第153話 捕虜後送護衛任務

 レイタムリット基地に滞在するツバキ小隊の主目的は、フィーリュシカの治療と、対ブレインオーダー用戦闘プログラムの作成であった。

 基地で過ごすこと1週間。ようやくその目的の1つ。戦闘プログラムの作成が完了し、作成元は秘匿されたまま統合軍技術研究部へと送信された。

 もう1つの目的であるフィーリュシカの治療についても順調すぎるほど順調で、当初全治3週間と告知されていた怪我は1週間でほぼ完治し、担当医すらその治癒能力に驚愕していた。

 それでもタマキはフィーリュシカの退院を認めるつもりはなく、経過観察の後担当医の許可が出るまで現状維持を言い渡した。


 もうしばらくレイタムリット基地に留まることになったツバキ小隊。主要基地の1つであるレイタムリットは各種施設が整っており、カサネの独立大隊所属となったため施設利用について通常の統合軍部隊と区別されることはなかった。

 複数師団が駐留可能な都市圏を持つ基地であるレイタムリットは、無いものは宇宙港くらいのもので、各種娯楽施設も充実している。

 それは息抜きには素晴らしいものではあるが、タマキにとっては悩みの種でもあった。


 小規模部隊の指揮官にとって最大の仕事は部下を暇にさせないことだ。だがこの環境でそれを遂行するのは極めて困難だった。

 訓練メニューを組み、基地内で発生する雑用を押し付け、なんとか時間を使わせてはみたが、宿舎から出て直ぐの所には娯楽施設が建ち並んでいる。ほんの少しの自由時間を使って、彼女らはショッピングに奔走し、宗教活動に走り、酒場に出入りし、時には賭け事に手を出す。


 このままではいけないと、次の雑用をもらいに行こうとタマキがカサネへと連絡をつけようとしたおり、それを計ったようなタイミングで、大隊長付き副官であるテレーズ・ルビニ少尉から連絡が入った。


 テレーズからの呼び出しに応じたタマキはカサネの執務室へと赴く。今日は妹としてではなくツバキ小隊隊長として呼び出されたので、正しい手順を踏んで入室した。

 室内には執務机の元に座るカサネと、その横に立つテレーズの2人。


「第401独立遊撃大隊所属、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊付き統合軍監察官タマキ・ニシ。要請に応じて出頭いたしました」

「ご足労どうも。中尉」


 同席者が居るとは言え、カサネのシスコン具合をよくよく理解しているテレーズの前ならばかしこまる必要もないのだろうが、タマキは必要以上に格式張った挨拶をして、カサネもそれに応じた。


「早速だが、レインウェル基地の北に新しく捕虜収容所が建築されたことは知っているか?」

「はい。レインウェル台地の荒野でしたね」


 タマキは先日の作戦にて帝国軍兵士25名を捕虜としていた。その時捕虜の扱いについて、レイタムリット基地にて拘留後、他の捕虜と合わせて新築される捕虜収容所へ後送されるという情報を得ていた。

 問題はその先。

 わざわざ捕虜収容所について確認するからにはそれに絡む任務であり、後送の予定があったことからその内容は明らかであった。


「捕虜の後送でしょうか?」

「ああ。統合軍部隊が捕虜を後送する。ツバキ小隊にはその護衛にあたって頂きたい、と言うのが上層部からの指示だ」

「了解しました」


 命令に答えてから、タマキはどうも面倒なことに巻き込まれたなと、ほんの少しだけ表情を曇らせた。

 捕虜後送の護衛というのは、暇をしているツバキ小隊にはうってつけの雑用だ。

 陸橋爆破と異なり移動ルートは全て統合軍勢力圏内。後送ではなく護衛任務なら、面倒な捕虜の相手をしなくてすむ。これ以上楽な仕事もないだろう。


 だがそれを補って余るほど、カサネの言い回しは不安を募らせた。

 これはカサネからの指示ではない。上層部からの指示だ。そして、ツバキ小隊に対して大隊長を飛ばして直接指示を出せるのは、トトミ星系総司令官コゼット・ムニエ大将だけだ。


 だが総司令官がわざわざツバキ小隊に対して捕虜後送の護衛をしろというのはどう考えてもおかしい。

 コゼットは娘のリルが所属しているツバキ小隊を気にかけているが、だからといって余りに暇にならないよう仕事を与えたりするはずがない。

 考えられるのは、リルに危険が及ばないよう安全な任務を与えている可能性。

 だがその線も怪しい。それならカサネへとツバキ小隊を前線に出さないように言いつけておけばいいだけだ。参加する作戦まで総司令官が指定する理由にはならない。


「出立は本日正午。後送ルートは強い降雨が予想されている。十分注意するように」

「了解。直ちに準備に取りかかります。――ところで後送担当の部隊はどちらですか?」


 確認するようにタマキが尋ねると、カサネは事実だけを答える。


「アイレーン出身の輸送科部隊だ」

「回答ありがとうございます。もう1つよろしいですか?」

「どうぞ」


 許可を得られたタマキは、装備について要求を出した。


「ツバキ小隊の所有する車両は輸送護衛に向きません。車両を貸し出して頂きたい。可能ならば、装甲騎兵輸送車両も」

「分かった、手配しよう。大隊駐車場へまわしておく」

「感謝します。では、失礼します」


 タマキは1礼し、カサネの執務室を後にした。

 執務室の扉が閉まりきると、テレーズが小さく告げる。


「こちらの後方支援分隊を同伴させましょうか?」


 カサネはしばらく悩んだが、結局その提案は断った。


「いや、やめておこう。本来何の問題もないはずの任務だ。

 確かに妙な指示ではあるが、義勇軍の指揮権を司令閣下も持っているのだから越権行為ではない。

 それに手持ち部隊の護衛に、娘の所属部隊を指名することは考えられなくもない。

 念のため機動車両だけ準備を進めてくれ」

「了解しました。救援要請には直ちに応えられるよう待機させます。自分も補助につきます」

「悪いな、頼む」

「いえ、お構いなく。自分は大隊長の副官ですから」


 テレーズは短く礼をすると、執務室を後にして大隊司令部へと向かった。

 残されたカサネは捕虜後送ルートの表示された地図を睨んで、何事も起こらないようにと祈った。


          ◇    ◇    ◇


 自主訓練を命じられていたツバキ小隊だが、各員の個人用端末が一斉にアラームを鳴らし、招集を受けた彼女たちはフィーリュシカの病室へと集まった。

 既にフィーリュシカの怪我は完治同然であったが、彼女は言いつけを守ってベッドの上でじっとしていた。

 そのまわりに隊員が集まると、遅れてタマキが入室する。


「全員居ますね。ユイさんは――居ますね。失礼」


 いつも招集に対して無視を決め込むことの多いユイだったが、今日はしっかりと出頭していた。あまりに小さいものだから点滴の影に隠れて見えなかった彼女に対してタマキは謝罪する。返すように彼女は「来たくは無かったがトーコに連れてこられた」と愚痴を漏らした。


「ともかく、集まって頂いたのは他でもありません。ツバキ小隊に次の司令が下されました。

 ツバキ小隊は本日正午より実施される、レインウェル基地北方、捕虜収容所への捕虜後送の護衛につきます」

「ありゃ、今度はまた地味な任務だな」


 不用意な発言をしたイスラを、タマキは咳払いして黙らせると続ける。


「統合軍勢力圏内での輸送護衛なので危険度は高くありませんが、帝国軍が捕虜の奪還を目指し襲撃を仕掛ける可能性は十分にあります。くれぐれも油断せず、万全の態勢で任務につくように。

 大隊から装甲車両と、牽引式の装甲騎兵輸送車両が貸与されます。〈音止〉と〈R3〉の移動準備を進めて下さい」


 正式な指示に、ツバキ小隊は敬礼して応える。

 だがタマキは、同じように敬礼したフィーリュシカへと居残りを命じる。


「あなたはここで大人しくしているように」

「承知した」


 命令に対して2つ返事で答えた彼女は、ベッドから下りようとするのを止め、元のように置物のようにその場で動かなくなった。


「フィーちゃん、行ってきますね!」


 ナツコが別れの挨拶をするとフィーリュシカは小さく頷いて、それからサネルマの方へと視線を向けた。


「副隊長殿」

「はい? なんでしょう」

「ナツコを頼みます」


 それを聞いたサネルマは微笑んで、大きく胸を張って答えた。


「はい、お任せ下さい! 不肖、サネルマ・ベリクヴィスト。フィーちゃんに変わってナツコちゃんをお守りします!」


 フィーリュシカは感情薄く頷いて返す。


「ええと、それではサネルマさん、よろしくお願いしますね」

「はい。護衛任務、頑張りましょう!」


 ナツコとサネルマはすっかりその気になっていたが、勝手に話を進められているタマキはため息と共に告げる。


「編成を決めるのはわたしですのでお間違いなく。それと、既に指示は出しています。直ぐ準備に取りかかるように」


 急かされた2人は頷くと、罰をくらっては大変だと慌てて病室から飛び出していった。


「全く。あの人達はもう……。重ねて言いますけれどフィーさん。ここで大人しくしていて下さいね」

「承知した」

「大変よろしい。何事も無ければ今日中には戻ってきます。退院の判断はそれから行いましょう」


 フィーリュシカはこくりと頷き、それを見たタマキは病室から退室した。


          ◇    ◇    ◇


 ツバキ小隊は各員の〈R3〉格納容器を運搬し、カサネによって準備された装甲車両へと積み込む。

 イスラがしれっと〈空風〉を持ち込むと、タマキは事前に指示を出しておくべきだったと後悔はしたものの、輸送護衛に偵察機〈P204〉を持って行っても高機動機よりマシ程度だろうと判断し、「今回きり」と言いつけて許可を出した。


 車両に牽引される形で装甲騎兵輸送車が接続され、対装甲騎兵装備を施した〈音止〉が積み込まれる。

 勢力圏内での輸送においては過剰戦力ではあったが、輸送本隊からは何のお咎めも無く、装備については一任するとすら返答を受けた。


 対ブレインオーダー用戦闘プログラムの作成を完了したユイも今回は作戦参加し、フィーリュシカを除く8人が機体の最終確認を終えると車両前に整列した。

 その前に立ったタマキは、ツバキ小隊へと出撃指示を出す。


「これより、レインウェル新捕虜収容所へ向かう輸送隊の護衛につきます。わたしたちは車列最後尾の担当です。道中、激しい降雨が予想されています。くれぐれも注意散漫になるようなことがないように。

 イスラさん、運転はあなたが。サネルマさん、ナツコさん、2人は戦闘状態で警戒塔に。残りは車内で出撃待機。

 まずはレイタムリット基地西部第1搬出路にて、統合軍輸送部隊と合流します。

 ツバキ小隊、作戦開始!」


 指示を受け、ツバキ小隊は装甲車両へと乗り込んだ。

 戦闘状態の2人が警戒塔に上がると、車両は移動開始する。

 レイタムリット基地はどんよりと曇っていた。向かう先、北西方向は黒雲が広がり、時折稲光が瞬く。


 基地出口にて統合軍輸送部隊と合流したツバキ小隊の車両は、その最後尾につき警戒に当たる。

 捕虜収容所への、輸送護衛任務が開始された。

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