第184話 オペレーション・冷やし中華①

 ツバキ小隊が食事を終えるころ、ナツコも乗組員向けの料理を終えて席に戻ってきた。

 手には自分用の昼食を持っていて、食事に対して手を合わせると早速1口食べる。


「厨房にいい食材が揃っていて助かりました。皆さん、美味しかったですか?」


 問いかけに隊員達は頷く。それからイスラが尋ねた。


「ちょいと辛かったがこういう料理なのか?」

「はい。中華料理としては一般的な麻婆薯仔です。合成肉と芋、唐辛子と各種調味料を炒めて、鶏ガラスープで煮つめたんです」

「お前にしちゃ上出来だ。合成肉じゃ無ければ尚良い」


 珍しく、食事に対する要求レベルの高いユイも評価していた。

 合成肉ではない肉など昨今入手は困難極まりなく、提供されるようなことはあり得ないため、イスラやカリラが「そんなものあるなら食べてみたい」と口にするが、その言葉にナツコが答える。


「そういえばここの厨房、養殖肉が置いてありましたよ!」

「どうしてそれを使わなかった!」


 あったのに合成肉を選択したこと対してユイは声を荒げた。弁解するようナツコは返す。


「だ、だって、宇宙海賊さんのものですし、そんな高級なものを使ってしまうわけには……」

「舌の腐りきった宇宙海賊なんぞに養殖肉など不要だ。盗ってこい」

「え、ええ……。流石にそういうわけには」


 ナツコが目配せすると、タマキも「駄目です」と意思表示した。

 それでも食事のことになるとユイはうるさい。


「そもそも料理人もいないような艦に存在する必要ないものだ」

「それは、そうかも知れないですけど……。あ、でも、あの厨房、凄い使い込まれてましたよ。食材の保存もそうですけど、管理がちゃんとしているというか、細かいところまで掃除されてましたし、調理器具もよく手入れがされていて。

 なので、最近までちゃんとした料理人さんが居たんだと思います」

「そんなこと分かるの?」

「はい。私も料理人の端くれですから!」


 トーコの問いかけにナツコは胸を張って答えた。

 それから首をかしげて疑問を口にする。


「でも、メルヴィルさんは料理人はいないって言ってました。どうしちゃったんでしょう? 今日はお休みとかなんでしょうか?」

「居なくなった料理人ねえ。休みなら休みと言うだろうよ。副艦長殿がいないって口にした以上、いなくなったんじゃないか?」


 イスラが答えると、ナツコは残念そうに表情を曇らせた。


「そうですよね。料理人さんが居たら話してみたかったですけど、居ないなら仕方ないです」


 ナツコはそれから食事を再開した。

 既に食事を終えていた隊員には自由行動が与えられ、ユイは早速食堂から出て行った。

 残りの隊員はその場でナツコが食事を終えるのを待ちながら、適当に話していた。

 そして、ナツコが食事を終えるタイミングで、イスラが彼女へと話を切り出す。


「料理人としちゃあナツコちゃんは良い腕だと思うよ。今日のマーボースー……なんちゃらも美味しかったよ。

 だがなあ、前に食べた冷やし中華も捨てがたい」


 唐突に冷やし中華の話題を出されて、ナツコは瞳をキラキラと輝かせて喜んだ。

 冷やし中華は彼女が地球時代の古代文献すら調べてレシピを再発見した料理。それは料理人としての彼女にとって誇れる功績であり、その味には絶対の自信を持っていた。


「そうですよね! やっぱり本来のレシピで作られた冷やし中華は最高の中華料理ですよね! ……でも、ここの厨房にはモールブーチの肝ペーストが無くて……。それに、1から麺を作ると時間がかかるので、今日は泣く泣く諦めたんです」

「そりゃあしょうがない。しかし、冷やし中華の本来のレシピなんて良く見つけたもんだ。

 あたしらが知ってる冷やし中華とは全くの別ものだったのになあ」

「えへへ。頑張って調べました」


 褒められると素直に喜ぶナツコ。

 その様子にイスラは順調にことが進んでいると確信して、話を先に進めていく。


「だが地球時代の文献なんてバラバラで、どれが正しいのか、正しくないのか、それすら分からないって聞いたことあるな」

「む。私のレシピは正しいですよ! ちゃーんと信頼性抜群の文献を参考にしています!」

「そりゃあある文献から見れば正しいのかも知れないが、宇宙中で全く異なる冷やし中華が作られているのも事実だろう?」

「それは……でも、そういうのは間違ったレシピなんです!」


 こと冷やし中華に関してナツコは決して譲ることはない。

 冷やし中華のレシピ再発見は彼女の料理人としての最高の成果である。

 十分食いついたのを確認してから、イスラは本題を切り出した。


「そう言えば、宇宙海賊は宇宙中を旅してるらしいな。もしかしたら、珍しい冷やし中華のレシピを知っているかも知れないなあ。

 と言っても、料理なんててんで興味なさそうな男共はレシピなんて気にもしないだろうが――ああ、でもあの副艦長殿は詳しいかも」

「メルヴィルさんですか? 確かに、お料理についてそこそこ知識はあるみたいでした!」

「ま、ナツコちゃんが正しいレシピを見つけた今となっちゃどうでもいい話だな。

 食事終わったなら、艦内探検に戻ろうぜ」


 イスラは不敵な笑みを見せて、ナツコを散策へ誘う。

 だがナツコは首を横に振った。


「いえ、私は厨房の片付けがあるので! それにちょっと調べたいこともあるので……。イスラさん達は先に行っててください!」


 案の定、イスラの思惑通りに動き始めたナツコ。

 彼女に対してはイスラだけで無く、カリラ、トーコ、タマキも笑みを見せて送り出した。

 ナツコが食器をまとめて厨房へと持って行くのを見送り、イスラ達は席を立つ。


「行動は名誉隊長が副艦長殿を上手いこと足止め出来てから。それまでは精々大人しくしていよう」

「良いでしょう。わたしはパリーを」

「わたくしたちはお父様を。――トーコさんも来ます? とは言いましても、まずは家族だけで話をさせて頂きたいですわ」

「私は後からでいいよ。それまで、ちょっと話したい相手もいるし」

「じゃあそういうことで。上手くいってもいかなくても恨みっこ無しだ。では『オペレーション・冷やし中華』開始といこう」


 4人は下準備としてそれぞれの標的の居場所を探しに向かった。

 行動を開始した彼女たちを見て、何も知らされていないサネルマは何事かと目を白黒させて、その場に残っていたフィーリュシカへ尋ねる。


「何の話でしょう?」

「自分には理解しかねる」

「そうですか。うーん、気になりますけど、あの様子だとついて行ったら迷惑そうですね。ナツコちゃんの手伝いに行きますけど、フィーちゃんも来ます?」

「自分は厨房への立ち入りを禁止されている」

「一体何故? ――と、とにかく行ってきますね」


 サネルマはフィーリュシカをその場に残して厨房へと片付けの手伝いに向かった。

 フィーリュシカは厨房へは立ち入ることをせず、席に座ったままナツコのことを見守っていた。


          ◇    ◇    ◇


「メルヴィルさん! ちょっとお話が! お時間よろしいですか?」


 艦内を通る主要通路でメルヴィルを発見したナツコは、小走りで駆けよって声をかける。

 メルヴィルはナツコと、その護衛についていたフィーリュシカの姿を見てから、小さく頷き尋ねる。


「構いません。大切なお話でしょうか?」

「はい、とても」


 ナツコは瞳に好奇心と若干の不安を宿しながら、メルヴィルの目を真っ直ぐに見据えて答える。


「もしかしたら、宇宙の歴史を変えてしまうかも知れない大切な話です!」


 冷やし中華がかかわるとスケール感が意味不明になってしまうナツコのその台詞は、ツバキ小隊の隊員だったら笑い飛ばしてしまうようなものであったが、メルヴィルには無視できなかった。


「分かりました。場所を用意しましょう。こちらへ。彼女も同伴しますか?」


 フィーリュシカのことを問われてナツコは頷いた。

 しかし彼女はかぶりを振った。


「自分は護衛。あなたは信頼している。大切な話なら席を外す」


 ナツコとしては別に聞かれていても構わない話であったが、フィーリュシカがそう言うので、2人きりで話すことになった。

 会議室という名の狭い部屋に案内されると、フィーリュシカは通路で待ち、中に通されたナツコは手前の席に座った。

 メルヴィルが奥の席に腰掛けると、早速ナツコは要件を告げる。


「突然ですみません。でも、どうしても気になることがあって。

 あの、実は私、冷やし中華の研究をしているんです!」

「――冷やし中華の?」


 メルヴィルは一瞬呼吸を止めた。

 呼吸を整えてから発した言葉に対して、ナツコは答える。


「はい! 統合人類政府内の文献をたくさん調べました。難しい言語も解読して、それでようやく、本当の冷やし中華を再発見したんです」

「それは、いつ頃の話ですか?」

「なんとか形に出来たのは1年半くらい前です。調査はその前から長いことしていました」

「なるほど。それで、どうしてその話を自分に?」


 問いかけにナツコは一切汚れのない目でメルヴィルを見つめて答えた。


「宇宙海賊は宇宙中をずーっと巡って来たんですよね。

 メルヴィルさんなら、もしかしたら私の知らないような冷やし中華のレシピを知っているかもと思いまして」

「レシピ――料理の話ですか?」

「料理の話ですよ?」


 不意にされた不思議な問いかけに、ナツコは首をかしげて答える。

 それを受け、メルヴィルは微笑みを持って応じた。


「念のため確認させて頂きました。

 冷やし中華、ですか。確かに星系によって異なるレシピが存在した料理だと記憶しています。

 珍しいもので言えば、今は亡きミューメ星系のものが上げられるでしょう。星系出身の人物に振る舞って頂いたことがあります」

「わあ! そういうのです! 是非詳しく教えてください!」

「料理にはそこまで詳しくないので間違いが存在する可能性もありますが構わないでしょうか?」

「はい! 大雑把でも使われていた材料とかが判明すれば、宇宙の冷やし中華史が変わるかも知れません! お願いします!」

「ではお話ししましょう。まず麺ですが、米粉を練って細くしたものを使用して――」


 ナツコとメルヴィルによる冷やし中華会議が始まる。

 それと同時に、『オペレーション・冷やし中華』は実行に移された。


          ◇    ◇    ◇


 イスラとカリラは、父親であるロイグを捕まえて、工場内、〈R3〉関連区域へ連行した。

 現在〈R3〉区画は使用されていないようで、作業員は付近にいない。

 図面確認用の席にロイグを座らせると、2人は折りたたみの椅子を持ってきてそこに腰掛けた。


「お話がありますの」

「ああ、それは俺としても。母さんのことは何処で知ったんだ?」


 問いかけに、2人は顔を見合わせてから、代表してイスラが答えた。


「ユイちゃんからきいた」

「ユイ?」

「ユイ・イハラだよ。あんたが先生って呼んでた金髪の小っちゃい奴」

「先生のことか。なるほど」

「分かっちゃ居たけど偽名か。本名は?」


 ロイグの反応を受けてイスラが問いかけたが、ロイグはその質問に対する回答を拒否。


「本名は本人に聞くべきだろうな」

「そりゃそうだ。ま、母さんについては後で聞ければいい。

 それよりあたしらが知りたいのは〈空風〉のことだ」

「あれについては――」


 ロイグはそれについても回答を拒否しようとした。

 すかさずカリラが口を挟む。


「先日、わたくしたち義勇軍は捕虜輸送の護衛任務につかされましたわ。

 統合軍支配領域内の後方施設に向けた安全なはずの輸送です。

 ですがその道中で、〈アヴェンジャー〉とお父様の製造した〈空風〉の13機目に襲撃された。

 そのせいでお姉様が怪我を負いましたの。お父様は、お姉様を傷つけるような相手に義理立てするおつもりですの?」

「怪我をしたのか!?」


 それにはロイグも虚を突かれたようで、椅子から勢いよく立ち上がり、体は無事かとイスラへ駆け寄ろうとする。

 2人は彼に座っているよう言いつけて、怪我は治ったとしながらも、情報提供を促す。


「しばらく休みを貰って怪我は治ったよ。まあ両腕ギブス生活を強いられたりはしたが。

 問題は、その相手がまだ何処かに存在してるってことだ。もしまた襲われた時のためにも、相手の情報が欲しい」

「先に質問いいか?」


 ロイグは情報提供を保留して、質問許可を求める。

 これを蹴っても話が進まなくなるだけなので、イスラは頷いて質問を促した。


「お前の装備は?」

「〈空風〉だ。故障したって言っただろう? 〈空風〉にやられたのさ」

「1対1か?」

「いや。指揮官機が味方に居た」

「2対1か。いや、それでも――」

「話したいことがあるのでしたら遠慮せずどうぞ。ここは家族の話し合いの席ですわ。

 宇宙海賊も統合軍も関係ありませんから」


 カリラに促されると、ロイグは言葉を選びつつも話す。


「あの方がお前に危害を加えるはずがない。それでも怪我をしたとしたら――。味方の指揮官機の腕は?」

「指揮官にしとくにはもったいないくらい強いお転婆だよ」

「そうか。

 ……はっはっは! 腕を上げたなイスラ。

 2対1とはいえ、相当な実力が無ければあの方の前では無力に等しい。怪我をさせられたのならば、お前の実力がそれに匹敵する程だったということだろう」

「まるで相手が格上みたいな物言いですわね。お姉様よりも強いだなんてあり得ませんわ」


 カリラはむすっとしたが、イスラはロイグへと完全に同意した。


「いや、実際にあいつは格上だったよ。で、何者なんだ?」


 問いかけにロイグは口をつぐんだ。

 だが2人に睨まれると、耐えきれなくなったのか小さく口をく。


「――ブレインオーダー計画は聞いたことがあるか?」


 問いに、カリラは表情を曇らせた。

 それを横目で見ながらも、イスラは頷いて見せる。


「ああ。遺伝子合成と脳化学的手法による完璧な兵士の製造だろう? まさかとは思うが、あいつがそうだったと?」


 ロイグは声もなく頷いた。


「なるほどな。そうと分かればあの異様なまでの強さも説明がつく。――で、その遺伝子にはイハラ提督のものが使用されたと」

「なっ――ど、どうしてそれを」


 狼狽するロイグだったが、イスラはただ事実を伝える。


「顔を見たんだ。負けはしたけどそれなりに競り合ったのさ」

「と、とにかく、そういうことだ。彼女とは長い付き合いなんだ。借りもある。これ以上は話せない」

「そいつを造ったのはお母様ですの?」


 話せないと言われたにもかかわらず、カリラは尋ねた。

 だがその問いかけをロイグは明確に否定する。


「いや違う。ブレインオーダーの製造には脳に書き込むためのデータが必要だ。

 母さんには書き込むべき戦闘用データを入手する手段が無い」

「ではわたくしは――。いいえ、話は変わりますが、〈アヴェンジャー〉の装備者もブレインオーダーでして?」

「そりゃ分からん。そもそも〈アヴェンジャー〉なんて、装備したとして動かせないだろう? ありゃ重火器運用の代償として乗員保護を犠牲にした機体だぞ」


 イスラとカリラは顔を見合わせた。

 ロイグに嘘をつく能力は無い。特に娘に対しては。

 彼は〈アヴェンジャー〉とその装備者については本当に何も知らないようだった。


「黒い〈ハーモニック〉は?」

「〈ハーモニック〉の話は帝国軍にきいてくれ」


 イスラの問いも一蹴されてしまう。彼が知っているのは〈空風〉とその装備者に関することだけだった。


「ではあの襲撃の目的は何だったと言うのです?」

「そう言われてもなあ。機体は提供したが、何に使うかは聞いてない」

「肝心な所で役に立ちませんわね」

「使えない親父だ」

「すまん」


 娘達に対して頭を下げるロイグ。

 技術者としては2人の教師のような立場であったが、人間としては遙かに格下だった。


「どうしますお姉様」

「どうすっか。結局分からず仕舞いだしなあ。今どこに居るかは分からないのか?」

「互いの安全のため、所在は秘匿する取り決めなんだ」

「そりゃま、統合軍の捕虜輸送車両襲う計画しておいて、居場所を連絡したりはしないよな。

 じゃあそっちはいいや。ちょいとうちの部隊の知り合いについて尋ねたいんだが、アキ・シイジは知ってるか?」

「もちろん。母さんを助け出した恩人だ」


 ロイグは2つ返事で頷いた。

 トーコのために聞き出せることを聞いておこうと、2人はかわるがわる尋ねていく。


「今どこに居ますの?」

「それは分からん。20年前大きな手術をして、その後どうなったかきいていない」

「どうして母さんを助けてくれたんだ?」

「理由なんてないさ。母さんが助け出されることを望んで、アキは助けることを望んだ」

「では行動によって何も得なかったと?」

「損得で動いたりはしない。自分のやりたいことを決めて突っ走ってく人だった。そして、それを可能にしちまうだけの実力もあった」

「娘を捨てた理由は?」

「手術をしたと言っただろ? 子育てしていられる状況じゃ無かった」

「子供放り出して遊びに出て行った人が言うととても説得力がありますわね」

「それは――すまん」


 自身の行いを責められたロイグはただただ頭を下げるしかなかった。

 だがその様子にイスラは思うところあって尋ねる。


「まだ義務教育中の子供放り出して宇宙海賊の仲間入りだなんて、常軌を逸した狂った行いだとは思うが、あんたがやりたいなら好きにやったらいい。

 あたしらはあんたの娘だが、あんたの人生に口出しする権利もないし、あたしらだってあんたが何を言おうが好きに生きるさ。

 何をそんなに謝る必要がある? ――ああ良いよ、分かってんだ。母さんだろ?」


 答えようとしたロイグの言葉を先読みするように告げると、図星をつかれた彼は頷いた。

 畳みかけるようにカリラが答えを要求する。


「お母様と、どのような約束を交わしたのですか?」


 追求にロイグは俯く。だが再び顔を上げたときには、その瞳は真っ直ぐに娘を見据えていた。


「――戦争の無い平和な宇宙を取り戻す」


 答えに2人は一瞬言葉を失った。

 だがどちらともなく笑い始める。ロイグは照れくさそうに「俺は本気だ」と付け加えるが、それすら笑い飛ばした。


「そんなのは夢物語の中にしか存在しねえさ。――だがあんたが宇宙に探しに行ったロマンって奴が理解出来た」

「これ以上にロマンチックな代物も存在しないでしょうね。――そう。お母様もそれを望んでいましたわ」


 まだ顔が笑っている2人に対してロイグはやはり照れくさそうにしながらも提案した。


「なあお前達。もし同じロマンを追いかける気があるのなら、この艦に残らねえか?」


 長らく離れていた父親からの同伴の誘い。

 だが2人は考えることも無く首を横に振ってみせる。


「悪い。あたしらは故郷を取り戻すって決めたのさ」

「お姉様の仰るとおりですわ。――ですが目的を達成した暁には、お父様に付き合って差し上げてもよろしくてよ」

「そん時は宇宙の果てまでついてってやるよ」

「お前達――!」


 感極まったロイグは2人に抱きつこうとしたが、軽くあしらわれて再び席に座らされる。


「端末を出して。お姉様もお願いします」


 カリラが要求すると、ロイグは腰に下げていた端末を机の上に出す。

 イスラも首から提げていた個人用端末を取り出した。

 カリラは自身の端末を操作すると、2人へとレナートの記した論文を送信する。


「違法コピー品ですので扱いにはそれなりの注意を願います。

 お母様が大戦後に記した論文ですわ。統合人類政府内で有料販売されていますのでお金さえあれば入手可能です。

 この論文内に、暗号化されたデータが隠されて居ましたの。わたくし個人宛の内容でしたので中身は伏せさせて頂きますけれど、もしかしたらお姉様とお父様にも解読方法が分かるかも知れません」


 イスラは早速論文データを解析し、埋め込まれていた隠しデータを発見する。

 しかし表示された暗号に為す術もなく、解読を放棄せざるを得なかった。それはロイグも同じで、解読用キーが分からず手を止める。


「全然分からん」

「本当に解けたのか?」

「お母様が解き方をわたくしの脳に直接書き込んでいましたの。お姉様とお父様は解読に用いる何かを伺ったりしていませんか?」


 2人は頭を悩ませ、そして答えは出せなかった。


「なんとかして思い出してみよう」

「あたしは多分聞いてないな」


 カリラと年の離れていないイスラにとって、母の記憶は僅かなものだった。

 それでもカリラは、イスラならきっと暗号を解けると信じて論文を託した。


「ん、オフィサーから呼び出しだ。あの人には逆らえん。話はこれまでだ」


 ロイグは端末に入ったメッセージを読んでそう告げる。

 イスラとカリラも、聞きたいことは聞けたと席を立った。


「まあなんだ。俺はそっちに手を貸せないが、お前達のやりたいようにやってこい。

 故郷を取り戻したら迎えに行く。母さんの墓参りもせにゃならんだろう」

「ええ。お待ちしていますわ」

「ああ。次はハツキ島で会おう」


 イスラは端末をひらひらと振って、去って行くロイグを見送った。

 その端末にタマキからのメッセージが入る。内容は端的に「車両前集合」とだけ。時間が指定されない以上、即時集合に違いない。


「あらま。こっちも呼び出しだ」

「わたくしたちも、中尉さんには逆らえませんもの。戻りましょうか」

「そうだな。精々急ぐとしよう」

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