第172話 ナツコの特別訓練⑤
夕暮れ時。ツバキ小隊の食堂利用可能時刻より少し前。今日の分の作業を終えたカリラがシミュレータルームにやってきて、急ぎ模擬戦の準備が進められた。
「訓練に付き合うのは構いませんけれど、たまには整備にも手を貸して頂けると嬉しいですわ」
「はい! じゃあ次は私がカリラさんのお仕事を手伝いますね!」
提案にナツコは大きく頷いた。
折角修理して貰った〈ヘッダーン5・アサルト〉が放置気味なのはもったいないし、カリラが整備場に缶詰にされている今だからこそいろいろと機体の扱いについても相談したかった。
「ところで、カリラさん、どの機体使います?」
「秘密ですわ」
「で、ですよね!」
カリラは手の内を見せず、粛々と機体と装備選択を済ませた。
ナツコは教えてくれないなら考えるしかないと、遅れて機体選択を開始。と言っても使用機体は〈ヘッダーン5・アサルト〉で決めていた。
いろいろな機体を使ってみたい気もあったが、訓練である以上、この内容が実践に活かされなければならない。だとしたら普段使う機体を使うのが一番だ。
装備は対重装機対策として右腕に20ミリ機関砲。高機動機対策に左腕に7.7ミリ機関銃。速度の速い相手に対しては利き腕の方が狙いをつけやすい。遅い相手なら右手でもことは足りる。
カリラが重装機を選択していたら火力で大きく劣ることになるが、カリラの長距離射撃が当たらないと信じれば、対策するのは誘導弾だけでいい。
後は適当に索敵ユニットや汎用投射機と弾薬セットを積み込み、それで決定した。
初期位置に移動すると、ナツコは開始猶予時間中に軽くマップを確かめてから、大型立体障害の位置を確認。
カリラとの模擬戦では、危険を冒してでも最初に見通しの良い場所を確保しておけとリルから厳しく言われていた。
曰く、重装機だったら砲撃されても多分当たらない。高機動機だったら接近されないよう先に見つけろ。とのこと。
開始と同時に、高さ20メートル程の立体障害を目指す。登るのには慣れたもので、勢いよく地面を蹴って跳躍すると、2度壁を蹴って駆け上がるだけで頂上に到達。
全方位へと滞空索敵ユニットを射出し、機体センサでコアユニット駆動音を探索。
「見つけた! 高機動機――」
一瞬視界に入ったカリラの機体。基礎フレームがむき出しとなった装甲の薄いボディに、大型コアユニットを背負い、後方には大型ブースターの突き出した機体。
〈ヘッダーン5・アサルト〉は得られた画像を元に機体情報を取得。それを実際の視界に重ねるように表示した。
「〈ヴィルベルヴィント〉――これは確か、高出力型」
高機動機には2種類ある。
1つは接近戦時の格闘戦能力を重視した、軽量型。機体の軽量化による機動能力強化であり、最高速度は抑えられているものの、身のこなしが素早く間合いに入られると対処が難しい。
もう1つは、最高速度を重視した1撃離脱を得意とする、高出力型。こちらは高出力コアユニット搭載による速度強化で、圧倒的な瞬間速度を誇るが、細かい動きは苦手だ。
〈空風〉のような軽量型に高出力型を上回るコアユニットを積んだ変態機もいくつかあれど、大体高機動機が取り得る選択は2つのうちどちらか。
今回カリラが使用しているのは、高出力型の機体。
重装機〈アルデルト〉を製造しているアルデルト社が、重装機用コアユニットを小型機体向けにチューンして製作した、瞬間最高速度特化型の高機動機〈ヴィルベルヴィント〉。
敵機発見したナツコは右手首からワイヤーを射出して立体障害へと張り付くと、左手を向けて7.7ミリ機銃を連射。
カリラは発砲を見ると同時に機体を高機動状態へ移行させた。
追加ブースターと、一時的なコアユニット最大出力上昇による瞬間的な加速。最高速度に達した機体をナツコは目で追うが、動きが速すぎて機動を予想出来ない。
「速すぎる! でも距離のあるうちにっ!」
雑な照準でも、1発当てさえすれば高機動機にとっては致命傷になり得る。
なんとか動きを先読みして機銃を向けるが、カリラはことごとく攻撃を回避。ナツコが1弾倉撃ちきったのを見ると応射してきた。
立体障害に12.7ミリ弾が命中し火花を散らす。ナツコからは2メートル離れた位置。
「まだ当たる距離じゃない、けど、このまま接近されるとまずい――」
1対1で接近戦になれば突撃機が不利。最高速度を活かした一撃離脱によって射線を逃れながら攻撃を仕掛けてくるだろう。
そしていかにカリラと言えど、十分に距離を詰めさえすれば射撃は命中するし、更に近接戦闘装備の射程内となれば、間違いなく仕留められる。
ナツコは周辺観測。障害物の詳細な位置を確認し、車両の残骸が密集する地点を見つけた。
高出力型の高機動機は細かい動きが苦手だ。狭い空間に入り込めば動きを制限できるし、接近経路が分かれば機銃弾も命中させられる。
ナツコは7.7ミリ機銃を放ちつつも、汎用投射機にグレネートのカートリッジを装填。カリラの進路を塞ぐように射出し、自身は立体障害から滑り落ちて目標の場所を目指す。
カリラに追ってきて貰わないと困るので、攻撃によって移動ルートを制限し、思い通りのルートを通ってくれるよう誘導。
いよいよ地上に降りたナツコは、全速力で移動開始。背後からはカリラが接近。既に距離的猶予が心許ないが、ブースターに点火し少しでも速度を稼ぐ。
車両の残骸へと身を投じると、アンカースパイクを作動させて緊急反転。
カリラは真っ直ぐに向かってきていた。
「かかった!」
左手の7.7ミリ機銃を構え、進行ルート上へと3発射撃。
だがカリラは速度を落とすことなく邁進。左手で引き抜いた高周波振動ブレードが一振りされると、機銃弾は空中で全て両断された。
「嘘でしょ!?」
目の前で起きた出来事にナツコは焦り、混乱した。
7.7ミリ機銃が乱射され、カリラの進路を塞ぐように右腕20ミリ機関砲をパージして転がす。
カリラは身を捻って雑に連射された機銃弾を躱すと、床を跳ねた20ミリ機関砲に足をついて後方へ蹴り飛ばし跳躍。ナツコとの距離を一気に詰める。
機銃弾が尽きて焦燥したナツコ。
だがカリラが目前まで迫ったところで、急激に脳が冷静さを取り戻した。
視界が灰色に染まり、超高速で接近していたはずのカリラの姿が静止する。
周りの時間が全て止まったように感じたのはほんの僅かな時間だった。
されどその時間の中で、ナツコは今自分にとれる選択を見つけていた。
汎用投射機から残っていた最後のグレネード弾を真下に向けて射出。床に対して放たれたグレネードは、射出から着弾までの時間が短すぎたため信管が作動せず、反射して跳ねた。
ナツコとカリラの間に割り込むよう跳ね上がったグレネード。
カリラが振動ブレードを振るうより早く、ナツコがそれへと右手を伸ばす。真っ直ぐに振り抜いた機械の拳が、グレネードの信管を叩いた。
「なっ」
今度はカリラが驚く番だった。
突然目の前で起こった自傷行為。だが頭を落ち着かせたカリラは、ここに来て急速に速度を落とした。
グレネードが炸裂。
爆発によって金属片がばら撒かれる。
最新鋭突撃機〈ヘッダーン5・アサルト〉にとっては、小口径グレネードが直撃したとしても、コアユニットやエネルギーパック、頭部に当たらない限り致命傷にならない。
しかし装甲の薄い高機動機ではそうはいかない。
特に速度ばかり追い求めたアルデルト社が、最高速度のために装甲を削れるだけ削った〈ヴィルベルヴィント〉は、飛び散った金属片ですら容易に装着者を傷つけた。
カリラは急減速と共に、高周波振動ブレードを持った左手を突き出して盾にする。
腕に複数の金属片が突き刺さったが、残っていた速度でナツコとの最後の距離を詰めつつ、刀身のへし折れた振動ブレードの代わりに、右手に装備した12.7ミリセミオートライフルを構える。
ナツコも7.7ミリ機銃を引っ込めて、左手で拳銃を抜き、構えた。
銃口が互いに相手へと指向する。――が、早かったのはカリラだった。
「これで決まりですわ! ――あ」
わずか50センチの距離から放たれた12.7ミリ弾。それは何故かナツコの頭の横を通過して、車両のガラスを粉砕した。
カリラが2発目を撃つより早く、ナツコが拳銃を撃ち放った。
放たれた9ミリ弾は、正確無比にカリラの頭部。ヘルメットのメインディスプレイに突き刺さった。
撃破判定がなされて、2人は強制移動させられる。
必殺のはずだった距離で見事に外したカリラは茫然自失し、目は虚ろになっていた。
「あ、あのカリラさん。こういうことも有りますよ。私も、焦っていると肝心な場面でよくやらかしますし」
「慰めは要りませんわ。これもわたくしの未熟ゆえ――いえ、恐らくシミュレータの誤作動ですわ。そうに違いありません! お姉様の妹であるわたくしがあのような距離で外すなどと……」
「下手クソだからよ」
「このクソチビ!」
リルが事実を突き付けるとカリラは激昂した。
ナツコはそれをなだめながらも、カリラへと尋ねる。
「振動ブレードって、攻撃力は高いですけど、折れやすくて使い捨てのイメージがあります。どうして機銃弾切断したのに折れなかったんです?」
「刀身を斜めにするから折れてしまうのですわ。銃弾に対して真っ直ぐに突入させてしまえば7.7ミリ程度では折れません」
「なるほど!」
「なるほどじゃないわよ」
口で言うほど簡単なことじゃないとリルは指摘した。
それでもカリラがやってのけたのだからと、ナツコはシミュレータの制御画面から振動ブレードを呼び出して手に持った。
刀身を指で弾いて強度を確かめると、顔をしかめる。
「う、うん。確かに難しそうです。それに、やっぱり耐久力が気になります」
「振動ブレードの扱いにはそれなりの技術が必要ですわ。敵機に対しても刀身の進入角度が悪ければ複合材料を切り裂けず跳ね返されたり折れたりしますから。
力任せに殴りつけるならハンドアクスの方が適役でしょうね。
一応パイルバンカーや、レーザーブレードと言った強力な近接戦闘装備もありますけれど、エネルギー消費が激しいですからお姉様のような天才で無ければ運用は難しいですわ」
「それは、なんとなく分かります」
パイルバンカーは事前にエネルギーを充塡して、更に専用の射出杭が必要。
レーザーブレードはエネルギーを馬鹿食いするので、1つのエネルギーパックで2,3回振り回せれば上等と、威力はともかく、使い勝手は相応に悪い。
「でもカリラさん! 私、近接戦闘も強くなりたいって思ってます。出来たら、いろいろ教えて下さると嬉しいです!」
「お断りですわ。わたくしは暇ではありませんの。
そもそも、全員に1勝が目的なら、もうわたくしには用はないでしょう」
「確かに掲げた目標は1勝なんですけど、やっぱり、最終的には強くなることが目的なんです。
接近戦でしたらリルちゃんよりカリラさんのほうが強いでしょうし――」
「は?」
聞き捨てならない言葉にリルが食いつく。
カリラはそれを煽るように「当然でしょうね」と頷いて見せたが、それがさらにリルを滾らせた。
「こんな奴にあたしが負けるわけないわ」
「それはどうかしら。おチビちゃんから銃を取り上げたらただのがきんちょですわ」
「こいつ――。ふん、口だけなら何とでも言えるわ」
「でしたら試してみます?」
カリラの挑発に対してリルは釣り上がった目で睨みをきかせていたが、やがてぷいと視線を逸らした。
「下らない。あんたみたいなのに付き合っていられるほどあたしはバカじゃないのよ」
リルは言い捨てると、シミュレータとの接続を終了して外に出てしまった。
「可愛げの無いおチビちゃんですこと」
「あ、あああ……後で私が当たられる奴だ……」
ナツコは頭を抱えたが、既に夕食の時間が近いことを思い出すとカリラへと訓練に付き合ってくれた礼を言ってシミュレータとの接続を終了した。
シミュレータルームから食堂へと向かう途中、ナツコは尋ねる。
「イスラさんのギブス、いつ頃とれそうです?」
「明日には何としてもとらせると息巻いていましたわ。わたくしとしてはお姉様には十分な休養をとって頂きたいのですけれど、お姉様が大丈夫と言う以上、何の問題も無いことは保証されていますから」
「明日ですか。よし! 明日は頑張って、イスラさんに勝ちます!」
「わたくしにまぐれ勝ちした程度の実力で、お姉様に勝つだなんて冗談が過ぎますわ。精々、慈悲が貰えるように努力するのですね」
「う、うぅ……。イスラさん対策とか教えて頂けると……」
きっぱり勝利を否定されたナツコが懇願したが、カリラはかぶりを振った。
「お姉様は完璧ですわ」
「対策は無いと……」
カリラは満足げに大きく頷いた。
ナツコはイスラ対策についてカリラにきいたところで何の解も得られないことを確信して、後でトーコやサネルマに相談してみようと決めた。
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