第183話 悪巧み

 食堂に通されたツバキ小隊は、客人用としてしつらえられた端の席に座った。

 全員が揃うと台車を押してメルヴィルがやってきて、そこに乗っていた保存食料を配る。


「このようなものしか用意出来なくて申し訳ありません」

「なーに。食えるだけありがたいさ」


 イスラは保存食料を受け取るとそう言って笑う。配られたのは保存食料の中では上等なものだった。

 ここしばらくレインウェル基地での温かい食事が続き舌が肥えていたが、それでも野戦基地で配られる安っぽい保存食料に比べれば数段マシだ。


「あれ? あんな立派な厨房があるのに。使っていないんです?」


 ナツコが奥に見える厨房を示して尋ねると、メルヴィルは申し訳なさそうに答えた。


「厨房はありますが料理人がいないのです」

「あ、そうなんですか。そうだ! 厨房を貸して頂けませんか? こう見えても中華料理店で働いていたんです! 乗組員の皆さんの分も作りますよ!」


 安請け合いするナツコに対して、タマキは小さくため息をついたが黙認した。

 誰だって温かいご飯が提供されるのであればそのほうがいい。ナツコの料理の腕に関しては多少の不安はあるが、それでもちゃんと食べられるものであることは保証されている。


 メルヴィルは客人に料理を任せることに対して悩むところがあるようで、即決できずに居た。

 そんな彼女へとナツコは頭を下げて頼み込む。


「私、料理が好きなんです! 是非お願いします!」

「そこまで言うのでしたら。本日昼食をとるのは30名程度居ますが任せてよろしいですか?」

「はい! お任せ下さい!」

「ではお任せします。こちらにどうぞ。皆さんはもうしばらくお待ちください」


 メルヴィルに連れられて、ナツコは厨房に向かう。

 食事をお預けになったため、ユイは席を立って食堂から出て行った。

 しかし残りの隊員はその場に座ったまま、遠目でナツコの様子を見ている。


「また冷やし中華じゃないだろうな」


 イスラが言うと、タマキも「あれはちょっと」と拒否感をあらわにする。まずくはなかったが、積極的に食べたいと思える代物でも無かった。

 それでもメロンやモールブーチと言った珍しい材料を使うため、宇宙海賊の強襲輸送艦の厨房では作れないだろうとも思案する。


「ちょっと手伝ってきますね!」


 サネルマが宣言して厨房へ向かう。トーコも続こうと席を立ったが、それをイスラが止める。


「トーコちゃんは食べるの専門の方が良い」

「何。私が厨房に立ったら不安?」


 いじけたようにむすっとした表情を向けるトーコ。

 それに対してイスラはへらへらと笑って答える。


「いや。そうは言ってないさ。ただね、人には向き不向きがあるって話さ」

「私だって料理くらい出来る」


 トーコは意地を張るが、イスラは態度を変えない。

 そんなギスギスした雰囲気を一切考慮すること無く、カリラが口を開いた。


「トーコさんはご自身の味覚音痴を顧みた方がよろしいですわ」

「誰が味覚音痴だって? 私だって美味しいものくらい分かるよ」

「問題はまずいものが分からないことでしょう。あなたが犬も避けるような保存食料を黙々と食べている姿には、中尉さんもひいていましたわよ」


 言葉を受けて、トーコは視線をタマキへと向けた。

 名前を出されたタマキは咳払いして「勝手に人の名前を出さないように」と注意するにとどめ、否定も肯定もしなかった。

 トーコは椅子に座り直すと、彼女たちに反論する。


「孤児院と訓練学校で出されたご飯に比べればマシだもの。大体、出された食べ物に文句言っていたら生き残れないよ」

「境遇には同情しますけれどね。

 わたくしは美味しい料理が頂ける環境にあるならば、それにありつきたいと願いますわ」


 「余計なことをするな」と、薄いオブラートに雑に包んだ言葉を投げられて、トーコは唇をとがらせいじけてしまった。

 それをフォローするようにタマキは「手は足りているようだから無理に手伝う必要もないでしょう」と口にして、イスラは空気を読むことなく直接的表現をしたカリラへと、「もう少し味音痴の人間の気持ちも考えてやれ」と、注意に見せかけたトーコへの追撃を行う。

 更に機嫌を悪くするトーコを見て、タマキは話題を切り替えて尋ねる。


「そう言えば、母親のことは聞けました?」

「……それなりに」


 機嫌を損ねたトーコの返答は素っ気ないものだった。

 流石に言い過ぎたと反省したのか、イスラが励ますように告げる。


「そういや親父がここで技術者やってた。何でも艦長様と昔からの知り合いらしい。アキ・シイジだっけ? 後で何か知ってないか探ってみよう」

「そりゃどうも。――技術者だったら、ロイグって名前の知り合いいるか聞いておいて」

「ん? ロイグはうちの親父だ。何か用か?」


 意外な返答に、トーコは端末を取り出した。


「これ。メルヴィルから貰ったアキ・シイジの画像データ。

 この後ろに写ってる昔の〈R3〉を作ったのがロイグだって。その人なら母親について何か知ってるかも」

「この機体――」


 示された画像にカリラは目を見張り、端末を取り出すと、違法コピーしたレナートの論文を読み出す。

 そこに示されていた〈R3〉と、写真に写っている機体は特徴が良く似ていた。


「やはり論文に記されていた機体ですわ。お父様が製造した機体であればお母様の論文に記述があるのも不思議ではありませんわ。

 ただ、やはり大戦中の機体にしては高スペック過ぎますわね」

「母さんの技術は? 当時最高の技術力を誇ったフノスの技術総監だぜ」

「ちょっと待って」


 イスラとカリラによって発展していく話にタマキが待ったをかけた。


「フノスの技術総監? どういうことですか」

「言葉通りの意味だよ。母さんは大戦中、中立だったフノス星系で技術総監をしてた。錬金術師とか呼ばれてたらしい」

「この艦の設計もお母様ですわ。そんなお母様がどうしてあのどうしようもない人と結婚したかは謎ですけど」

「それ、もしかしたら私の母親が関係してるかも」


 トーコの言葉に今度はイスラとカリラが「どういうことだ」と問う。


「この昔の〈R3〉――当時は〈機動装甲骨格〉とか呼んでたみたいだけど――これを使って、アキ・シイジはフノス自治陸軍と戦って、フノス技術総監を奪い取ったって」

「お母様を誘拐したと?」

「その言い方は正しくないだろう。母さんは父さんと結婚してるし、そのことを後悔したこともなかった。つまり母さんは望んで、フノスから脱出したのさ」

「トーコさん、情報の出所は?」

「メルヴィルから」


 トーコの回答に、タマキは頭を悩ませる。

 メルヴィルが偽情報を伝える可能性はあるか? タマキの見立てでは、彼女は伝えるべきでない情報については口をつぐむ性格だ。


「待って、アキ・シイジ――どこかで聞いた名前――そう、母様が口にしていたわ。

 枢軸軍本星での宙間決戦兵器教官時代の教え子だったって」

「アキ・シイジは死神と呼ばれる程のパイロットで〈音止〉を操縦してたらしいです」

「〈音止〉が搭載されたのは枢軸軍の新鋭戦艦。つまりおじいさまやイハラ提督とも面識があった。

 宇宙海賊も、パリーがおじいさまと意気投合して行動を共にしたと」

「メルヴィルからも、キャプテンがアキ・シイジの上官と意気投合したと伺ってます」


 証言が照らし合わされ、少しずつ全体が見えてくる。

 トーコの母親で最強の宙間決戦兵器パイロット、アキ・シイジ。

 イスラ、カリラの両親である技術者ロイグ・アスケーグと元フノス星系技術総監レナート・リタ・リドホルム。

 タマキの祖父であり旧枢軸軍元帥アマネ・ニシ。


 彼らの大戦末期における関係が繋がっていく。

 宇宙海賊と枢軸軍新鋭戦艦は協力関係にあり、宇宙海賊の技術者ロイグが製造した〈機動装甲骨格〉を装備したアキは、フノス自治陸軍と戦いレナートを奪取した。


「枢軸軍がフノスの技術総監奪取に協力した理由が分からないわ」


 タマキの疑問に、答えにはならぬが何かヒントになるかも知れないとトーコが返す。


「メルヴィルの話では、宇宙海賊の艦と母の乗った艦がフノスに立ち寄った際にトラブルに巻き込まれたとか。

 そのトラブルで宇宙海賊は乗艦を失って、今のこの艦を手に入れたそうです。艦の入手には母が手を貸したと」

「ちょっといいか?」


 トーコの言葉を受けてイスラが挙手した。彼女は許可を求めておきながら構うこと無く話し始める。


「このスサガペ号の購入資金のうち4分の1の債権をコゼット・ムニエが握ってるらしい」

「ムニエ司令が? それはおかしいですね。彼女は大戦中連合軍所属だった。

 話を聞く限りでは、艦の入手に手を貸したのはアキ・シイジとロイグ・アスケーグです。

 彼女が債権を握るようになった理由が分かりません」


 それにはトーコもイスラ達も返答できない。

 ただイスラは情報の出所がロイグであり、彼に嘘をつく能力はないと自身の発言の正当性を主張する。


「当時のフノスは中立星系だった。宇宙海賊も、枢軸軍も立ち入れるほど。そこに連合軍も居合わせたとというのは?」

「あり得ないことではありませんね。しかし枢軸軍や連合軍が立ち入ることは出来ても、技術総監の奪取などすれば大問題でしょう。

 公式記録にそのような事件は残っていません。秘密主義の枢軸軍はともかく、連合軍も居合わせたならば記録が残っているはずです」


 その発言に4人は頭を悩ます。

 結局の所、当時フノス星系で何が起こったのか。当事者に聞かない限りその全容は明らかにならないだろう。

 それは少なからず今の帝国軍との戦争に関係があることは間違いない。

 されど、それを明らかにすることは彼女たちにとっての主目的ではない。

 タイムリミットはリルが帰還、もしくは連絡が来るまで。本当に知りたいことは何かを明確にしておく必要があった。


「厄介なことに宇宙海賊には情報の扱いにうるさい副艦長が存在します。

 全ての情報を得るのは難しいでしょう。我々は、何を知るべきなのか、各々が明確にしておくべきです。

 わたしは宇宙海賊が扱う荷物について。そして宇宙海賊とムニエ司令との関係について」


 回答と共に、タマキは視線をトーコへ向ける。

 彼女は1つ頷いてから答えた。


「私はアキ・シイジについて。まだ宇宙海賊は隠しごとがあるみたいなので」


 最後はイスラが答える。


「あたしらはこれから母さんについて話し合う予定。ついでに聞けたらだが、〈空風〉についても聞いてくる。何でも13機目の〈空風〉はこの艦内で親父によって作られたらしい」

「13機目って、あの時の?」

「そう。あのイハラ提督に似てた――その辺も聞けたら聞いてみるさ」


 捕虜輸送護衛任務の際に襲撃を仕掛けてきた相手がユイ・イハラに似ていたという発言に対して眉を潜めるタマキ。彼女をなだめるようにイスラは話の最後に付け加えた。。


「良いでしょう。各員の検討を祈ります。――が、どうしてもあの副艦長は邪魔ですね」

「それには同意」

「ああ、全く」

「お姉様のおっしゃるとおりですわ」


 4人は遠目に、厨房に立つメルヴィルの姿を見た。

 彼女がその場に居合わせれば、求める情報は手に入らない。


「少しばかり別の場所に居て貰おうじゃあないか」

「それに超したことはありませんが、わたしたちは要注意対象とされているでしょうね」


 イスラの提案に賛同しつつも、タマキは抜け目ない彼女を遠ざけておくことの難しさに頭を痛める。


「問題ない。こういうときこそ、我らが名誉隊長の出番だろう」

「ナツコさん? なるほど。確かに一理あります」

「なんだか気が引けるけど、適任には違いないね。どうやって伝える?」

「まあまあ。そういう悪巧みは任せておけって」

「お姉様に任せておけば全て問題ありませんわ!」


 タマキは「大丈夫でしょうね」と訝しんだが、良い案も浮かばなかったので一任することにした。

 全てを任されたイスラはあくどい笑みを浮かべて宣言する。


「食後にしかるべきタイミングで我らが名誉隊長を副艦長殿へと差し向ける。

 その隙に我々は各自情報の収集に当たる。

 作戦名は『オペレーション・冷やし中華』だ」

「不安」

「物凄い不安だわ」


 トーコとタマキは表情を暗くしたが、イスラとカリラは成功間違い無しと浮かれていた。

 そこへサネルマが、出来上がった食事を台車に乗せて運んで来た。

 メルヴィルも食事の出来映えを確認すると、あとは任せますと口にして厨房から出てきている。


 作戦実行は食後から。今は彼女を警戒させないためにも食事に専念しようと、4人は頷きあうと何事も無かったかのようにサネルマから料理を受け取った。

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