第181話 ロイグ・アスケーグ

「お姉様! 宙間戦闘ポッドですわ!」

「お、〈KKS-GEN6〉じゃねえか」


 格納庫に並べられた4機の宙間戦闘ポッドを見つけて興奮するカリラとイスラ。

 旧枢軸軍が製造した稼働率の高い傑作機。それでも大戦終結から21年。今でも稼働している機体は珍しかった。


「こいつの整備はどうしてるんだ? ちゃんと動くんだろうな?」

「当然だ。ここの整備士は超一流だぜ」


 背後から威勢の良い男の声。

 その声に振り向いたカリラとイスラ、ナツコの3人は目を見開く。


「お父様!?」「親父」「ロイグおじさん!」


 そこに居たのはロイグ・アスケーグ。

 イスラとカリラの父親。そしてハツキ島孤児院にも度々顔を出していたので、ナツコとも面識があった。

 ロイグは無精髭をいじりながら、「最愛の娘達」との再開を喜ぶ発言をした。

 突然父親が目の前に現れカリラとイスラは驚きもしたが、この艦が〈レナート・リタ・リドホルム級〉であること。ロイグがロマンを求めて宇宙に旅立ったことを考えると、この場に居るのはむしろ必然とも言えた。

 それでも連絡先も告げずに宇宙へ飛び出していった彼に対して、2人はいい顔をしない。


「あんた宇宙海賊になったのか?」

「ろくでもないことをしているとは思いましたけれど、宇宙海賊とはね」

「そりゃ違う。俺は昔も今も技術者一筋だ。キャプテンとは古い仲でな。仕事があるときゃこうして乗り込んでるのさ。

 その〈KKS-GEN6〉もこの俺が改造して、今じゃ宇宙最強の宙間戦闘ポッドだ」


 ロイグは誇らしげに胸を張って見せた。

 宇宙海賊の仲間をしているのはともかく、父親が生存していることについてはイスラとカリラは安心した。


「ま、生きてることが分かってよかった。葬儀しなくて済む」

「行方不明届けも出さなくて済みましたわ」

「はっはっは。そりゃ何よりだ。お、ナツコちゃんも一緒か」


 やっと存在を認知されたナツコは一歩前に出て頭を下げた。


「ロイグおじさん。お久しぶりです」

「ああ久しぶりだ。しばらく見ないうちに――そんなに変わっちゃいないか」

「そ、そんなことないです!」


 と言っても僅か数年前に会っていたし、その頃にはナツコの成長も止まっていた。

 2人は楽しげに言い合っているが、イスラとカリラはそんなロイグの肩をつかんだ。


「ちょっと親父、話がある」

「そうですわ」

「おう、どうした可愛い娘達よ」


 ナツコから彼を引き離し、壁へと押し付け2人が尋ねる。


「ナツコちゃんとはどういう関係だ?」

「そうです。まさかとは思いますが、お母様を裏切るような真似をしたのでは――」

「待て待て、それはない。ただ――あの孤児院の院長とは昔馴染みで、たまに顔を出してただけだ」

「その割には特別扱いしていたみたいだが?」


 ナツコからロイグについて伺っていたイスラは更に追求する。

 だが彼は身の潔白を主張し続けた。


「そりゃ確かにそうだった。だがそいつは、ナツコちゃんがカリラと歳が近かったからってだけだ。深い理由はない。

 そもそも母さんとの約束を違えるわけないだろう」


 2人は値踏みするようにロイグの顔を睨み続け、やがて納得したように頷く。


「あんたは父親としちゃ最低だが、母さんとの約束を破るようなことだけはしない」

「ですわね。その点だけに関しては、お父様は誠実でしたわ」


 解放されたロイグは2人が納得してくれたことに礼を言った。

 最低の父親扱いされてはいたが、ロイグ自身、自分が父親としてはろくでなしであることは理解していた。

 まだ義務教育期間中だった娘を知り合いに任せて、宇宙へ飛び出していったのだからそれについて否定するつもりもなかった。


「で、お前達はどうしてここに?」


 問われて、イスラとカリラは目配せしてから、代表してイスラが答える。


「荷物の受け取りとやらを総司令官様に頼まれたのさ。

 ま、頼まれたのはリルちゃんだが、一緒の隊のあたしらもついてきたってわけ」

「今は故郷を取り戻すため、ハツキ島義勇軍を作っていますの」


 説明を受けたロイグはなるほどと納得した。

 そして、ナツコの背後に居たフィーリュシカを指さす。


「あの方も一緒の隊なのか?」

「ええ。そうですわ」

「美人とみると直ぐこれだ」


 フィーリュシカに対してロイグが興味を持ったのだと察したイスラの言葉に、ロイグは全力で首を横に振って否定した。


「そういうんじゃない。ま、ともかく無事で居てくれて良かった。そうだ、艦を案内してやろう。お前らが喜びそうなものがある」

「ごまかしたな」

「ま、案内してくれるというならついて行って差し上げますわ」

「私も是非行きます!」


 フィーリュシカも静かに頷いて、ナツコにぴったりついて行った。

 ロイグに案内されて4人は格納庫を見てまわる。

 〈KKS-GEN6〉の他に装備はなく、イスラは宙間決戦兵器の1機くらいないのかと問いかけたが、ロイグは「今はない」とかぶりを振った。


 格納庫を抜け、奥の荷室へと通された4人。

 そこに広がっていた光景に、イスラとカリラは目を見張った。


「ここがスサガペ号の影の心臓部だ」


 あったのは整然と並んだ工作機械。広大な空間に並んだそれは工場と呼んでも差し支えのない程で、しかもその機械の1つ1つが、統合人類政府に存在しない、大戦中に失われた技術の粋とも言える物だった。


「スサガペ号は強襲艦であり、輸送艦であり、同時に宇宙最高水準の工場でもあるのさ」

「こいつは凄いな。――どっから集めたんだ?」

「宇宙中から。どうせボンクラには扱えもしない機械だ。奪えるところにあったものは全部奪った」

「流石は宇宙海賊ですわね」


 ロイグの言葉が正しいとするならば、恐らくは統合人類政府からも奪っている。

 タマキが聞いたら卒倒しそうではあったが、その辺の技術者には扱えないような代物であるのも事実。

 この”工場”で作業する人間は誰も彼も異なる作業着を身につけていた。

 恐らく機械と一緒に、宇宙中から腕の立つ技術者を集めてきたのだろう。

 そして技術者であるイスラとカリラには、彼らの気持ちも理解出来た。ここまで整った環境は、宇宙中探したってありゃしない。

 ロストテクノロジーの宝庫たるこの場所で働けるのならば、自称宇宙海賊の仲間にだってなるだろう。


「これだけ設備があれば宙間決戦兵器も製造可能ではなくて?」

「やろうと思えばな。だが今は宙間戦闘ポッドの製造で忙しい」

「新規製造が出来るのか?」

「ああ。宇宙でもここと、あとはアクアメイズの工業人工衛星くらいだろうな」


 既に製造能力を失ったはずの宙間戦闘ポッド。それがまさか宇宙海賊の強襲輸送艦が量産可能だとは誰も夢にも思わないだろう。

 だがその言葉にイスラは懐疑的だった。


「あの格納庫には入ってもあと数機って感じだったぜ。どっかに売り込むのか?」

「ま、そういうこった。注文が入ってね」

「へえ。宇宙海賊なのに製造依頼うけるのですわね。お相手はどちら?」


 カリラの問いかけにロイグは渋りながらも答える。


「コゼット・ルメイアだ」

「あら珍しい。荷運びのこともですけれど、どうしてコゼットの言うことなんかきいていますの?」


 今度の問いかけにはロイグも目を泳がせて、言葉を選んで答えた。


「いやあ。実はと言うと、借金があってな」

「コゼットに?」

「ああ。この艦の購入金額のうち四分の一の債権をあいつが握ってて、キャプテンが言いなりになってる」


 債権という言葉に、カリラは耳を疑った。


「お待ちになって。どうしてコゼットが債権を? お母様の船でしょう?」

「そうなんだが、その辺りの話は複雑でな。――待て。どうしてその話を知っている」


 ロイグは母親が、かつてのフノス星系技術総監レナート・リタ・リドホルムだったと娘に話した事は無かった。

 カリラはちらと背後に居るナツコとフィーリュシカを見て、今ここでする話では無いと回答を保留する。


「後で家族だけでお話ししましょう」

「そうだな。それがいい」


 カリラとイスラの言葉にロイグは頷くしかない。

 案内が再開され、工場の端。僅かではあるが〈R3〉向けの設備があるのをカリラが目ざとく見つけた。


「良い設備ですわね」

「ほう。少し古いが、これだけありゃ新規製造も可能だな。そうだ、ちょうど良かった」


 イスラがこれ幸いと、壊してしまった〈空風〉の修理用パーツについて尋ねる。


「〈空風〉なんだが、ちと壊しちまって。修理用パーツ作れないか?」

「ああ作れるぞ。だが待て、確かあれなら予備のパーツを持っていたはずだ」

「お、準備が良いな」


 ロイグは取り出した端末を操作して、〈空風〉の予備パーツ保管場所を探し出した。

 発行された倉庫位置を示すデータをイスラの端末へと送り、「倉庫の担当者に言えば出てくる」と告げる。


「助かったぜ。だがここで〈空風〉のパーツが作れるとは驚きだ」

「言っただろう? スサガペ号は宇宙最高水準の工場だと」

「そうでしたわね。それにお父様まで居るのですからまさしく宇宙最高の工場ですわ。ここなら〈空風〉を新しく作ることも可能なのでしょうね?」

「ははは、もちろんさ! ここの設備と技術者にかかれば、作れない〈R3〉はありゃしない。あれの設計図は俺も持ってたからな」


 イスラとカリラはロイグが口を滑らせてしまうように誘導する。

 しばらく会っていなかったとは言え父親だ。どんな言葉に反応を示すのか。どうすれば喋って欲しい情報を口に出すか。2人はそれを熟知していた。

 ロイグが浮かれているのを見て、イスラは肝心要な問いかけをする。


「そいつは凄いな! で、ここで〈空風〉の13機目を作ったのか?」

「ああそうとも! あいつは史上最高の出来だった!」

「流石はお父様ですわ! その13機目はどなたに売りましたの?」

「バカ言っちゃいけねえ。〈空風〉は宇宙最速の〈R3〉だ。ロマンを追い求めるための機体を金で売ったりなんかしやしない。

 あれを持つに値する方に譲ったのさ!」

「ほぅ。親父にここまで言わせるとは相当な実力者なんだろうな!」

「是非ご紹介頂きたいですわ!」

「はっはっは! しょうがねえな! あの方はイ――」

「ロイグ」


 調子に乗ったロイグが口を滑らせる寸前、メルヴィルの冷たい声が彼を黙らせた。

 ロイグは背筋を伸ばして直立すると、つかつかと歩み寄ってきたメルヴィルへと敬礼する。


「あなたが客人の相手をするとは珍しいですね」

「いや、何を隠そうこの2人は娘で」

「――確かに彼女の面影があります」


 メルヴィルはイスラを見てそう感想を述べた。

 対して容姿に関しては母親から大した遺伝もしなかったカリラは首をかしげられる。


「家族との再会を喜ぶのは構いませんが、我々は宇宙海賊とは言え、守秘義務も存在します。取引相手の情報については取り扱いに十分注意を願います」

「もちろんですオフィサー」

「理解して頂ければそれで結構。どうぞ娘さんたちとお過ごしください」

「そうさせていただきます」


 再びロイグが敬礼すると、メルヴィルはその場から立ち去って作業員への指示を出しに向かった。

 危機が去ったことにロイグは大きく息を吐いた。

 メルヴィルが遠くへ行ったのを見て、イスラはそんな彼の肩を叩いて問う。


「で、誰だって? 副艦長様なら行っちまったぜ」

「そうですわ。お話の続きをどうぞ」


 反対側の肩をカリラが叩く。だがロイグは真っ青な顔をしてかぶりを振った。


「残念だが、オフィサーの意向には背けない。忘れてくれ」


 2人は尚もロイグの口を割らせようと企んだが、よほどメルヴィルのことが怖いのか、それきり彼は〈空風〉の話を全くしようとしなかった。

 そのまま揃って工場を後にして、格納庫を通過してツバキ小隊の車両を運び込んだ荷室区画へと向かう。


「うん? せ、先生!?」


 先導していたロイグが、唐突に大声を上げて駆けだした。

 その先に居た人物は、半分閉じた濁った瞳で彼を一瞥した。


「うるさい奴め」

「先生! お久しぶりです!」


 彼女――ユイの元へ駆け寄っていくロイグ。

 その背中を見てイスラは眉を潜めた。


「先生だって?」

「そう言いましたね」


 珍しい組み合わせ。しかもかなり年上のはずのロイグがユイのことを『先生』と呼んでいることに違和感を覚えて、ナツコも2人をまじまじと見つめた。


「そういや知り合いだって言ってたな」

「そうなんです? へえ、不思議な縁もあるものですね」


 イスラとナツコがそんな会話をしている横で、カリラは口を歪めて彼らの姿を見つめていた。


「おチビちゃん。うちの親父とどんな関係だ?」


 イスラがにやけた顔で尋ねると、ユイはバカを見る目で一瞥して、一笑に付して返した。


「下らん」

「先生に対して無礼だぞ」


 ロイグがユイをかばったのをみて、イスラはこれは訳ありだと確信した。

 カリラと目配せするが、珍しく彼女は乗ってこない。

 更に、イスラのあくどい顔を見たユイが先手を打つ。


「ロイグ。分かっているだろうが、あたしゃバカは嫌いだ」

「理解しています」

「少し来い。話がある」

「承知しました。――悪い、後はそっちで頼む」


 ロイグはイスラたちに謝ると、ユイに従ってついて行った。

 放置されることになったイスラは残った面子を先導する。


「仕方ねえ。勝手にまわらせて貰おう。帝国軍のコンテナの中身、見に行こうぜ」


 ナツコとカリラも賛成したので、積み下ろし前のコンテナの元へ向かい、作業員に中身を見せてくれるように頼む。

 コンテナには新品の〈フレアF型〉が満載されていて、それを見たナツコは1台貰っていきましょうと無茶を言い始める。

 そんな隙に、イスラはカリラの腕をつついて注意を向けると、耳元に小さな声で語りかける。


「〈空風〉のことだが、もう少し粘ってみないか?」

「良い考えだと思いますわ。――ですが、あの副艦長が邪魔ですわね」

「ああ。ちょっとばかし、頭を使わないといけないな」


 〈空風〉に関する追求について2人は共謀し、悪巧みを開始した。

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