第182話 積み荷
「ご苦労だった。アレは引き渡す。好きに使え」
「それは助かります。――ところで、あの機体名、どうしたんです? 先生らしくない」
荷室区画の奥、管理区画の小部屋で、ロイグとユイは互いの端末を示しながら物資のやりとりを確認していた。
ロイグは依頼を受けて製造した機器について尋ねる。ユイは不機嫌そうに答えた。
「お前の娘がつけた名前だ」
「どっちです?」
「小さい方」
「カリラが? あいつはどこまで知ってるんです?」
「レナートの奴がいらん記録を残していたらしい。それよりお前こそ、あいつについてどこまで知ってる」
問いかけにロイグは質問の意味が分からずきょとんとした表情を返す。
それで彼が何も知らないと判断すると、ユイは端末をしまって部屋から出て行った。
「用は済んだ」
「ちょっと待ってくださいよ先生!」
「待たん。お前はお前のやるべきことをやれ」
ユイは一切要求に応じることなく、退室すると足早に艦橋方向へと歩いて行った。
追いかけようとしたロイグだが、思いとどまって足を止める。
「――あのことはバレてないよな……? 念のためキャプテンに確認とっておくか」
きびすを返したロイグは、パリーの居るだろう後部荷室区画へと向かった。
◇ ◇ ◇
「これは艦長」
「ここではキャプテンと呼んでくれ」
荷室でパリーを見つけたタマキは、メルヴィルがその場にいないのを確認して声をかけた。
訂正を求められると素直に従い、場の空気を維持するよう努める。パリーには気前よく話して貰わなければいけない。そのためならば多少の世辞くらい言ってやるつもりだった。
「失礼。キャプテン・パリーでしたね。長いこと宇宙を回っているのですか?」
「そうだな。もう30年になるだろうか。自由を求め戦う日々だった。無論これからも、我々は宇宙という名の大海原を巡り続けるさ」
「勇敢なのですね。それにたった1隻で宇宙中を巡るだなんて、なんと情緒的なことでしょう」
タマキは口にしてから、流石に適当言い過ぎたかと思ったが、それを聞いたパリーはご満悦な様子だった。
彼はタマキが想定していたよりも3倍ほどバカだった。
「流石はニシ閣下の孫娘よ。このロマンが分かるか! 良ければ一緒に来ないか? 宇宙の彼方まで連れて行くぜ」
「とても心躍る提案ではありますが、今は軍属の身ですし、為すべき事もありますから。祖父とはどういったお知り合いで?」
まずは手始めに直ぐ答えてくれそうな所から。
案の定パリーは大口を開けて愉快に笑うと、隠し立てすること無く答えてくれた。
「がっはっは! 閣下と知り合ったのは大戦中でな。ボロボロになった戦艦で宇宙を彷徨っていたものだから、奪える物は奪ってやろうと戦いをふっかけたのさ。
だが戦いの最中に閣下の心意気に惚れ込んでな。意気投合して、それ以来は行動を共にするようになった」
「戦艦とは、枢軸軍の新鋭戦艦のことですか? でしたら、ユイ・イハラ提督もご存じで?」
「無論だとも! 面白い子だった。艦長を名乗っていたが、初めて会ったときはまだまだ艦を預かる身としちゃあ未熟でな。この俺が自らキャプテンとはいかにあるべきかと説いてやったものよ」
ユイ・イハラを敬愛するタマキにとってその台詞は聞き捨てならない物だった。思わず拳銃に手をかけそうになったが、拳を握って堪える。
「だがそんな必要はなかっただろうな。あの子にはキャプテンの素質があった。
誰よりも艦を、乗組員を愛し、何のために戦うのか、良く理解していた。
戦争が終わったら宇宙海賊艦隊を組もうなんて話したものさ。それがなあ……。あんなことになるなんて……」
感情が表情にそのまま出るパリーは、話ながら表情を曇らせていき、遂には目頭に涙をたたえた。眼帯を外して両の目をこすると涙声で続ける。
「連合軍との最終決戦であの子は宇宙空間に投げ出された。
戦後になって俺たちは戦闘のあった宙域を探し回った。だが、結局あの子を見つけてやれなかった……。
それだけが心残りだ。とてもニシ閣下に合わせる顔がない」
パリーの失意の表情を見て、タマキにも彼がどれほどユイ・イハラのことを思っていたのか伝わった。
そんな彼を慰めるように声をかけつつ、情報奪取のため問うべきことを問う。
「自分を責めないでください。
祖父もイハラ提督の死については不運なことだったと申していました。――その祖父ですが、十数年前に出撃して以降、行方が分からないのです。キャプテンは何かご存じではありませんか?」
パリーは慰めに対して礼を言って、外していた眼帯を先ほどとは反対の目につけると、かぶりを振って答える。
「教えられるなら教えてやりたいが、申し訳ない。
互いの安全のため、所在や行き先について秘匿する取り決めでな。今ニシ閣下が何処に居るのか、こちらでは分からんのだ」
「そうですか。無理なことを聞いてしまい申し訳ありませんでした」
タマキはアマネの行方が依然として分からなかったことに俯きながらも、宇宙海賊がアマネとの接点を持っているという情報に思考を巡らす。
幼少期、彼がアイノ・テラーを追って出撃する際に、連絡係の准尉と話した内容を思い出す。
『――分かった。わし…………〈ノーバート・ウィーナー〉と乗組員…………を。コゼット……伝えて…………。……には……スサ…………』
アマネの乗艦〈ノーバート・ウィーナー〉。連合軍側の講和の使者であり現トトミ星系総司令官コゼット・ムニエ。
そして、これまで謎だった単語。宇宙海賊とアマネに密接な関係があったことから、スサガペ号の名を呼んでいたと推察できる。
今どこにいるか分からなくても、アマネの出撃する要因となった、アイノ・テラーの戦艦持ち出しについて知っている可能性は高い。
「そう言えば昔祖父から聞いたのですが、祖父は大戦中、アイノ・テラーと行動を共にしていたそうですね」
問いかけに対してパリーはこれまでの調子から一変。突如息を呑み、激しくむせた。幾度も大きく咳をして、それから裏返った声で答える。
「アイノ様については――」
「様?」
「あ、いや。そのだな。ともかく、我々にも守秘義務がある」
「20年以上前のことでしょう?」
「いや、こればかりはどうしようも」
「ここだけの話で構いません。わたしは言いふらしたりなどしません。ただ、祖父の身近にいた人物のことを知りたいだけなのです」
「それは、答えてやりたいが――悪い!」
パリーは迷ったようだが、最終的に手を合わせて頭を下げた。
「すまん。アイノ様はスサガペ号の購入資金のうち4分の1の債権を所有してる。逆らえない」
「宇宙海賊がアイノ・テラーに債権を? 残りの4分の3は?」
「そりゃあほら……。とにかく多方面だ。
若いうちは気付かないかもしれないがな、自由の代償は安くないのだよ」
最後の台詞はかっこつけたかったようだが、タマキには借金癖のある人格破綻者の戯言にしか聞こえなかった。
「積み下ろしている荷物は借金返済のためですか?」
「それもある。帝国軍から奪った物資は統合軍が買い取る契約だ」
「なるほど。それで、何を積むのです?」
「そりゃあまあいろいろだよ」
「でしょうね。とても貴重なものでしょう? そうでなければ宇宙で受け渡せばよろしい。ですがそうしなかった。わざわざ強襲輸送艦を地表に降ろしてまでやりとりしなければならない物はいったい何でしょうか?」
問いかけにパリーは目に見えてどぎまぎした。
これについてはもう少し押し込めば口を割りそうだと、タマキは悪い笑みを浮かべて、尋問するように尋ねた。
「どうしても秘密裏にスサガペ号へ積み込みたい物があった。
そのためには統合軍内に内通者が存在する状況は好ましくなかった。
内通者の報告は主目的ではなく、本来の目的を達成するための手段の1つだったのでは?
そこまでして何を積み込もうというのです?」
「い、いやそれはだな――」
パリーは助けを求めるように目を泳がせた。
そしてその助けは訪れた。手を叩く乾いた音が2つ響く。
「そこまでにして頂けませんか? あまり艦長をいじめられると困ります」
現れたメルヴィルはパリーを後ろに下がらせ応対を引き受けた。
相手が悪いとは思いながらも、タマキは尋ねる。
「これは副艦長殿。キャプテンと話していたところ、何を積み下ろし、そしてこれから何を積み込むのか気になりました。お答え頂けますか?」
「残念ながら」
メルヴィルは明確に回答を拒否した。
「もし貴官が我々の仲間になるのでしたら話は別ですけれど、いかがです?」
「そのお話はお断りしました。ところで、多方面に多額の借金があるそうですね?」
「ええ。それは事実。ですが積み荷とは関係のない話です。どうぞ無用な詮索はお止め下さいますよう願います。
それよりも、食事の準備が出来ましたのでどうぞ食堂へ」
有無を言わさぬメルヴィルの物言いに、タマキはやむなく頷いた。
少なくとも、宇宙海賊側にはツバキ小隊を客人として迎える意思がある。
それは隊員が艦内を自由に動けるよう許可を出し、その上で監視をつけなかったことから明らかだ。
その意思を無碍に扱うことは、タマキには出来なかった。
「お気遣いありがとうございます」
「ではこちらに」
タマキに対してメルヴィルは笑みを見せて、食堂への案内を始めた。
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