第167話 カリラ・アスケーグ

 〈ヘッダーン5・アサルト〉、〈ヘッダーン4・ミーティア〉の修理を終えて、次はリルの〈DM1000TypeD〉の修理に手をつけようとしたカリラだが、申請を出したパーツが届いていないことを思い出して、勝手に休憩時間とした。

 自分の端末を取り出すと、リドホルム博士の論文第9項目が解凍完了していた。


 ファイルを開こうとすると、ウインドウが立ち上がりメッセージが表示される。


『愛するカリラへ』


 現れた文面に息を呑んだ。

 だが、この論文に用いられていた暗号化手法は専用の解除キーを知らなければ解凍出来ない。それならば解凍した人物を特定することも可能だろうと納得し、カリラは先を読み進める。


『これを記している時点で、私の寿命は残り僅かです。

 私の知識は後生に残すべきものではありますが、悪用されてしまってはまた先の大戦のような戦争に発展しかねません。

 ですから論文を暗号化し、解除コードを知らない人間には閲覧できないように細工させて頂きました。


 あなたはもう気がついているでしょうが、あなたの脳には私の知識が一部書き込まれています。

 その知識と、ここに記した論文は、もし大戦終結後、宇宙が平和にならなかった時のため残したものです。

 勝手なお願いで申し訳ありませんが、可能ならば知識を正しく用いて、父さんと、私を助け出してくれたアキ・シイジとその仲間達の手助けをして下さい。

 きっとそれが、平和な宇宙を取り戻す第一歩になるはずです。


 あなたには知識と同時に、戦うための力も授けました。

 もし戦いが避けられなくなったときには、その力で父さんとイスラを守ってあげてください。


 あなたたちが生きる宇宙が、平和であることを願っています。

 リタ・アスケーグ ――旧名 レナート・リタ・リドホルム』


「カリラ」

「――! おチビちゃんですの……」


 母親からのメッセージを読み終わったところで声をかけられたカリラは、気が動転して端末を取り落としそうになりながらも、ギリギリで掴んだそれを作業着のポケットへ突っ込んだ。


「びっくりさせないでくださいまし」


 やってきたユイへと非難の声を上げるが、相手はそんなこと一切気にすること無く、整備用端末を突き出した。


「コアの設計が完成した。機体設計はこのままでいいか確認しろ」

「また突然言ってくれますわね。休憩中ですから構いませんけれど」


 ユイの端末に表示されていたのは、謹慎中以来ユイ、イスラ、カリラの3人で設計を進めていた〈R3〉。

 ユイが〈R3〉向けの超小型高出力コアユニットの設計を担当し、イスラとカリラが機体の設計を担当した、宇宙最強の突撃機。

 コアユニットのサイズ、出力、排熱量など細かい数字が詳細に決定し、それを受け機体側の設計を見直す必要があった。


「熱が抑えられましたね。全力駆動を長時間継続しないのであれば冷却機構小型化しましょうか」

「常に全力駆動しても問題無いようにしたい」

「そんな使い方すれば機体の前に搭乗者の頭が機能停止しますわよ」

「下手クソには使わせないから問題無い」

「それは大変結構ですこと」


 カリラは呆れながらも冷却機構には手をつけず、出力の上昇に合わせてエネルギー転換機構の調整だけ行った。


「機械部分はお姉様に聞いて下さいまし」

「あいつはうるさいから嫌いだ」

「お姉様の悪口は許しませんわよ」


 ユイは面倒そうな顔をしながらも、機械部分の設計についてはイスラが適任であることも認めていたので仕方なく頷いた。

 そんなユイへとカリラは尋ねる。


「ところで、わたくしも好き勝手設計しましたから今更こんなことを言うのもおかしな話なのですけれど、この機体、ここまで攻めた設計ですと、製造出来る環境は統合軍内には存在しませんわよ。どうするつもりです?」

「製造装置は押さえてあるから問題無い」

「あらそれは魅力的な答えですこと。可能ならばわたくしにもその装置を見せて頂きたいですわ」

「お断りだ」

「それは残念」


 カリラはとぼけたようにそう答えた。

 そこへ、整備場の扉を開けてナツコとトーコがやってきた。

 トーコはユイの姿を見つけると声をかけたが、彼女は反応しようともせず、カリラに用は済んだと告げてその場を立ち去ろうとした。


「お待ちなさいな。話くらい聞いてあげてもよろしいでしょう」

「バカと話す趣味は無い」

「あなたが選んだパイロットでしょう。整備士ならば、最後まで責任を持つべきですわ」


 カリラに言い含められると、彼女も思うところあったのか立ち止まり、やってくるトーコを待った。

 小走りで駆けてきたトーコはユイの前に立つと、単刀直入に要件を告げる。


「ユイ。私はこれからも〈音止〉のパイロットを続けるつもり」

「あたしゃお前をこれ以上使い続ける気は無い」

「お願い。ハツキ島を取り戻すためには、どうしても〈音止〉が必要なの。私が半人前なのは分かってる。でも、だからこそあの機体が必要なの」

「議論するつもりは無い。散々機会は与えたはずだ。お前は結局、半人前にもなれない未熟者だった。これ以上話すことは無い」


 ユイは今度こそその場から立ち去ろうとしたが、それをナツコが引き留めた。


「待って下さい! ユイちゃん! トーコさんは――」

「部外者が口を挟むな」


 ナツコの言葉を撥ねのけて、ユイは1人その場から立ち去っていった。

 トーコは後を追おうとしたものの、一歩踏み出したところで足が止まってしまう。


「全く困ったおチビちゃんですこと。でも、あの精巧な機体を寝る間も惜しんで整備したにもかかわらず、あそこまで破壊されたら怒る気持ちは分からないでも無いですわね」

「それは……」


 カリラに対しても、トーコは言い返せなかった。

 配慮の欠けた発言に対してナツコはカリラへと抗議する。


「そうかも知れないですけど、トーコさんだって壊したくて壊したわけじゃありません」

「だとしても、技術屋なんてのは頭の固い生き物ですから。説得するならするで、もう少し相手側に寄り添ってあげないと会話も成立しませんわよ」


 カリラ自身も技術屋であるから故のアドバイスに、トーコは頷き、礼を言った。


「そうだね。ありがと。ちょっと頭冷やして、どう説得するかもう1度考えてみる」

「それがよろしいでしょうね。わたくしで良ければ相談くらいのりましてよ。お酒でも飲みながら話せれば役に立つ進言も出来るかも知れないですわ」


 見返りの要求を忘れないカリラに対してトーコはもう1度礼を言って、ナツコと2人整備場を後にした。

 1人になったカリラは、先ほど慌ててしまった端末を取り出して、母親――レナート・リタリドホルムの残した論文を開く。


『ブレインオーダー製造技術に関する考察』


 論文のタイトルにカリラは目を見張り、高まる心音を抑えながら先を読み進めた。

 飛ばし飛ばしに最後まで読み終わった彼女は立ち上がると、〈音止〉の保管されている隣の整備場へ駆けだした。


          ◇    ◇    ◇


 整備用ハンガーに吊された〈音止〉は両手両足のパーツを外されていた。

 背負うようにしたコアユニットには修理の手が入り、低出力動作可能な状態まで回復。しかし冷却機構の修理完了目処は立たず、各関節に至っては無茶苦茶な動作をさせられたせいか、修理可能かどうかもまだ判別できていないような状況だった。


 ユイは整備用端末を操作して、ようやっと回収できた動作ログを解析し始めた。

 トーコと黒い〈ハーモニック〉の戦いが電子空間上で再現されて、その1つ1つの動作を確認していく。

 そんな地道な作業の最中、やってきたカリラが声をかけた。


「おチビちゃん」

「今忙しい。何のようだ」


 忙しいと言いながらも、カリラを拒絶したりはしない。

 技術者として仕事を手伝ったカリラを、ユイは彼女なりに認めていた。


「少しトーコさんの件でお話をと思いましたの」

「その件について話すことは無い」

「無いのなら、どうして動作ログ解析なんてしていますの?」


 問いかけに対して、ユイは整備用端末を休止状態にして机の上に放った。


「下らん詮索だ」

「1度負けたくらいで見限るつもりですの?」

「1度? バカを言うな。あいつには散々機会を与えた。だが、結局、あたしの求めるレベルまで成長しなかった」

「だから見限ると」

「そうだ」


 ユイは明確に意志を主張した。

 それでもカリラはその場を去ろうとせず、自身の過去について唐突に語り始めた。


「わたくし、産まれた時は未熟児でしたの。ですがお父様は――」

「その話はイスラから聞いた」

「お姉様に話して頂けるだなんてあなたは幸せ者ですわ」


 話を遮られたにもかかわらずカリラは上機嫌で、ユイがこれ以上話を聞く気が無いと態度で示しているにもかかわらず続きを話す。


「つまりですわね、わたくしは産まれた時は未熟児で、育てる価値がないと判断されてもおかしくなかったわけです。それでもお父様は見限ったりせずわたくしを育てた。その結果として、今のわたくしがここにあって、おチビちゃんの役に立っていると言うわけですわ。

 何がどう転んで誰かを助けるか何て分かるものではありませんから、何事も簡単に見限るのはお勧め出来ませんわ」


 その意見をユイは鼻で笑う。


「下らん。お前が役に立った? あの程度の手伝いなら他の奴にでも出来る」

「そうかも知れませんわね。ですが、レナート・リタ・リドホルム。――お母様の秘密の論文はわたくし以外には入手不可能でしたでしょうね」


 カリラは自身の端末へ、レナートが残した隠し論文の表紙を表示させた。

 目を細めたユイは、その内容をあらためるなり、いつもは半分閉じている瞳を大きく見開いて、端末へ手を伸ばす。

 カリラはそれをすんでの所で引っ込めた。


「興味があるようですわね。内容はざっと読みましたけれど、わたくしにとっても非常に興味深い内容でしたわ。いろいろと知ることが出来ましたし」

「論文の内容を余所で喋ったか?」

「あなたはそういうことを嫌がるだろうと思って言ってませんわ。

 ともかく、簡単に見限ってしまうのは構いませんが、後になって後悔するのはあなたでしょう? どうせ替えのパイロットなんて直ぐに見つかるものでもなし、もうしばらくトーコさんに任せて何か不都合がありまして?」


 ユイは端末を目の端で追いながらも、ふてぶてしい態度を崩さず返した。


「お前は何も分かってない。確かにロイグはお前を捨てなかった。だがあたしは、捨てる選択をしたんだ」

「何か過去にありまして?」


 問いに対してユイは答えようとしなかった。

 だがカリラが端末の内容をこれ見よがしにあらため始めると、口を開いてゆっくりと話し始めた。


「昔の話だ。医者の真似事をしていた頃、友人の出産に立ち会った。双子だったが、片方は未熟児だった。あたしゃそれを廃棄させた。下らん昔話だ」


 ユイがいつにも増して不機嫌そうなのをカリラは見逃さなかった。


「後悔はしていませんの?」


 問いかけにユイは拳を握りしめ、吐き出すようにして答える。


「……してる。あの子供は廃棄すべきじゃなかった。――いや、どれだけ手を尽くしてでも育てなければならなかった。だがあの場にはロイグは居なかった。全ては遅かったんだ」

「それなのにトーコさんを見限ると」

「それとこれとは話が違う」


 ユイは譲らぬ所は譲らぬときっぱり答えた。

 それでもカリラは彼女の考えを見透かしたようにして問う。


「トーコさんを失うのが怖いのでしょう?」

「……お前は、何処まで知っている」

「この論文に書かれてる内容以上のことは何も」


 ユイは今一度端末をひったくろうとしたが、カリラはまたそれを寸前で引っ込めた。


「データを寄こせ」

「個人情報が多分に含まれていますから、編集してから渡しますわ。それが了承できないのでしたらデータはわたくしの記憶の中にだけ残して消去させて頂きます」


 強行手段にでたカリラは論文データの削除へと指をかける。

 解除キーを知らない人間には、暗号化された論文を入手することは出来ない。ユイは表情に怒りすら見せていたが、その要求に屈した。


「良いだろう。だが論文内容には可能な限り手を加えるな」

「そのつもりですわ。それと、トーコさんの件、考え直してくださいまし。彼女は彼女なりに自分の意志で戦おうとしていますから。あなたのちんけな愛情で台無しにされてはトーコさんがあまりに不憫ですわ」

「知ったような口を」

「わたくしはただ落ち着いてもう1度考え直して欲しいだけですわ。

 その結果がどうなろうとも構いませんけれど、結論ありきで思考放棄している今のあなたはとても利口とは思えませんわ。

 わたくしからの話はそれだけです。では失礼しますわ。おチビちゃん」


 カリラはその場を後にして、自分の持ち場である〈R3〉の整備場へと帰っていった。

 残されたユイは顔をしかめて居たが、整備用端末を取り出して動作ログ解析を再開すると1人呟く。


「このあたしに意見するなんて生意気な。母親そっくりだ」


 戦闘ログの解析を早送りして、最後に機体が起動されたデータを確かめると、消灯時間を過ぎているはずの夜中に、〈音止〉が待機状態で起動された履歴があった。


「あのバカ、人が寝てる間に何を――」


 怒りばかりがこみ上げていたユイだが、その時の動作ログを見て言葉を失った。


『拡張脳同調率 : 98%』


 あり得ないはずのその数字に、ただただ驚愕し何度も数値を見返す。

 それでも動作ログは間違いでは無く、確かに拡張脳との遺伝子一致率が非常に高い数値を示していた。

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