第2次統合軍反攻作戦
第189話 装備再編成
ツバキ小隊はしばらくぶりにレイタムリット基地へと戻った。
到着するなり下されたのは装備再編成指示。
既に大隊長であるカサネは大隊司令部ごとラングルーネ方面へと移動。基地に残っていたのは本隊との連絡・補給のための後方要員と、大隊長つき副官テレーズだけだった。
テレーズから受けた説明によると、統合軍は第2次反攻作戦としてラングルーネ基地攻略を目標にしており、その前段作戦として、帝国軍補給基地の襲撃、及び前線基地の攻略準備を進めているらしい。
独立遊撃大隊であるカサネの部隊には、敵補給線に対する奇襲や、機動戦闘による敵戦力の分散が期待されていた。
移動に使った装甲車両からツバキ小隊の所有する大型トレーラーへと荷物を積み替えると共に、装備の再編成を行う。
輸送護衛中の襲撃によって保有機体に損失があったため、どうしても隊員の装備機体を調整しなければならなかった。
移動してきたばかりだが、ツバキ小隊に与えられた時間は多いとは言えない。
装備再編成が完了次第、カサネの後を追ってラングルーネ方面へ移動しなければならなかった。
部隊の出撃によってがらりとした大隊整備場は既に後続部隊への引き継ぎ作業が始まっていて、その隅を間借りするようにして作業は進められた。
「大隊の装備はどうせ後から持ってくから使いたい奴使って良いそうだ。
何か欲しい装備有るなら今のうちだぜ」
「じゃあ、個人用担架ってあります?」
イスラが追加装備の希望を尋ねると、いの一番にナツコが尋ねた。
大隊がレイタムリット基地に保有する機材リストが参照され、直ぐにそれは見つかった。
「あったな。〈ヘッダーン5・アサルト〉に担架積むのか?」
「はい! 人命救助には必要な装備ですから!」
「結構なこった。
ま、積んどいてやるよ。
前と同じように、使わないときは畳んで邪魔にならないよう改造しとく」
「ありがとうございます!
是非お願いします!」
ナツコは元々、災害対応や人命救助を目的としたハツキ島婦女挺身隊の出身だ。
統合軍において〈R3〉搭載型の個人用担架は支援部隊の装備であり、歩兵科が装備する代物では無かったが、ハツキ島婦女挺身隊にとっては主装備である。
ナツコは義勇軍となっても婦女挺身隊時代に学んだハツキ島婦女挺身隊の理念が忘れられず、かつての〈ヘッダーン1・アサルト〉にも個人用担架を装備し続けていた。
その思いは未だに失われておらず、〈ヘッダーン5・アサルト〉にも個人用担架の搭載を求めた。
作戦の邪魔にならないならと、タマキも個人用担架の装備を認める。
直ぐにイスラは個人用担架を受領し、改造と機体への取り付けに移った。
「えへへ。
これで誰かが怪我をしても安心です!
――誰も怪我しなければそれが一番なんですけど」
「そうだな。
あー、そういや〈ヘッダーン5・アサルト〉のファームウェア更新されてたな。
DCSの動作に問題無さそうだから、拡張機能使えるようにするとか」
「へえ。どんな機能です?」
新しい機能に興味を示したナツコが尋ねると、イスラは整備用端末で最新ファームウェアをダウンロードしながら、その概要を説明する。
「これまでDCSは最初から入ってる機能しか使えなかっただろ?
それを追加したり編集できるようにするそうだ」
「え? それって、純粋なエネルギーをどんなエネルギーに転換してどう作用させるか、自分で決められるってことですか?」
「まあそうなるか。――詳しいな」
「えへへ。カリラさんに教えて貰ったんです」
イスラが意外そうな顔でナツコを見ると、彼女は照れたように頭をかいてそう答えた。
イスラも「カリラの説明を受けたなら安心だ」と、更に詳細について触れる。
「必要なのはエネルギーを転換する転換機構と、動作手順を記したプログラムだな。
転換機構はDCS専用のものが必要だ。パッケージ化された物が出荷開始されてるらしい。
初期型には初期装備として運動エネルギーの転換機構が積まれてる。――はずだがこいつは……。運動エネルギーだな」
ナツコの装備する〈ヘッダーン5・アサルト〉は、サネルマが知り合いのつてで譲り受けた量産前最終試作機であったため、イスラはDCSの転換機構パッケージ挿入口を開けると中身を確認した。
セットされていたのは運動エネルギー転換機構。
瞬時に大量の運動エネルギーを生成することで、機体の急加減速、武装反動の抑制、ダメージの緩和といった用途に用いられる。
「パッケージがあれば他のエネルギーにも転換出来るんですね!」
「あればな。一応まだ2つ空きがあるから入手出来たらセットしてやるよ。
とは言え運動エネルギー以外で使用価値のあるエネルギーがあるかどうかは微妙だ」
「え? そんなこと――どうでしょう。
こう、熱エネルギーに転換して、高火力であっという間にパンを焼き上げるとか」
「パン焼き器使った方が効率良いし絶対美味い」
「ですよね」
DCSは効率を犠牲にして瞬時に大量のエネルギーを得るための機構だ。
何かしら瞬間的にエネルギーが作用する利点が無ければ、転換する意味が無い。
「プログラムは、メーカーマニュアル見て勉強してくれ。
つっても自分で書かなくたって、使い勝手の良いプログラムは誰かが作って統合軍のネットワークでシェアしてくれるだろ。
何にしろ、現地で唐突にプログラム用意するのは現実的じゃないから、事前に準備しておく必要があるな」
「そうですね!
頑張って勉強してみます!」
イスラとしては、プログラムの自作はエネルギー転換に対する高度な知識が必要だから推奨するつもりは無かったのだが、ナツコは新しい機構を自分で思うように動かせる可能性に夢中になっていた。
即座に教育用端末へと機体をリンクさせて、プログラミングマニュアルを同期させる。
「ま、頑張ってくれ。
個人用担架の改造と、ファームウェアの更新で20分ってところか。
終わり次第装着テストだ。
それまでは大隊の装備でも漁ってきてくれ」
「装備漁りは度が過ぎるとタマキ隊長に怒られそうですけど――。
そうですね。少し用もあるので、ここはお任せして良いですか?」
「構わず行ってきてくれ」
イスラが掲げた手をひらひらと振って見せると、ナツコは「では行ってきます!」とお辞儀をしてその場から立ち去った。
作業自体は大したことも無く、個人用担架の改造を終えて積み込むと、ファームウェアの更新を開始し、完了するまで待つだけだった。
その間にイスラは宇宙海賊から受け取ってきた〈空風〉の修理用パーツ調整に手をつけた。
◇ ◇ ◇
「何か……随分無骨になったね」
「拡張脳が扱えない以上軽くしておく理由がない。
半人前にはこの方が適している」
トーコの見上げる先、修理と改造の完了した〈音止〉は、これまでの機動力編重から一転、通常の装甲に加えて、対装甲騎兵戦闘を考慮した追加装甲まで装備。
装甲に覆われた機体は、すっかり軍用機らしい風体となった。
それは〈I-K20〉と言うより、〈ハーモニック〉や統合軍の旧型機〈I-M16〉のような見てくれだった。
ずんぐりとした機体に対して尚巨大なコアユニットと、そこから突き出る冷却塔以外はすっかり〈音止〉の面影を無くしていた。
ユイは整備用端末を手にして、トーコへと簡潔に機体の説明を行う。
「冷却機構は宇宙海賊が持ってた宙間決戦兵器向けのものに積み替えた。
これで出力35%は継続して出せる。重量増加分は出力でカバー可能だ。
機動力は通常型〈I-K20〉を上回る。
防御力は重装型と同等。
これでもやられるようなら才能無いからさっさと止めちまえ」
「了解。肝に銘じとく。
――テスト動作は?」
「演習場借りてる余裕は無いとさ。
武装に希望があるなら今のうちに言え。
ただ、下手クソには取り回しの難しい122ミリより、90ミリか100ミリを積むべきだとは進言しておく」
「これまで通り左腕122ミリ。右腕88ミリで」
トーコは進言を無視してそう伝えた。振動障壁を持つ〈ハーモニック〉を確実に撃破するためには122ミリ砲がどうしても必要だから。
それはユイとしても予想の範疇だったらしく、愚痴を述べはしたが拒絶するつもりはないようで、火器の手配を進めると共に、トーコへと弾薬を受け取ってくるように告げた。
「了解。直ぐとってくる」
「そうしろ。ついでに対歩兵機関砲も盗ってこい」
「了解」
拡張脳という異次元の思考増幅装置の使用を前提とした、超高出力超軽量超高機動機という無茶な運用を諦めたことによって、〈音止〉には追加の装備を積む余裕が生まれた。
重装甲重武装でありながら、機動力は高機動2脚人型装甲騎兵として設計された〈I-K20〉を上回る高水準。
それでもまだ武装を積む余裕が存在するため、自由に大隊の装備を持ち出せる今が好機であった。
トーコはユイの意図するところをよく理解していて、移動しながらも、大隊所有装備のリストを閲覧して対装甲誘導弾ランチャーや対歩兵炸裂鉄杭弾頭など、運用する価値がありそうな装備へとチェックを入れた。
「あ! トーコさん! ちょうど良かったです。今からそっちに行こうと思ってて」
トーコが端末を見ながら歩いていると、正面からやってきたナツコが声をかけた。
ナツコは手押しリフトに30ミリ狙撃砲を乗せて運んでいた。
「これ持って?」
「これは折角なので貰って来ただけです」
大隊所有装備を自由に持ち出せるのを好機だと見たのはトーコだけではなかった。
当然、イスラもカリラも手を出すだろうし、リルも新しい機体を手に入れたばかりなので武装をいくつか拝借するであろう。
トーコは後から補填する大隊長も大変だと思いもしたが、手心を加えるつもりは無く持ち出せるだけ持ち出すつもりだった。
「で、何のよう?」
「ちょっと待ってください。――これです」
ナツコはリフトを通路脇に固定すると、ポケットからアクセサリーケースを取り出した。
差し出されたトーコは、それを受け取る。
「開けていいの?」
「はい。是非。
本当はレインウェル基地で退院祝いに渡したかったんですけど、レイタムリット基地に置きっぱなしにしていて」
「ああ。これか」
ケースに入っていたのは、ツバキの花をあしらった、純銀製のハツキ島婦女挺身隊隊員章だった。
以前サネルマが入手したそれは、機をうかがって渡すようにとナツコに託されていた。
「トーコさんはこれからハツキ島婦女挺身隊名誉隊員です。
これからも、ハツキ島のために力を貸して下さいね」
「うん。分かった。
絶対、ハツキ島を奪還しよう」
「はい! 絶対です」
トーコはハツキ島を奪還するまでナツコを守ると誓った。
その誓いに答えるよう、ナツコは隊員章の授与を決定した。
他のハツキ島婦女挺身隊隊員もトーコの名誉隊員就任には賛成してくれていた。
「――ユイの隊員章もあるんだよね?」
もう1つ存在するはずの隊員章についてトーコが尋ねると、ナツコは頷いて見せる。
「はい。サネルマさんが持ってるはずです。
――ですけど、どうでしょう。
私は渡してもいいと思うんですけど、ユイちゃんが受け取ってくれるかどうか」
「そういうの嫌いそうだね。
そもそも、リルとかカリラは反対しそうだし」
「仲は悪いでしょうけど反対はしないのではないかと勝手に思ってますけど……。
うーん、でもどうでしょう。難しそうですね」
ユイの名誉隊員就任は遠そうだと、トーコはため息を吐いた。
彼女はツバキ小隊から離れる選択を捨てて、〈音止〉整備士として残った。
そんな彼女に対して居場所を提供できたらとトーコは願うのであったが、直ぐにとは行かなそうだった。
そもそも、当の本人がそういったことを嫌がる節がある。
結局彼女が本心では何を思い、何を望んでいるのか、トーコにもまだ分からない。
「今度それとなく聞いてみるよ」
「はい。お願いします。こっちも聞き取り調査してみますね!」
ユイの件については現状確認のみで保留となった。
要件はこれで済んだとトーコは大隊倉庫へ向かおうとしたが、ナツコが引き留める。
「ちょっと待って下さい。
出発前整列したときに、皆の前で隊員章の授与式をしたいので、一度返して貰って良いですか?」
ナツコは先ほど渡した隊員章を返すよう手を差し出した。
トーコは一度はアクセサリーケースを渡そうとしたが、寸前で引っ込める。
「小っ恥ずかしいから遠慮しとく。
ナツコから皆に連絡しておいて」
「ええー!? 駄目ですよ! 授与式やらないと!」
「そんな決まりはないはずでしょ。
じゃあ私は行くから。ナツコも自分の仕事に戻ってね。
さぼってると隊長に言いつけるよ」
「あ、ズルい!
絶対授与式やりますからね!」
トーコはアクセサリーケースをポケットに突っ込んで、倉庫へと早足で歩いて行った。
装備再編成を言い渡されているナツコはそれを追うわけには行かず、トーコの背中へと声を投げかけるだけに止めて、リフトの固定を解除すると整備場へと戻り始める。
ただ、内心では言葉通り、絶対に授与式を実行してやると決意していた。
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