第168話 ナツコの特別訓練①
翌日も自主訓練の時間が多くとられ、各々が怪我の具合と相談して訓練メニューを作成しタマキへと提出していく。
ナツコは勉強の時間をとりながらも、なるべく多くシミュレータの使用時間を確保できるよう調整した。
その日程表を受け取ったタマキは感慨深く頷く。
「シミュレータの扱いにも慣れてくれたようですね」
「はい。1つずつ動作を慣らしていけば大丈夫だって気付いたんです!
あの、それでですね、私、レインウェル基地滞在中にツバキ小隊の全員に模擬戦で1勝することを目標にしたいと思います!」
報告にタマキはほんのり微笑んで頷いた。
「目標があるのは良いことです。皆さんにも協力してくれるようわたしからも言っておきます」
「ありがとうございます! タマキ隊長は、いつ頃時間取って頂けますかね?」
今度の問いかけに、タマキは首をかしげ、自分を指さして尋ねる。
「わたしもですか?」
「はい! 全員に1勝が目標なので!」
思いがけない指名に、タマキは嫌そうな顔を浮かべかけたが、無理矢理平静を装って頷いた。
「そういうことなら、良いでしょう。ですがあまり個別に時間をとれる状況でもありませんから、しっかり腕を磨いてからにして下さい。少なくとも、フィーさん以外に勝てるようになってからです」
「分かりました! フィーちゃん以外に勝ったらタマキ隊長にお声かけしますね!」
「そうして下さい。では今日も訓練に励むように。怪我と病気だけには気を付けて」
「はい! ナツコ・ハツキ1等兵。今日も1日体調管理に気を配りつつ訓練に励みます!」
ナツコは敬礼して応じるとタマキの居室を後にした。
タマキはそれを見送るとため息ついたが、レインウェル基地に滞在できるのは恐らく後5日程度。ナツコがその期間中にイスラやリルにまで勝利する可能性は低いだろうと、たかをくくって自分に声がかかることは無いと安堵していた。
◇ ◇ ◇
ナツコは午前中の前半を機体知識の収集にあてる予定だった。
機体について聞くならばカリラがいろいろ教えてくれそうだと、彼女が忙しくしていないことを祈って整備場を訪ねる。
案の定彼女はそこに居て、リルの機体〈DM1000TypeD〉をバラバラにして、故障箇所の点検を行っていた。
「カリラさん! 今ちょっといいですか?」
「内容によりますわね」
カリラは受け付ける気は一切無いと言わんばかりの態度で答えた。
そこでナツコは言葉を選びながら、端的に尋ねる。
「あの、トーコさんと模擬戦をしているんですけど、トーコさんが重装機を使ってきてですね。どうしたら勝てるのか、重装機に詳しいカリラさんに聞こうかと。機体のこともいろいろ教えて頂けたら嬉しいです」
〈R3〉の話題を振られたカリラは、興味を持ったのか短く尋ねる。
「機種は?」
「トーコさんは〈フォレストパックⅢ〉。私が〈ヘッダーン4・アサルト〉です」
「〈ヘッダーン5・アサルト〉もシミュレータに登録されているはずでしょう?」
「トーコさんが第5世代機は駄目だって」
「そういうこと」
カリラが詳細なデータ提出を求めたので、ナツコは言われるがままにシミュレータの戦闘ログを提出した。
それを受け取った彼女はざっと目を通して答える。
「狙撃で決めるつもりでしたら自分の場所を露見させない方がよろしいのではなくて?」
「そ、それは分かってるつもりです。あの、重装機の弱点とか教えて頂けると」
「機動力と隠蔽性能の低さにつきますわ。模擬戦のような短期決戦でしたら燃費の悪さもそこまで悪影響になりませんし。
ですから、わざわざ場所を教えてあげた状態で1カ所に留まったのは悪手でしょうね。火器運用能力では突撃機は重装機に遠く及びませんから、正面切って戦うのはお勧めしませんわ。機動力を活かして撹乱するなり、奇襲するなりしないと。動き回れば向こうはついて来れませんわ」
「なるほど」
言われてみればそうだと、ナツコは頷く。
しかしまだ問題はあると、続けて尋ねた。
「シミュレータで使う機体なんですけど、トーコさんが次も重装機を使ってくる保証もないんですよ。なのでいろいろな機体について知りたいのと、どんな機体を使われても戦える装備編成とかあれば教えて欲しいです」
「それくらい自分で調べなさいな。教育用端末持っていましたよね?」
求めに応じてナツコは端末を差し出した。カリラはそこへと自分の整備用端末から〈R3〉の概略をまとめた資料をコピーする。
「前線で運用されるような機体は概ねまとめてありますわ。対策は自分で考えなさいな」
「う、うぅ。そこが難しい所なんですよ」
「分かってるなら精々頭を使いなさい。あなたみたいな鈍いのが頭を使うのを止めたら生き残れませんわよ」
「鈍くは――いや鈍いかも知れないですけど。……多いですね」
発言に対し苦言を述べながらも受け取った資料に目を通していたナツコはそのあまりの量に目を奪われた。
「火炎放射専用機とかあるんですね」
「ああ、〈トーチランプ〉ですの。それはシリンダー接合部に不具合がありますから火炎放射機の使用は禁止されてますわ」
「え? じゃあこれは何のための機体なんです?」
「火炎放射機の使用できない火炎放射専用機ですわ。他の機体にはない独自性ではありませんこと?
元々は林業や農業向けの民間機として開発されたのですけれど、不具合が発見されるやアイデンティティーである火炎放射機を使用禁止にされた悲しい機体ですわ。ですが機能を制限した事による価格の安さと扱いの容易さもあって、今でも小規模農業向けとして需要のある機体となっていますの。
愛好家も多く、各地で〈トーチランプ〉に新しい専門性を与える大会が開かれていますわ。ちなみに第1回ハツキ島大会優勝者は当時9歳のわたくしです。消火器と放水ポンプを積み込んだ消防モデルに改造いたしましたわ。シリンダー接合部の不具合には手を加えず水漏れを起こしたことで高い評価を頂いた機体でした」
カリラは聞かれてもいない機体についての説明を早口でまくし立て、それを流しながら聞いていたナツコは資料を読み進め、一見して戦闘には向かないようなおかしな機体が多分に含まれていることに気がついてしまった。
「あのカリラさん。この資料、もしかして前線で運用されないような機体まで網羅しています?」
「全てではありませんけれど、多少わたくしの趣味が含まれていることは事実ですわ。ですがご心配なく。先ほど言った通り、前線で運用されるような機体は概ねまとめてありますから」
「それはそうなんでしょうけど。そうじゃない機体が多すぎて判別が……」
「少し読めばそれくらい分かりますわよ」
「かも知れないですけど」
望むなら、前線運用される機体だけがまとめてあって欲しかった。
なぜならトーコを始め、他の隊員もわざわざ戦いに向かない〈R3〉を模擬戦で使ったりはしないだろうから。
「〈R3〉って、いっぱいあるんですね」
ナツコが知っている機体は、ツバキ小隊が所有しているものと、統合軍や帝国軍が前線で運用している機体くらいのものだ。
カリラの資料にはそうではない、町工場で作られたような規格外品まで含まれていた。
「素人でも道具さえあれば改造できますし、ちょっとした工場でも製造の難しいコアな部分のパーツを買ってしまえば新型機開発までできてしまいますからね。だからこそ、こういう趣のある機体が次々に出てきて面白いのではありませんこと?」
「そう、ですね。そうかも知れません」
ナツコにはカリラの示した4足歩行機の一体何処に趣があるのかさっぱり理解出来なかったが、同意しておかないといけないような気がして頷いた。
「ところで、今更ですけど〈R3〉ってなんで〈R3〉って呼ぶんですか?」
話題を切り替えようと適当な質問をすると、カリラは端末から目を離して答える。
「諸説あってこれといった確実な答えはありませんけれど、有力なのは旧枢軸軍勢力圏内で〈R3〉の原型になる機動装甲骨格が開発された際、枢軸軍の一部で用いられていた地方言語でつけられた呼び名が、Rから始まる3つの単語で構成されていたから、というものですわね」
カリラの回答にナツコが「ほう」と頷いていると、その背後から咳払いが響いた。
ナツコは振り返って、それから下に視線を向けてそこに短い金髪が存在するのを見つけると、ユイの存在に気がついた。
「あ、ユイちゃん。話聞いてました? 〈R3〉の語源って――」
「下らん。開発者の男が惚れた女の名前をつけただけだ」
ユイはそれだけ言うとナツコを横へと押しのけて、カリラへ目配せする。
カリラもそれに応えるように頷いて、ナツコへ声をかけた。
「ごめんあそばせ。先約がありましたの。お勉強は1人でやって下さる?」
「はい。予定があったのなら仕方ないです。なんとかこれで勉強してみます。分からないことがあったら昼食の後聞きに来ますね」
「そうしてくださいまし」
2人に別れを告げると、ナツコは整備場から出て行った。
カリラはそれを見送ると、にやにやと下品な笑みを浮かべてユイをからかう。
「惚れた女の名前だなんて、見かけによらずロマンチストですのね」
「事実を述べただけだ。それより、論文の件だが――」
「少し場所を移しましょうか」
2人は連れ添って、人の出入りのない〈音止〉のある整備場へと移動した。
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