第188話 コゼット・ムニエ⑧
リルは通された衛生部の個人病室で、衛生部制服を着たコゼットを見るなり聞こえるよう舌打ちした。
コゼットはそれを聞こえなかったように振る舞って、彼女を迎える。
「あなたが来ましたか」
「来たくはなかったわよ。でも命令だから。で、なんで副官に裏切られてんのよ」
「荷物の中身を見たのですか?」
内通者がロジーヌ・ルークレアであった話は伏せられているはずだ。
リルがそれを知っていることにコゼットは驚いたのだが、リルはかぶりを振って、未開封のままの小包を投げ渡す。
左腕しか無いコゼットはそれを抱え込むようにして受け取った。
「たまたま居合わせたせいで戦闘になったのよ。
あんな飛び方出来るのはロジーヌだけだわ」
「彼女と戦った?
無謀なことをしましたね」
「あたしがあいつより弱いとでも?」
コゼットは答えなかったが、リル自身、どちらが強かったのかはよく把握していた。
純粋に実力で負けた。それは明らかだった。
「ふん。で、なんで裏切られたの?」
「なんとなく理由はつかめてきましたが――やはり。
ロジーヌは旧連合軍、サブリ・スーミアと繋がっていたようです。
戦争孤児だった彼女をスーミアが育て、統合軍へと送り込んだ」
小包を開けて、中の端末に記されていた情報を追いながらコゼットは説明する。
それに対して、挑発するようリルは問いかけた。
「それをまんまと副官にしたわけ?」
「そうなります。私はスーミアとは古くからの友人でした。彼女は私のことをよく知っていた。
それを利用して、私がロジーヌを選ぶよう仕向けたのでしょう」
「間抜けな奴」
「今となっては何とでも言えます」
コゼットはリルに嫌味を言われようと毅然とした態度で返した。
それからロジーヌの使用していた暗号と秘匿通信のデータを情報部へと送りつけて、調査を進めるように命じる。
手の内が分かってしまえば統合軍内に居た内通者の特定も直ぐに終わるだろう。
今後の戦いのためにも内通者の排除はやっておかなければならない。
「ロジーヌは恋文に暗号文を忍ばせて重要な連絡をとっていたようです。
私は彼女に気をつかって、内容に目を通すのを避けてしまっていた」
「あんたも情報漏洩に加担してたようなもんじゃない」
「残念ながらそのようです」
部下が外部へと出す手紙の検閲を怠っていた。
副官であるロジーヌの手紙は、上官であるコゼットに検閲の義務があった。それを彼女への気遣いから、内容を精査せず通してしまっていた。
明らかな失態であった。
自身の落ち度については認めながらも、コゼットはロジーヌの失態についても触れる。
「ですがロジーヌにもミスはありました。
彼女は統合軍内の情報奪取に関してはこれ以上無い程の成果を上げました。
そのかわりに、本当に重要な、この戦争の行く末を左右するような情報を彼女は入手できなかった。
手に入れる機会はあったのに、私を気遣って手を出さなかったのです」
「あんたがそんなに触れられたくない話って何よ」
コゼットの弱みを知りたかったリルは尋ねた。
対して、予想しなかった回答が返される。
「あなたですよ。
あなたは良く分かっているでしょうが私は最低の母親です。
自分の都合で産んでおいて、用が済んだら放り出して、何処で何をしているのか。そもそも生きているかどうかすら分からないような人間です」
コゼットが最低の母親であるというのには、リルは全面的に同意した。
「全くその通りだわ」
「ええ。
だからこそロジーヌは、あなたについて触れることを避けた。
あなただけではなく所属する義勇軍についても距離をとった。
私が指揮権を持とうが、勢力圏内の輸送に指名しようが、彼女は内容を精査しようともしなかった。
不要な気遣いですが、おかげで救われました」
コゼットがリルについて触れられたくないのを気遣い、ロジーヌは彼女とその所属組織から自発的に距離をとった。
言わんとしていることは分かったが、肝心な部分が不明であったためリルは問う。
「ツバキ小隊が、戦争の行く末を左右するような情報となんの関わりがあるのよ」
「いずれ分かるでしょう。
ともかく、あなたが偶然にも義勇軍に居てくれたことには救われました」
コゼットは質問に対する回答を拒んだ。
リルは嫌悪感を示すものの、無理矢理きこうとしたところで答えてくれる相手ではないと理解していたため見切りをつけた。
「ふん。まあいいわ。
あのバカが道に迷って救難信号出してたことに精々感謝するのね」
「そんな人が? 誰です?」
「ナツコ・ハツキ1等兵。ハツキ島義勇軍を作った奴」
「義勇軍を作ったのはニシ元帥閣下の孫娘では?」
「申請したのはね。言いだしたのは違う」
コゼットは端末を手にして、ツバキ小隊の隊員リストをあらためた。
その中からナツコの個人情報を表示させて、顔写真を見て率直な感想を述べる。
「いまいちぱっとしない子です。どこかで見たような気がしないでもないですが」
「まあその辺に1人2人居そうな顔ね。
で、宇宙海賊とはどういう知り合いよ」
続いての質問には、コゼットも「ああ」と相づちを打ってから簡潔に返す。
「彼らに対する債権を所有しています。
〈レナート・リタ・リドホルム〉購入金額の4分の1程度ですので、額としてはかなりのものです」
「なんで宇宙海賊に統合軍の人間が金貸してんのよ」
「成り行きです。
元々は〈ニューアース〉艦長が所有していた債権を、大戦後私名義に書き換えました」
「それで良いようにこき使ってるってこと?」
「そうなりますね。
便利ですよ。ステルス機構と短距離ワープ機構を備えた神出鬼没な艦艇に、優れた技術スタッフと、情報収集と暗号解読に長けた人脈豊富な副艦長。
艦長には少しばかり問題はありますが、味方にしておいて損はありません」
「あんたみたいのに指示出される宇宙海賊が可哀想に思えてきた」
「彼らは喜んで従ってくれていますよ」
宇宙海賊にとって最も重要な資産である強襲輸送艦の債権を握られているのだから当然だろうと、リルは「そうでしょうね」と軽くあしらった。
「さて。情報部による調査も進んでいるようですし、そろそろ司令部に戻る頃合いです」
コゼットは端末を操作して、スーゾへと将官服を持ってくるよう連絡をつける。
それから、リルへと提案を投げかけた。
「リル。私の側に居てくれませんか?
信頼出来る人間を近くにおいておきたい」
「お断りよ」
リルは提案を間髪入れずにつっぱねる。
「あたしはハツキ島義勇軍ツバキ小隊よ。
前にも言ったとおり、あたしはハツキ島を取り戻す」
「厳しい戦いになりますよ。
内通者が排除された今、帝国軍はあらゆる手を使って前線を押し上げてきます」
「だから戦うのよ。
指揮官がコネだけで出世したバカ女なんだから、前線にはまともな兵士が必要でしょ」
「誰が――まあ良いでしょう」
流石に反論を試みたコゼットであったが、あながち間違った指摘で無いのも事実。
それは自身の行いによって下された評価だと受け入れた。
「誰でもいいならクレアは?」
代替案としてリルは提案した。
しかし出された名前に聞き覚えがなかったのか、コゼットは首をかしげる。
「誰です?」
「ホントあんた最低ね。
あんたが私につけるため雇った家政婦でしょ。
誰かさんに忘れられたせいでトトミ首都で暇してるわよ」
「ああ。彼女ですか。クレア・ベクイット」
言われてようやく思い出したコゼットは端末を操作して彼女のデータを探すも、雇用契約関係をロジーヌに丸投げしていたため見つけられなかった。
諦めるように端末をしまい込むと、リルに依頼する。
「彼女にレインウェル基地に出頭するよう連絡をつけておいてください」
「あんたが契約主でしょ。自分でやりなさいよ」
「あなたのための家政婦です」
「頼んじゃいないっての。いいわよ。連絡はしておく。断られても責任とらないわよ」
コゼットは「構いません」と返すと、入室許可を求めるスーゾに対して「どうぞ」と声をかけた。
総司令官の前だからか、少なくとも無駄口を叩くこと無く依頼されていた制服を届けたスーゾは、リルの方へと一瞬なにやら意味ありげな笑みを浮かべて見せたが、そのまま退室した。
「渡す物渡したからあたしも帰るわ。
帰りはあんたに指示貰えって言われたけど、まっすぐ帰って良いの?」
「基地に残るつもりは――」
「くどいわよ」
再度された提案をつっぱねて、直ぐに帰還方法の指示を出すよう要求する。
コゼットは大きくため息を吐くと、取り出した端末で合流地点を設定し、リルとタマキ宛てに送信する。
「合流地点を設定しましたのでそちらへ向かってください」
「了解、総司令官閣下。
――機体用意して貰って良い?」
来る時に使った〈DM1000TypeD〉はまだ稼働状態ではあるが、飛行不可能な上にいつ壊れてもおかしくない状況だった。
提案に対して、当然の疑問としてコゼットは「来るときはどうしたのか」と尋ねたが、リルは「ロジーヌに壊された」ときっぱり答えた。
「良く無事でしたね」
「相手も手負いで追撃できる状況じゃなかったから。で、機体は直ぐ出せんの?」
「軍用飛行偵察機で構いませんね」
「軍用は嫌よ」
「生憎、軍用機以外は扱っていません」
コゼットが直接要求を出せば、レインウェル基地の倉庫から軍用機を1機引っ張り出してくるくらい容易だ。
だが軍用では無い機体となれば話は別で、調達に際しては少なからず手続きが居る。
統合軍と取引のある〈R3〉メーカーに連絡をつければ出てくるであろうが、即日手配可能かどうかは不透明だった。
「1機くらいスポーツモデル無いの?」
「有るわけ無い――こともないですね」
「有るならそれ見せて」
「良いでしょう。――着替えを手伝って貰っても?」
「はあ? 何であたしが――分かった。手伝うわよ」
嫌悪感を隠すこと無く要求を拒否しようとしたリルだったが、ここで拒否したら機体の提供を拒まれる可能性があったため、やむなく着替えを手伝った。
既に基地内のシステムは正常運転を再開していた。
警報も作動し、テオドール指揮の下、逃亡する内通者の確保が進められていた。
将官服に着替えたコゼットは、リルと、護衛の衛生部兵士を連れて司令部要員の機体が格納された倉庫へと向かう。
到着したのは、ロジーヌ・ルークレアの所有機体を保管する区画だった。
「あいつの機体か。ま、確かにスポーツモデル基地に持ち込んでる軍人なんてあいつくらいのものね」
「好きな物を持って行って。使用者も居なくなったことですし。
ただし持ち出し前には妙な細工がされてないかレーヴィ中尉に確かめて貰って」
「そうさせて貰う」
コゼットは〈R3〉の知識が無いからと手を触れず、全てリルに任せた。
リルは〈R3〉の入った格納容器を物色していく。
「〈エリスモデル1〉、〈エリシアモデル2〉、〈J200〉――あいつの好きそうな機体ばっかりだわ。
これは?」
高機動機や飛行偵察機が入った格納容器が並ぶ中、1つだけ重装器用の格納容器が混じっていた。
不思議に思い外装を確かめると、見たこともない機体名が記されている。
「ああ、彼女の腕を見込んで、企業から持ち込まれた試作機ですよ。
飛行攻撃機だとか。彼女が飛ばしてみたいと飛行許可を何度も求めてきたので覚えています。
結局、怪我をされたくなかったので最後まで許可は出しませんでした」
「内通者に対して優しいのね」
「分かってからなら何とでも言えますよ」
不機嫌そうに目をつり上げるコゼット。同じようにリルも鼻を鳴らして目をつり上げた。
「これ貰っていくわ」
「他の機体では駄目ですか? それは試作機ですよ」
「マニュアル見る限り問題無いわ。真っ直ぐ飛んでいって着陸するくらい訳ないでしょ」
リルは格納容器の外装に差し込まれていたメーカー作成の操作手順書を流し読みして、そう言ってのけた。
確かに機体の安定性は低そうだが、別にスポーツ飛行をするわけでもない。
それに、飛行攻撃機という機種に興味をひかれていた。
「調整するから整備場貸して。終わり次第出て行くわ。見送りは結構。総司令官は総司令官の仕事をしなさいよ」
「言われるまでもありません。整備場と整備士は手配します。
――リル。くれぐれも気を付けて」
「こっちの台詞よ。
腐っても総司令官なんだから」
コゼットは「誰が腐っていますか」と反論したが、リルは追い出すように鼻を1つ鳴らしてあしらった。
◇ ◇ ◇
持ち出されたロジーヌの所有機体は、司令部付きの整備場でリル向けの調整がなされた。
リルはマニュアルを読み込み、調整完了次第その機体を装着する。
セルフチェックが無事に通ったことを確かめると、コアユニット出力、飛行翼の動作、ブースターと推力機構の動作を確かめると、飛行用カタパルトへと向かう。
このまま出撃すると言う彼女へと、整備士は試験飛行無しに長距離飛行は無謀だと告げたが、時間が無いからと無理矢理押し通した。
総司令官直々に整備指示が出されたリルに対して整備士は何も言い返せず、やむなく飛行を認める。
カタパルトへと脚部をセットし、コアユニット出力を上げる。
「飛行準備完了。〈Rudel87G〉スタンバイ。いつでもどうぞ」
整備士の合図によってカタパルトが作動される。
レールによって加速されるが、いまいち揚力が足りない。
やむなくブースターに点火。基地整備場内での暴挙に整備士達は顔を青くして逃げ惑ったが、リルは構わず最大推力とブースターフル稼働を続け、なんとかカタパルト終端ギリギリで離陸に成功した。
通信で整備士に謝りながらも、直ぐに飛行へと意識を向ける。
視線操作でマップを確認。
指定された合流地点を再確認し、レインウェル・レイタムリット間に設定された統合軍〈R3〉飛行ルートを参照。
ルートに乗るべく旋回しようとしたが、思うように曲がらず、あろうことか急激な失速を起こした。
「この程度の旋回で! とんでもない機体だわ!」
なんとか墜落を免れ地面すれすれで飛行を再開。
姿勢を保ち、緩やかに上昇しながら速度を増して、失速しないよう大きく大きく弧を描いて旋回する。
「――ハズレ引いたかも」
火力が高そうだから、という理由で受け取った試作機についてそう評価しながらも、大見得張って受け取ってきた手前引き返すわけにも行かず、〈Rudel87G〉で合流地点を目指した。
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