第173話 ナツコの特別訓練⑥

 残り少なくなったレインウェル基地滞在期間。

 遂にイスラの左手からもギブスが外され、全ての隊員が衛生部の管理下から離れた。

 朝礼ではタマキが3日後の昼にレインウェル基地を出発すると通達し、それまでのあいだ各自自主訓練に励むようにと指示を出した。


 残り日数が明確に示され、ナツコは模擬戦でツバキ小隊全員に1勝するという目標達成のため、早速イスラへと協力を頼んだ。

 イスラは「リハビリにちょうど良い」と快諾し、ギブスを外されたばかりで細かい動きが出来ないことを理由に重装機〈T-7〉を選択。

 1戦目では優位な火力と、並外れた遠距離射撃技能によってイスラが勝利。

 イスラはまだ本調子じゃないから慣れるまで付き合えと理由をつけて、午前中いっぱいナツコの訓練を手伝い、対重装機戦術を教え込んだ。

 その甲斐もあって昼食前最後の模擬戦で、ナツコはからくも勝利。

 シミュレータの外に出たナツコに対して、イスラは軽い調子で声をかける。


「ま、これだけ対策すりゃ勝てるさ」

「はい! ありがとうございます! イスラさんって教えるの上手ですよね。とっても助かりました」

「当然だな。あたしは何だって出来るのさ。で、あとはフィー様だけかい?」

「いえ、タマキ隊長も」


 返答を受けてイスラは「ああ」と相づちを打った。


「タマちゃんも強敵だろうな。戦術判断能力だけ見たらツバキ小隊最強だろうし。狭いマップを活かして短期決戦仕掛けた方が良いんじゃないかとだけアドバイスしとく」

「はい、トーコさんもサネルマさんも同じ意見でした」


 動きの読み合いになったらタマキに分があるは明らかだ。

 彼女は統合人類政府首都星系の軍大学校を首席で卒業している。戦術判断において、自治組織副隊長のサネルマにすら匙を投げられたナツコとでは、天と地以上の差がある。

 勝機があるとすれば、互いに場所を露呈させた上での純粋な撃ち合いだ。

 これまでの訓練でナツコの機動戦闘能力も上がってきていた。


「問題は機体ですけど……」

「わざわざ指揮官機使ってきたりしないだろうな。狭いマップ使うって分かってるわけだから。トーコちゃんはどう思う?」


 今日もナツコの訓練に付き合っていたトーコは尋ねられると顎に指先を当てて若干考え、それから答えた。


「機体合わせてくるんじゃない? というか、隊長の機種適性見たこと無いけど、強いの?」

「指揮官機で高機動機と接近戦して生き残る程度だな」

「それじゃ強いね」


 タマキは先日の捕虜護衛作戦では〈空風〉と近接戦闘を行い、指揮モジュールを破壊されたが生き残った。

 それにかつてハイゼ・ブルーネ基地防衛戦においては、塹壕内に奇襲を仕掛けてきた高機動機を単独で返り討ちにしている。

 デイン・ミッドフェルド基地滞在中に行った訓練では、タマキとフィーリュシカだけが1回で射撃・回避訓練を突破している。

 指揮能力以上に、個人戦闘能力の高さにも注意しなければならない相手だった。


「む、むう。勝てますかね……? タマキ隊長、忙しいから1回負けたらしばらく再戦してくれなさそうです」

「いやあ、案外暇してるみたいだから付き合ってくれるんじゃないか? スーゾ女史に聞いた話じゃあ、こっそり基地から出ては市街地に遊び行ってるらしい」

「スーゾがそんな話を?」


 イスラは背後から聞こえた声に表情を強ばらせた。

 ナツコとトーコも、シミュレータルームへと入ってきたばかりのタマキの姿を見て、体を硬直させる。


「興味深い話です。いつそんな話を聞いたのですか?」

「今朝、朝礼前に衛生部へ赴いたときであります中尉殿」

「よろしい。スーゾ・レーヴィ中尉の発言は妄言の類いであって真実ではありませんから、そんな馬鹿な話をこれ以上余所でしないように。それから、あのバカの言葉をいちいち鵜呑みにしないように。

 理解出来ましたね? イスラ・アスケーヴ上等兵」

「もちろん理解出来ましたとも」


 イスラが敬礼すると、ナツコとトーコも応じるように敬礼して見せた。

 タマキはそれで満足したのか、話を切り替える。


「昼食の時間なので呼びに来ました。様子を見る限りナツコさんの訓練は順調そうですね」

「はい! 今日イスラさんにも1勝できたので、あとはタマキ隊長とフィーちゃんだけです」

「思いのほか早くて驚いています。では本日14時から時間をとりましょう。それで構いませんか?」

「はい! よろしくおねがいします!」


 タマキの予定をとれたことに、ナツコはひとまず安堵して頭を下げた。

 スーゾの言葉が妄言だったにしても、タマキに多少の時間的余裕が存在することは事実だったらしい。


「ちなみに、使用機体は……?」

「決めていませんが、使用マップは?」

「闘技場マップです。障害物配置はランダム」

「わかりました。では訓練に相応しい機体を考えておきます」

「大雑把で良いので機体の種類とか教えて頂けると嬉しいです」

「それを考えるのもあなたの仕事です」


 タマキはきっぱりとそう言い切って、ナツコの質問をつっぱねた。

 機体タイプだけでも分かれば対策のしようもあったのだが、その思惑は外れた。どんな機体が来てもいいように装備編成を考えなければならない。


「それより昼食の時刻が迫っています。直ぐに移動するように。トーコさんだけ、少し残って」


 タマキは追い出すようにナツコとイスラを急かした。

 2人はトーコと顔を見合わせてから退室し、食堂へと歩いて行った。

 残ったトーコへと、タマキは問いかける。


「ユイさんの説得ですが、進展はありました?」

「いいえ。なかなか捕まらないのと、捕まえても話を聞いて貰えなくて」

「そうですか。厄介な整備士ですね。

 〈音止〉の修理はまだ時間がかかりそうですが、わたしからも彼女と話し合いの時間を持ってみます。

 ですがあまり期待しないように。はっきり言いますが、あの人はわたしの言葉を真剣には受け取っていません。まともに話が出来るとしたら、あなただけです」


 トーコは言葉無くゆっくり頷いた。

 ユイを説得することの難しさはトーコも良く分かっていた。

 こうなった原因は、トーコが黒い〈ハーモニック〉相手に無様に惨敗し、〈音止〉パイロットとして、ユイの求めるレベルを満たせなかったからだ。


 ハツキ島の砂丘地帯地下からここまで、ユイはずっと〈音止〉にトーコと同乗し、間近でその成長を見届けてきた。

 結果彼女が出した結論がトーコの搭乗拒否であり、その結論を覆すのは、半人前だと判断されてしまったトーコには難しい。


 それでも、トーコは新しい誓いを立てた。

 ハツキ島を取り戻すまで、ナツコを守る。そのために出来ることは全部やる。


 誓いを守るためには、どうしても〈音止〉が必要だ。

 半人前のトーコを補って、黒い〈ハーモニック〉のような強敵と渡り合えるようにしてくれる機体はあれしかない。


「なんとしてでも説得します。出発は3日後ですよね。それまでには必ず」

「ええ。そうして下さい。わたしとしても戦力は多い方が良いですから」


 話は終えたと、タマキはシミュレータルームを後にした。

 その背中を追いかけてトーコも退室すると、タマキと並んで食堂へ向かった。


          ◇    ◇    ◇


 放った12.7ミリ機銃弾が、敵機正面装甲へ着弾。

 浅い角度で入った銃弾は、装甲表面に発生した空気の揺らぎによって外向きに弾かれ、装甲を貫通出来ない。

 〈ハーモニック〉に装備された空気振動による防御機構、振動障壁と同じ機構。


 ナツコが対峙する敵。

 タマキが装備するのは、帝国軍の最新鋭機。

 第5世代突撃機〈フレアF型〉には小型化された振動障壁ユニットが搭載され、被弾しても衝撃を外側へ逸らしてしまう。

 弱点は、高威力砲弾は弾ききれないこと。1度作動すると再び作動可能になるまで多少の時間を要すること。

 DCSと異なり用途は限定されるが、その分防御力に関しては〈フレアF型〉に分があった。


 反撃として放たれた14.5ミリ機銃をナツコは必死に回避するが、1発が右肩に命中。

 着弾を検知した機体によってDCSが作動され、外向きに生じる運動エネルギーを生成。銃弾は威力を失い、装甲を貫通しきれず止まった。

 慌てて距離をとろうとしたナツコだが、なんとか踏みとどまる。

 行動の読みあいになったら、タマキには勝てない。

 こうして相手が正面切っての戦闘を受けてくれたのだから、ここで決めきらなければならない。


 機体スペックはほぼ互角。

 操縦技能に関しては、総合的に見ればタマキ優位。

 それでも勝ち筋を見出すべく、ナツコは必死に考える。

 タマキより、自分が優れているものがあるとすれば何か。

 それは、精密射撃能力に他ならない。


 だが既に十分距離の近い現状、1発に集中して撃てるような環境では無い。

 それでも、必殺の1発を撃つ機会を作らなければならない。

 幸いなことにナツコは右腕に20ミリ機関砲を積んでいた。

 左腕12.7ミリ機銃を機体の火器管制に一任し、低速自動連射モードへ変更するとタマキに対する自動射撃を開始。


 考える余裕の出来た頭をフル回転させて、右腕20ミリ機関砲の照準を計算。

 周囲の環境情報、砲弾の弾道を頭の中に入れ、タマキの現在位置と保有エネルギーから行動先を予測。

 自分の回避に要する思考能力すら割いて射撃に集中。

 致命傷だけでも避けられれば良いと、必殺の1発のためにほとんどの思考演算リソースを注ぎ込んだ。

 タマキの攻撃が次々に着弾し、機体状況がイエローからオレンジに変化。

 動作不全を訴える機体からの報告を無視して、ナツコは遂に照準を定め、仮想トリガーを引ききった。


 たった1発放たれた20ミリ機関砲弾は、正確無比にタマキの移動先を読み切っていた。

 相対距離40メートル。

 タマキには回避出来ない必殺の1発。


 砲弾が機体正面、胸部装甲へ着弾した瞬間、空気の揺らぎが砲弾を包んだ。

 されど、装甲面に対して限りなく垂直に近い角度で侵入した砲弾は、振動障壁に弾かれることなく装甲を食い破った。

 ナツコの機体が撃破されるより一瞬だけ早く、砲弾はタマキへと致命的損害を与えた。


「少し油断しました」

「はい。でも、やっぱりタマキ隊長は強いですね。初めて使った機体でこんなに戦えるなんて」


 〈フレアF型〉が統合軍のシミュレータに登録されたのはつい先ほどのことだった。

 タマキは訓練として、帝国軍との戦闘を考慮し〈フレアE型〉を使うつもりだったのだが、新しく登録された機体を見てこちらを選択したのだ。


「機体の癖は〈フレアE型〉とそう変わりません。振動障壁がある分有理かと思いましたが、20ミリ機関砲は防ぎきれないようですね」

「弾くことは出来ると思いますけど、完璧に防ぎきれるかどうかは角度次第? みたいですね」


 シミュレータが再現した運動エネルギーからナツコが見積もった限りではそうなっていた。1度展開したら再展開まで時間がかかるという弱点を除いたとしても、不意の1発を防ぎきれるのならば有用な機構と思えた。


「対〈フレアF型〉の戦術も考えておかないといけませんね」

「そうですね。これがたくさん出てきたら、戦い方も変えないといけませんよね」


 戦術考察は士官の仕事だ。

 それも主力突撃機との戦術策定ともなれば、タマキよりずっと上の位の士官や、統合軍の技術研究所を巻き込んだプロジェクトとなるだろう。


「何はともあれ、無事にタマキ隊長にも1勝できました! 後は……」


 ナツコとタマキはシミュレータとの接続を終了し外に出た。

 ツバキ小隊の面々は、ユイを除いてはそこに集まっていた。


「フィーちゃん! 模擬戦、お願いします!」


 シミュレータルームに顔を出していたフィーリュシカは、いつもの感情の存在しない表情のまま、機械的に頷いた。


「あなたの訓練には可能な限り協力する」

「はい! お願いしますね!」


 ナツコは意気揚々と、再びシミュレータへ入っていく。

 向かい合ったシミュレータへと、フィーリュシカは静かに移動した。


「あと3日で1勝は難しいでしょうね」

「勝てない方に1000」

「わたくしも勝てない方に」

「賭け事をしない――わたしとナツコさんの訓練にも賭けたりしていないでしょうね」


 タマキは模擬戦に対して賭けを始めたイスラとカリラへ注意すると同時に、わざわざツバキ小隊の隊員がこの場に集まっていることに違和感を感じて尋ねる。

 2人は視線を逸らしたので、タマキは一番正直であろうサネルマを捕まえて問いただす。


「賭け事はしていないでしょうね」

「ええとですね……」


 サネルマが言葉に詰まったので、タマキは確信して賭け内容を追求した。


「ナツコさんに賭けた人間は挙手なさい」


 問いかけに、トーコとサネルマが手を上げた。

 タマキは2人を睨み付けたが、実際負けたのはタマキだ。甘く見られたことに腹を立てたが、それ以上は追求しなかった。


「全く、隊員同士でのお金のやり取りはトラブルの元です」

「まあまあ。ちょっとした娯楽じゃないか。それで、中尉殿はあと3日でナツコちゃんが1勝でも出来ると思うかい?」


 悪びれもせず賭け事の参加を促したイスラに対して、タマキは大きくため息をついた。

 あまりにバカバカしかったものだから、呆れ果てた目でイスラを見つめ、それから首を横に振った。


「勝てないでしょうね」

「ま、そうだよな。皆そう思ってる」


 相手はフィーリュシカ。

 ナツコが対策を練ろうとも、いくらなんでも相手が悪すぎた。

 既に開始されていた模擬戦1回戦目では、〈アルデルト〉を使ったフィーリュシカに、ナツコは〈ヘッダーン5・アサルト〉を使ったにもかかわらず瞬殺されていた。


「残念ながら、賭けは無しだね」


 イスラは残念そうに首を振ったが、1人、トーコが真っ直ぐに手を上げた。


「乗るよ。ナツコが1勝すれば良いんでしょ?」

「お、トーコちゃん。そう来なくっちゃ」

「ナツコには秘密だからね」

「当然当然。こりゃ楽しみになってきた」

「ほどほどになさいよ」


 タマキは忠告したものの、自分も賭けに乗っかった以上、付け加えて追求はしなかった。

 代わりに訓練時間中に暇を持てあます隊員達へ自分の訓練へ戻るように一喝すると、その場から立ち去った。


 自室へと戻るタマキは、誰も居ない廊下で1人呟く。


「わたしも腕が落ちたわ。基礎訓練からやり直そうかしら」


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