第190話 ツバキ小隊出立

「どうしてわたくしがこんな機体を」


 装備再編成に伴い、乗機であった〈サリッサ.MkⅡ〉を完全破壊していたカリラには、これまでサネルマが使用していた〈ヘッダーン3・アローズ〉を使うように指示が出されていた。

 最新鋭では無いものの、今だ統合軍でも前線稼働機体が多い傑作機であったため、トーコの予備機である〈アザレアⅢ〉を再調整するよりも長期運用可能だろうとの判断が下されていた。


 だがカリラにとっては〈ヘッダーン3・アローズ〉はあまり良い機体とは言えない。

 対空レーダーと高性能火器管制を積んだ軽対空機という区分の機体ではあるが、いくらなんでも既に第5世代機が前線に出始めている中、第3世代機のレーダー管制射撃なんて限界がある。


 重装機であれば、大口径砲で建物や障害物を吹き飛ばすだけでも良し。ガトリングや機関砲を撃ちまくって面制圧するも良し。

 どちらにしても動いている目標に必ずしも当てる必要は無い。


 だが軽対空機は別だ。

 この区分の機体には、あろうことか高速で低空を飛行する誘導弾や、飛行偵察機、高機動機なんかを確実に撃ち落とすことを期待される。

 これはカリラの適性からはとんでもなく外れた位置にある行為で、考えただけでも頭が痛かった。

 フルオートで撃ち落とせるのは真っ直ぐ向かってくる誘導弾くらいだ。

 だが最近では誘導弾すら頭が良くなって、愚直に真っ直ぐには飛んできてはくれなかったりする。

 そうなっては終わりだ。

 カリラには誘導妨害電波と煙幕をばら撒いて逃げるしか選択肢がない。


「こういうのはお姉様のような天才が使うべきですわ」


 愚痴を言いながらも自分向けの調整を終えた〈ヘッダーン3・アローズ〉。

 少しでも性能を上げようと、火器管制のファームウェアを書き換えたがそれでも心許ない。

 根本的解決のために、第5世代機向け高性能火器管制装置と、最新型小型高精度対空レーダーをくすねてこようかと大隊所有品リストに検索をかけるが、生憎そこまで都合の良い物は転がっていなかった。


「火器管制だけでも第4世代にしておきますか」

「ちょっといい?」


 やむなく第4世代品で妥協しようと腰を上げたところ、背後から子供っぽい声がかけられた。

 声の主がリルだと瞬時に分かったカリラは、精一杯嫌な顔をしつつ振り向いた。

 そんな顔を見てリルは目をつり上げたが、その表情は見慣れたもので、カリラは臆することもなかった。


「よくありませんわよ。

 それともあの機体、わたくしに譲る気になりまして?」

「譲らないわよ。

 調整手伝って欲しいんだけど」

「どうしてわたくしが後生に残すべき貴重な機体を、戦闘向けに調整しないといけませんの。

 大体、中尉さんにはあの機体が試作機で、出来損ないの飛行攻撃機であると説明したのでしょうね」


 当然、そんな説明をしているはずのないリルはむすっとした表情をした。

 カリラは肩をすくめ、やってられるかと完全無視して倉庫に向かおうとしたが、リルは負けじと引き留める。


「ちょっと待ちなさいよ。

 あんた、ああいう機体いじるの得意でしょ。

 30ミリ砲だけ2門積んでくれれば良いのよ」

「一度頭の病院へ行った方がよろしいのではなくて?」


 気が触れた発言に、ついにカリラはリルが、墜落のショックで頭を打ったのでは無いかと疑い始めた。


「真面目に言ってるのよ。

 マニュアルを読んだわ。

 あの機体には30ミリ砲が懸架可能よ」

「わたくしもそのマニュアルでしたら読みましてよ。

 見立てでは、30ミリ砲を飛行状態で撃った場合、バランス崩して失速して地面に激突するでしょうね」

「そんなヘマしないわ。

 だから積んで」

「こーのおチビちゃんときたら」


 聞き分けのないリルに対してカリラは憤慨するも、手元では端末を操作して30ミリ機関砲の在庫を物色する。

 連射力は最低限で良いので、なるべく砲身が短く、反動が少ない物を選定。

 給弾機構がやや古い物の、信頼性の高い30ミリ速射砲を見つけるとそれを2門予約した。


「30ミリ速射砲ありましたわよ。

 ただ、こんな物積んでまともに飛行できると思わない方が良いですわ」

「問題無いわ。

 出力は十分ある。飛べるわよ」

「口だけでは何とでも言えますわ。

 武装は積み込んで差し上げます。

 ただし中尉さんにも連絡しますのでそのつもりで」

「ちょっと待ちなさいよ!」


 タマキへと連絡されるときいてリルは声を上げた。

 タマキは面倒なことが嫌いだ。

 そして統合軍の認可を受けていない機体の運用は、その面倒なことに含まれる。


「待てと言うなら待ちますわよ。

 ただし武装の積み込みもいたしません。

 あなたも理解しているでしょう?

 あんなものを突然実戦運用すれば中尉さんは怒りますわよ。

 事前連絡無しでの運用は不可能です。

 だとしたら、今のうちに伝えておくべきですわ」


 そんなことはリルだって分かっていた。

 だが伝えれば当然、運用拒否という選択がなされる。

 統合軍認可無し。運用実績無し。開発会社不明。安全性不明。

 どこの世界にもそんな機体を前線運用して良いと許可を出す士官は居ない。


「――分かったわよ。

 タマキにはあたしから伝える。だから積み込んで。

 あと飛行翼の調整もして」

「注文の多いおチビちゃんですこと。

 調整は構いませんけれどね。

 無駄な調整になることを祈っていますわ」


 〈Rudel87G〉が前線運用されることを望まないカリラはそう言うと、予約した30ミリ速射砲を受け取りに倉庫へと向かった。


          ◇    ◇    ◇


「あまり時間はありませんが、そういうことなら良いでしょう」


 呼び出しを受けたタマキは、レイタムリット基地屋外簡易演習場の機体整備場に赴いた。

 リルは彼女へと、レインウェル基地で譲り受けた〈Rudel87G〉という機体が試作機であり、統合軍認可を受けていないと説明すると、実戦運用可能かどうか、火器装備状態での飛行能力を確かめて欲しいと申し出た。


 認可を受けていないという時点でタマキの回答は決まっていたのだが、リルの熱意に押されて見るだけ見てみようとそれを認めた。

 整備士としてカリラが〈Rudel87G〉を装備したリルの元につき、最終調整を進める。


 見れば見るほど怪しげな機体。

 重装機に匹敵する機体。対空火砲に対する防御装甲。大型コアユニットと推力転換機。

 重い機体を飛ばすために飛行翼は大きく、逆ガル型の特異な形状をしていた。

 そして何より、腰の両側に備えられた30ミリ速射砲。

 全長2メートルに及ぶ火砲が2門、空を見上げていた。


 カリラが調整を終えると、タマキのいる展望席にやってくる。

 早速タマキは尋ねた。


「あの機体は飛ぶのですか?」

「飛ぶそうです」

「危険は無いのでしょうね」

「有りますわ」

「そんな機体を飛ばすと?」

「リルさんはそう言っていますわ」

「困った人です」

「同感ですわ」


 2人とも試験飛行に反対だったが、当のリルだけはやる気で、カタパルト上で機体最終確認を終えると、発進可能だと緑の尾灯を点灯させた。


「本当に試すのですか?」

「1度は飛ばしているわけですから、飛行する分には問題無いはずですわ。

 ただ、30ミリ砲を発砲したときに無事かどうかは保証しかねます」

「どうしてツバキ小隊の人間はろくでもない機体ばかり集めてくるのですか」

「中尉さんの人望ではありませんこと」

「とんだ言いがかりです」

「これは失礼。

 初めますけれど、よろしいですか?」


 確認に、タマキは表情をしかめながらも頷いた。

 カリラは開始許可を得たので、カタパルトの射出システムを起動してカウントダウンを開始する。


          ◇    ◇    ◇


 カウントダウンが始まった。

 リルはコアユニット出力を最大まで引き上げ、30ミリ砲を水平にした。

 前回の失敗で、この機体が加速力に乏しいことは分かっていた。

 少しでも速度を稼ぎ、カタパルトのレール上から速やかに離陸しなければならない。


 カウントゼロと同時に出力全開。

 カタパルトの加速に、最大推力を合わせる。それでも加速の緩い機体だったが、飛行翼の設計が良く、低い速度からも離陸してくれる。

 レール終端付近で無事に脚部が地面から離れ、推力によって徐々に速度を増していく。

 失速しないようゆっくり高度を上げ、演習場の規定標準高度まで上昇した。


「離陸完了。高度維持中。

 ――ほら、問題無いでしょ」

『随分時間がかかりましたね』


 これまでの機体と異なる機動にタマキが疑問を呈する。

 〈DM1000TypeE〉のようなスポーツモデルであれば、カタパルトから離陸して直ぐにこの高度まで上昇できた。


「こういう機体なの。

 運用上問題は無いわ。

 加速は確かに緩いけど、最高速度は悪くない」


 同高度で推力を使って加速し続ける機体は、既に最高速度付近まで到達していた。

 速度だけ見ればスポーツモデルとも遜色ない。

 加速性能を捨てた分、出力の大きい機体は速度を出しやすかった。


『機動能力は随分下がったようですね。

 旋回性能は?』

「旋回は得意じゃない。

 でもその分降下性能が高いわ。

 急降下可能だし、なんならダイブブレーキもついてる。

 どんな機体も振りきれる」

『曲がれない機体で、対空機に狙われたらどうしますか』

「防御装甲があるから機関銃くらい全部弾けるわ。

 そもそも撃たれる前に射程外から30ミリ砲で吹き飛ばせるわよ」


 タマキはあれこれ難癖をつけるが、リルは機体に問題は無いと反論する。

 燃費について問われれば搭載能力が高いから問題無いと返答し、機体の整備性能について問われれば専属整備士がいるから問題無いと返答する。

 その回答にはカリラも肩をすくめて見せて、さっさと30ミリ速射砲の実射試験をさせて諦めさせた方がいいと進言した。


『よろしい。では30ミリ砲の試射をお願いします。

 実弾使用許可を得ていないので空砲で。

 くれぐれも落下したりしないように』

「了解」

『分かっているとは思いますけれど、両方同時に発砲しないと本当にバランス崩しますからね』

「分かってる。問題無い」


 一応地表にターゲットが設置され、リルはそれを目視確認すると射撃コースを策定。

 緩やかに旋回しつつ、ターゲット正面へ回る。


「こっちのタイミングで撃っていいの?」

『構いません』


 返答を受けたリルは、射撃コースを保ちながら30ミリ速射用を斜め下方へ向けた。

 試験用砲弾が装填され、火器管制装置が射撃可能を示す。

 片側だけ撃つとバランスを崩してきりもみ状態に陥るため、火器管制は両側完全同期式。

 メインディスプレイにサブウインドウを2つ作り、それぞれに左右の火砲のカメラ映像を表示。

 照準をターゲット中央に合わせ、タマキへと発射のサインを送ると、仮想トリガーを引き抜いた。


 轟音と共に、機体が爆発したのではないかと疑うほどの衝撃が走った。

 発生した反動が機体を後方に引っ張る。

 飛行翼の重心がずれ、機体が左に傾き高度が下がる。


 爆音と衝撃によって気を失いそうになりながらも、リルは暴れる機体を抑え込み、計器を確認すると瞬時に高度回復し機体を水平に保った。

 ターゲットへの判定は、2発とも命中。

 リルは平静を装い、ほれ見たことかと通信を繋ぐ。


「――ほら。問題ないでしょ」

『射撃後機体がぶれたようですが』

「もう慣れたわ。

 次からは平気よ。

 なんなら急降下しながらだって撃てるわ」

『ではやっていただきましょうか』

『ちょっと中尉さん!

 下手して機体が損傷したらどうするおつもりです!?』

「下手しないわよ。ターゲット出して」


 カリラが必死に止めようとするなか、タマキの操作によってターゲットが設置され、急降下をかけたリルはダイブブレーキを使用しながら真下への攻撃を難なく成功させ、機体を引き起こし地面すれすれを飛ぶと、そのまま通常飛行へと戻った。


『なんと言うことを!

 地面に激突したらどうするつもりでしたの!?

 その機体が後生に残すべきものだと理解してますの!?』


 急降下からの超低空飛行をされたカリラは気が気では無く素っ頓狂な声を上げるが、その隣でタマキは、〈Rudel87G〉とそれを扱いこなすリルに興味を持ち始めてみた。

 飛行可能でありながら、重装機や軽装甲騎兵に通用する30ミリ砲を運用可能。

 それがリルの長距離狙撃と合わされば、輸送部隊の襲撃から敵陣への奇襲まで、使い道はいくらでもある。


『リルさん。

 30ミリ砲ですが、どの程度の距離なら命中弾を出せますか?』


 問いかけに対して、リルは堂々と答える。


「1500メートル先だって外さないわ」

『よろしい。

 機体の利用価値は認めましょう。

 ただし、運用に難のある機体であることは間違いありません。

 〈アザレアⅢ〉を予備機として調整を。

 カリラさん。お願いします』

『中尉さん!?

 保存すべき機体を前線運用するおつもりですの!?』

『そう言ったつもりです』


 今だ〈Rudel87G〉を自分のコレクションにするつもりだったカリラは納得がいかないと駄々をこねたが、タマキの判断が覆ることは無かった。

 機体登録情報は偽装され、〈Rudel87G〉は正式にツバキ小隊の所有機体として登録される運びとなった。


          ◇    ◇    ◇


 装備再編成が完了したツバキ小隊は、トレーラーに隊員の装備機体と、大隊倉庫からくすねてきた装備を詰め込んだ。

 全員が準備完了し整列すると、トーコのハツキ島婦女挺身隊名誉隊員就任式が簡単に執り行われ、それからタマキが正式な辞令を発令する。


「統合軍トトミ星系総司令部は、トトミ中央大陸東部戦線における第2次反攻作戦を発令しました。

 これよりツバキ小隊は第401独立遊撃大隊の一員として、ラングルーネ方面へ向かいます。

 帝国軍の待ち構えるラングルーネ方面は激戦が予想されます。

 各員、これまで以上に注意を怠らないように」


 整列した隊員達は大きく返事をした。

 長い休暇の間でも部隊の秩序が保たれたことにタマキは満足して、車両乗り込みを命じる。


「――それでは出発します。

 各員、車両に乗り込んで下さい。カリラさんは運転席に。サネルマさん、イスラさんは警戒に当たって下さい」


 ツバキ小隊を乗せたトレーラーは、レイタムリット基地を出立し、南東方向。ラングルーネ方面へと進路をとった。

 

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