痴を言いたい気持ちもあったが、誰にもそれを口にする元気は残っていなかった。


 荷室内はぎゅうぎゅう詰めの状態であったが、疲れがたまっていた隊員はすぐ眠りに落ちる。

 ナツコも眠ろうと努力したが、狭すぎるスペースと、外で始まった工事の騒音とで寝付けなかった。

 寝付けなかったので教育用端末を眺めていたが、しっかり寝ないと明日が大変だと、すっかり夜になった頃、トレーラーの荷室から這い出した。

 工事の明かりは煌々と照りつけていたが、トレーラー周辺は真っ暗だ。

 個人用端末のライトで足下を照らしながら、タマキの居る助手席側の扉を叩く。

 タマキは端末を眺めていたらしく起きていて、直ぐに扉が開かれた。


「ナツコさん? どうしました?」

「すいません。寝付けないので、睡眠導入剤をお願いします」


 眠りが浅いナツコには睡眠導入剤が処方されていた。

 薬はタマキが管理していて、必要に応じて与えられる。

 しかしタマキは、薬を手渡しながらも飲用については否定的だった。


「渡す分には構いませんけれど、飲むのはもう少し待った方が良いかもしれません」

「あれ? 何かあります?」

「恐らくですが――。

 ちょうど来たようです」


 トレーラーの元に、士官の制服を着た軍人がライトを手に向かってきていた。

 ナツコは扉の脇にどいて、タマキが助手席から降りるのに足下を照らして手伝った。


「ありがとう。

 少し待機を」

「はい」


 やってきた士官は少尉だったが、師団司令部付のエリート将校のようで、タマキは着衣をただして敬礼して出迎えた。

 若い男性少尉はタマキの正面に立って敬礼すると名乗る。


「夜分に申し訳ありません。

 バスコーラス星系トトミ派遣第1師団、司令部付副官、クローテです。

 ニシ中尉でよろしいですか?」

「はい。

 第401独立遊撃大隊所属ツバキ小隊隊長、ニシです」


 互いに自己紹介を終えると、クローテは端末を取り出して、師団長からの伝言を読み上げた。


「師団長閣下よりツバキ小隊へ伝令です。

 ――貴官らの師団出迎え、心より感謝する。

 また、未開地の開拓及び駐車場の建築ご苦労であった。

 貴官らの協力によって師団司令部建設はつつがなく行われた。


 施設科長より、貴官らが自ら整備し使用していた居住区域を師団に提供したと聞き及んでいる。

 ついては、ささやかではあるが居住区域の準備をした。

 師団施設についても、自由に使って頂きたい。

 どうか貴官らの役に立てて欲しい。


 繰り返すようだが、此度の貴官らの協力に師団は心より感謝する。

 もし要望があれば、師団司令部まで遠慮せず伝えて欲しい。


 ――以上です。

 何か質問はありますでしょうか?」

「いいえ」


 タマキがかぶりを振ると、クローテはナツコの疲れ果てた表情を見て提案する。


「お疲れのようですから、ご案内は明朝がよろしいでしょうか」

「いや問題無い。起きてるよ。

 行こうじゃないか。ささやかな居住区域とやらに」


 答えたのは、運転席で横になっていたイスラだった。

 タマキは「勝手に答えない」と咎めると、クローテへ回答する。


「直ぐ移動可能です。

 案内、お願いしてよろしいでしょうか?」

「かしこまりました。

 ご案内いたします」


 タマキはクローテに助手席を譲り、自身はナツコと共に荷室へ入った。

 トーコが起こされて〈音止〉の移動を命じられて、トレーラーと〈音止〉はクローテの案内で工事の続く師団駐屯地へ入った。


 夕方までは小屋と駐車場のあるだけの地だったのに、工事用ライトに煌々と照らされたそこはまるで別世界のように変貌していた。

 コンクリート造りの司令部に、駐屯地を守る高射砲陣地。

 装甲騎兵用の大型整備場が立ち並び、その隣には〈R3〉の整備場。

 区画は大型車両通行可能な舗装された道路によって接続される。

 司令部区画から外れた所には兵員宿舎が建ち並び、そこでは夜間作業を続ける兵員へ、食堂車が温かい食事を提供していた。


 ツバキ小隊は兵員宿舎が並ぶ区域の端に案内された。

 そこには1階建ての兵舎と、トレーラー用の駐車場、専用の整備所が準備されていた。

 駐車場にトレーラーが停められると、隊員達は外に出た。


 クローテは「ここでお気に召すでしょうか」と、建物内部を確認するように促す。

 直ぐにでも飛び出して行きそうな隊員達へ、タマキは「自由に見てらっしゃい」と告げた。


 駆け出していった隊員は建物内部を見て目を丸くした。

 兵舎には2人部屋が4つと個室が1つ、簡易厨房を備えた談話室が小型と中型1つずつに、通信室に作業室。

 空調システムを全室に備え、トイレはもちろん、シャワールームすらあった。

 

 屋根付の整備所には〈音止〉の整備用ハンガーと、〈R3〉整備環境が備えられ、たった9人の小隊に対して、ターミナル型の標準・重装兼用型装着装置が3機用意されていた。


 余りに過剰な設備を見て興奮した面持ちで帰ってきた隊員達を見て、タマキはクローテへと最敬礼して礼を述べた。


「ご配慮感謝します。

 しかし本当に、このような施設を使用してよろしいのでしょうか?」


 クローテは2つ返事で返した。


「無論です。

 これは師団からの感謝の気持ちです。

 どうぞ自由に使ってください」


 再びタマキは礼を述べて、整列した隊員達へと提供された施設は大切に使うようにと言いつけた。

 クローテは最後に事務報告を行う。


「駐屯地の地図は後ほどお送りします。

 お手数ですが施設につきましては予約してからご使用ください。

 また駐屯地内ではしばらく工事が続きます。

 通行の際には注意をお願いします。

 自分はこれで失礼させて頂きますが、何かありますでしょうか」


 問いかけに対して、タマキは真っ直ぐクローテを見据えて答えた。


「1つだけお願いがあります。

 このような贈り物をくださった師団長閣下。

 建設してくださった施設科の皆様。

 そして師団所属の皆様へ。

 ツバキ小隊は心より感謝しているとお伝えください」


 タマキの言葉に続いて、隊員達も頭を下げて礼を告げる。

 それを受けたクローテは敬礼して応じた。


「確かに預かりました。

 皆様のお役に立てたのならば、師団長閣下もお喜びになるでしょう。

 では自分はこれにて」


 迎えの車両が到着すると、クローテはその場を後にした。

 残された隊員達は、早速部屋割りを決める話し合いを開始する。


「分かっているでしょうが個室はわたしですからね」

「分かってるよ。

 しっかし流石タマちゃん。

 酷い作業を押し付けられたと思ったが、これだけもてなして貰えるなら安いもんだ」


 疲れていたタマキはイスラに「タマちゃん」と呼ばれたことを咎めることも無く、ため息と共に返した。


「師団が来ると言うことは、街が1つ来るのと同義です。

 彼らに良くしておいて悪いことはありませんよ」


 小屋を差し出したことも、疲れた状態で延々と草刈りと整地をしたことも、これから師団から与えられるであろう快適な環境を鑑みれば安い代償だろう。

 部屋割りを決定した隊員は早速トレーラーから自分の荷物を積み降ろして行く。

 その途中で、ナツコはタマキへと声をかける。


「えへへ。

 確かに起きていて良かったです。

 シャワールームは使ってもいいですか?」


 宿舎に備え付けのシャワールーム使用許可を求めると、抜け駆けしたナツコに対してイスラとカリラが抗議の声を上げた。

 タマキは端末を確認して、クローテから送られてきた駐屯地地図を開いた。

 地図から施設一覧を呼び出すと、それを一瞥してナツコへと回答する。


「シャワールームの使用は好きにして構いません。

 ですが、師団の野外風呂が稼働開始しているようです。

 希望があれば予約を取りますが――」


 野外風呂という言葉には、ナツコ、イスラ、カリラだけではなく、遠くで聞いていたサネルマとリル、トーコも駆け寄ってきて手を上げた。


「サネルマ・ベリクヴィスト、野外風呂使用希望します!」

「あ、私もお風呂がいいです!」


 タマキはため息と共に全員分の女性用野外風呂の予約を取り付け、各員の端末へと師団駐屯地の地図情報を共有する。


「予約は取りました。よく働いてくれたご褒美です。

 ですがくれぐれも使わせて貰っている立場だと言うことを忘れないように。

 馬鹿騒ぎは厳禁ですからね」


 後半は特にイスラとカリラへ向けた物だったが、2人は「当然だ」と頷いた。


「本当に分かってるでしょうね。

 まあいいでしょう。

 荷物の運び込みが終わったら明朝までは自由時間です。

 しっかり体を休めるように」


 言いつけられると、隊員達は競うように荷物を自室へと運び入れに向かった。

 タマキは再び大きくため息をつくと、端末を操作して士官用浴場の予約を取り付けた。


          ◇    ◇    ◇


 師団駐屯地の建設は夜通し続き、翌朝には食堂が稼働し始めた。

 街が1つ来るというタマキの言葉通り、師団駐屯地には生活に必要なあらゆる機能が揃えられた。

 衣食住はもちろんのこと、病院や散髪所、整体院などの施設、バーなどの娯楽施設も用意された。


 高規格道路と師団駐屯地を繋ぐ道路も複々線化され、区画整備の完了した師団駐屯地にはそれを囲う防壁と、防護施設が着工開始した。

 間もなくレイタムリット基地からのエネルギー供給パイプラインが通り、それに伴って駐屯地内で工場が稼働し始める。

 食料生産プラントなど生活にかかわる物から、〈R3〉の部品生産工場や砲弾生産工場といった軍需工場までが瞬く間に着工し、メーカー関係者も駐屯地内にやってくる。


 延べ20000名近くを要するバスコーラス第1師団の来訪によって、ラングルーネ北部湿地帯に新しい街が生まれた。

 それはトトミ所属部隊と駐屯地内で働く民間人を吸収して、30000名を越える一大攻勢拠点となった。

 要塞化処理が施され正式に統合軍基地として登録されたこの地は、地方名と、この地の開墾に携わった小部隊の名前から、ラングルーネ・ツバキ基地と命名された。


          ◇    ◇    ◇


 ラングルーネ・ツバキ基地の登録とほぼ同時期、統合軍トトミ星系司令部情報科、宇宙観測部隊が、帝国軍による大型輸送船の降下を確認した。


 即座に輸送規模調査のため、多数の無人偵察機と、人工衛星による観測が行われる。

 人工衛星が帝国軍衛星軌道迎撃機によって撃ち落とされる寸前、最後に送った映像データには、ラングルーネ基地に存在する異質な物体が映っていた。

 陸上兵器としては余りに巨大なそれは当初データ転送の不具合と思われたが、翌日に再度敢行された無人偵察機による観測によって、再びその姿が捉えられた。


 全幅660メートル。全高175メートル。規格外の超巨大6脚装甲騎兵。

 通常の物理法則の範疇では陸上移動不可能とされるその巨体は、ラングルーネ基地西端を発し、レイタムリット基地を目指して侵攻を開始した。


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