第191話 ウォーマ拠点遊撃戦

 第2次統合軍反攻作戦。

 今回も戦略目標はラングルーネ基地の占領と定められた。


 ツバキ小隊の所属する第401独立遊撃大隊は、反攻作戦に先立ち、主戦支援のためラングルーネ地方へ向かう。

 冬の終わり、今だ凍えるように寒いリーブ山地を越え、その南東側に到達。

 デイン・ミッドフェルド地方とラングルーネ地方、ボーデン地方の交わる山中に大隊司令部を設営した。


 攻略目標は、丘陵地帯に構築された帝国軍対空砲陣地。通称クレマチス対空拠点。

 この地点に対空砲陣地が存在すると、ラングルーネ基地攻略の航空偵察・兵員輸送に大きな影響が出る。

 何としてでも主戦開始前に無力化しておく必要があった。


 大隊長のカサネは、部隊を複数に分割し、それぞれの部隊長に独立行動可能な権限を付与した。

 クレマチス対空拠点周辺における、帝国軍の兵站破壊、後方連絡線寸断、戦力削減を達成可能なあらゆる戦術活動を許可し、大隊司令部は偵察と連絡に徹した。


 本来であれば小隊にも満たないツバキ小隊ではあるが、〈音止〉を所有していることと、タマキが単独行動を許可してくれないなら他の部隊に行くと駄々をこねた結果、単独部隊としての行動を許された。

 まずはクレマチス対空拠点よりリーブ山地寄りに突出した防衛拠点、ウォーマ拠点を標的とし、補給線を寸断すべく襲撃を開始した。


          ◇    ◇    ◇


「こちらツバキ7。目標地点に到達。

 天候は曇り――雨雲が近いから一雨来そう。襲撃には良い天気よ」


 ウォーマ拠点より東に2000メートル程。

 木の生い茂る丘陵地帯の超低空を単独飛行するリルが報告した。

 ツバキ小隊は敵の偵察ラインを通り抜け、ウォーマ拠点東部に陣を張っていた。

 既に大隊の別部隊がウォーマ・クレマチス間の補給ラインに張り付き襲撃を仕掛けている。

 襲撃から逃れるため東部丘陵地帯を経由して輸送する可能性はあると、タマキは予想していた。


『了解。そこから先は拠点の防衛ラインに触れます。

 南下しつつ索敵を。

 発見次第撃って構いません』

「了解。

 進路を南方へ。

 拠点から離れたら高度上げるわ」


 リルは進路を変更。

 木々の間を縫うように、大きく弧を描いて旋回し、そのまま丘陵の斜面に張り付くように低空飛行を継続。

 南方へ十分移動すると、上昇をかけて木々より上に出た。


「〈I-9〉ラインまで到達。

 雨が降り始めた。薄いけど霧も出そう」

『了解。

 飛行困難と判断したら引き返して構いません』

「問題無い。

 このまま索敵続行するわ」


 雨と霧で視界は良好とは言えない状況であったが、リルは引き返さずそのまま南方へと進路をとる。

 〈Rudel87G〉にレーダーの類いは積んでない。

 頼れるのは自身の視力だけだ。


 斜面の植生は濃いが、葉が落ちているため視界はそれなりに通る。

 くまなく周囲を観察していると、視界の端で木の枝が大きく揺れた。

 それを見逃さなかったリルは高度を下げつつ、異変のあった地点を注視。機体に搭載されたカメラが注視点を拡大し、メインディスプレイに表示する。

 そこには敵の姿があった。


「ツバキ7よりツバキ1。

 敵発見。距離1200。発見位置共有。

 〈バブーン〉改修型輸送機と護衛歩兵1分隊」


 丘陵地帯の森林内を移動していたのは、4脚装甲騎兵〈バブーン〉と護衛歩兵。

 〈バブーン〉は輸送向けに改修され、機体上部には物資がうずたかく積まれていた。


『小部隊ですね。

 〈バブーン〉の破壊は可能ですか?』

「そのための30ミリ砲よ。

 1000まで近づいて仕掛ける」

『了解。任せます。

 ですが攻撃不能とみたら速やかに撤退を』


 リルは返答しながらも、引き返すつもりはさらさらなかった。

 コアユニット出力を上げずに、低速のまま接近を開始。

 出力を上げれば駆動音の大きい〈Rudel87G〉は感知されてしまう。こればかりは機体特性上仕方が無かった。

 それでも木々の間をゆっくり進む帝国軍輸送分隊との距離はあっという間に縮んでいく。

 

「――距離1000。

 仕掛けるわ」


 報告と同時にコアユニット出力を最大まで引き上げる。

 速度を保ったまま高度を上げると、感知した敵部隊が一斉に攻撃を開始。

 しかし攻撃は相手が飛行偵察機とみたのか機銃弾のみ。

 リルは回避行動をとること無く防御装甲で機銃弾を受け止めると、射線を通し、30ミリ速射砲を斜め下方へ向けた。


「まずは〈バブーン〉から」


 腰の両側に備えられた30ミリ速射砲が火を噴いた。

 轟音と衝撃を伴って射出された30ミリ徹甲焼夷弾は、正確無比に〈バブーン〉脚部を捉えた。

 輸送型改修がなされ追加装甲を外されていた〈バブーン〉は30ミリ砲に対する防御能力を持たず、右側2脚を喪失。移動能力を失った。


 射撃の反動と急減速により一時操縦不能に陥ったリルであったが、強引に機体を引き起こし、地面衝突寸前で飛行状態に戻る。


「ホント、少しも気の抜けない機体だわ」


 愚痴りながらも、木々の間を縫うように射線を確保すると、行動不能に陥っていた〈バブーン〉の後部排熱口へ向けて照準し発砲。

 着弾確認することもなく、高度を失った機体を持ち上げるように地面を強く蹴ると、ブースターに点火して速度回復。強引に飛行状態に入った。


「〈バブーン〉破壊。

 追撃可能よ」

『了解。

 敵編成確認――指揮官機を優先撃破』

「指揮官機ね」


 大きく旋回しつつ、コアユニット出力最大のまま速度を稼ぐ。

 1発撃つ度に失速していては効率が悪すぎる。

 しかし高度を上げれば誘導弾が飛んでくる。

 旋回性能の低い機体で、丘陵の森林地帯を低空飛行しつつ速度を稼ぐのは至難の業ではあったが、優れた視力によって地形を先読みし、競技選手として鍛えた操縦技能で障害物を避けつつ飛行する。

 速度がのってしまえば、後はリルの独壇場だった。


 襲撃者が十分な装甲を備えた飛行可能機であると理解した帝国軍部隊は機関砲や対空砲で攻撃を仕掛けるが、対空レーダーの感知高度より下を飛行するリルは、その全てを回避し尽くした。

 飛行の邪魔をする木々は、敵の攻撃をも阻む。

 天候は雨。それに薄く霧も出ている。

 この好条件に加えて十分な速度があれば、攻撃の照準を狂わせ、回避することは容易だった。


「敵分隊分散。

 指揮官機の位置は把握してる」


 敵分隊は〈バブーン〉の残骸から離れ、散開した。

 この天候でバラバラに森林内に隠れられたら全て見つけ出すのは難しい。

 全滅を避けるには良い選択だっただろう。


 だがリルは優先攻撃対象である指揮官機〈ヘリオス12〉からは目を離さなかった。

 その位置を確実に捉え、そして一気に高度を上げると強引に射線を通して仮想トリガーを引き抜く。


 30ミリ砲が火を噴き、回避行動をとった〈ヘリオス12〉の足下で炸裂。

 焼夷弾が爆ぜ、赤々とした炎が上がる。

 直撃はしなかったが、地面を吹き飛ばされた影響で敵機は機動能力を低下させていた。

 躊躇すること無くリルは敵機との距離を詰める。

 相対距離は見る間に縮まり、逃走を諦めた敵機が12.7ミリ機銃を乱射するも、全て防御装甲で弾き返す。


 完璧に真上をとったリルは急降下を敢行。

 必死に緊急回避する敵機であったが、真上をとっている以上、何処へ逃げようと無駄だった。

 回避先へと照準が定められ、30ミリ砲の仮想トリガーが引かれる。

 放たれた徹甲焼夷弾が容赦なく〈ヘリオス12〉を貫いた。


「指揮官機〈ヘリオス12〉撃破。

 残りは――散ったわね。面倒そうだわ」

『問題ありません。地上部隊が到着しています』


 タマキからの返答が入るやいなや、88ミリ砲の射撃音が雨粒を吹き飛ばした。

 フィーリュシカが発砲したのだろう。

 地上部隊が到着しているのであればと、リルは索敵に徹することにした。

 装甲騎兵〈バブーン〉、指揮官機〈ヘリオス12〉撃破。

 〈Rudel87G〉の初出撃としては十分な戦果だろう。


「ツバキ7了解。

 索敵に徹するわ」

『お願いします。地上部隊急いで。物資を回収したら直ぐ離脱します』


 輸送部隊への襲撃を成功させたツバキ小隊は、残存部隊を警戒しつつ、〈バブーン〉残骸から輸送物資を強奪しその場から離脱した。


          ◇    ◇    ◇


「見えました。距離800」


 冬の終わり、リーブ山地南東に位置する丘陵地帯は天候が崩れやすい。

 朝方から降り続いた雨は午後には本降りになった。

 降りしきる雨の中、〈ヘッダーン5・アサルト〉を装備したナツコは目視で敵機を確認し、僚機のフィーリュシカへ告げる。


「こちらも確認した。

 ツバキ3よりツバキ1。

 敵分隊発見。〈コロナC型〉を主軸とした偵察分隊」


 既にツバキ小隊が敵地に入ってから1週間が経過していた。

 輸送隊襲撃は最初のうちは上手くいったが、やがて丘陵地帯経由の輸送は危険だと判断されたのか、帝国軍は主要山道での輸送に切り替えた。

 そちらにも当然遊撃部隊が張り付いているが、主力装甲騎兵を含む護衛をつけられたら手がつけられない。


 ツバキ小隊は標的を切り替え、敵主力を避けつつ、拠点から外に出た偵察部隊の各個撃破を行っていた。

 ナツコとフィーリュシカの狙撃班が見つけた獲物は上々だ。


『退路を確認して。

 可能とみたら攻撃を仕掛けて構いません。

 攻撃後は速やかに離脱を』

「承知した。

 退路確認の後一撃離脱を敢行する」


 フィーリュシカは通信しながらもナツコへとハンドサインを送る。

 それを見てナツコは戦術マップをメインディスプレイに表示し、ツバキ小隊本隊との合流地点を策定。

 そこまでのルートを決定すると、目視確認で退路、及びその周辺に敵機が存在しないか確認。

 問題無いと判断すると、策定したルートをフィーリュシカに送信する。


「確認した。

 これで問題無い。

 射撃はこちらが。観測を」

「はい!」


 指示を受けたナツコは敵偵察部隊を注視し、注視点を拡大。

 9名で構成された偵察分隊。

 主力は〈コロナC型〉6機。それを補助する形で軽対空機〈ZR-13〉2機。そして指揮官機の〈ヘリオス12〉。


「軽対空機混じってます。

 23ミリ機関砲装備」


 軽対空機としては重武装の23ミリ機関砲。

 それはここ最近この周辺で暴れ回っていたリルの〈Rudel87G〉対策であろうと予想された。

 彼女は30ミリ速射砲を2門積んだ機体について、「操縦が恐ろしく難しい機体」との評価を下していたが、それでも1週間で車両6両、装甲騎兵2機、〈R3〉12機を撃破している。


 丘陵地帯を縦横無尽に飛び回り、現れたかと思えば正確無比に30ミリ砲を放ってくる彼女は、帝国軍にとって恐るべき敵であったに違いないだろう。

 その彼女は持ってきた30ミリ砲弾を撃ち尽くして今は隊長護衛をしている訳だが、帝国軍側にはそんな事情など分からないのだから対策をとるのもやむ無しであろう。


「指揮官機を仕留める。

 5、4、3、2、1――」


 フィーリュシカはカウントダウンし、ゼロとなるタイミングで88ミリ砲の物理トリガーを引いた。

 発砲炎が瞬き、爆発音が雨粒を払う。

 観測を続けるナツコは、敵〈ヘリオス12〉の直上僅か50センチの位置で88ミリ榴弾が爆ぜたのを確かに見た。


「曳下射撃成功。

 〈ヘリオス12〉、〈ZR―13〉1機撃破確認」

「観測終了。

 速やかに撤退する」

「はい!」


 フィーリュシカは空薬莢の排出だけ済ませると、ナツコが起案したルートを使って撤退を開始。

 ナツコもつかず離れず、彼女の後ろについた。


「――この音」


 撤退中、雨音に混じって空から異音が響いた。

 ナツコはその音を聞きつけると、後方の空を見上げて目を凝らす。

 雨雲の中を、小さな小さな点が移動していた。


「無人偵察機。

 まだ距離がある。このまま撤退を継続する」

「はい」


 2人は木々の間を駆け抜けて、本隊との合流地点へ向かった。


          ◇    ◇    ◇


「もう1機見つけた。これで24機だな」


 偽装網をかぶりながら空を見上げていたイスラが、見つけた無人偵察機を報告する。

 彼女は偵察機〈P204〉を装備していた。

 〈空風〉の修理パーツは入手出来ていたが、構造が複雑になりすぎた高スペック機は、与えられた装備再編成期間では修理完了しなかった。


 雨雲が覆う空を行き交うのは、夥しい数の無人偵察機。

 小型・安価であり、運用コストも低い無人偵察機を集中運用するのは定石だ。

 それよりもタマキを悩ませるのは、今後のことであった。


「狩りに来るつもりでしょうね。

 大隊の偵察報告によると、ウォーマ拠点から2小隊規模の戦力が出撃したようです」

「あらま。こりゃ潮時かね」


 帝国軍の歩兵1小隊はおおよそ40名程度。それが2小隊規模となれば80名。

 僅か9名のツバキ小隊ではとてもではないが戦えない。

 だからこそ輸送部隊や偵察部隊のみを襲撃していたのだ。

 だが、それもここまで。敵が主戦を望む以上、遊撃部隊であるツバキ小隊から仕掛ける事は出来ない。


「そうね。

 敵戦力の分散という目的は果たせたのですから及第点でしょう」


 口ではそう言うものの、タマキはどこか不服そうだった。

 折角手に入れた単独行動の機会。

 無脳な上官からも、妹を小馬鹿にした態度をとる兄からも解放された素晴らしい一時。


 タマキにとってはこの時間は、冷暖房完備の居室や温かい食事、日に1度のシャワーよりも優先すべきものだった。

 されど、あまり無理も言っていられない。

 ツバキ小隊の構成員はわずか9名。全員がここにいる。


 後方支援要員を持たないため、部隊単独ではこの敵地内まで物資を運び入れる手段がない。

 当然、持てるだけの物資は持ち込んできた。

 敵の輸送部隊や、撃破した機体から奪える物は可能な限り奪った。


 それでも何が起こるか分からない敵地内作戦では、常に物資に余裕を持たせておかなければならない。

 全て使い切る寸前で帰還するのが最も効率が良いのだろうが、現実問題としてそんなギリギリの計画は身を滅ぼす。

 略奪によって補充した物資には偏りがある。

 エネルギーパックや機銃弾は元より増えた程だが、反面、飲料水備蓄は減る一方だった。


「不満そうだな」

「ほんの少しだけ」

「あたしらもまだまだ暴れ足りないぜ。

 見ろ。リルちゃんなんて〈Rudel87G〉に23ミリ機関砲積んでやがる」

「戦力が増えるのは喜ばしいことです。

 ――ですが、余力のあるうちにウォーマ拠点から離れましょう。

 夜に乗じて北上。帝国軍偵察ラインを強行突破します。

 それまで各員休息を。

 誰か周辺警戒を――ではフィーさん、お願いします」


 立候補者を求める問いに、静かにフィーリュシカが手を上げ、それは了承された。

 彼女が警戒に当たるのならば、誰もが安心して休息をとれた。

 僚機のナツコも警戒に立候補したが、タマキは今は休むようにと告げて、自身は今後の計画を練り始めた。


          ◇    ◇    ◇


 日が沈み、辺りに闇の帳が降りる頃、ツバキ小隊は食事を済ませ、機体の整備を完了させると野営地を引き払い、北上を開始した。

 雨の降り続く中、真っ直ぐに帝国軍偵察ラインを目指す。


「無人偵察機接近中」


 先頭を進んでいたフィーリュシカが告げる。

 既に強行突破を決めていたタマキの決断は早かった。


「ツバキ2、ツバキ5。対空迎撃用意。

 次の合図で対空レーダー起動。即座に攻撃開始して下さい」

「了解!」「……なんとかやってみますわ」


 サネルマの反応は早いが、カリラは少し遅れた。

 彼女はこれが初めての対空戦闘だ。

 そして彼女の長距離射撃適性が並外れて低いことをタマキは理解していた。


 それでも相手は無人偵察機だ。

 極限まで簡略化された量産性能重視の無人偵察機など、対空機にとっては的と変わらない。

 いくらカリラでも外すことはないだろうと楽観視しながらも、念のためフィーリュシカへともし撃ち漏らすようならサポートするようにと告げる。

 それによって、いくらかカリラの緊張もほぐれた。


「無人偵察機、機関銃射程内」

「攻撃開始!」


 〈ヘッダーン4・ミーティア〉と〈ヘッダーン3・アローズ〉の対空レーダーが起動された。

 即座に周囲に存在する無人偵察機の座標が明らかになり、自動迎撃によって機関砲が、機関銃が火を噴く。


 最新鋭重対空機〈ヘッダーン4・ミーティア〉の機関砲は無人偵察機を確実に撃破していく。

 カリラも、全てを自動射撃に任せたおかげでそれなりの命中弾を出せた。

 撃ち漏らしはフィーリュシカが20ミリ機関砲で撃ち抜いていく。

 あっという間に無人偵察機10機が撃墜されたが、対空レーダーには新たな反応が現れる。


「場所は露見しています。

 このまま偵察ラインへ突撃を敢行。

 ツバキ8。先行して」

「了解」


 トーコは返事と共にコアユニット出力を引き上げ、斜面を蹴って跳躍した。

 既に索敵ラインまで十分距離を詰めていた。

 戦術レーダーを起動し、地上に居る敵機を発見し次第122ミリ榴弾を撃ち込む。


「このまま突破してもいい?」

「可能な限り敵歩兵の殲滅を」

「了解。殲滅する」


 〈音止〉の出力が34%まで上昇。

 重装甲を施され、更に部隊の荷物まで背負わされた機体が、その重量を無視するかのように高速で移動を開始した。


 88ミリ砲が放たれ、更に左手に持った対歩兵ガトリングが逃げ惑う敵を打ち倒す。

 ここ1週間、〈音止〉は補助戦力として、荷物の運搬と陣地の防衛に徹していた。

 出撃許可を求めても全て撥ね付けられていた鬱憤を晴らすかのように、圧倒的な火力でもって偵察ラインの警備に当たっていた分隊を瞬く間に殲滅した。


「殲滅完了」

「ご苦労様」


 帝国軍の援軍は遅れていた。

 これまで襲撃に〈音止〉が参加しなかったため、帝国軍から見れば突如勢力圏内に主力装甲騎兵が姿を現したことになる。

 対歩兵戦闘の準備を進めていたであろうから、装備の再編成には若干の時間を要するだろう。


「帝国軍の偵察ラインまで到達しました。

 ここから北上すれば統合軍勢力圏は直ぐです。

 ――ですが、まだ我々には敵地でやるべきことが残っていると思いませんか?」


 タマキが行動方針について隊員へ尋ねた。

 その問いかけに、これまでの戦果に納得していなかったリルとイスラが真っ先に賛同する。


「あたしはまだ戦えるわ」

「賛成。ここまで来たんだ。これっぽっちで帰ったら罰が当たるぜ」


 イスラが賛同すると、カリラもそれに続く。


「お姉様がそうおっしゃるのでしたらわたくしも賛成ですわ!」


 しばらくまともな戦闘がなかったトーコも賛成する。


「私もまだ残るべきだと思う」

「あたしゃこれ以上まずい飯は御免だ」

「ユイも賛成だって」


 トーコが賛成したことで、悩んでいたナツコの決意も固まった。


「あの拠点を落とすことは、ハツキ島を取り戻すことに繋がるんですよね。

 だったら、私もまだまだ戦えます」

「ナツコが戦うのなら、自分も戦う」


 フィーリュシカの賛成も得られて、残るは副隊長のサネルマのみ。

 タマキが視線を向けると、サネルマは困ったように答えた。


「お水、そんなに多くはないですよ?」

「分かっています。ですが、節水すれば8日は持つでしょう。

 その後は――浄水器もありますから」

「浄水器生活ですか。

 でも、1回くらいそういうのも悪くないかも知れないですね!」


 サネルマが笑顔を向けると、タマキは短く礼を述べて、それから指示を飛ばす。


「これよりツバキ小隊は南方へ転進!

 襲撃目標をクレマチス対空拠点に設定。

 ここを迅速に陥落させれば、ラングルーネ基地攻略が現実的になります。

 各員、もうしばらく野営が続きますが、力を貸して下さい」


 ツバキ小隊は、ユイをのぞいてはしっかりと応答を返した。

 タマキはそれで良しとして、大隊へと連絡をつける。


「ツバキより大隊長。

 これよりツバキは先行して南方、クレマチス対空拠点に張り付きます。

 無人偵察機が邪魔なのでそちらで対空戦闘を引き継いで。

 次の連絡は野営地設営後。

 報告を終了。迅速なウォーマ拠点占領を期待しています」


 通信機の向こうでカサネが何事か述べていたが、タマキはそれを取るに足らないことだと判断して一方的に通信を切ると、無人偵察機の増援が途切れたのを見て、部隊員に転進を命令する。


「では行きましょう。

 ステルス機構作動します。

 各員、わたしの周囲に集まって」


 ツバキ小隊は偵察ラインを突破し北上したと見せかけ、夜闇と雨に紛れて南下を開始した。

 目標は丘陵地帯に構えられたクレマチス対空拠点。

 ラングルーネ基地攻略のためには抑えておかなければならない重要拠点だ。

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