第187話 コゼット・ムニエ⑦
レインウェル基地中枢区画に有る会議室。佐官級の将校も使用する、中枢区画内では広めの開かれたその部屋で、コゼットは1人、来客を待っていた。
基地の対宙レーダーが一時的に異常な反応を示した。その情報は既に一部将校には伝わっているはずだった。
会議室の扉が叩かれて、コゼットが何も返さずにいるとそれが開かれた。
扉の隙間から中を確認し、そこにコゼットの姿を見つけたロジーヌが入室する。
「こちらでしたか」
「あなたでしたか」
コゼットは1つ大きく息を吐くと、入ってきたロジーヌを見据えた。
燃えるような赤い髪の、生真面目そうな女性。しわ1つない軍服を着こなした自分の副官の姿に、信じられないと目を背けるも、静かに告げた。
「残念ですよ。とても。あなたが内通者でしたか」
「何の話でしょうか?」
ロジーヌは知らないふりをしたがコゼットは続ける。
「もうあなたの耳にも届いているでしょう。
対宙レーダーが異常な反応を示した。〈レナート・リタ・リドホルム〉が地表降下したのです。
私や統合軍を誤魔化せても、レミー・メルヴィルの目は誤魔化せませんよ」
突き付けられた事実に、ロジーヌはほんの少しばかり驚いた表情を見せた。
「手配したのは司令でしたか。宇宙海賊と友人だったとは知りませんでした」
「友人では無く債権者。
しかし上手いこと誤魔化し続けてきましたね。私も手を尽くしたつもりですが、結局最後まであなたにたどりつけなかった」
「司令の癖は知り尽くしていましたから」
ロジーヌは事もなげに答えた。
コゼットは士官候補生だった彼女に目をつけ、副官として利用してきたつもりでいた。
しかし実際は逆で、彼女が副官としての立場を利用していたのだ。
「あなたを選んだつもりでいましたが、選ばされていたと。
それより、ゆっくりしていてよろしいのですか? 宇宙海賊が統合軍と接触すれば内通者の正体は露見します。それまでに脱出しなければいけないのでしょう?」
「その通りですが、その前にやらなければならないことも有るので」
「そうでしょうね」
正体がばれた内通者が敵基地内で去り際に為すべき事。
任務続行不可能となった以上、敵に最大限の損害を与えつつ離脱すべきだ。
そして総司令官の副官であるロジーヌには、あらゆる障害を通り抜け、最も重要な人物に接触できる。
「私を殺しに来たと」
問いかけに、ロジーヌはかぶりを振った。
「いいえ。それは違います。
あなたを招待しに参りました。これより先もご一緒にどうでしょう」
「人質になれと?」
再び彼女はかぶりを振って応じる。
「違います。純粋に協力者としてお招きしたいのです。
司令の知識は我々に必要不可欠です。旧友のスーミア様も司令の同行を望んでおります。
そして目的を達成した暁には、アイノ・テラーを差し出しましょう」
提案にはコゼットも「ほう」と舌を巻く。
「先にイザートを渡すのなら考えましょう」
「残念ながら。我々は彼とは別に動いていますので」
「そう。ではお断りします」
きっぱり断りをいれるとロジーヌは耳を疑う。
「アイノ・テラーに興味は無いと?」
「無くはないですよ。ですが、差し出されても扱いに困ります」
「アイノ・テラーは〈ニューアース〉艦長、カリーナ・メルヴィルを殺害した。あろうことか司令の目の前で。
違いますか?」
「違いませんよ」
「でしたら、復讐の相手でしょう」
「そうかも知れません。ですがそんなことはいつだって出来ますから。
私にはそれよりも優先すべきことがある。
彼女についてはそれが終わってから考えますよ」
素っ気ない答え。
それに対してロジーヌは、普段決して見せることの無いほどに激昂し、会議室の大机を叩いた。
「愛する人を目の前で殺された司令なら、あの方の思いを理解出来るはずだと信じていました」
「あの方? ――サビィね。
なるほど。道理で最初に会ったときから私の嗜好をよく把握していたはずです」
サブリ・スーミアは古くからのコゼットの友人で、大戦中も宙間決戦兵器パイロットとそのオペレーターという立場もあって交友が深かった。
彼女がロジーヌへと統合軍内通の指示を出していたのならば、疑惑を持たれないよう立ち回りながらも、重要な情報に手をつけられたのにも納得できた。
「どうして、愛する人の敵をとろうと思わないのですか」
ロジーヌは拳銃を抜いていた。
初弾は装填されているが、まだハンマーは起きていないし銃口も下を向いたままだ。
コゼットは臆すること無く答える。
「艦長がそれを望まなかったからです」
「ではこれまであなたは何のために戦ってきたと言うのです」
コゼットはアイノ・テラーへの復讐のためと、なりふり構わず出世してきた。それが偽りで有るのならば彼女の戦いは何のためだったのか。
問いかけに対してコゼットは毅然と答える。
「戦争の無い平和な宇宙のため。
艦長がそれを望みました。あの人の望みは私の望みですから」
答えた後、コゼットは反応を伺いながら、今度はロジーヌへと提案する。
「どうです? あなたもこちらにつきませんか? サビィの望みはアキ・シイジへの復讐でしょう。だとすれば私たちの目的は共存可能です」
「残念ながら」
ロジーヌは拳銃のトリガーに指をかけた。ハンマーが起こされ射撃可能となる。
「もう引き返すことは出来ませんから」
「でしょうね」
2人の意見は相容れない。
サブリ・スーミアは帝国軍を離れられない。彼女の〈ハーモニック〉を運用可能なのは帝国軍だけだ。
コゼットはアキ・シイジの所在を知らないが故に、身柄引き渡しを約束することも出来ない。知っていたとしても、彼女の身柄を渡してしまえば、彼女を信奉する者の離反を招く。
根本的な部分で譲歩は不可能であった。
「とても残念です。これは自分の本意ではありませんが、ただ出て行く訳にはいきませんから」
「物騒なことですね」
ロジーヌが拳銃を構えた。
その瞬間、コゼットは机の下に隠していた起爆スイッチを押し込む。
閃光が瞬き、爆音が響く。
ロジーヌの背後、会議室廊下側の壁が吹き飛んだ。
一瞬ロジーヌが状況把握のため振り向く。その隙にコゼットは体を机の下に潜り込ませた。重厚な木製の机だ。拳銃弾くらいなら貫通せずに受け止めてくれる。
「驚きました。司令がこのような細工を1人でするとは思いませんでしたから。
ですが、警報システムには手を加えさせて頂きました。火災報知器は発報しませんし、人避けもしてあります。誰も助けには来ないでしょう。
司令が丸腰なのは分かっています。見苦しい真似は止めて出てきて頂けませんか?」
コゼットは机の下で端末を操作しようとするが、何故かネットワークへと接続できない。
諦めて端末を投げ出すと、懐に手を入れて拳銃を取り出す。
大戦の最終決戦の最中、アイノ・テラーから渡された、女性用のリボルバー型護身拳銃。弾丸は貰ったときのまま1発きり。
長いこと拳銃を撃つ機会などなかった。
しかも利き腕は大戦によって失われている。
正面から戦うのは余りに無謀だった。
「見通しが甘かったようですね。
丸腰ではありません」
机の上に拳銃の銃身だけのぞかせる。
だがそれは直ぐにブラフだと見抜かれた。
「その1発きりの護身用拳銃で戦いますか?」
「これでも連合軍時代は射撃の名手ですよ。それに、もう1つあなたの見通しは外れています。
――助けは来たようですね」
爆発によって崩れかけた壁を蹴破って、トトミ星系副司令官、テオドール・ドルマンが突入してきた。
「司令、無事か!? ――貴様!」
声に驚いたロジーヌは慌てて振り向き、テオドールへ向けて発砲する。
銃弾は腕をかすめ、テオドールは思わず後退した。
「副司令。レイタムリットへ戻ったはずでは?」
「こいつが内通者だと言うのか!」
テオドールはロジーヌの問いに答えず、壁に身を隠しながら問いかけた。
それにコゼットは呼応する。
「そのようです。何としても捕らえてください」
「無論だ。だが――」
テオドールは単身だった。そして彼もまた、拳銃の撃ち合いになればロジーヌ相手にはかなわないと自覚していた。
だがコゼットは会議室に閉じ込められている。
分厚い木の机に隠れてはいるが、逃げ場は無い。
彼は援軍要請を試みるも、ネットワークが切断され通信が出来なかった。
「悠長にしている余裕もなさそうです。
手早く済まさせて頂きます」
ロジーヌはテオドールを警戒しつつも、机に足をかけた。
駆け出せば一息でコゼットの真上に飛び出してしまうだろう。
だがコゼットはその瞬間、もう1つ用意していた起爆スイッチを押し込む。
閃光と爆音が、今度は隣接する準備室との壁を吹き飛ばした。
「警報システムは止めてあると言ったでしょう」
「助けは来ると言ったでしょう?」
コゼットの応答に答えるように、吹き飛んだ壁の残骸を蹴り飛ばして準備室から乱入者がやってきた。
「閣下を守れ! レーヴィ分隊突撃!」
我先にと突入してきたスーゾが、机の上に立つロジーヌへ向けて発砲。
拳銃弾がロジーヌの左肩に突き刺さった。
彼女は鮮血を吹き出しながらも、飛び出そうとしたテオドールへ向けて発砲し退かせる。
「当たった! よし行け、分隊突撃!」
投げやりな指示に、実戦経験の無い衛生部要員がスーゾの後に続いた。
わずか5人ばかりの部下を従え、拳銃のみの貧弱な武装で突撃してきたスーゾ。
されど同じく拳銃しか持たないロジーヌにとっては、いかに戦闘技量で圧倒していたとしても数で優位に立たれてはどうしようも無かった。
撃たれた左肩を押さえて止血しながら、後退し机から飛び降り、テオドールに背を向けて廊下へと駆け出す。
「追撃! 追撃! 足を狙うんだ足を!」
「逃げられるぞ! 1発くらい当てないか!」
テオドールに叱責される衛生部要員。
しかし彼女たちも、テオドールも、走り去るロジーヌに1発も命中弾を出せず逃亡を許す。
「追撃! 地獄の果てまで追いかけろ!」
「待て! この状況で深追いは危険だ! そもそもお前達は一体何だ!」
まるで実戦経験があるとは思えない、本来司令部にいるはずの無い衛生部検疫科の所属章をつけたスーゾ達を、テオドールは思わず引き留めた。
そこへ机の下から這い出してきたコゼットがやってきて説明する。
「私の協力者です。
通信を傍受されていた上に、アイレーン星系出身者は誰が敵か分からなかったものですから、現地の信頼出来る人間を秘密裏に招集しました」
「通信を使わずどうやって?」
「それはレーヴィ中尉にお尋ねになって頂ければ」
テオドールはスーゾへ視線を向けるが、彼女は答えられない。
司令部のネットワークへ違法なハッキングを仕掛けたところを逆に利用されたなどと、口が裂けても言えるはず無かった。目を泳がせる彼女を見て、テオドールはコゼットへと再度尋ねる。
「信頼出来る人間なのだろうな」
「ええ。それは保証します」
信頼出来ると太鼓判を押されて、スーゾは思わず「えっへん」と胸を張った。
それにテオドールは本当に大丈夫かと疑いを持つも、ロジーヌ追撃の指揮を執り始める。
「良かろう。まずは何にしてもルークレア少佐を捕らえることだ。
警報システムと通信システムが落とされている。まず通信を復旧させる」
「通信? ちょい待って――あ、ちょっと待ってください閣下」
テオドールの階級章を見て、ふざけたことを言って良い相手ではないとようやっと判断したスーゾは言葉遣いを訂正しながらも端末を操作する。
「最新式のネットワークジャミングですね。
この手法はアナログな対応に弱いです。端末を貸して頂いても? ――少し時間を。アンテナを外付けして細かいところを調整すれば――繋がりました。
ただ基地内でいくつもジャミング装置が動いてるみたいです。かけたい相手に繋がるとは限りませんのでその点だけご注意を」
改造されて返された端末に、テオドールは驚きを隠せずスーゾを見やる。
彼女の所属章を再確認してコゼットへと尋ねた。
「この中尉は本当に衛生部所属か?」
「そのようですね」
「情報部へ移すべきでは?」
「それはちょっと……」
情報部に配属されてしまえば表だっていたずらが出来なくなってしまうのでスーゾは拒んだ。
そしてそんな話をしている場合では無いと、テオドールも本題に戻る。
「ルークレア少佐追撃の指揮は自分が。
君たちには司令の護衛を頼みたい」
内通の中心的人物がロジーヌだと判明したが、まだ基地内にその協力者が存在する可能性があった。
コゼットもここで命を落とす訳にはいかないと、身を隠すことに賛同する。
「しばらく身を隠します。
中尉、準備は?」
「衛生部の病室を押さえてあります。秘匿性バッチリの個室ですよ。変装キットも準備してます」
「頼もしい限りです。では閣下。そちらはお任せします」
「任された。事態の収集がつき次第連絡する」
コゼットが頷くと、テオドールは改造された端末を手に、信頼出来る味方へと連絡を取りながら移動を開始した。
コゼット達も爆破された会議室に留まっているわけには行かないので移動の準備をする。
衛生部要員の1人が、スーゾ指示の元用意していた衛生部軍曹制服セットを取り出してコゼットへ渡す。
片腕のない彼女の着替えを手伝い、脱いだ将官服は衛生部の医療バックに詰め込まれた。
スーゾの趣味で用意されたカツラまでかぶり、ぱっと見では彼女がトトミ星系総司令官だとは分からなくなった。
「感謝します中尉」
「まだまだ下士官でもいけますね、閣下!」
スーゾがコゼットの容姿をおだてたのだが、彼女はそれに悪い気は起こさなかった。
「それはどうも。
袖だけ気になりますが、まあ良いでしょう。案内お願いします。中尉殿」
「お任せください閣下!」
「閣下では無く軍曹。私はあなたの部下ですよ」
「そうでした! ではスーゾ分隊、これより衛生部建屋へ帰還します! 皆の者分隊長について参れ!」
すっかり指揮官気分になったスーゾは、コゼットを含めた衛生部要員の先頭に立ち、基地司令部からの脱出を開始した。
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