第154話 襲撃

レイタムリット基地を出発した輸送部隊は、海岸線を進みレインウェル地方に入ると、進路を北西にとって山間の道を進んだ。

 レインウェル地方に入ったあたりで雨が降り始め、雨脚はだんだんと強くなる。レインウェル基地北部にある台地地帯に到着するころには土砂降りとなった。


 警戒にはナツコとリルとサネルマが2人ずつ交代制であたっていた。今はナツコとリルが担当し、サネルマは休憩中。

 カリラは予備の運転手兼整備士として、トーコとユイは〈音止〉出撃待機のため車内に残っていた。


「デイン・ミッドフェルド基地を思い出しますね」

「あそこよかましだわ」


 赤黒い荒野に降る土砂降りの雨に、かつて雨天訓練を行ったデイン・ミッドフェルド基地を思い起こしたナツコであったが、リルはそっけなく返す。

 それにナツコも「言われてみればそうですね」と、当時の滝のような雨に比べればマシだと思うようになった。


「真面目に警戒しないと、後が怖いわよ」

「そうですね。集中しないと」


 警戒に意識を集中させようとするが、長いこと警戒塔にいたナツコの集中力は限界寸前だった。

 ただでさえ複数のことに集中するのは苦手なのに、視界の悪い雨の中、代わり映えしない荒野の警戒に当たっていたら神経も擦り切れる。

 彼女の場合、その精神的疲労は人一倍強く影響が出て、すっかり脳の感覚は鈍り、警戒はもっぱら装備している〈ヘッダーン5・アサルト〉に任せきりだった。


『サネルマさん、警戒塔へ。ナツコさんは交代して休んでください』


 疲れもピークといったところ、タマキから通信が入りナツコは喜んで返事をした。


「交代みたいです。お先に失礼しますね、リルちゃん!」

「はいはい。次の警戒までちゃんと休みなさいよ」


 まだ警戒塔に登ってそう時間のたたないリルは継続して警戒に当たる。

 交代を言い渡されたナツコは、〈ヘッダーン4・ミーティア〉を装備したサネルマがやってくると警戒を引き継いで昇降用リフトに乗った。


「お疲れ様」


 リフトで車内にはいったナツコはトーコとカリラに迎えられ、手際よく乾燥機をかけられ機体にかかった雨水が落とされる。

 機体自体は塩水につけようが錆びたりしないが、濡れたまま格納容器にしまうと臭いのもとになる。機体の保存状態にうるさいカリラは乾燥機の後にからぶきまでして水分を徹底的に排除すると、ナツコへと装着装置の使用を許可した。


「解除してよろしくてよ」

「ありがとうございます」


 機体管理についてはカリラに絶対的権限があるため、ナツコは許可を得られたことに礼すら言って装着装置へと入る。装備していた〈ヘッダーン5・アサルト〉が解除され格納容器へと収納されると、それは車内隅の〈R3〉保管庫にしまい込まれる。


「雨、強かったでしょ」

「はい。かなり降ってきましたね。このあたりは毎年こんな感じなんですか?」


 トーコの問いかけに答えたナツコは、彼女はレインウェルの気候については詳しいだろうと逆に尋ねる。


「この辺りはトトミ大山脈とトトミ霊山に囲われた台地でね。雪は山に阻まれるけど、冬のうちに数回だけ、こんな風に土砂降りの雨が降ったりするの」

「数回ってことは、今日は運が悪かったんですかね」

「そうなるかな。でも任務じゃ仕方がないよ」

「そうですよね。これも大切なお仕事ですよね」


 ハツキ島を取り戻すのに直接関係することのない任務ではあるが、誰かがやらなければならない任務だ。

 そう自分に言い聞かせてみたナツコだが、果たして本当にそうなのか疑問が芽生える。


「トトミ大山脈とトトミ霊山に囲われた台地ですよね? ここまで帝国軍が攻めてくることってありますかね?」

「私からは何も言えない」


 トーコは黙秘権を行使して口をつぐんだ。

 出立前、タマキが帝国軍による襲撃がある可能性について言及した以上、彼女の口からそれを否定するようなことは言えなかった。

 だというのにそんな空気を一切無視したカリラが答える。


「冬のトトミ霊山を超えることは不可能ですわ。統合軍が交通の要所であるレイタムリット基地を抑えている限り、ここまで帝国軍が攻めて来るようなことはありえないことでしてよ」

「そこまで断言できるものじゃないと思うけど」


 トーコは声小さくフォローするよう呟いたが、そんな言葉はナツコの耳には届かなかった。


「ということは、今回の任務で帝国軍に攻撃されることはあり得ないってことですね!!」

「あ……」


 喜びに満ちた表情でそう高らかに宣言するナツコ。

 それを聞いて、カリラも自分の意見を変えざるを得なかった。


 これまで、ナツコが絶対大丈夫だなどと口にした際に、大丈夫だったことは1度足りとてなかった。

 彼女のいる場所はことごとく戦場になる。絶対安全だったはずのハツキ島は降下艇の強襲を受け、断崖絶壁の海岸線を持つハイゼ・ブルーネ基地は強襲揚陸を敢行され、デイン・ミッドフェルド基地僻地の辺境拠点は〈ハーモニック〉の奇襲を受けた。


 このレインウェル基地北部の荒野はそれら以上に安全なはずだが、ナツコがこんな風に言い切ってしまうと途端に不安になる。

 カリラはしかめた顔のまま、ナツコの頬をつまんで引っ張った。


「そのような不用意な発言は慎んでくださいまし。どのような状況にあろうとも、敵が攻めてこないと言い切ることはできませんわよ」

「ふぇ、ふぁりらしゃん、しゃっきと言っへること違いはしぇん?」

「カリラが正しい。油断したら駄目だからね」

「ふぁかってますよー。なからふぁりらさん、もう許して」

「分かっていただければよろしいのですわ」


 解放されたナツコはひりひりと痛む頬をさする。絶対赤くなってると鏡を探すと、トーコが手鏡を差し出した。


「あ、ありがとうございます。やっぱり赤くなってる! もー、カリラさん! もっと優しくつねってくださいよ!」

「前より可愛げのある顔になりましたわ」

「バカにしてますね! あ、でも可愛く見えます? どうですトーコさん」


 尋ねるナツコに対して2人はあきれて肩をすくめた。

 そんなやり取りを見ていたユイが、外野から声をかける。


「油断してるのはどこのどいつだか。体調は万全なんだろうな」

「車酔いで寝込んでる人にそんなこと言われたくない」


 誰とは言わなかったが明らかにトーコに向けられた言葉に、彼女はつんとした態度で答える。

 ユイは長い車移動にすっかり車酔いを起こし、座席に毛布を引いてぐったりと横になっていた。


「あたしゃ非戦闘員だからいいんだ」

「いいわけないでしょ。〈音止〉は直ぐ動かせるでしょうね」

「誰に向かって口をきいてる。機体の準備は万全だ。だから間抜けなパイロットを心配している」


 トーコは嫌悪感むき出しでユイを睨む。

 2人の喧嘩を止めようと、ナツコは間に割って入った。


「もう! 駄目ですよ、喧嘩は!」

「私はそんなつもりないけど」


 向こうが悪いと視線を向けるトーコ。

 だがトーコも、ユイに対して何を言ったところで無駄だと理解していたので「分かった分かった」と、車内電話をとってタマキへと繋ぐ。


「すいません隊長。汎用機のテストしてよろしいですか? 何事も無いとは思いますが、念のため。――はい、ありがとうございます」


 無事に使用許可を得たトーコは、汎用機の格納容器を引っ張り出してくると装着装置にセットした。

 トーコが話を聞き入れてくれたのでナツコは次にユイへと謝るよう説得に赴いたのだが、まるで話にならず、なじられるばかりで得るものはなく終わった。


          ◇    ◇    ◇


 警戒塔に立つサネルマとリル。

 リルは目視で、サネルマは機体の観測装置を使って警戒にあたっていたが、雨脚は強くなる一方で、視界はいよいよ前を進む捕虜輸送車両の姿を捉えられないくらいに狭くなった。


「こちら警戒塔。天候不良につき輸送車両目視困難」

『了解。少し待って』


 リルがタマキへと報告を入れると、しばらくしてからイスラから隊員宛に通信が飛ぶ。


『こちら運転手。輸送車両との距離を詰める。ちょっと揺れるぞ。特にリルちゃんは振り落とされないようにちゃんとつかまるように』


 リルはイスラの軽口を無視した。通信機からはタマキがふざけた発言を注意する声が小さく聞こえていたので、ここで反撃に出れば自分も同罪になってしまう。それに、イスラのつまらない挑発に乗ってやるほど余裕も無かった。

 雨天の警戒任務は心身共に酷く疲れる。

 それをたった3人でローテーションしていれば疲労も蓄積してしまう。

 リルは基地に残してきた、疲れ知らずで索敵レーダー以上の働きをする隊員がこの場に居てくれれば良かったと願うものの、居ないのだから仕方が無い。

 僻地の索敵任務だから手を抜こうとすればいくらでも出来たのだが、それを彼女は許さなかった。

 偵察機乗りであるリルは部隊の目だ。どんな状況でも、敵を真っ先に発見出来なければいけない。

 どんなに疲れても、気を張って警戒を続けていた彼女の目は、遂にそこに存在するはずの無い違和感を見つけた。


「左。10時方向に何か見えた」

「隊長さん、指向性レーダー使います」


 飛び込んだ報告に対するタマキの反応は早かった。即座に輸送本隊へ警戒レベルの引き上げを通達すると、指向性レーダー使用許可と、車内待機する隊員へ警告を発する。


「ミーティア、警戒システム全力稼働。射撃管制レーダー指向――反応検知。所属不明機。重装機? 装甲騎兵? 機種判別不能。距離800メートル。」

『全機出撃――』

「攻撃検知!!!!」


 サネルマが警告を発すると同時に、リルは所属不明機による発火炎を確認した。

 装甲車両の緊急ブレーキが踏み込まれ、衝撃でリルは警戒塔から投げ出される。サネルマが助けようと手を伸ばすが、彼女はそれを拒んだ。


「このまま飛ぶ!」


 所属不明機による攻撃が着弾。榴弾が装甲車両前輪の直前で爆ぜ、タイヤを破損した車両は荒野の段差を越えられず、衝撃を受け停止した。


『っ――全員無事? 動けるものは緊急出撃! これより所属不明機を敵と判断! ――まずい。前方より更に敵機。誘導車両が攻撃を受けています。〈音止〉起動を急いで!』


 安否確認にツバキ小隊は全員答えた。

 車両は行動不能になったが、隊員は無事。車内の〈R3〉も無事だった。出撃準備を整えていたナツコが装着装置に飛び乗り、重装機装備のカリラももう1機の装着装置へと飛び乗った。

 〈音止〉の起動も迅速に行われる。トーコが汎用機の着用テスト中だったことが幸いした。彼女は急停止で床を転がっていたユイを拾い上げると、素早く車両から飛び出して〈音止〉のコクピットへ乗り込む。


『出撃コード発行。これよりツバキは輸送隊を襲撃する敵と交戦。あくまでも目的は車両護衛です。深追いはせず、捕虜輸送車の安全を優先して下さい』


 統合軍勢力圏内の護衛任務だったはずが、ツバキ小隊は正体不明の敵との戦闘に巻き込まれていた。


          ◇    ◇    ◇


 タマキは停止した車両の放棄を宣言して、イスラと共に車両後部へと向かいながら指示を出す。


「ツバキ7、飛行中ですね? そのまま敵機の姿を確認できますか?」

『問題無い。もう少しで見える――確認。機種判別不能。重装機よりでかいわ。何よこいつ』


 リルによって捉えられた敵機の情報は直ぐに共有された。

 重装機より2まわりも大きく、100ミリ級の主砲を装備した〈R3〉。それは見た目からも、コアユニット周波数からも機種判別が出来ない、統合軍のデータベースには存在しない機体だった。

 タマキは同伴しているイスラへと士官用端末を向けた。


「分かりますか?」

「超重装機だが機種名までは。こういうのはカリラに見せれば1発で分かる」

「ツバキ5、機種判別をお願いします」


 重装機〈サリッサ.MkⅡ〉を装備し終えたカリラは、機体が受信した画像データとコアユニット周波数を見た途端、素っ頓狂な声を上げた。


「〈アヴェンジャー〉ですわ!!!! 試作された超重装機の中でも最強に変態な機体です! 歴史的価値のある保存すべき機体です! これは生け捕りにすべきですわ!!!!」

「判断はこちらがします。機体概要を説明して」


 カリラはそばかすの浮いた顔を紅潮させ、興奮した面持ちで答える。


「装甲騎兵と同等の主砲装備を目的に設計された、重装機を越える〈R3〉――超重装機のうちの1つですわ。超重装機は設計が行われた全てが失敗に終わっている、そもそもの構想が間違っている機体でして、どの機体にも致命的な欠陥があるのが特徴ですわ」

「よろしい。〈アヴェンジャー〉の致命的な欠陥は?」

「この機体は乗員保護を犠牲にしています。装備しただけで肉体が軋み、移動すると骨が砕け、主砲を撃とうものなら腕が引きちぎれますわ! それ以外にも致命的ではない欠陥が多数あったものの実機試作が行われ、当然欠陥機であったことから闇に葬られた悲しき機体ですの。正しく保護して次の世代に引き継ぐべきですわ」

「現に敵はこちらに攻撃を加えています。ツバキ7、敵機乗員に負傷している様子は確認できますか」


 タマキの問いかけに、〈アヴェンジャー〉後方を低空飛行していたリルが答える。


『問題なく動いてるわよ! 主砲こちらに指向中! 武装確認、右腕100ミリ、左腕76ミリ。レーダー照射は受けてない。動作はとろいわ。後ろとり続ければ一方的に攻撃可能よ』

「よろしい。――言ってることが違うようですが」


 装着装置まで到達したタマキは出撃前のカリラに直接尋ねた。だがカリラは気味悪い笑みとよだれを垂らしながら答える。


「尚のこと回収する必要がありますわ。きっとこの場に現れてくれたのもわたくしにコレクションされるためですわ!」

「バカなことを言ってないで作戦に集中して下さい。ともかく〈アヴェンジャー〉を足止めして。機動力皆無なら、複数で囲めば問題ありませんね?」

「ええ。全方位に対応できるような機体ではありませんから、射線から逃れつつ背後から首筋なりコア排熱口なり狙えば――可能ならばコアは攻撃したくないですけれど」

「輸送隊の護衛が最優先です。直ぐ出撃して出撃中の2人と合流。あなたの知識を活かして迅速に撃破して下さい。早くすむのなら機体をどうしようが構いません」

「かしこまりましたわ! あの機体は何としてでも回収しますわ!」


 回収許可を得たカリラは興奮した面持ちのまま、先行したナツコを追いかけるように車両から飛び出していった。

 不安は残ったが、タマキには輸送車両を護衛する使命がある。そちらにばかり構っていられないと、〈C19〉がセットされた装着装置に飛び乗った。

 装備をしながらも、隊員へと指示を出していく。


『ツバキ2、5,6,7。4人で所属不明〈アヴェンジャー〉を抑えて。可能ならば撃破。少なくとも輸送車両へはこれ以上近づけさせないで。

 ツバキ8。〈音止〉起動次第先行して輸送本隊と合流して。襲撃中の敵を殲滅。可能ならば敵指揮官を生きたまま捉えて」


 隊員たちは指示に了解を返す。

 1人指示のもらえなかったイスラは、〈空風〉の格納容器をタマキが使っていた装着装置へ接続すると尋ねる。


「で、あたしは何すりゃいいんだ? 居残りしてこの車両守るか?」

「空の車両を守る必要も無いでしょう。あなたは隊長護衛について頂きます」

「そりゃ光栄だ」

「直ぐ機体装備して。わたしは先に輸送本隊の元へ向かいます」

「ああ、あっという間に追いつくよ。〈空風〉は宇宙最速の機体だからな」


 機体装備を終えたタマキが装着装置からでると、入れ替わりでイスラが入る。

 タマキは車両から飛び出すと、既に移動開始していた〈音止〉を追いかけるように輸送本隊を目指した。


 その後に車両から飛び出したイスラは、ブースターを使って急加速をかけると統合軍部隊と連絡を取り合っていたタマキへと追いつく。


「ツバキ4。隊長護衛にあたります」

「よろしい。誘導車は既に落ちてます。輸送車両は交戦中ですが敵側優勢。このまま救援に向かいます」

「了解」

「敵がこれだけとは限りません。くれぐれも周囲への警戒を怠らないで――右側敵機!」


 〈C19〉の索敵レーダーが、2人へと接近する敵機の姿を捉えた。

 タマキは左へ機体を振りながら主武装の12.7ミリ機銃を右側へ向ける。


「速い――高機動機!! 単機よ!」

「おう! 〈空風〉に挑んだことを後悔させてやる!」


 イスラは右手にショットガンを構え、左手に高周波振動ブレードを持つと、タマキをかばうよう敵の侵入ルートへと躍り出た。


「コアユニット周波数確認――判別不能――でもこれは」


 敵機のコアユニット周波数情報は統合軍のデータベースに存在しなかった。だがその周波数を、タマキは嫌と言うほどよく知っていた。


「構うもんか。相手が高機動機なら〈空風〉が負けることは無い!」


 イスラはブースターに再点火し、加速すると接近する敵機方向へと邁進する。

 視界の悪い降雨の中、相対距離50メートルまで接近すると構えたショットガンを放つ。飛び出したグレネード弾を敵機はくぐるように躱して、そのまま速度を落とさずイスラへ迫る。


「接近戦を挑むとは命知らずな奴め!」


 〈空風〉の安全装置が解除され、コアユニットが限界出力で稼働開始。

 制御不可能とされた速度まで一気に加速すると、敵機とすれ違いざまにスラスターによる空中制動で左へ機体を逸らしショットガンを構える。


 その目前に振るわれた敵機の武器。鉛色をした幅広の剣が、刀身を複数に分割し、蛇のような軌道でイスラに襲いかかる。


「チェーンブレードか!」


 複雑な軌道を描く攻撃。

 鎖で繋がれた金属片は回避先を先読みするよう襲いかかった。

 イスラはミリ秒単位でのスラスター制動をかけ攻撃をかいくぐる。チェーンブレードが引き戻された瞬間攻撃に転じるが、敵機はチェーンブレード収縮の際に発生する応力すら利用して空中制動をかけると、一分の隙も無く右腕を突き出す。


 咄嗟にイスラは左腕の爆発反応装甲で受けた。

 パンチの衝撃に反応し装甲内側の爆弾が起爆。されどそれと全く同時のタイミングで、敵機の右腕が爆ぜた。

 ――炸薬式アームインパクト。

 炸薬によって拳から衝撃を伝達させる、超古典的近接武器。

 それははじき飛ばされるはずだった装甲をその場に固定。爆発の衝撃は周辺に散り、砕け散った周辺装甲は敵機を捉えること無く、押し返された衝撃がイスラの左手を襲う。


「くそっ」


 骨のきしむ感覚に表情をゆがめたが、痛みを気にしていられる状況でもなかった。

 敵機は攻撃の反作用によって空中で攻撃体勢を整え、左手に持つチェーンブレードを振りかぶっていた。


「まずい――」


 銃声が雨粒を払う。

 敵機は咄嗟にスラスターを起動し後退。飛来した銃弾を紙一重で避ける。


「無事ですか」

「ああ助かった。護衛のはずだったんだが、あんたに助けられちまった」


 タマキが銃口を敵へ向けつつ駆けつけた。

 イスラは損傷したままの爆発反応装甲を強制脱離させて、敵機を睨む。


「化け物だぞあいつ。――それに」


 2人の前に立ちふさがったのは、極限まで軽量化された基礎フレームに、高出力コアユニットを背負う高機動機。

 その機体は、イスラが誰よりもよく知っていた。


「〈空風〉か」


 〈空風〉は宇宙最速を目的として設計され、実際にそれは達成された。

 だが速度のために他のほぼ全てを犠牲にした結果、統合政府の定める工業規格と安全規格と製造規格に通らなかった。

 それでもこの狂った機体は、設計者たちによって秘密裏に12機だけ製造された。

 イスラが装備する機体はそのうちの12機目。イスラとカリラの父が〈空風〉設計に携わったため譲り受けた機体だ。肩には製造番号として、誇らしげに12の刻印が刻まれていた。


 目の前に出現した所属不明機は、その〈空風〉を装備していた。

 肩に刻まれた製造番号は13。宇宙中の何処にも存在するはずの無い機体だった。


「本物か? それとも外見だけ見繕った偽物か――」


 口にはしたが、イスラ自身が一番良く分かっていた。

 今の機動能力は、〈空風〉でなければ為しえない。

 そして敵はイスラ以上に〈空風〉を使いこなしている。


 積載した武装は、右手の炸薬式アームインパクト、左手のチェーンブレード、腰に下げたハンドアクス。残りは移動用ワイヤと制動用アンカースパイク程度。

 拳銃も個人防衛火器も持たない近接武装のみの構成。

 常識ではありえない装備だが、敵はそれでも戦いうる驚異的な戦闘能力を見せつけていた。


 敵機はアームインパクトの薬莢を排出すると、次弾を装填。

 2人の姿を覗うように、その場で立ち止まった。


「どうやら敵さんの目的はあたしらを輸送車両の元へ向かわせないことらしい」

「わたしたちの目的は輸送車両との合流です」

「だよな。トーコちゃん呼び戻すかい?」


 弱気になっているイスラをタマキは叱咤する。


「バカおっしゃい。〈空風〉は宇宙最速の機体なのでしょう。さっさと突破しますよ」

「ま、そうなるよな。了解」

「援護します。わたしのことは気にせず好きに戦いなさい。これまで散々大口叩いておいて、この程度の敵に勝てないだなんて認めませんよ」

「あんたにそこまで言われちゃ、やらないわけにはいかねえな。後ろは任せるぜ、タマちゃん」

「ええ、任せなさい」


 一瞬だけ視線を合わせた2人は頷きあって、敵〈空風〉へと攻撃を開始した。


         ◇    ◇    ◇


「後ろ、まずい事になってるみたい」

「お前はお前のやるべき事にしゅう――」


 言葉の途中でユイは限界を迎えたらしく、最新型エマージェンシーパックへと胃の中のものを吐き出した。


「いつにも増して早くない?」

「これはっ――車酔いの分だ」

「吐き終わってから喋ってよ。別に毎回吐いてくれなくっても構わないからね」

「うるさい。お前はお前のやるべき事に集中しろ」

「それはさっき聞いた。――輸送車両発見。既に敵に奪われてるみたい。攻撃許可を――隊長?」


 タマキからの応答が無いためトーコは計器を確認。

 敵による通信妨害がかかっていた。妨害周波数の特定は既に進んでいて、通信再開までは30秒と予想。


「通信妨害受けてるなら報告してよ、後部座席の人」

「今は取り込み中だ」


 ユイはもう一度嘔吐して、それから口をぬぐって周辺状況を確認。

 トーコは右腕88ミリ砲へと対装甲榴弾の装填を行う。


「緊急事態だし自己判断で撃っていいよね?」

「あたしに聞くな。それより、おぇ」

「それより何?」


 吐いていたユイだが、緊急事態だったので吐くものもなかばに続ける。


「敵機接近中」

「そ。どっちから?」


 トーコはそれに対してはあまり興味も無かった。

 既に輸送車両が敵に奪われている以上、付近から攻撃を受けるのは想定済みだ。

 だがユイの次の言葉にはトーコも動転して、機体を緊急停止させた。


「正面。〈ハーモニック〉」

「嘘でしょ」


 緊急停止した〈音止〉目前に90ミリ砲弾が着弾。前を進む輸送車両の上を飛び越えて、〈ハーモニック〉が姿を現した。

 帝国軍の最新鋭7メートル級2脚人型装甲騎兵。

 機体スペックは高水準でバランスされており、振動障壁という空気振動による防御機構を備えた、統合軍にとって恐るべき敵だ。


 目の前に現れた機体に、トーコは目を疑い、呼吸が一瞬止まった。

 振動障壁が陽炎の如く揺らめき、降り注ぐ雨粒すらはじき飛ばす。

 その揺らぎの向こうに映る姿は、両の目だけが白く輝く、漆黒に塗装された〈ハーモニック〉。

 それはハイゼ・ブルーネ基地で戦い敗北した、黒い〈ハーモニック〉だった。


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