第193話 枢軸軍地下シェルター

 直径50メートル、高さ15メートル程ある円形のエレベーター。

 ツバキ小隊を乗せたそれは降下を続けていた。


 空調が完備され、気圧も管理されている。

 こんな巨大建造物が地下に存在しているというのに、統合軍も帝国軍も気付かない。

 それはまさしく現在では失われた技術を有していた、旧枢軸軍による産物であった。


「この施設は一体何ですか」


 タマキはエレベーター内の環境測定を終えるとユイへ尋ねた。

 ユイは落下の際に1人だけ尻餅をつき、立ち上がること無く座り込んで〈音止〉脚部にもたれかかっていた。

 彼女は鬱陶しそうにしながらも答える。


「枢軸軍が建造した地下シェルター」

「地下シェルター?」


 復唱して尋ねたタマキに対して、ユイは説明を加える。


「当時の主戦場は宇宙だったが、資源が採取できるのは地上だ。

 宇宙戦艦は宇宙空間から地表への攻撃能力を有していた。

 だから重要施設の近辺にシェルターを建造した。

 それが忘れられたまま放置されてる」


 地表が攻撃される可能性を考えて地下シェルターを建造する。

 その行動はもっともらしいものに見えて、実際はまるで見当違いだった。

 連合軍が戦線を押し返す原因となった〈ニューアース〉は、地表攻撃どころか惑星破壊可能な別次元の宇宙戦艦だった。

 更に連合軍反攻作戦は、枢軸軍が想定したような長期戦にはならず、100年以上かけて押し込んだ戦線を、わずか4年で開戦当初のラインまで押し返した。


 だから枢軸軍が建造した地下シェルターのほとんどは、当時最新鋭の隠蔽機構が組み込まれたせいで誰にも気付かれることなく、地中深くに残されたままになった。

 戦後21年たったいまでも、こうして稼働するシェルターが存在する。


 ここが枢軸軍による地下シェルターであることは間違いないだろうとタマキは納得しながらも、質問を続ける。


「何処で祖父のコードを手に入れたのですか」

「偽装コードだ。

 別に入り口が開きさえすれば誰のコードでも良かった。

 その点元帥のコードは軍事施設に対しちゃフリーパスだ。

 使い勝手が良い」

「でしょうね。

 枢軸軍施設を全て把握しているのですか?」

「ちょうどこの辺りのだけ知ってた」

「枢軸軍は軍事機密を厳重に管理していたはずです。

 地下シェルターの情報をどこで入手したのですか」

「どこの軍にも情報を漏らしちまう士官が1人はいるもんだ」

「とんでもないことです。

 規律をなんだと思ってるのですか」


 軍規を軽視した人間の存在にタマキは怒りを露わにするも、ユイは相変わらず鬱陶しそうに振る舞うばかりか、小馬鹿にしたように返した。


「戦果に目が眩んで無謀な進軍指示する少尉よりマシだね」

「中尉です。訂正なさい」

「知るか」


 訂正要求を聞き入れず、ユイは端末を取り出して操作し始めた。

 タマキは訂正については諦めて、情報を引き出せないか詰問を続ける。


「枢軸軍は何故この場所にシェルターを?

 当時の都市部からは距離があります」

「クレマチスだ。

 あの場所に枢軸軍の研究施設があった。

 ここはその研究員向けのシェルターだ」

「それもその士官とやらから聞いたのですか?」

「いいや。

 ここのネットワークにデータが残ってた」


 ユイは手にした端末の画面を見せた。

 地下シェルターのネットワークに接続されたそれには、シェルターの情報が表示されている。


「ネットワーク接続できたなら先に報告なさい」

「ひっきりなしに質問してくる奴が悪い」

「言い訳は結構。見せて」

「到着するぞ」


 タマキは手を差し出して要求したが、ユイはそれを聞き流す。

 ユイの言葉通り、降下を続けていたエレベーターは速度を落とし始め、やがて停止すると到着を知らせるベルが響き、壁の一部が開いた。


「全く。いいでしょう。アクセスコードを送って」

「分かったよ」


 これ以上直接質問されるくらいならと、ユイはアクセスコード送付を了承した。

 何はともあれ最下層に到着したため、タマキは隊員へと警戒しつつ施設内へ入るように指示を出した。


          ◇    ◇    ◇


 エレベーターから出ると開けた空間に出た。

 空調が行き届き、室温、湿度、気圧、酸素濃度、全てが快適な水準に保たれている。

 エレベーターと同規模の空間。入って正面には巨大な扉。

 警戒するよう命じられたため、〈音止〉に乗るトーコが先行した。


「各種センサ反応無し。

 敵は居ません」


 事務的に報告を済ませたトーコは、扉の前で〈音止〉を停止状態へ移行させると、コクピットから這い出した。

 目の前の扉には見覚えがあった。

 ワイヤーを使って降りると、左手に個人防衛火器を持ちながら扉の端を調査する。

 そして目当ての物を見つけた。


「あった」


 右手をかざすと反応があり、枢軸軍の国籍章が青白く浮かび上がった。

 コンソールが起動され、扉の開閉システムが立ち上がる。画面には認証コードを要求する文面が表示された。


「電源は生きてるみたい」

「当然だ。エレベーターが動いたんだ」


 ユイはふんぞり返ってそう告げながら、コンソールへ向けて歩く。

 〈R3〉を装備していない彼女の足は遅く、トーコも迎えに行こうとはしない。

 隊員達は扉の前で彼女の到着を待った。


「ハツキ島地下帝国に似てますよね」

「砂丘の地下にあった施設に似てる」


 扉を見上げていたナツコとトーコがほぼ同時に呟く。

 2人は顔を見合わせて、互いに先を譲り合い、結局トーコが先に尋ねた。


「砂丘以外にもこういうところがあったの?」

「はい。市街地の地下広範囲に広がっていて、地下帝国って呼んで子供達が秘密基地にしてたんです。

 砂丘にもあったんですか?」

「うん。枢軸軍の研究施設みたいの。

 もしかしたら市街地とも繋がってるかもね」

「そうだったら探検のしがいが有りますね!」

「多分あれ全部調べようと思ったら専門の調査機関が必要だと思う」


 汎用機とはいえ〈R3〉を装備した状態で1日中探索し続けたトーコにとっては、あの場所の探検は遠慮したかった。

 あったのは空っぽの研究施設だけ。

 歩き回って楽しい物でもない。


 ようやっとコンソールの元に辿り着いたユイが、偽装コードで認証を済ませ、扉の開放処理を実行した。

 巨大な扉が音を立ててゆっくりと開き始め、完全に開ききるとその状態でロックがかかった。

 再び〈音止〉に乗り込んだトーコによって先の安全が確かめられて、ツバキ小隊は枢軸軍地下シェルターへと入った。


 電源が生きているため通路は明るく照らされていた。

 〈音止〉が通行可能な通路は、車両での移動を念頭に設計された物だろう。

 通路を構成する壁の構造を見て、ナツコは声を漏らす。


「やっぱり。地下帝国とそっくりですね」

「あそこもシェルターだったのかもな。

 ここと比べりゃ大分浅い位置にあったが、統合軍も気付いてないようだったし」


 ナツコの言葉にイスラが応える。

 2人の会話を聞いていたタマキは、ため息と共に率直な感想を述べる。


「地下帝国だなんて物騒な名前ですね」


 子供の秘密基地に対してつけられたにしては物騒この上ない名前ではあった。

 ナツコも首をかしげて、疑問を口にする。


「そう言えば、どうして地下帝国って呼ぶんでしょう?

 孤児院の兄弟もみんな、地下帝国って呼んでました」

「そういう歴史なのですわ」

「そういうこと」


 カリラとイスラは知ったような口をきく。

 何も知らないナツコは尋ねた。


「どんな歴史なんです?」

「ナツコちゃん世代だとその辺聞いたことも無いのか」


 イスラ達にとっては常識らしく、小馬鹿にしたように笑う。

 しかしナツコはそれに対して無邪気に瞳を輝かせて「是非教えてください」と頼み込んだ。

 彼女の素直な頼みにイスラは小さく笑って「仕方ない」と前置きして語り始めた。


「地下帝国が誰でも遊べる場所になったのはあたしらが子供の頃くらいなのさ。

 その前までは皇帝と呼ばれるガキ大将が君臨し、暴力と力によって地下帝国全体を統治していた」

「暴力と力は違う物なんです?」


 イスラの言葉にナツコは首をかしげる。

 しかしイスラはその疑問を笑い飛ばした。


「それくらい暴力一辺倒の統治だったってことさ。

 誰も皇帝に逆らうことが出来ず、帝国幹部によって分割統治された地下帝国に子供が立ち入ろう物なら即座に捕獲され、監禁され、拷問を受け、皇帝に従順な奴隷になると誓わされたらしい」

「うわぁ……。

 でも、その皇帝さんも子供だったんですよね?」

「そうらしいが、あんまり詳しい話はきかないな。

 何があったか分からんが、突然皇帝が居なくなって、地下帝国は子供の遊び場になった。

 だが当時の帝国幹部達は今でも皇帝の帰還を地下帝国の秘密区画で待ちわびているらしい」

「噂、ですよね……?」


 流石にそんなことはないだろうと、ナツコも半信半疑で尋ねる。

 イスラは問いかけに真面目に答えるつもりはないようで、適当に笑ってあしらった。


「サネルマさん、知ってます?」


 ナツコはイスラを諦めて、サネルマへと問いかける。

 彼女は最年長だし、ハツキ島での人脈も豊富だ。何か知っている可能性はあった。

 だが彼女はかぶりを振った。


「うーん。皆目見当もつかないですね」

「そうですか、残念です」


 話している間に、ツバキ小隊は通路の最奥に辿り着いた。

 入り口にあったのと同じ、重厚な扉が待ち構えている。

 トーコが〈音止〉を操縦して扉脇のコンソールを起動させると、後部座席に座るユイが偽装コードを使って扉を開ける。


 扉の向こうはまた開けた空間だった。

 しかしその向こうにある扉は、これまでとは打って変わって簡素な物。

 どうやらここは駐車場のようだった。

 傍らには大型ハンガーがあり、早速イスラとカリラがそれに飛びつく。


「こりゃ宙間決戦兵器用だな」

「〈音止〉には大きすぎますわね」


 ハンガーは使えなさそうだが入り口はとても7メートル級装甲騎兵が入れるほど大きくはない。

 タマキはトーコへと装備解除を告げ、ユイへ尋ねる。


「この中は安全でしょうね」

「無い」

「――信じましょう。

 各員装備解除。個人防衛火器と食料、飲料水だけ持って」


 タマキの指示を受けて、〈音止〉は大型ハンガー前で停止状態に移行。

 各員も〈R3〉を解除し、〈音止〉から降ろした格納容器へとしまっていく。

 装備は拳銃と個人防衛火器のみ。

 水筒と保存食料を鞄に詰めて背負うと、扉の前に整列した。


「ロック解除を」

「かかっちゃいない」


 ユイの言葉に、タマキはフィーリュシカへと目配せした。

 彼女はこくりと頷くと、ドアへと手を伸ばす。

 手の接近を感知した扉は横にスライドして開いた。


「問題無い」

「全員中へ」


 フィーリュシカからの報告を受けて次の指示がなされる。

 念のため警戒しながらも、隊員達は中へと入った。

 正面は警備ゲート。だが無人で、ゲートは開きっぱなしだ。

 タマキはシェルターのネットワークへ接続すると、地図情報を取得し、隊員と共有した。


「シェルターはおよそ200人収容可能な規模です。

 手分けして内部探索を。

 飲料水の発見を最優先。

 居住区画、食料、並びに整備環境の有無も確認を。

 ただし単独行動は控えるように」


 指示を受けて、各員はチームを組んで探索を開始する。

 研究区画へはイスラとカリラが。

 食料保管庫にはナツコとトーコ、フィーリュシカが。

 居住区画にはサネルマとリルが。

 そしてタマキはユイを連れてシェルター中枢区画へ向かった。


          ◇    ◇    ◇


 認証を偽装コードで通過して、タマキとユイはシェルターの中央コントロールルームへ入った。

 元帥の認証コードで入ったため既に全てのロックは解除され、メインコントロールシステムは起動されていた。


「なるほど。

 元帥のコードは便利ですね。

 わたしの端末にも送ってください」

「本人に頼め」

「頼めるなら頼んでいます」


 タマキの要求に対してユイは応えようとしない。

 彼女はメインコントロールシステムの操作盤にとりつくと、手早く操作して必要な情報を取り寄せる。

 正面大型ディスプレイには、シェルター稼働情報を示すデータが所狭しと表示された。


「電源は地熱発電プラントだな。機械寿命もあと30年は問題無い。

 空調、気圧系も問題無し。

 浄水装置も動いてる。蛇口捻れば水は出る」

「シャワーもトイレも使えますね。

 喜ばしいことです。

 外部との連絡手段は?」

「隠蔽機構のせいで今は使えないな。

 ――外部アンテナが生きてる。

 あの廃坑内部だな。隠しアンテナがあるらしい。起動するか?」

「少し待ちましょう。

 帝国軍が作戦行動中でしたから、落ち着いた頃合いを見て連絡をとりましょう」

「真っ当な判断だ。

 シェルター内のシステムは全て正常だ。

 自爆装置も使える」

「何ですって?」


 物騒過ぎる装置に、タマキは思わず聞き返す。

 ユイはそれに応えるように自爆装置の詳細を表示させた。


「連合軍にシェルターを発見されたら、秘密を守るため研究員ごとシェルターを吹き飛ばすそうだ。

 秘密主義もここまでくると病気だな」

「全くです。

 間違っても起動しないようにしておいて」

「どうせ多重ロックかかってるから操作ミスで起動することはない」

「それならいいでしょう。

 ――待って。自爆装置の威力は?」


 タマキは自爆装置に関するさらなる詳細を求めた。

 ユイは「ろくでもないことを考えるな」と口にしつつも、装置仕様に目を通して概要を述べる。


「隠蔽機構ごと地下シェルターを内側から破壊し尽くす。

 研究データも、研究員も跡形も無く消え去るだろう」

「地表への影響は?」

「無い」


 ユイは断言したが、それにタマキは納得しない。

 もし本当に地表に影響が無いのだとしたら、それは枢軸軍にとって大問題であるはずだった。


「この地下シェルターはクレマチス拠点にあった研究所の職員を収容するためのものでしたね」

「そう書いてあった」

「だとしたら、秘密主義の枢軸軍はもう1つ自爆装置を用意しているはずでしょう」

「ん? 確かに一理ある。

 ネットワークを調べる」


 わざわざ地下シェルターに自爆装置をしかけてまで情報流出を防ごうとする枢軸軍が、研究施設そのものからの情報流出に対して何の対策もとらないはずがない。

 そして惑星トトミにおける統合軍の記録には、クレマチス拠点付近で大量の爆発物が発見されたという記述は一切存在しない。

 だとしたら、まだ残っているはずだ。


 ユイがシェルターのネットワークから繋がる別系統のネットワークを検索すると、直ぐにそれは発見された。

 有線ケーブルで接続された、クレマチス拠点地下にある施設。

 枢軸軍による隠蔽処理が施されたそこには、大戦中地表にあった研究施設を跡形も無く吹き飛ばせるだけの特殊火薬が用意されていた。


「遠隔起爆可能だな。

 被害範囲は――当時の地図だな」


 表示された被害マップには、統合軍、帝国軍の手が入る前の丘陵地帯が描かれていた。

 その一部が赤く着色され、地表に存在する全てが破壊される区画を示す。

 オレンジは破壊率50%。黄色は25%。爆風による影響を受ける可能性のある地域は緑で塗られる。


「現在の地図と重ねて」

「分かってる」


 被害マップの画像を読み取り、現在のクレマチス拠点周辺丘陵地点へ重ね合わせる。

 研究施設は200人規模であり、施設も集約されていたようなので、破壊範囲はそこまで広くない。

 起爆した際のクレマチス拠点破壊率は20%程。


「20%あれば十分ね。

 多重ロックは外せると考えて構いませんね」

「面倒なことを」

「準備しておいて。

 大隊が攻撃を仕掛けるタイミングで起爆出来るように」

「なんであたしが」

「他に出来る人が居ますか」


 ユイは顔をしかめてタマキの顔を睨んだが、拒否することは無かった。

 「進めておく」とだけ告げて、自分の端末をメインコントロールシステムへ接続し必要なデータのダウンロードを開始した。

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