第195話 クレマチス対空拠点陥落
明け方に開始された統合軍の砲撃。
砲撃自体は拠点周辺に展開された防壁に傷をつけた程度だった。
しかし帝国軍が応射開始するよりも早く、クレマチス対空拠点のある丘陵が突如はじけ飛んだ。
膨大なエネルギーが拠点中枢部を消滅させ、副次的に発生した熱と風が、警報が発令されて出撃準備に向かっていた帝国軍を薙ぎ払った。
この時点で帝国軍は人員の4割を消失。
稼働機体も半分に満たなかった。
統合軍はこの機に乗じて拠点攻略を開始。
重砲部隊が前進。
歩兵部隊を出すどころか、応射すら出来ない状態の拠点へと、距離を詰めながら榴弾砲を浴びせた。
帝国軍がようやく戦闘態勢を整え直した頃には、戦力は逆転していた。
指揮系統が乱れ、拠点機能が麻痺し、後方待避した拠点副司令も伏兵に討たれた。
拠点を半壊させた攻撃についても不明。
それでも帝国軍は攻撃部隊を編成し、迫り来る重砲部隊を排除するべく拠点から打って出た。
対する統合軍は幾重にも展開された伏兵と、縦横無尽に動き回り一撃離脱を繰り返す機動防衛によってこれを打ち破った。
重砲部隊は前進を続け、遂に対空拠点の要である対空レーダーを破壊。
拠点機能を完全に失った帝国軍は総退却を開始した。
帝国軍は統合軍伏兵から攻撃を受けながらも後方基地を真っ直ぐに目指した。
敵がろくな反撃も出来ない事を知ったタマキは、ただでさえ少人数の部隊を5つに分けて波状攻撃を仕掛け、帝国軍戦力を削れるだけ削った。
仕舞いには持ってきていた砲弾を撃ち尽くし、戦闘能力皆無の状態でクレマチス拠点へ入る有様だった。
既に太陽が高く昇っていた。
対空砲跡地に整列した隊員の前にタマキが立って指示を出す。
「大隊長へ報告に行くので待機を。
統合軍部隊が防衛についていますが警戒を怠らないように」
タマキは返事を受けると仮設された大隊司令部へと向かっていった。
隊員達は警戒しろとは言われたものの、仮とは言え司令部近くに居るので、真面目なフィーリュシカとナツコに周辺警戒を任せてくつろぎ始めた。
〈音止〉は122ミリと88ミリを撃ち尽くしたとは言え、主力装甲騎兵は存在するだけで歩兵にとっては脅威だ。
トーコは見た目だけはサボっているようには見えないよう気をつかいつつも、狭いコクピットに長時間詰め込まれていた体を大きく伸ばす。
「じっとしてろ。狭いんだ」
「2脚人型なんてただでさえ狭いのに複座にするからでしょ。
この距離で嘔吐され続けた前の席の人の気持ちも考えてよ」
「吐くような操縦する奴が悪い」
「何乗ったって吐くくせに」
険悪なムードが漂うが、当人達にとってはいつものことだ。
トーコは固くなっていた体を伸ばし終わると、水筒を手にして口をつけた。
一応視線を計器に向けていると、機体が小規模な揺れを観測していた。
付近での戦闘は終わっているから砲撃によるものではない。
となれば地震だろう。
南に位置するトトミ大半島は、トトミ中央大陸東部とは別のプレートにのっている。
2つの境界にあるラングルーネ地方では地震はよくあることだ。
トーコはそう結論づけて観測した揺れについてはそれきりにしようとしたが、ちらと後ろに視線を向けると、ユイが操作していた端末をしまい込んだのを見た。
「……ねえユイ。何をしたの?」
恐る恐る尋ねる。
ユイは目を細め、つまらなそうに答えた。
「別に何も」
「そんなわけないでしょ。
どういうつもりなの」
トーコが追求すると、やはりユイはつまらなそうに目を細めて、うんざりした様子で返答する。
「何も無かった。
最初から何もありゃしなかった。
それだけだ」
ユイは完全にしらばっくれるつもりで、それはきっと、タマキが追求したところで変わらないだろう。
トーコはこれ以上の詮索は無駄だと判断した。
「そう。分かった。
私も何も知らないからね」
「そうしろ。それが利口だ」
結局それ以上口をきくこともなく、タマキが戻ってくるのを待った。
◇ ◇ ◇
カサネ率いる第401独立遊撃大隊は、遊撃部隊でありながら帝国軍の重要拠点であるクレマチス対空拠点を占領した。
統合軍側の被害はごく僅かであったのに対して、帝国軍側は2000名にも及ぶ人的損害を出した。
この戦いによってラングルーネ基地北部における戦力バランスは統合軍側有利となった。
一部地域での戦力優位。
敵対空拠点無力化による航空偵察・航空兵員輸送ルートの確保。
第2次統合軍反攻作戦の戦略目標達成は、現実味を帯びつつあった。
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