第169話 ナツコの特別訓練②

 各種機体情報と、それに付随した火器の取り扱いについて勉強したナツコは、満を持してトーコに再戦を申し込んだ。


「トーコさん! 今日は負けません! 1戦お願いします!」

「全員に1勝する目標らしいね。私以外とは戦った?」

「いえ、まだ」


 トーコは「ふーん」と値踏みするようにナツコの顔を見て、それから申し出を断った。


「他の人に1勝してからね」

「む。逃げるつもりですね!」

「私には私のやるべき事があるの。ユイと話しておきたいし」

「そう言われると、無理にとも言えません。でも1勝したら再戦お願いしますね!」

「出来たらね」


 それを肯定と受け取ったナツコは、トーコに別れを告げて他の隊員を探す。

 カリラは機体の修理で忙しそうだった。イスラは左手のギブスがとれていないのでシミュレータとは言え戦闘は難しい。

 そうなると残るのはフィーリュシカ、サネルマ、リルの3人だ。しかしフィーリュシカは何の対策も無く挑んで勝てる相手ではない。


「うーん、サネルマさんならいろいろ教えてくれそう。あ、でもリルちゃんも教えるの上手だから……」


 どちらでも良さそうだと、2人が居そうな場所を捜索するナツコ。

 宿舎へ戻る通路へ出たところで、向こうからリルがやってくるのが見えた。

 大きく手を振って声をかけたが、基地内で大声で名前を呼ばれた彼女はいい顔をせず、ゆっくり歩いてやってくると開口一番に咎める。


「恥ずかしいからやめて」

「ご、ごめんなさい。見つかったのが嬉しくてつい……。ところで、リルちゃんは今何してました?」

「歩いてた」


 質問には率直な答えが返ってきたのだが、ナツコは首をかしげて重ねて問う。


「何処へ向かってたんです?」

「何処にも。歩いてただけよ」

「ええと? 目的無く歩いてたんですか?」

「リハビリよ」


 そこまで言われてようやっとナツコは、リルが足を怪我していたことを思い出した。

 ギブスも杖もなくなってはいるが、先日までは治療を受けていた。退院後に歩いて慣らすのは当然のことだ。


「そ、そうですよね! あ、でもそれじゃあシミュレータは無理ですよね」

「別に構わないわよ。あんたの相手くらいどうにでもなるわ。リハビリも散々やって飽きてきたところだし」

「わあ! 良いんですか! じゃあ、お願いします!」


 リルに申し出を受けて貰えたナツコは喜んで、シミュレータルームへ向かいながら模擬戦のルールと経緯を説明する。


「私、レインウェル基地滞在中に全員に1勝するって目標を立てたんです」

「タマキから聞いたわ」

「そうでしたか! 一応模擬戦で、市街地マップ使って、第5世代機は駄目ってことにしてます」

「〈ヘッダーン5・アサルト〉使わないの?」


 問いに対してはナツコも即座には頷けず、「使っても良いです?」と尋ねる。


「普段使う機体で訓練すべきだわ」

「そうですよね! じゃあ第5世代機も使わせて貰いますね!」


 2人はシミュレータルームに辿り着き、ツバキ小隊が借りている2機のシミュレータの前にそれぞれ立った。


「1回勝負ね」

「はい! お願いします!」


 シミュレータに個人用端末がかざされると、個人認証が行われ扉が開く。

 ナツコは中へ入ると、設置されているフレームに体を固定し、ヘルメットを装着した。

 ヘルメット内のディスプレイに、装着機体の選択を促すアナウンスが表示される。


「ごめんなさいリルちゃん。私、勝ちに行きますから!」


 第5世代機を使わせて貰うと宣言しておきながら、ナツコは軽対空機〈ヘッダーン4・アローズ〉を選択した。

 リルが使ってくるのは飛行偵察機。軽量・高速で飛行可能な機体だ。飛行状態の相手に対しては、対空機が無類の強さを誇る。軽量な相手なら重砲の類いも機関砲もいらない。

 手数重視の7.7ミリ連装機銃と、射程と連射速度を両立した12.7ミリ機銃をメインに、対空マイクロミサイルと滞空機雷を補助装備として選択。


「対空レーダー良し。火器管制システム良し。これなら負けません!」


 装備選択を終えたナツコは出撃準備完了を選択。

 リルも既に装備選択を終えていたらしく、市街地マップのランダムな位置に移動する。

 10秒間の状況把握時間を使ってマップと周囲状況を確認。

 市街地南側の低密度区画が開始点となった。見晴らしが良く、飛行偵察機を捉えるには良い立地だ。


 開始の合図と同時にナツコは駆け出して、市街地中央方面へ球形索敵ユニットを投擲。

 ある程度数を撒くと引き返して、低密度区画にある、1階建ての商店の屋上に立って対空レーダーを起動。


「これでよし。あとはリルちゃんがかかるのを待つだけ」


 相手が飛んでくればレーダーがあっという間に捉え、それと連動した火器管制によって斉射が行われる。

 それでもリルはある程度距離があれば回避してしまうので、射撃に関しては火器管制頼り切りではなくマニュアルで微調整する必要がある。

 武装状態をチェックしながら待機するナツコだったが、突然アラートが表示された。

 側面から敵機接近。機体のカメラによってリルの姿が捉えられた。

 レーダーに反応が無かったためナツコは驚きながらも、即座に反応し横っ飛びしながら7.7ミリ機銃を側面へ向ける。


「――あれ?」


 そこに居たのは、見慣れた機体。いつもタマキが装備している指揮官機〈C19〉だった。

 〈C19〉を装備したリルは20ミリ狙撃砲を構えている。

 これはまずいと理解したナツコは、緊急後退をかけつつ12.7ミリ機銃を構える。防御力の高い指揮官機相手には、7.7ミリ機銃では威嚇にしかならない。


 敵機位置、移動速度、保有エネルギー、そして12.7ミリ機銃の弾道特性から照準を計算。マニュアル操作で照準を合わせると、仮想トリガーに指をかけ、一気に引き抜いた。


 機銃が火を噴き、1発の弾丸が放たれる。

 しかしそれがリルへ到達するより早く、向こうから飛んできた20ミリ機関砲弾が、ナツコの頭部に直撃した。


「――即死。うぅ、早いよリルちゃん」


 スタート地点に強制移動させられたナツコは被弾ログを見て頭を垂れる。

 しかし傍らに移動してきたリルを見て、気持ちを切り替え抗議を行った。


「なんでリルちゃんが指揮官機装備してるんですか! 普段使う機体で訓練すべきって言ったのはリルちゃんです!」

「だったらなんであんたは対空機持ち出してんのよ。あんたみたいなのが考える浅知恵なんて予想がつくのよ」

「うぅ。折角勝ちに行ったのに!」


 ネタが割れてしまえばナツコの敗因も明らかだった。

 リルは指揮官機にステルス機構を積み込んでいた。更に指揮官機には電波観測装置も積まれている。

 レーダーの発信位置、索敵ユニットの位置を把握した上で、ステルス機構を使ってレーダーを無力化し接近し、確実に当てられる距離から狙撃で決める。

 20ミリ狙撃砲を選択したのは、ナツコが重対空機を持ち出すことも考慮したのだろう。


 対してナツコはリルが飛行偵察機でくると考え、軽装甲機相手にしか通用しない7.7ミリ機銃を主武装に選択し、ひっそりと近づかれることを警戒もせずレーダーをつけっぱなしにしたまま待ち構え続けた。

 不意打ちで仕留められて当然だ。1発だけでも反撃出来たのが奇跡とも言えた。


「もう1戦! 次は負けません!」

「1回勝負っていったでしょ。大体弱すぎて練習相手にならないわ。サネルマにでも鍛えて貰ってから出直してきて」

「む、むう! 逃げる気ですね!」

「はいはい。あたしだって暇じゃ無いのよ」


 言うが早いか、リルはシミュレータの接続を切ってしまった。

 仕方なくナツコも接続終了して外に出て、もう1度リルを説得するがきっぱりと断られた。

 こうなった以上サネルマを探すしか無いとシミュレータルームから出ようとしたところ、何とそこへサネルマがやってきた。


「サネルマさん! ちょうど良いところに!」

「そう言ってくれると思いましたー。いやあ、トーコちゃんからナツコちゃんの訓練に付き合うように言われてね」

「そうだったんですか。トーコさん……」


 トーコはトーコなりに訓練を応援してくれるのだと知ってナツコは目頭が熱くなった。

 しかし今はそんなことをしている場合では無いと、サネルマに挑戦状を叩き付ける。


「あの! 私、模擬戦で皆さんに1勝するって目標を立てたんです! サネルマさんも、協力お願いします!」

「うんうん。そのために来たからね。ところで、さっきリルちゃんが出て行ったけど、結果はどうだったの?」

「それは……」


 情けない負け方をしたため言いにくかったが、それでも素直に結果を話し、その結末に至ったナツコなりの考察も述べる。


「そうだねえ。何も考えずにレーダー使ったら逆探知されて奇襲されるよね」

「まさかリルちゃんが指揮官機使ってくるとは思わなくて……。ちなみに、サネルマさんは……?」


 探りを入れるように尋ねると、サネルマは率直に答えてくれた。


「訓練だからね。ミーティア使わせて貰うよ」

「ミーティアですね! 絶対ですからね!」

「うん。それじゃあ試しに1戦やってみようか」

「はい! お願いします!」


 2人はシミュレータに入り、機体選択を開始する。

 ナツコはサネルマの言葉を信じて装備を策定。

 〈ヘッダーン4・ミーティア〉は中装機ベースの重対空機。

 重装機を撃破出来る火力と、突撃機とも渡り合える機動力、必要十分な装甲を兼ね備えた厄介な機体だ。

 万能機が相手な以上、こちらも万能機を使うしか無いと、〈ヘッダーン5・アサルト〉を選択。

 中装機を確実に撃破出来る25ミリ狙撃砲を主武装にしながらも、誘導兵器対策に右腕には12.7ミリ機銃を装備。その他汎用投射機に各種弾薬、索敵ユニットを積み込む。


「以外と普通の装備になってしまいました……。大丈夫、ですよね?」


 1対1の模擬戦である以上相談も出来ず、ナツコは不安を抱えながらもそのまま決定した。

 市街地マップへ移動し、10秒の状況把握時間を使って現在地と周辺マップを確認。

 開始の合図と共に、ナツコは滞空索敵ユニットをばらまきながら駆けだした――


          ◇    ◇    ◇


「あれ? 私、何が駄目だったんですかね……? 突撃機って、機動力では中装機に勝ってるはずですよね?」


 勇んで挑んだナツコだったが、予告通り〈ヘッダーン4・ミーティア〉を使ってきたサネルマに翻弄され、数回の攻撃で機動力を奪われ、それから煙幕射撃を受けて撃破された。


「うーん。機動力ではそうなんだけど、ナツコちゃんの問題としてはそこではなくてですね」

「え? 違うんです?」


 問いかけられたサネルマは、直接的にこんなことを言って良いのかと悩んだものの、彼女の成長のためだと決心して打ち明けた。


「ナツコちゃんの問題は、戦術判断能力の低さです」

「え、ええと……? それは、どうしたら、身につきますかね……?」

「お勉強、かな? ナツコちゃんの得意な計算みたいにはいかないと思うけど。でも、とりあえずやってみよう! 不肖サネルマ・ベリクヴィスト、ハツキ島婦女挺身隊副隊長として、出来る限りハツキ島流戦術眼を教授します!」

「ありがとうございます、サネルマさん! 私、一生懸命勉強します!」

「大変よろしい。では実践しながら進めていくからちゃんと着いてきて下さいね!」

「はい! 教官!」


 すっかり教官扱いされて嬉しくなったサネルマと、調子に乗せられたナツコは2人、昼食の時間まで目一杯使って戦況把握と、〈R3〉基本戦術の勉強を行った。


 アラームが鳴り、食堂への移動開始時刻となるとシミュレータが強制終了される。

 外に出たサネルマは、午前中の経験から導き出された事実を元に、最後に1つナツコへとアドバイスした。


「分かりました! 市街地マップ使うの止めましょう! もっと狭い、闘技場マップ使いましょう! それなら考えること少なくて済むので、ナツコちゃんの良いところが活かせると思うんです!」

「ありがとうございます、サネルマさん! 次からそうしてみます! ――あれ? もしかして私、諦められてます?」

「そ、そんなことないよ! でもあと数日で結果を出そうとなると難しいから、きっとこっちの方が良いよ!」

「そうですか? そうですよね! サネルマさんが言うならその通りです!」


 力押しで無理矢理納得させられたナツコは、戦術判断についてはきっぱりと諦めて、次からは闘技場マップでの短期決戦で模擬戦を行おうと決意した。

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