第194話 クレマチス対空拠点攻略作戦

 ナツコとトーコ、フィーリュシカの3人は食料保管庫の探索を終えた。

 200人の研究員を長期間収容することを目的に建造された地下シェルターのため、食料備蓄は十分。

 ツバキ小隊9人が食べる分には手前の保管庫の食料だけでも十分すぎる量だ。


 奥には冷凍庫があったが、内部はマイナス30で準備無しの探索は不可能なため、存在することだけ確認。

 後は分子配列置換式食料生成プラントの存在も確認した。

 利用には何らかの権限が必要ではあったが、ユイが持つ偽装コードで認証は通るだろう。

 これが動けば、合成肉や合成野菜も生産できる。


 とりあえず食糧問題は解決していると判断して、保管庫から保存食をいくつか持って行くことにした。

 賞味期限は大丈夫だろうが、食べても問題無いかどうか、念のため確認する必要がある。

 備蓄された種類豊富な保存食から、1種類につき1つずつ抜き出していく。


「あれ、このケース開いてますね。

 中身も減ってます」


 ナツコが引っ張り出したコンテナの中。

 入っていたのはオレンジ色のパッケージに、大きく保存食メーカーのロゴと、小さく枢軸軍の国章のプリントされた保存食。

 だがケースの容量のうち、入っていたのは半分ばかりだった。


「こっちも開いてるね」


 トーコも手をつけたケースの中身が若干減っているのを確認した。

 ケース一杯に詰まっているはずの保存食から、2つばかり抜かれている。


「私たち以外にここを使った人が居るんでしょうか?」

「建造したときに誰かがくすねたんじゃない?」

「あー、それは有りそうですね」


 実際に統合軍でも保存食料の横領は往々にして起こり得る。

 特に比較的美味しいとされる保存食は、前線に届く頃には運搬ボックスの容量半分くらいが別の保存食に置き換わっていることも多々ある。

 軍事物資の抜き取りなどバレたら一大事だが、そのリスクを冒してまでも美味しいものを食べたいという欲求を満たす人間が少なからず存在するのだ。


「枢軸軍の人も、大変だったんでしょうね」

「100年以上続いた戦争だからね。

 褒められた行為とは言えないけど」


 報告用には十分だろうと、バックパック一杯に保存食を詰め込むと3人は食料保管庫を後にした。

 集合地点として定められた正面警備ゲートには既に他の区画の探索に向かった隊員も戻ってきていた。

 ナツコ達が合流すると、中枢区画からタマキ、ユイも戻ってくる。


「全員揃っているようですね。

 では報告をお願いします。イスラさんから」


 指名を受けたイスラは研究区画について報告する。


「医療系の研究施設だったんだろうが、機材はほとんど持ち出されてた。

 残ってたのは統合軍にもあるような医療器具だけ。

 機械をいじれる設備は無いと思っていい」

「そうですか。残念ですが、仕方ないでしょう」


 機械整備環境は必須では無い。

 今のところ〈R3〉も〈音止〉も通常動作可能だし、簡単な整備なら工具さえ有れば可能だ。

 タマキは視線をサネルマへと向ける。

 サネルマは頷いて、居住区画について報告をした。


「居住区画は200人分の宿泊機能がありました。

 小さいですが個室もあります。

 それ以外にも個室シャワー、15名程度同時使用可能な浴場、100名規模の食堂、談話室も複数。

 あ、もちろん個室トイレも十分な数があります。

 水道も動いてました。温水も使えます。

 一応こちらがサンプルです」


 サネルマは水筒にくんだ水を提出した。

 タマキは受け取ったそれを水質検査用のパックに少量注いで、検査紙の色を見て全ての検査値が正常範囲に収まっていることを確認する。


「飲用に適する水です。

 水問題は解決したとみていいでしょう」


 タマキは水筒を返却すると、フィーリュシカへ視線を向ける。

 彼女は淡々と報告を述べた。


「食料備蓄は十分。

 常温保存食100万食以上。

 その他に食料保存が予想される大型冷凍庫。

 分子配列置換式食料生成プラントの存在を確認。

 分子配列置換式食料生成プラントは使用に際して認証が必要」


 タマキは視線をユイに向けた。

 ユイは黙ったまま頷いて、食料生成プラントの認証解除は可能だと伝える。


「大変結構。長期滞在は可能ですね。

 一応中枢区画についても報告しておきます。

 地下シェルターは全ての機構が正常に動作しています。

 外部との連絡手段も存在するため、明朝以降に連絡をとります。

 それと、現在クレマチス拠点の存在する位置に対して、遠隔操作での攻撃が可能であることが判明しました。

 使用については大隊長と相談することになります。

 しばらくはここに潜伏せざるを得ないでしょう。

 荷物を居住区画へ運び込んだら休んで構いません。

 夜通しの移動で疲れているでしょう。十分な休息をとってください」


 命令に隊員達は敬礼で応じた。

 タマキが移動開始を促すと、隊員が荷物を取りに駐車場方向へ向かう中、ナツコが挙手して発言を求めた。


「なんでしょう、ナツコさん」

「はい! 食料保管庫から、保存食をいくつか持ってきました。

 期限は大丈夫そうなんですけど、食べても構いませんか?」


 ナツコはバックパックを広げて、持ちだしてきた保存食を示す。

 トーコも同じようにバックパックを広げた。

 タマキはその1つを手に取って、パッケージをあらためる。


「枢軸軍製造のものですね。

 期限は過ぎていませんし問題無いでしょう。

 ただし念のため開封前にパッケージの確認と、開封後に内容物に問題無いかの確認を」

「必要無い。

 今より食料製造技術は上だ」


 タマキの言葉にナツコとトーコは返事をしたのだが、それを遮るようにユイが述べた。

 タマキも「念のためです」と再度告げたが、そんなことお構いなしでユイはトーコのバックパックを漁る。


「勝手に漁らないでよ」

「うるさい奴め。もっとマシな奴を持って来れなかったのか」

「安全確認のために持ってきたの。

 ユイに食べさせるためじゃない」

「頼まれたってこんなもん食うか。

 む。これだこれ」


 トーコのバックパックを漁り終えたユイは、ナツコのバックパックを覗くなり、そこから1つ保存食を取り出した。

 オレンジのパッケージをした、大きくメーカーのロゴが入り、申し訳程度に小さく枢軸軍国章が印刷された保存食。


「それ、美味しいんです?」

「知るか」

「え、ええ……」


 ユイがあまりに嬉しそうに取り出した物だから尋ねたのだが一蹴されてしまった。

 ユイはそんなナツコに構うこと無く、パッケージを開けて中身の固形食料を1口囓る。


「安全確認を――。

 いいでしょう。問題無さそうですし。

 皆さんにも必要に応じて食事するように伝えておいて」

「はい、分かりました!

 ――美味しそうに食べますね」


 ナツコは返事をして、それから美味しそうに保存食を咀嚼するユイを見た。

 いつもは半分閉じた瞳を濁らせて、死人のような顔で保存食を囓っている彼女が、こんなにも嬉しそうにしている。


 ――もしかして枢軸軍の製造した保存食は美味しいのでは?

 そんな考えが脳裏をよぎり、持ってきた保存食を1つつまみ出した。

 パッケージに穴が開いていないことを確かめてから開封し、臭いをかいで腐ってないか確認する。

 固形状のそれは光沢を持つ茶色をしていて、弾力があった。


「1口だけ……」


 意を決して保存食にかぶりつく。

 弾力のあるそれはかみ切れず、必死にかみ切ろうと奥歯で噛むとじんわりと味がしみてくる。

 それでもかみ切れなかったそれから口を離すと、ナツコは正直な感想を述べた。


「これ、犬の餌ですかね……」

「お前にはお似合いだ」


 ユイは食べ終わった保存食のパッケージをナツコのバックパックへ戻して、大きくあくびをしてから荷物をとりに駐車場へと歩いて行った。


「うぅ……。

 枢軸軍の保存食にも当たり外れがあるんですね」

「それよりナツコ。

 バックパックにゴミ入れられたよ」

「はい、後で捨てておきます」

「突き返せばいいのに」


 トーコは意見するが、ナツコは「自分の持ってきたものだから」と気にしなかった。

 それよりも口をつけてしまったあまり美味しいとは言い難い保存食の方が問題で、どうして食べきろうかと頭を悩ませていた。


          ◇    ◇    ◇


 ツバキ小隊の地下シェルターでの生活は1週間にも及んだ。

 大隊とも連絡がとれ、クレマチス拠点攻撃について、統合軍としては拠点接収後に対空砲拠点として使いたいとしながらも、迅速な攻略が必要なのも事実として、自爆装置の使用については議論が続けられていた。


 議論が続く以上、ツバキ小隊は地下シェルターから出るという選択肢がとれない。

 長期滞在可能な地下シェルターは、生活に問題無いばかりか、統合軍基地よりも快適であった。


 食事についても冷凍庫から持ち出された冷凍保存食と、食料生成プラントによって作り出された合成肉が使用可能とあり、厨房では毎日のようにナツコが腕を振るった。

 温かい食事。時間を気にせず使える個室シャワー。掃除もロボットがやってくれるし、洗濯だって全自動だ。


 あまりに快適な生活が続くことに、タマキは危機感を持つ。

 こんな生活を続けたら気が緩みすぎて作戦行動に支障が出る。

 だが訓練させようにもここは枢軸軍建造の地下シェルター。

 戦後の技術革新よって産み出されたエネルギーパックの充塡は不可能だ。


 となると出来る訓練は限られる。

 銃弾の補充も限られる以上、もう走らせるくらいしか無いのだが、理由も無くシェルター内をひたすら走らせるのは不満を招く。

 それでも訓練時間を設定し、自由時間中でも生活規範の乱れを見れば即座に走ってくるよう罰を言い渡し、座学や応急手当訓練も組み込んで隊員が暇にならないよう努める。


 1週間経った頃には、すっかり快適な生活に慣れた隊員達とは裏腹に、タマキだけは疲れ果てていた。


「自由ほど辛いこともないわ。

 で、お兄ちゃん。結論は出たの?」


 大隊との朝の定時連絡で、タマキは単刀直入に尋ねた。

 声の調子からタマキが本当に疲れ果てていることを察したカサネは、機嫌を損ねないよう細心の注意を払いつつ回答する。


『作戦の実行が決定された。

 クレマチス拠点に対して大隊が総攻撃を仕掛けるのと同時に、そちらで自爆装置を作動して欲しい』

「分かった。作戦実行はいつ?」


 今すぐにでも自爆装置に手をかけたいタマキは尋ねる。

 まだ作戦実行が決まったばかりで日にちまで確定していない状況だが、カサネは応えた。


『可能な限り早く。

 準備が出来次第連絡する』

「ええ。そうして貰えると助かるわ。

 こっちも作戦に備えて準備を進めておく。

 報告は終了。他に何も無ければ切るわ」


 カサネはいくつか小言を言いたい気持ちを抑えて、最低限の注意だけに止める。


『自爆装置作動が最優先だ。

 それ以外については、率先して行動しなくて構わないからな』

「分かってる。心配しないで。やるべきことはやるわ」


 要件は済んだと、タマキは通信を終了した。

 それから自爆装置起動シミュレーション結果に目を通して、隊員達に召集をかける。

 作戦決行が近いのならば、多少のエネルギーパック消費も問題無い。

 この1週間で緩みに緩んだ緊張感を取り戻すべく、タマキは移動しながら訓練スケジュールを再設定し、1日中みっしり詰め込んだ。


          ◇    ◇    ◇


 指針が決まった後の行動は早かった。

 その日の夕方には詳細な日程が決まり、大隊は夜通しでクレマチス拠点総攻撃の準備を整えた。


 カサネ率いる遊撃大隊によるクレマチス拠点周辺への執拗な輸送隊襲撃は、若干の戦果を上げていた。

 しかし帝国軍も重要拠点であるクレマチスを失うわけに行かず、2大隊規模の防衛部隊を送り込んでいる。


 帝国軍戦力はおよそ3大隊規模。

 対する統合軍はカサネの1大隊と、特科から借り受けた重砲部隊が2中隊。

 兵力差は2倍以上。更に統合軍は拠点攻略側だ。

 通常なら拠点陥落は不可能であるばかりか、反転攻勢を招きかねない状況だった。

 それでも帝国軍が統合軍戦力を把握できず、拠点に籠もり防衛と輸送護衛に集中している今が好機であった。


 早朝、日の昇る前の空が藍色に染まる頃、特科の重砲が放つ砲撃音によって、クレマチス拠点攻略作戦が開始された。


 カサネの部隊は拠点攻略向きではない遊撃部隊だ。

 特科重砲部隊を守るべく機動防衛陣を展開しつつ、襲撃部隊を丘陵地帯に伏せて待ち構える。

 しかし帝国軍が打って出て来るよりも早く、砲撃に対する警報が発令され、出撃準備を整えているであろうタイミングで、カサネはツバキ小隊へと作戦開始を告げる通信を行った。


 コードツバキ。

 新たに設定された特殊作戦コードが発令されると、大隊所属兵士は静かにクレマチス拠点を見据えた。

 特科の砲撃が止まり、静寂に包まれたクレマチス拠点。

 それが位置する丘陵地帯。その中心に近い区画から、突如として火柱が上がった。


 前大戦時代の産物。

 宇宙戦艦に搭載された、大気圏外から地表を焼き払う主砲が地中から放たれ、光の柱となって空を貫いた。


 直撃を受けたクレマチス拠点中枢区画は一瞬にして消失。

 膨大なエネルギーによって副次的に発生した熱が周囲を焼き払い、爆風が轟音と共に吹き荒れた。

 拠点周辺に展開された降下艇を再利用した防壁が倒れ、それでも収まりきらなかった爆風が周囲の木々を払う。


 あまりの光景に、展開していた統合軍兵士の多くが呆然と光の柱を見つめていた。

 しかし発せられた大隊長の命令が彼らの意識を現実に引き戻す。


「コードツバキ、着弾確認。

 これより作戦を第2段階へ移行する。

 損害評価を急げ。

 攻撃部隊は戦闘用意。

 全戦力を持ってクレマチス対空拠点を占領。帝国軍戦力を駆逐する」


          ◇    ◇    ◇


 大隊司令部から送られてきた映像データを確認して、タマキは不満そうにため息をついた。


「事前の話と違います。損害は2割程度のはず」


 映像にうつされた爆発の威力では損害が2割で収まるはずがなかった。

 少なくとも3割。もしかしたら半数程度の損害があったかも知れない。

 指摘されたユイも不満たらたらに返答する。


「エネルギー放出型の特殊火薬だったから積みまして威力を増してやった。

 何が不満なんだ」

「事前に説明が無かったことです」

「説明したってバカには理解出来ん」

「理解出来るかどうかと説明を行うかどうかは別の話です。

 で、どこからそんなエネルギーを持ってきたというのですか」

「地下シェルターの地熱発電プラントから。

 9人で使うにゃ過剰なエネルギーだ。1週間かけて送り続けた」


 もう1度タマキは大きくため息をついて、「次から事前に説明しなさい」と言いつける。

 尚も不服そうだったユイだが、出撃準備を命じられると渋々〈音止〉後部座席に乗り込む。


 ツバキ小隊はいくつかあるシェルター出口のうち、〈音止〉が利用可能な1つを選択して地表へ向かっていた。

 エレベーターが到着が近いことを知らせると同時に、爆音が響く。

 ユイの事前の説明によると出口は使う直前に作るらしい。今の爆音によって外と繋がる通路が完成したと言うわけだ。


「各員、戦闘準備。

 出たら直ぐに戦場です。

 決して気を抜くことのないように。

 これよりツバキ小隊はクレマチス対空拠点へ側面攻撃を仕掛けます。

 撤退する帝国軍を可能な限り撃破して。

 残弾は気にしなくて構いません」


 地下シェルターで悠々とした日々を送っていたツバキ小隊だが、戦闘を目前にして士気は十分だった。

 残弾にもエネルギー残量にも気を遣わず戦闘できる。

 それだけでこれまでの襲撃戦よりずっと気楽だった。


「ツバキ8、先行して脱出地点の安全確保を」


 トーコが了解を返すと、エレベーターが到着した。

 扉が開ききるのを待たず〈音止〉が先行。

 形成されたばかりの横穴を進み、それはやがて廃坑へ繋がった。

 廃坑外の安全を確かめて〈音止〉が飛び出す。ツバキ小隊もそれに続き、戦術レーダーと対空レーダーが起動された。


「対空レーダー感あり。

 低空輸送ヘリです」


 サネルマから報告。

 クレマチス拠点から廃坑方面へ向けて飛来してくるヘリが捉えられた。

 拠点から南東、帝国軍占領地方面へ飛行していると言うことは、拠点から脱出して来たのだろう。

 そして、まだ戦闘が始まったばかりだというのに早々に退却するからには、搭乗者はそれなりの身分の人間であろうと予想された。


 タマキは口元に小さく笑みを浮かべて命じる。


「ツバキ2、対空攻撃! ヘリを撃ち落として!」

「了解しました!」


 〈ヘッダーン4・ミーティア〉の装備する40ミリ対空機関砲が低空飛行を続けるヘリへ指向。

 対空レーダーに捉えられたのを受けてヘリは回避機動をとったが、既に有効射程内に侵入していたため攻撃を回避しきれない。

 機関砲弾がなけなしの装甲を吹き飛ばし、更にローターシャフトに直撃して根元からへし折る。

 炎に包まれた輸送ヘリは粉々になって地面へと落下していく。


 撃墜を見たタマキは射撃停止サインを出し、それから隊員へ命じる。


「これより進軍します。

 派手に行きましょう」


 隊員達は大きな声で答え、クレマチス対空拠点へ向けて進軍を開始した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る