第185話 オペレーション・冷やし中華②
「きびきび働け。あたしゃのろまは嫌いだ」
スサガペ号の倉庫で、乗組員を叱責し荷物を運び出させるユイ。
彼女は次々に運び出すべき荷物の指示を出しては、中身を確かめてそれをツバキ小隊の車両まで運ばせる。
宇宙海賊の乗組員に対しても尊大な態度は変わらず、そして指図された彼らも指示には忠実に従った。
「ユイ、何してるの」
「見ての通りだ。必要な物を運び出している」
そんなユイを見つけてトーコは呆れながらも尋ねたが、彼女は自らの行為を不思議に思うこともないようで、当然のことをしているだけだと一蹴した。
「宇宙海賊の積み荷でしょ」
「あたしゃこいつらに金を貸してる。おいなんだこれは。欠陥品を掴ますつもりか。取り替えてこいグズ」
歪んだ機械部品を運んで来た乗組員は罵倒されると必死に謝罪し、そしてかわりの部品を取りに駆けていった。
「いくらかしたの?」
「お前が想像も出来ないような金額だ」
「それで、何運ばせてるの?」
「〈音止〉の修理部品。どっかのバカが壊した」
「バカで悪うございましたね。――直るの?」
〈音止〉はレインウェル基地にて修理されたが、冷却機構について手つかずの他、いくつか修理未完の部分もあった。
それでも統合軍が運用する〈I-K20〉と同等の戦闘能力を保持しているが、トーコとしては拡張脳を使用可能にし、本来のスペックを取り戻して欲しいと望んでいた。
「冷却機構については諦めた。それ以外でなんとかしてスペックの底上げはする。ド下手クソのパイロットに殺されるのは御免だからな」
「ド下手クソで悪うございましたね。――別に無理して乗らなくてもいいのに」
「バカを1人にして暴走されたら誰が止めるんだ」
「そんなことしないよ」
「前科がある奴は何を言ったって信頼されない」
以前〈音止〉を1人で持ち出して死にかけたトーコは返す言葉もなく、ただむすっとした顔でユイを睨み付けた。ユイはそれを気にすることもなく、宇宙海賊達に荷物を運び出させる。
「アキ・シイジのことだけどさ」
ふいにトーコがそう切り出すと、ユイは面倒臭そうに濁った目を向けた。
それをトーコは続けて良いと受け取った。
「物凄く強かったらしいね。〈音止〉のパイロットで、宇宙最強だったって」
「だったらなんだ。見ての通りあたしゃ忙しい」
ユイは作業の邪魔だとトーコを追い払おうとするが、彼女は続けた。
「ユイはアキ・シイジについて何処まで知ってるの?」
「下らん」
回答を拒否して、ユイは運ばれてきた機械部品をあらためて車両に運ばせる。
それから、じとっとした瞳で見つめ続けていたトーコへと答える。
「半人前に話すことはない。下らん労力を使わせるな」
「1人前になったら話してくれるんだよね」
「無論だ。あたしゃ約束を破ったことはない。理解したら失せろ。作業の邪魔だ」
失せろと言われると、半人前の自覚のあるトーコとしても居座りづらくはあったのだが、作業の邪魔にならないようユイの斜め後ろに回り込むと図々しくも続けた。
「アキ・シイジの〈音止〉には拡張脳積んであったの?」
「理解出来なかったか?」
「理解した上で居座ってるの。で、どうなの?」
ユイは心底鬱陶しそうにしながらも、トーコが居座り続けると舌打ちして短く告げた。
「拡張脳を積んだのはあの機体が最初だ」
「アキ・シイジは拡張脳無しで宇宙最強だったってこと? 拡張脳使った私とどっちが強い?」
「宇宙最強と半人前を比較しろと? そもそも宙間決戦兵器と装甲騎兵は別物だ。
十分答えてやったぞ。さっさと失せろ」
これで仕舞いだと、トーコを追い払おうとするユイ。
しかしトーコも負けじと、これで最後だからと宣言して、もう1つだけ問いかける。
「拡張脳、本当にもう使えないの?」
「お前の弱さは拡張脳云々の次元じゃない。物に頼る前に腕を磨け」
「でも物に頼らないと後部座席の人死ぬかも知れない」
「その前にお前を降ろすから問題無い」
既に次が最後の機会だと告げられていたため、降ろすというのは現実味のある言葉だ。
表情に影を落としたトーコに対して、ユイは興味なさそうにしながらも続けて告げた。
「冷却機構の予備は用意してあるが直ぐに使える状態に無い。
精々腕を磨け。お前に利用価値があるのなら、〈音止〉に乗せてやる」
言葉に、トーコは顔を上げた。
「ありがと。なんとかして強くなってみせるよ。この戦争を戦い抜いて生き残ることが出来るくらい強く。
その時は……約束は破らないんだよね?」
「無論だ。今度は理解出来たか? だったら失せろ。作業の邪魔だ」
しかしトーコはやはり、失せろという言葉には従わずその場に残る。
「〈音止〉の修理部品でしょ? だったら私も運ぶの手伝うよ」
「愚かな奴め。――貴様は次を取りに行け。
ほら、これを車両まで運べ。きびきび働け」
「のろまは嫌いなんだよね。分かってるよ」
トーコは宇宙海賊の乗組員から精密部品の入った小型コンテナを受け取ると、それを揺らさないように注意しつつも早足で車両へと運んだ。
◇ ◇ ◇
「これはキャプテン・パリー」
「お、おう」
ブリッジに通じる通路でタマキに声をかけられたパリーは、見るからに何かを避けるように、控えめに応じた。
そんな彼へと、タマキは容赦なく歩み寄る。
されどいきなり問いかけたりせず、彼のことを気遣った。
「申し訳ありません。もしかしてわたしのせいで副艦長殿から叱責を?」
「いや、そんなことはないさ。我が妻はあの程度で怒るほど心の狭い人間では無い」
「――結婚しているのですか?」
思いがけない言葉にタマキは驚き尋ねた。
パリーは当然だと頷く。
「少しばかり驚きました。副艦長殿は、とても優れているが故に他者を寄せ付けない雰囲気がありましたから」
「がっはっは。そうだとも。気位の高い上に、実力も確かときた。他者とのなれ合いを好まず、孤高の存在だったよ。
だが俺は、当時連合軍宇宙巡洋艦の艦長をしていた彼女に一目惚れしてな。
不法入国、不法乗艦、違法通信、あらゆる手を使って4年に渡り結婚を迫ったものよ」
タマキは「ストーカー」という言葉を飲み込んで、笑顔を取り繕って「一途でしたのね」とおだてておく。
すると気分を良くしたのかパリーは昔を思い出すようにしながら語り始めた。
「あれはまだ俺が10代の頃。ロイグのバカとつるんで、違法商船団から宇宙輸送船を盗んで宇宙海賊の旗揚げをした頃だった――」
「その話、長くなりますか?」
「ああ、とても。この俺の波瀾万丈の宇宙海賊人生を語るには、とても一晩では足りないだろう」
「そう、ですか。ではまたの機会に。
それよりも、副艦長殿からのお咎めは無かったのでしょう? 少しばかり話をさせて頂いても?」
パリーはすっかり自身の記録について語る気だったらしく、それを断られると残念そうにしゅんと小さくなった。
そして、タマキからの要求に対して小さく首を横に振る。
「貴官が知りたいような情報は話せないだろう。咎められないとしても、我が妻を困らせるわけにはいかない」
これは厄介だとタマキは眉を潜めた。
メルヴィルがいるとパリーが理性を取り戻してしまうから遠ざけたのだが、今の彼は妻を困らせたくないという本能で発言を拒否している。
こうなっては小細工は通用しない。
メルヴィルはタマキの想定よりも一枚上手だった。どのように部下をコントロールするべきかよく心得ている。
「残念です。いろいろお話出来るかと思っていましたが」
「なあに、当たり障り無い話ならいくらでも。我らが宇宙海賊の歴史を心行くまで語ろうではないか」
「それも悪くないかも知れません。では――」
タマキは1度言葉を句切って、どの程度までならパリーが話すか思案し、尋ねた。
「では、このスサガペ号について。先ほどアイノ・テラーが債権の4分の1を握っていると伺いましたが、他の方からはムニエ司令――コゼット・ルメイアが4分の1の債権を所有していると伺いました。
どうしてそのように歪な債権構造になったのでしょうか?」
問いかけにパリーは頭をかいて、回答に困った様子だった。
しかしタマキは核心部分について尋ねる。
「債権を握られて、コゼット・ルメイアの指示に従っているのでしょう?」
「そりゃ違う」
予想に反して、彼は明確に否定した。
「どうして」と当惑した顔をするタマキに対して、パリーは胸を張って堂々と告げる。
「忘れて貰っちゃ困る。俺たちは宇宙海賊だ。金だけの繋がりであれば踏み倒すのみ!
宇宙海賊を動かすのは金じゃない。そして権力でも正義でも悪でもない」
宣言する彼に対して、タマキは思わず「では何です?」と尋ねた。
彼はにやりと不敵な笑みを浮かべると、眼帯の位置を直してから声を張った。
「友情さ! 俺たちは友を裏切らない!
友と交わした約束を守るため、為すべき事を為す」
友情。その言葉にタマキは耳を疑った。
宇宙海賊は大戦中に枢軸軍と行動を共にした。もしアマネ・ニシとの友情であれば話は分かる。
しかし彼らは今、コゼットの指示の元動いている。もしパリーの言う通りであれば、金だけの繋がりなら切っているはずだ。
本来繋がるはずでない人物が、宇宙海賊を通して繋がっている。
そしてその一端は、アイノ・テラーにも繋がっている。パリーは彼女に対する情報提供を、明確に拒否しているのだから。
「その約束とは、一体何です?」
タマキは問いかけた。しかし目線は、パリーでは無くその後方。
メルヴィルがナツコと共に彼の背後に立っていた。メルヴィルが声をかけると、彼は振り向いた。
しかし不安そうに向けられた視線に答えるよう告げる。
「これだけは言わせてくれ」
「伝えるべきだと判断したのならば構いません。お任せします」
メルヴィルは体の前で手を組んで頭を下げ、一歩後ろへ下がった。
発言許可を取り付けたパリーは高らかに宣言する。
「――戦争の無い、平和な宇宙を。
この艦に集まった者は皆、同じ夢で繋がっている」
その夢のような言葉に、タマキは呆れるのを通り越して、すっかり感心してしまった。
「戦争の無い平和な宇宙。本当に、夢物語ですね」
「がっはっは! そうだとも! 夢を追わずして何が宇宙海賊か!
それに帝国軍が闊歩する宇宙など荒しがいが無い! 平和だからこそ恐怖に叩き落とす意味があるのだ!」
後半については聞き流せないような内容ではあったが、それでもタマキは頷く。
戦争の無い平和な宇宙。それは紛れもなく夢物語で、空想の世界にしか存在しないような代物だ。
だからこそ、バカげた存在である宇宙海賊がそれを求めるのも納得できた。
「素敵ですね。戦争の無い平和な宇宙。難しいでしょうけど、でももし叶うなら、そんな宇宙を見てみたいです」
彼の言葉にはナツコも嬉しそうに同意する。
「がっはっは。そうだろう。おお、君がナツコちゃんか。いやはやこんなに大きくなって――」
「他者への同意ない接触は褒められたものではないでしょう」
ナツコの肩へと手を伸ばしたパリーへメルヴィルが告げると、彼は慌てて手を引っ込めた。
それからメルヴィルは、タマキの前へと立つと尋ねる。
「お話はもうお済みでしょうか? 申し訳ありません、ハツキ女史が艦長と料理について話したいとおっしゃるので」
「ナツコさんが?」
「えへへ。キャプテンさんの故郷の星では、一風変わった冷やし中華が存在したらしいんですよ!」
「なるほど」
『オペレーション・冷やし中華』は失敗だったと、タマキはため息をつく。
メルヴィルがこうなるように会話を導いたのか、偶然こうなったのか定かではないが、こうして話の最中に割って入られたのは紛れもない事実だ。
「最後に1つだけよろしいでしょうか?」
タマキが尋ねるとメルヴィルは頷き、パリーへと目配せした。彼も頷いたので、タマキは尋ねる。
「その約束は、ムニエ司令とのものですか?」
質問にメルヴィルはパリーへと視線を向ける。その視線は、回答について彼へと一任するものだった。
それを受けパリーは、にやりと笑ってから答える。
「ルメイア嬢も然り、ニシ閣下も然り。
同じ夢を追う限り、我らは同志だ」
「回答感謝します。わたしも、おじいさまが望んだその夢を、追いかけてみたいと思います」
「がっはっは。そりゃあいい。ニシ閣下の孫娘よ。もう1度誘うが、我らと一緒に来ないか?」
その誘いを、タマキはやはりきっぱりと断った。
「残念ですが。わたしにはまだこの星でやるべきことがありますから」
「だろうな。それがいいとも。誰にだって為すべき事がある。それが片付いたとき、また声をかけるとしよう」
「そうして頂けると幸いです」
「がっはっは。案ずるな。友との約束を違えることはない。
それが宇宙海賊の生き様よ!」
タマキが再び礼を言うと、パリーはまた大きく笑って、今度はナツコの質問に答え始めた。
タマキの元へは、代わりにメルヴィルがつく。
「聞きたいことは聞けましたか?」
「多少は。あなたはとても良く部下を導いているようですね」
「自分は何も。一介の航宙士に過ぎません故。――失礼」
メルヴィルは会話を区切り、着信を告げた端末を手にした。
それから、内容についてタマキへと告げる。
「統合軍より連絡がありました。ムニエ女史が帰還なさるので、指定位置で合流をとのことです」
「分かりました。――ムニエ司令の安否は?」
「記されていません。直接確認を願います。ただし、スサガペ号付近での通信は控えて頂きたい」
「了解しました」
タマキが応じると、メルヴィルは合流地点の座標をタマキの端末へ送信した。
それと平行して乗組員へのメッセージを送信する。
座標を確認したタマキも、ツバキ小隊へと集合命令を送信した。
「短い間でしたがお世話になりました。次はゆっくりお話ししたいものです」
「はい。自分もそう願っております。
もし直ぐに答えられる内容でしたら、今のうちにどうぞお尋ねください」
メルヴィルが回答の意志を示した。
タマキとしては、いくつも聞きたいことがあった。アイノ・テラーについて。積み荷について。コゼットについて。内通者について。
それでも好奇心が上回り、ついつい下らない問いかけをしてしまう。
「――では、4年もストーカーまがいの求婚を続けた人物と結婚した理由をお聞かせ願いますか?」
問いに、彼女は口元を隠して笑った。
それから少し照れくさそうにはにかみながらも答える。
「直ぐ飽きると思って適当にあしらっていたのですが、4年も続いたものですから聞いたのですよ。「いい加減飽きませんか」と。
そしたら「惚れた女を飽きるわけがない」と答えられまして、一生飽きないのであれば構いませんよと、お受けしました。
少なくともまだ飽きられていないようで、ありがたいことですね」
のろけ話を聞かされたが、タマキが考えていたのとは異なるメルヴィルの一面に、不意に笑みがこぼれた。
「あなたも、宇宙海賊ですね」
「レインウェル女史にも言われました」
メルヴィルも応じるように微笑んだ。
ナツコの方も聞きたいことを聞けたようで、満足して会話を終えていた。
タマキはナツコへと集合命令を告げる。
「これよりツバキ小隊はリルさんとの合流を目指します」
「はい! リルちゃん、無事だったんですね!」
「そのようです。では我々はこれで失礼します。おもてなし感謝します」
「メルヴィルさんもキャプテンさんも、ありがとうございました!」
タマキとナツコが頭を下げると、メルヴィルとパリーも応じる。
見送られて、2人は後部荷室の車両へと向かった。
「いい話は聞けましたか?」
早足で歩きながらタマキが尋ねると、ナツコは大きく頷いて返す。
「はい! いろんな話が聞けたんですが、総合的に見るとですね――私の再発見した冷やし中華のレシピが完璧に正しいと言う結論になったんです!」
「なるほど。それは、良かったですね」
多分何を言われてもこの結論は変わらないのだろうとは思いながらも、タマキはとりあえず同意して、彼女のやる気を損ねないでおいた。
◇ ◇ ◇
去って行くツバキ小隊の車両を、パリー、メルヴィル、ロイグの3人はブリッジから見送った。
車両が遠くへ消えると、ロイグは通信席に座り込んで端末の操作を始める。カリラから受け取ったレナートの隠し論文について、解読キーをあれこれ試す。
不意に、艦長席の前で腕を組んでいたパリーが口を開いた。
「話しすぎただろうか?」
彼が自分の発言内容を思い返して尋ねると、メルヴィルはかぶりを振って応じた。
「構わないでしょう。話をされたくなければ会わせなければいい。
話されたくないことがあるのなら事前に連絡しておけば良い。
どちらもしなかったのですから、何を話されようと文句は言わないでしょう」
彼女の言葉に彼は安心して笑う。
「がっはっは。オフィサーがそう言うなら安心だ。――しかしよくもまあ、あれだけ集まったものだ」
パリーの言葉に、ロイグが答える。
「集まったんじゃない。集められたんだろ。
本人達に自覚があるなしはともかく」
更にそれにメルヴィルが続けた。
「人ごとのように言いますけれど、あなた方が20年前ついた嘘がそれに一役買ったことをお忘れ無く」
「い、いやあれはだな」
「そ、そうだとも」
2人はどごまぎと慌てるが、更に追い打ちするようにメルヴィルは告げる。
「友との約束を違えることはない、だそうですね」
「ご、ごほん! そうだとも。だからその、子供を頼むという約束を守った」
「それだ! 流石キャプテン!」
2人の言い分に、メルヴィルは感心したように「ほう」と頷く。
「そのような言い方がありましたか。
なるほど。ではどうして真実を伝えなかったのです?」
「いやそれは、もう気がついているかと思って」
「話す機会が無かった」
2人は苦し紛れに言い訳したが、別にメルヴィルはその内容について咎めるつもりも無かった。
「そうですか」と軽く流して、積み荷の情報を伝える。
「ブレインはタカモリ氏が輸送中。1式戦も運び入れるそうです」
「おお、タカモリ――どんな顔だかは忘れたが、あいつも来るか」
「こき使って構わないそうで。料理人のかわりにはならないでしょうがね」
友との再会を喜ぶパリーに対してロイグが告げる。
パリーも、料理人が不在となった現状を嘆いた。
「そう、料理人がなあ……。なんとか残って貰うことは出来なかったか。
向こうにはナギ嬢がいるだろうに」
「彼女はもともとあちらの乗組員ですから。
我々は借りていたに過ぎません。目的が達成されたのですから返却すべきです」
「あっー!!」
話を終える間際、突然ロイグが素っ頓狂な声を上げた。
終わりかけてたとは言え話している間に奇声を上げられたメルヴィルはいい顔をしない。
それでもロイグは構わず立ち上がると、メルヴィルへと端末を示す。
「見てくれオフィサー! レナートが残した隠し論文だ!」
「おいロイグ。そういうのはまずキャプテンに見せるものだ」
ロイグはパリーの言葉を完全無視。
メルヴィルと共に論文を流し読み、その最も重要な点を示す。
「これだ! 〈レナート・リタ・リドホルム級〉強襲輸送艦の特殊機構『仮想世界構築』について。
ずっと未完成だったあれが動作させられる!」
「おいおい、そりゃ一大事じゃねえか」
論文を目にしたパリーも驚くが、メルヴィルは冷静にその内容を確認する。
「しかしこの機構を動作させるためには独立したエネルギー源が必要だと。
それも新世代宇宙艦クラス。今の宇宙でこれを用意するのは至難の業です」
「確かに――。通常型宇宙戦艦3隻分って所だな。統合軍からの供与は?」
「打診はしましょう。ですが、貴重な宇宙戦艦を手放すとは思えません」
「宇宙海賊らしく奪っちまおう!」
パリーは威勢良く提案したが、メルヴィルはそれを否定する。
「〈海月〉は返却済みです。1式戦で対艦戦は無謀でしょう」
「そ、それは……。こんなときアキ嬢がいてくれたら、戦艦の2隻や3隻軽く持ってきてくれただろうに……」
パリーは項垂れて叶わぬ望みを口にする。
ロイグにも宇宙戦艦級のエネルギー源を用意する手立てはなく、万策尽きたと端末を放った。
「この艦に積むことを考えれば、深次元転換炉か、零点転移炉が必要ですね。
念のため彼女にも伝えておきましょう。
ロイグはエネルギー源が用意出来た時に備えて準備だけは進めておいて貰えますか」
メルヴィルは可能性を諦めず、端末を手にそう依頼した。
ロイグは「了解」と短く答えて、端末を拾い上げると工場へ向かった。
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