第192話 早すぎた侵攻
ツバキ小隊は夜のうちに南下を続け、明け方頃にクレマチス対空拠点東部森林地帯に入った。
森林内にあった小さな崖を野営地と定め、無人偵察機に発見されないよう偽装網を張り、装備や物資を隠しておくスペースを確保するため横穴を掘った。
洞穴に隠れることについてユイが「とても文明人のやることとは思えない」と苦言を呈するが、もちろんそんな意見が聞き入れられることはなかった。
直ぐには行動開始せず、その日は周辺偵察に努める。
夜通しの移動と野営地設営で疲れた隊員に十分な休養をとらせ、これから始まる敵地遊撃戦の下準備が整えていく。
「ウォーマは落ちそうなのか?」
休憩時間に入ったイスラがタマキへと問いかける。
タマキは大隊司令部から届いた戦況レポートを精査していたが、顔を上げると質問に答えた。
「ええ。このまま行けば数日中に占領できそう。
わたしたちが先行して奥地に入ったから、前倒しで作戦を進めてるみたい」
「わたしたち、じゃなくて、タマちゃんだろう?
相変わらずのシスコン司令官だな」
「上官の侮辱は止めなさい。訂正を」
「悪かったよ。大隊長閣下ね」
「そっちはどうでもよろしい」
指摘に対してイスラは「失礼しました中尉殿」と訂正を施した。
それにはタマキも満足し、まとめていた簡易レポートを見せる。
「珍しく特科から砲撃部隊借り入れたみたい。
ウォーマ拠点周辺の活動も徹底的に進められて、小隊規模での出撃すら各個撃破仕掛けています。
主要山道の連絡線も〈I-K20〉まで投入して寸断させたみたい」
「あらま。本気だな」
特科から引き抜いた4脚重装甲騎兵〈I-B19〉の部隊は、これだけで小さな拠点を吹き飛ばせる。
重装なのでリーブ山地を越えて到着するまでに時間を要するだろうが、届いてしまえばウォーマ拠点はひとたまりも無いだろう。
そうでなくても、遊撃部隊を排除するため出撃した小隊に機動戦を仕掛けて撃破しているし、ウォーマ拠点の生命線とも言える主要山道ルートの補給線を、主力装甲騎兵まで投入して寸断している。
これだけで帝国軍が撤退開始する可能性もあった。
カサネとしても、撤退するならそれで構わないし、打って出てくるなら機動戦闘で各個撃破するだろう。もし籠城されたら、砲撃部隊で拠点ごと焼き払えばいい。
「この方面の作戦は上手くいきそうだな」
「そう簡単にいけばいいですけどね。
統合軍の攻勢にとって重要な拠点である以上、帝国軍が本腰入れて守りに来る可能性もあります。
現在の戦力はクレマチス、ウォーマ合わせて大隊規模ですが、戦況不利とみれば援軍を寄こすでしょうし。
――だからあまり過剰に攻めて欲しくはなかったのです」
最後の一言はカサネに対する批判であったが、イスラは聞かなかったことにした。
そもそも彼女はそう言いながら、ウォーマ拠点に張り付いた1週間で、相手に対し遠慮することなく、襲える敵は全て襲っている。
「それで、あたしらの行動開始はいつ頃だい?」
問いかけにタマキは「考え中」としながらも、戦況レポートを確認してから述べる。
「少なくとも、大隊がウォーマへ仕掛ける際には陽動のためクレマチス方面になんらかの行動を起こします。
ここまで予想以上に上手く入り込めましたから、存在を隠し続けるのも良い選択でしょう」
「そりゃないぜ。
襲撃しよう、襲撃」
折角野営を延長したのだからと子供のように要求するイスラ。
タマキはため息をついたが、帝国軍に対する襲撃を行いたいという気持ちも多少なりとも持ち合わせていた。
「考え中です。
仕掛けるにしても隠れ続けるにしても、まずは現状把握からです。
今日は周辺把握に徹して、明日からクレマチス周辺の偵察を始めましょう」
「了解。
ま、きっと上手くいくさ」
「敵地に居ることを忘れずに。
緊張しすぎても困りますが、あまり楽天的すぎるのも問題です」
「分かってるよ中尉殿。
それじゃ、休憩させて貰うよ」
タマキはため息と共にイスラを見送った。
ツバキ小隊のクレマチス対空拠点での活動は始まったばかり。
周辺偵察を終えたら敵情視察。
その後どう行動を起こすかは、それから考えることになるだろう。
このときのタマキは、そう思っていた。
◇ ◇ ◇
「全員起きて。緊急出撃」
ツバキ小隊がクレマチス拠点方面に入った翌日の夜。
洞窟内で休んでいた隊員の元にタマキの声が響いた。
重ねられた訓練によって隊員は「緊急出撃」をきくと反射的に起き上がり、直ぐさま現状確認、ヘルスチェックを済ませ機体の元へ走った。
「ウォーマ拠点の帝国軍防衛部隊が退却を開始してます。
ツバキ小隊は速やかに移動。全機出撃。
可能な限り荷物を持って」
指示に対して夜間哨戒に当たっていたサネルマとリルは各員の〈R3〉格納容器を持ちだしてきて、それぞれの装着をサポートする。
装着装置を持ち込めなかったので装着は全て手作業。
だがイスラとカリラが居るおかげで、全員の出撃準備が整うまで5分とかからなかった。
隊員達は機体に荷物を積み込み、必要に応じて携帯食料を口にする。
1人、未だに寝ぼけていたユイは、トーコに担がれて無理矢理〈音止〉の後部座席に押し込められ、無事に準備完了したと報告が為される。
「全員揃いましたね。
これより南東方面へ進路をとります」
「南東?
ウォーマが撤退してるってことは大隊が攻撃しかけたんだろ?
だったらクレマチスに陽動作戦起こしに行くんじゃないのか?」
イスラが挙手して尋ねると、タマキはかぶりを振った。
「大隊の攻撃は歩兵携行迫撃砲による軽微な物でした。
しかし帝国軍は総退却を開始しています」
夜間砲撃に乗じての総退却。
移動先は後方のクレマチス対空拠点になるだろう。
その後の帝国軍の行動はどうなるか。
イスラには分からず、「何が問題なんだ?」と問いかけた。
「帝国軍が退却する原因となったのは、紛れもなく所属大隊の執拗な遊撃戦です。
こちらの虚をついて総退却した以上、クレマチス拠点では対遊撃戦の対策をとるつもりでしょう。
撤退中の部隊を吸収したクレマチス拠点部隊が、偵察ラインを拡充し、こちらの侵入を許さない防衛陣地を構築する可能性があります。
そうなっては我々は完全に孤立してしまいます。
――いえ、恐らくもう手遅れでしょう。ですから、更に奥地へ侵攻します」
タマキがそう決断した以上、それは決定事項だ。
サネルマは不安そうに〈音止〉に積んである貯水タンクを見た。
ウォーマ拠点陥落後に大隊から補給を受けられるのであれば備蓄量は十分だっただろう。
しかしクレマチスより更に奥地へ入り、次に補給が受けられるのは未定となれば、不安が残る。
どれだけ兵器が進化しようが人は人だ。水なしには生きられない。
「ええ。心配なのは理解しています。
ですがここに留まれば、戦闘になるのは時間の問題でしょう」
「はい。分かっています。
大丈夫、きっとなんとかなりますよ」
「ええ。そう信じましょう。
フィーさん先頭を。リルさん、後方警戒に当たって」
指名された2人が応答すると共に、ツバキ小隊は南東方面へと進路をとった。
天候は回復し、紺色の空には線のような細い月と星々が輝いていた。
◇ ◇ ◇
「敵機。南方1200」
先頭を進んでいたフィーリュシカが報告と共に停止し、体を低く伏せた。
続く隊員達も停止し、即座に周辺警戒を開始。
タマキは目を凝らし、注視点ズームで前方を確かめるが敵の姿は認められない。
しかしフィーリュシカが報告した以上、それは真実だと判断した。
「詳細は分かりますか?」
「〈B-6〉を主体とした偵察分隊。
所属大隊がこれまでと異なる」
「援軍?
こんなタイミングで――。いえ、このタイミングだからこそでしょうね」
後方所属大隊からの援軍。
偵察分隊が主要道から外れた森林内を移動している以上、なんらかの作戦が既に開始されているとみて間違いない。
「転進し東へ。ソウム方面へ抜けつつ退路を探ります。
ステルス機構を使用するので各員距離をつめて」
戦術レーダーを警戒し、タマキはステルス機構を使用する。
エネルギー消費の激しい機構ではあるが、この状況でけちってはいられなかった。
『だからあたしゃ反対だったんだ。
戦果に目が眩んで愚かな選択をしたな』
ようやく目が覚めたのか、〈音止〉後部座席に押し込められていたユイが眠たげな声を発する。
「後からならなんとでも言えます。
今回の大隊長の過剰な行動と、帝国軍の迅速な退却は予想外でした」
『予想外のことが起きても対応出来るようにして初めて一人前の士官だと思うね』
「肝に銘じておきます。
今はともかく移動を」
批判に対してタマキは反論しようとせず、まずは部隊の安全を優先して移動指示を出す。
しかしそれに反するようにユイは続けた。
『今回は運が良い。
東北東へ進め』
ユイから移動方向の指示が出たことに、タマキは眉を潜めた。
「指揮官は私です」
『どうでもいい。
あたしゃ死にたくない。お前もそうだろう。
身を隠すのにちょうど良い場所がある』
「敵勢力圏内です。
そんな都合の良い場所がありますか」
『良いから行け。
何があるか分からん場所に向かうよりマシだ』
ツバキ小隊の戦術データリンクに地図情報が共有された。
現在地から東北東。距離にして900メートルの位置。
タマキは戦術マップを睨んだが、決断を躊躇していられる状況ではない。
それでも確認のため問いかける。
「間違いないでしょうね」
『あたしゃ自分が死ぬような真似はしない』
それだけで十分だろうという回答に、タマキはやむなく決断を下した。
「信じましょう。
進路を東北東へ」
ツバキ小隊はその場で転進。
なだらかな丘陵を下り始めた。
植生が薄くなり、飛行偵察機に見つかる可能性を危惧しながらも、迅速に移動する。
しばらく進むと完全に森が途絶え、丘陵に大きな裂け目が現れた。
暗視スコープで周囲の様子を確認したタマキは、そこに廃坑と思われる人工物があることに気がつく。
「廃坑ですか?
データにはありませんが、帝国軍は把握しているはずです」
タマキは通信機を使って尋ねたのだが、ユイは〈音止〉コクピットから這い出していた。
寝ぼけていたところを連れてこられた彼女は制服姿のままで〈R3〉を装備しておらず、〈音止〉の手に乗って地面へと降り立つ。
「おいゆっくりおろせ。
全く、これだから半人前は」
文句を言いつつも地面に降りた彼女は、吐き気を堪えて暗視スコープを寄こすように手招きする。
サネルマが応じて暗視スコープを渡すと、彼女は早速装着して周囲を見渡す。
「地形が変わってるが、確かこの辺りだ。
坑道の入り口からもっと向こうだったはずだ」
「はず?」
不穏な言葉にタマキが確認をとると、ユイは不機嫌そうな表情を浮かべる。
「あたしゃ天才だが何から何まで覚えていられるわけじゃない。
問題無い。場所はあってる。
こっちだ」
裂け目に沿って廃坑と反対方向に進み、少し行ったところでユイは立ち止まった。
端末を手に、周囲を行ったり来たりする。
「敵機接近中」
そんな最中フィーリュシカが淡々と報告した。
「ユイさん。もう時間がありません」
「分かってる。この辺りだったはずなんだ。
おいフィー。分かるか?」
焦るタマキが急かすと、ユイも自分で探すのを諦めてフィーリュシカに助力を要請した。
尋ねられた彼女は、迷うこと無くユイの居る場所から10メートルほど離れた、赤茶色の地面を示した。
「こっちか。
全く、入り口くらいもう少し親切に設計しろ。間抜けな技術者め。
全員集まれ。扉を開ける」
何もない地面を示し、ユイが指示した。
廃坑の入り口からも、丘陵に開いた裂け目からも離れた位置。
タマキは困惑しつつも、ここまで来てしまった以上信じるしか無かった。隊員へ集合を命じる。
その場に全員が集結すると、ユイは端末に指を走らせた。
「入り口が開く。
落ちるから気をつけろ」
「落ちる?」
問いかけに答えることもなく、彼女は端末に現れた決定ボタンを叩いた。
何も無かったはずの地面に円形の青白い微かな光が灯る。
円の中心に立つユイの足下には、旧枢軸軍の国籍証が浮かび上がった。
『――正常起動。
認証コード確認……。
――認証。ようこそアマネ・ニシ元帥閣下。
ゲート解放。足下にご注意下さい』
無機質な電子音が足下から微かに響いたかと思えば、がこんと、大きなロックの外れる音が響いた。
全員が身構えると、足下の地面、青白い円の部分が沈下し始めた。
地面ごと降下し、10メートルほど下がると停止。
「お、おおう?」
ナツコが足下の地面を確かめて声を上げる。
落ちると言うから身構えていたのに、実際はエレベーターの降下と変わりなかったので驚いたのだった。
「到着、ですか?」
青白い光に照らされた周囲は全て土の壁。
それを不思議に思って尋ねたのだが、ユイはバカを見るような蔑んだ視線を向けて、それから答えた。
「少しは人の話を聞け。
落ちると行っただろう」
「え?」
きょとんとした表情で聞き返すと同時、足下の地面が2つに割れて、土の壁へと吸い込まれていった。
足場を失ったツバキ小隊の隊員は、そこから自由落下を開始した。
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