第197話 移動要塞パツ
超大型6脚機。
それは統合軍によって、移動要塞〈パツ〉と命名された。
ラングルーネ基地西端を発した〈パツ〉は、レイタムリット基地を目標としているらしく、西北西へと進路をとった。
あまりに巨大すぎる敵機に対して、進路上に居た統合軍は戦闘を避け後退。
〈パツ〉は基地防壁を突破しうる3連装80センチカノン砲を主構造物上部に3基装備している。
このままレイタムリット基地射程内まで前進されたら基地陥落すらあり得た。
トトミ司令部は最優先攻撃対象を〈パツ〉に設定。
ラングルーネ基地攻略のため準備していた部隊は、拠点防衛戦力のみを残して〈パツ〉攻撃にあてられる運びとなった。
◇ ◇ ◇
司令部の最優先攻撃対象の設定により、第401独立遊撃大隊はその全てが〈パツ〉撃破に向かうこととなった。
その日のうちに大隊は拠点を引き払い、ラングルーネ・ツバキ基地に入る。
中隊長が集められた戦略会議には、独立部隊の隊長であるタマキも出席して、〈パツ〉のデータを受け取った。
タマキが戻ってくるなり、ツバキ小隊宿舎の談話室で部隊会議が開かれた。
タマキはこれからの統合軍の計画、大隊の行動について設営を開始する。
「〈パツ〉と名付けられた移動要塞はレイタムリット基地到着までになんとしても撃破しなければならない。というのが統合軍トトミ司令部の意見です。
大隊に対して、〈パツ〉撃破作戦に参加せよと正式な命令が下されています。
経路ですが、リーブ山地南側を通り、〈パツ〉進路上へ向かうルートをとるとのことです」
談話室のモニターに戦略マップが表示され、〈パツ〉の移動予測と大隊の移動経路が示される。
大隊が〈パツ〉に対してどのような攻撃を仕掛けるかは未定だ。
そもそも攻撃が通用するのか、統合軍ですら正確に把握していない。
「一応、ツバキ小隊として〈パツ〉に対してどのような行動が可能か、話し合っておきたいと思います。
何か意見のある人はどうぞ」
促されて、一番にイスラが手をあげた。
指名されるとイスラは立ち上がり、〈パツ〉の図面を見せて欲しいと要望。タマキの操作によって、モニターに〈パツ〉の姿が映し出された。
「移動要塞、だったか?
名前通りの移動要塞なんだろうが、本当にこれが移動してるのか?
どう見たって陸上移動可能な重さじゃないぜ」
静止画しか無い〈パツ〉に対して意見するイスラ。
その指摘は至極もっともで、通常の物理法則に従えば、〈パツ〉は移動どころか地上に立つことすら出来ないはずであった。
タマキが「実際に移動しているのが確認されている」と回答する間に、カリラが〈パツ〉の画像を目を細めて注視した。
地面と〈パツ〉脚部の接点をつぶさに観察して、ある結論に辿り着く。
「物理法則書き換えていませんこと?
もしかしてこれ、深次元転換炉ですの?」
尋ねた先はユイだった。
ユイは眠たげな視線で画像を一瞥してから答える。
「違う。
こりゃ零点転移炉だな」
「何が違いますの?」
「エネルギー生成手法が違う。
最終的にやってることは同じだ。
重力なり質量なりの法則を都合がいいように書き換えてるんだろ」
物理法則を書き換えるなどという荒唐無稽な話が飛び出して、タマキは疑うように〈パツ〉の姿をまじまじと見た。
しかし彼女にはそれが事実なのかどうか判別するに至らない。
「その話はあなた以外も把握しているでしょうね?」
タマキの問いかけに、ユイは静かに頷いて返答した。
「トトミ司令部は把握しているはずだ。
そうでなけりゃあんな馬鹿げた存在が出てきた時点でパニックになってる」
「なるほど。一理あります」
今の統合軍は、突如として出現した物理法則に従わない敵兵器を前にして、冷静な対応を続けている。
迅速な前線拠点の撤去と後退。そして後方からの攻勢部隊引き抜き。
司令部が相手の情報を多少なりとも把握していて、その上で行動しているのは明らかであった。
「つまり司令部には〈パツ〉を倒す手段が存在すると?」
「あたしに聞くな」
「あなたがああいうのには一番詳しいでしょう」
ユイは酷い言いがかりだとしながらも、いくつか〈パツ〉を倒しうる手段を上げていく。
「大気圏内航行可能な宇宙戦艦でも持ってくることだ」
「首都星系からロストテクノロジーたる宇宙戦艦を引き抜くのは現実的では無いでしょう。
そもそも、いまから出発したところでレイタムリット陥落までに間に合いません」
「なら大気圏内航行不可能艦でいい。
宇宙空間から降下させて直接ぶつけろ」
「そのような用途で設計されていない宇宙戦艦を〈パツ〉本体に命中させるのは至難の業です」
「だったら飽和攻撃しかけろ。
1隻くらい当たるだろ」
「物量戦を仕掛けられるほど宇宙戦艦は存在しません。
そもそも宙軍の戦力が減れば、帝国軍の宇宙艦隊を止められなくなります」
「もう知らん」
出した意見を全て却下されたユイは、これ以上言うことはないとぷいと視線を背けた。
タマキはため息半分に質問する。
「以前の帝国軍地下シェルターのようなものが〈パツ〉進路上にありませんか?
自爆装置のエネルギーを使えば、真下から攻撃可能でしょう」
「そんな都合のいいもんは知らん」
「では、後方補給線を寸断したとして、〈パツ〉が行動不能になるまでどの程度要しますか?」
「零点転移炉は相転移を利用した半永久機関だ。
少なくともエネルギー切れで動かなくなることはない」
「弾切れの可能性は?」
「別アングルの画像を出せ」
問いかけに対してユイが問い返し、タマキの操作によって〈パツ〉を別角度から観測した画像が表示される。
次々と移り変わっていく画像を見て、ユイは停止の指示を出しては〈パツ〉の武装を確かめていく。
〈パツ〉は直径300メートル程の本体区画に、それを支える6本の脚からなる兵器である。
足の先から反対側の足の先まで660メートル。
クモのような外見をしていて、本体上部には過剰なほどの兵装を背負っている。
主砲となる3連装80センチカノン砲3基を始め、大型迫撃砲、榴弾砲、更には十分すぎる対空兵器を備えていた。
本体下部にも火砲らしき物を備え、脚部にも機関砲や速射砲を多数装備。
射程内に姿をさらそう物なら、無数の砲火に襲われることとなるだろう。
画像を一通り確認し終えたユイは結論を述べる。
「本体下部についてるのはエネルギー収束砲だ。
零点転移炉の無尽蔵のエネルギーを使って攻撃可能だ」
「つまり砲弾の補給を断っても攻撃は可能だと。
それはレイタムリット基地の防壁を破壊可能な物ですか?」
「こればっかりは正確に観測しないと分からん。
少なくとも零点転移炉の出力エネルギーと、物理法則書き換えや振動障壁のエネルギー消費量を観測しなけりゃ、攻撃威力の推定は不可能だ」
詳しいデータが無ければどれほどの攻撃能力を持つか分からない。
至極真っ当な意見にタマキは反論せず、エネルギー見積もりの可能性について尋ねた。
「観測は可能ですか?」
「ある程度近づく必要があるが、まあ可能だろう。
これについてはあたしが適任だ。
お前らは観測の護衛でもしてろ」
ユイが自ら戦地に赴き観測を行うと宣言した。
いつもとは異なる態度にタマキは驚きつつも、普段戦いに後ろ向きな彼女へ皮肉を込めて問いかけた。
「珍しいですね。あなたが戦闘に前向きだなんて」
それが皮肉だと理解したユイは、鼻を1つ鳴らしふんぞり返って答えた。
「こいつについてはあたしにとっても不測の事態だ。
バカどもに任せるにゃ心許ない」
「あなたがそこまで言うのなら、あなたがやるべきでしょう。
――ちょっと待って」
タマキの端末にメッセージが届き、会議が一時中断される。
発信元は大隊司令部で、そこには追加で決定された大隊の行動方針が記されていた。
内容をあらためたタマキは皆の注目を集めて告げる。
「トトミ総司令部が〈パツ〉攻略作戦を正式に発令しました。
攻撃部隊はボーデン地方北西部市街地で〈パツ〉脚部に対して集中攻撃。
その場で移動不能にせよ、とのことです」
発令内容に対して、ユイは不機嫌を隠すことなく悪態をついた。
「観測もまだなのに総攻撃命令だと?
あの司令官は頭がイかれてやがる」
「上官批判は止めなさい」
タマキは咎めるが、考えていることはユイと同じであった。
大机の端ではリルも小さく悪態をついている。
「決定した以上仕方ないでしょう。
これから先は大隊と行動を共にし、〈パツ〉攻撃に向かうことになります。
――まだ観測の必要がありますか?」
問いかけに、ユイは頷いた。
「無論だ。
あれに関するデータは集めておかなければならない」
「わたしもその意見には賛成です。
ツバキ小隊は観測にまわして貰うよう大隊長には伝えます。
ただ――〈パツ〉の足止めが必要なのも事実です。
ボーデン地方北西部市街地となると、レイタムリット地方は目と鼻の先です。
可能な限り、脚部破壊の成功率は上げておくべきです」
タマキはトーコへと視線を向けてから、確認をとるようにユイへ視線を向ける。
ユイはこれまで以上に機嫌を損ねて大きく首を横に振った。
「駄目だ。
〈音止〉を〈パツ〉攻撃にあてるな。
観測の護衛に集中させろ」
「待ってよ。
あの〈音止〉なら、射撃装置つければ152ミリ砲積めるでしょ。
〈パツ〉の脚部にもダメージを与えられるかも知れない」
「半人前が偉そうな口をきくな」
ユイはトーコの言葉を一蹴した上で、更に反論を試みるトーコを黙らせて、タマキへと〈パツ〉の画像を切り替えるよう指示した。
上から目線の指示に対してタマキは小さくため息をつきながらも画像を切り替えていく。
「これが分かりやすい。
こいつの脚部を見ろ。外周は装甲に覆われている。
152ミリごときじゃ当てただけなら何の効果も無い。
狙うとすれば内側関節部分。当然装甲が施されているから、装甲の隙間を正確に狙わなけりゃならん。
お前にそれが出来るか?」
低速とは言え移動する〈パツ〉の脚部内側装甲の隙間。
内側を狙わなくてはいけない以上、最低でも400メートルは距離がある。
しかしそれは〈パツ〉に対して肉薄した場合の距離であって、過剰なほどの火砲を有する〈パツ〉に対しては現実的ではない数字だ。
一撃離脱可能な距離をとるとすれば1000メートルは離れなければならない。
拡張脳が使用不可能な状態の〈音止〉とトーコでは、それはあまりに見込みの無い話だ。
トーコは頷こうと試みるものの、結局口をとがらせて「やってみないと分からない」と呟くことしか出来なかった。
しかしタマキはむしろ、ユイの言葉で活路を見出していた。
「内側関節の装甲の隙間を狙えば脚部の破壊が可能だと言うことですか?」
「見たところ振動障壁が覆っているのは本体のみだ。
脚部破壊は物理的には可能だろう。
だが実現可能性は余りに低い」
それはバカな考えだと返されるが、それでもタマキは諦めない。
視線をユイでもトーコでも無く、フィーリュシカへと向ける。
「フィーさん。
あなたなら〈パツ〉脚部破壊は可能でしょう」
問いかけに、フィーリュシカは静かに頷いて返した。
「問題無い。
ただし、武装が用意出来た場合の話」
回答にタマキは頭を悩ませた。
もし152ミリ砲クラスの武装を運用可能な機体を用意出来れば〈パツ〉を行動不能に出来る。
しかし、フィーリュシカは装甲騎兵を運用できない。
固定砲では〈パツ〉に応射されたら終わりだ。
いくら破壊可能と言っても、〈パツ〉脚部は1発で全て終わるような大きさではない。
応射を回避可能な機動力と、内側装甲を貫通しうる火器運用能力が備わっていなければならない。
ユイはフィーリュシカの方をちらと見て、彼女が頷くのを確認すると、1つ提案した。
「〈音止〉をフィーに使わせる」
「待ってよ!
フィーは免許持ってないでしょ」
その提案に、トーコが思わず指摘した。
事実、フィーリュシカは装甲騎兵運用の資格を有していない。
そんな彼女が装甲騎兵を操縦したとなれば軍法違反だ。
彼女自身も、それを指示したタマキもただではすまなくなる。
「免許だけ持ってる半人前より役に立つ」
「そうだとしても――」
トーコは言葉に詰まり、それ以上反論できない。
彼女もフィーリュシカの実力は認めていた。
しかし、装甲騎兵の操縦には専門の教育が必要不可欠だ。
いくらフィーリュシカが優れていたとしても、免許が無い以上装甲騎兵に乗るべきでは無い。
「――ちょっといいかい?」
緊迫した空気の中、イスラがへらへらと笑いながら立ち上がって発言を求めた。
タマキが「どうぞ」と返すと、彼女は不敵に笑ってから提案する。
「要するに、装甲騎兵章持たないフィー様でも運用できる、重砲積める機体があればいいんだろ?
だったら、〈イルマリネン〉を使うべきじゃないか?」
「お姉様!? それはいけません!!!!」
提案に対してカリラが勢いよく立ち上がって素っ頓狂な声を上げた。
タマキは発言許可を得ていないカリラを座らせると、イスラへ説明を求める。
「〈イルマリネン〉とは?
もしかして超重装機ですか?」
「流石中尉殿。
良く分かってらっしゃる」
イスラは必要以上にタマキを持ち上げて回答する。
超重装機は、装甲騎兵が装備するような重砲を運用可能にした〈R3〉だ。
しかし身に纏うサイズの〈R3〉に重砲を積むのは物理的な問題がつきまとい、設計された全ての超重装機が何らかの欠陥を抱えている。
以前ツバキ小隊が戦った〈アヴェンジャー〉は重砲運用のために乗員保護を犠牲にしていたりと、とかく運用困難である。
「超重装機は軒並み欠陥品だと伺っています」
「その通りですわ!」
〈イルマリネン〉とやらを使用されたくないカリラはここぞとばかりに声を上げるが、タマキにしばらく口をつぐんでいるように言いつけられた。
そんなカリラをなだめながら、イスラは答える。
「〈イルマリネン〉の欠陥は運用でカバー可能だ」
「なるほど。
それは大変よろしい。
それで、その〈イルマリネン〉とやらは何処にありますか?」
問いかけにイスラは小馬鹿にしたように笑う。
対してタマキは「質問に答えなさい」と語気を強めるが、イスラはそのままの調子で回答した。
「何処って、ずっと一緒に居たじゃないか」
「そんなことは――
まさか……」
そんな機体の情報は受け取っていないとタマキは一度否定しようとしたが、1つだけ心当たりがあった。
ハツキ島から脱出する際に使って以来、ツバキ小隊の足となった、イスラとカリラが営む修理工場で使用していたトレーラー。
その荷室の一部を占有し、邪魔だ邪魔だと思われながらも決して降ろされることの無かった、謎の重装機格納容器。
「そう。
カリラのコレクションだからと今まで積みっぱなしにされてた機体だ。
今こそアレを使うときだろう」
口をつぐむように言いつけられていたカリラは精一杯に手を上げて発言権を求めるが、それは無視された。
「試してみる価値があると言うのなら、確かめましょう。
イスラさん、フィーさん、準備をお願いします」
そうこなくっちゃと、イスラは意気揚々と談話室から出て行った。カリラは泣きそうな顔をしてイスラに続き、タマキとフィーリュシカもそれに続く。
ユイも「アホには付き合いきれん」と愚痴りながらも様子を見に向かった。
結局、みんなが見に行くようだからと、トーコ、リルも立ち上がりついて行く。
ナツコとサネルマも、超重装機の動くところを見てみたいと揃って談話室から出た。
並んで歩くサネルマへと、ナツコはずっと気になっていたことを尋ねる。
「サネルマさん。
ずっと気になってたんですけど、〈パツ〉って名前変じゃないですか?
あまり強そうじゃ無いです」
「あー、確かにね。
でも帝国軍の多脚機はクモの名前からつけるルールみたいなのがあるから」
「へえ。ということはパツって名前のクモが居るんですね!」
言われてみれば、帝国軍の多脚機、4脚機の〈バブーン〉や〈アースタイガー〉はクモの名前だったとナツコは手を打った。
「そうそう。
確か、大きくても2ミリとかしかない小さいクモだよ」
「え?
でも〈パツ〉って600メートルとかある大きな機体ですよね?
なんでそんな名前つけたんです?」
大きい機体には大きいクモの名前をつけるのでは無いかと素朴な疑問を口にしたナツコに対して、サネルマは良く分かっていなかったけれど堂々と胸を張って、良く分からない回答をした。
「超巨大兵器には、小さく感じる名前をつけるものなんですよ!」
言ってる本人も良く分からない回答だったのだが、それでナツコはすっかり納得して、晴れ晴れとした表情で頷く。
「なるほど!
やっぱりサネルマさんは博識ですね!」
「えっへん!
そうでしょうとも! これでも副隊長ですからね!」
素朴な疑問が解決したナツコと、おだてられたサネルマは心地よい笑顔で、ツバキ小隊のトレーラーへと向かった。
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