第151話 魔女討伐の終結

 魔女との戦闘によって右腕に怪我を負ったフィーリュシカは、手術後、大隊司令部近くの医務室を借り切ってそこへ隔離された。

 手術自体は問題無く、再生組織と修復促進を用いれば3週間で完治可能との診断が下されていたが、魔女という特異な存在を単独撃破した彼女はしばらく人の目につかない場所に置いておく必要があった。


 フィーリュシカは指示されたとおり、ベッドの上で置物のようにじっとして、天井でも壁でもない何処かを見つめたまま微動だにしなかった。

 そんな医務室の扉が2つ叩かれると、タマキとユイが入室した。

 フィーリュシカは言いつけを守ってベッドから下りず、その場でタマキへと会釈する。


「じっとしていてくれて結構。怪我人でしょう」

「手術は完了した。明日には復帰可能」

「医者の許可が得られるまではここから出しません」


 今すぐにでも職務に戻ると言い出しかねないフィーリュシカを制して、タマキはベッド脇の椅子に腰掛けた。

 1つしかない椅子をとられたユイは不満そうにしていたが、ややあってベッドへと座った。


「ブレインオーダー計画について調べました。遺伝子合成と脳化学的手法による完璧な兵士の製造、ですか」


 カサネがまとめた資料が表示された士官用端末を、タマキはフィーリュシカへと示した。

 それを見た彼女は頷く。


「そう。かつてそういう計画があった」

「そのようですね。問題は今回出現した魔女が、このブレインオーダーに該当するのかどうかです。フィーさん、あなたの見解を聞かせて下さい」


 フィーリュシカは1通り資料に目を通してから答える。


「間違いなく魔女はブレインオーダーとして製造された兵士。

 ただその完成度は高くない。あの個体の脳に書き込まれた情報は、統計学的に算出された統合軍兵士に対して有効な攻撃・防御手段と、戦闘において死ににくい兵士のデータに過ぎない。

 統計から外れた事象に対応する能力は低く、それは優秀な帝国軍兵士よりやや高いレベル程度」


 説明にタマキは頷いて尋ねた。


「対策はありますか?」

「統合軍の運用機体に対して、制御プログラム書き換えを実施すればいい。回避プログラムを変更すればブレインオーダーの攻撃は必中ではなくなる。火器管制制御プログラムを変更すればこちらの攻撃も命中する」

「なるほど。プログラム作成は技研に任せても構いませんか?」

「ブレインオーダーの持つ統計情報に対応する修正が必要。だが自分にプログラム作成能力はない」


 フィーリュシカは言葉を句切ると、無感情な瞳をユイへと向けた。

 ユイはこれ見よがしに嫌がったが、結局頷いた。


「1週間よこせ」

「事は急を要します。3日で何とかなりませんか?」

「寝ぼけたことを言うな。いいかタマキ、あたしが1週間と言ったら1週間だ。譲歩の余地はない」


 きっぱり断られたタマキは仕方なくそれを受け入れた。

 ユイの口の利き方は気にくわなかったが、それでもいつの間にかタマキのことをお嬢ちゃんとは呼ばなくなっていた。

 ユイなりに気を遣うようになったのか、それともタマキの成長を認めてくれたのか分からないが、それはタマキにとってはいい傾向だった。


「いいでしょう。あなたに一任します。プログラムが完成次第連絡を」

「先に言っておくがプログラムの出所を余所で話すなよ」

「あなたの秘密主義は理解しているつもりです。それより、ブレインオーダーが未完成とは言え、優秀な兵士が量産されるのは気がかりですね。脳に直接戦闘データを書き込むと言うことは、訓練も必要無いのでしょう?」


 問いに対してユイは認めるように頷いたが、心配には及ばないと付け加える。


「ブレインオーダーの製造は安くない。それに遺伝子合成と成長促進を使っても成体の育成には時間がかかる」

「まるで造ったことがあるみたいに詳しいですね」


 タマキの何気ない言葉に、ユイは息を止め視線を逸らした。

 そんな些細な行動をタマキは見逃さなかった。


「まさか本当に造ったことがあるのですか?」

「下らん詮索はやめろ」

「あなたは造っていないなら造ってないとはっきり言うはずです」

「だからバカと話すのは嫌いだ」


 ユイはこれ以上何も話すつもりはないと口をつぐんだ。

 追求したいが、タマキにはそれが出来ない。今彼女の機嫌を損ねてしまえば、対ブレインオーダー用修正プログラムが完成しなくなってしまう。

 それは統合軍全体にとって避けなければならないことで、結局彼女の個人的事情については無視せざるを得なかった。


「ブレインオーダー対策については納得しました。プログラム作成は任せます。他に何か気付いたことがあればわたしに連絡を。フィーさん、あなたは治療を受けつつ、必要があればユイさんに助力して下さい。話は以上です」


 話は終えたと、タマキは医務室から退室した。

 残されたユイはしばらく不機嫌そうにタマキに対する不満を述べていたが、それに対してフィーリュシカが言葉をかける。


「あなたの意見は正しかった。あのブレインオーダーは自分が対応すべきではなかった」

「当然だ。いつだってあたしの意見は正しい」

「心得ておく」


 フィーリュシカは静かに頷く。

 その様子をユイは濁った瞳を細めて見つめ、それから尋ねる。


「腕を怪我したのか?」

「損傷は僅か。自己修復可能」

「今は治療に専念しろ」

「承知した」


 フィーリュシカが音も無く頷くと、ユイはベッドから飛び降りて医務室から出て行った。


          ◇    ◇    ◇


「またですの……」


 ツバキ小隊に割り当てられた整備場で、破損した〈アルデルト〉の修理を任されたカリラはそのエラーログを見て項垂れていた。

 その隣で〈ヘッダーン5・アサルト〉の整備を行っていたナツコは、何事かと整備用端末をのぞき込む。


「何かありました?」

「何かどころではありませんわ。異常な被弾数はともかくとして、コア融解寸前の最終警告なんてそうそう見られるものではありませんわ。――以前も見たことありますけれど」

「あー、フィーちゃん、マニュアル操作で安全装置も外しちゃうから……」

「だからといって熱暴走しているような状態で動かすのはどうかしていますわ」

「それで、直りそうです?」


 カリラが愚痴を言い始めると長いと理解していたナツコは、結論だけをきこうと尋ねた。

 それにカリラはため息つきながらも、故障箇所を確かめて答える。


「修理は可能でしょうね。コアユニットにも手を加える必要がありますから、〈アルデルト〉なら買った方が安く済みそうですけれど」

「直るなら、直すよう言われるんでしょうね」

「いっそのこともう少し壊しておいてくれたらわたくしの仕事も減りましたのに」


 修理可能な以上、物資の取得に制限のある義勇軍では修理が命じられる。

 タマキが頼めば機体価格の安い〈アルデルト〉程度ならすぐ出てくるのだろうが、直そうと思えば直せる状況ではそうはいかない。

 タマキだって、カサネに無理を言って機体を融通することが褒められた行為ではないと理解している。だからこそ、直せるのならば直せと言ってくるのは明らかだった。


「手をつけるのはパーツ受け取ってからですわね……。それよりナツコさん。〈ヘッダーン5・アサルト〉の整備には慣れまして?」

「はい、何とか1通りは。後で確認して貰ってもいいですか?」

「仕方がありませんわね。ですが自分でしっかり確認してからにして下さいね。わたくしはお姉様程優しくはありませんから」

「はい! もちろんです!」


 ナツコとしてはイスラよりずっとカリラの方が優しいと感じていたのだが、それを言うと「お姉様を馬鹿にした」とカリラが怒るので黙っていることにした。


 ナツコは〈ヘッダーン5・アサルト〉の整備を黙々と続ける。

 傍らでは〈アルデルト〉の損傷箇所の確認を終え必要な修理パーツの登録を済ませたカリラが〈サリッサ.MkⅡ〉の整備を始めた。

 鼻歌交じりに整備を進めていたナツコだが、〈サリッサ.MkⅡ〉がコアユニットの駆動テストを始めた所で、唐突に頭痛に襲われその場で頭を押さえ倒れた。


「ナツコさん!? 大丈夫ですの?」


 慌てて駆け寄ったカリラはナツコの体を起こした。

 ナツコは青白い顔をしていて呼吸も荒かったが、次第に回復していき、震える指で〈サリッサ.MkⅡ〉を指さした。


「あ、あのコア、止めて下さい」

「あれですの? 分かりましたわ」


 機体のコアユニットが停止されると、ナツコの顔色も回復していく。


「大丈夫ですの?」

「はい。ちょっと突然だったのでびっくりしてしまって」


 立ち上がったナツコをカリラは心配したが、対してナツコはすっかり回復していて、〈サリッサ.MkⅡ〉の元まで歩み寄った。

 目を細めて意識を集中する先は、カリラが謹慎中に、横流しされた機材を使って作成した新型高出力コアユニット。

 だがいくら意識を集中させてもその動作原理がいまいち分からず、そこに何が存在するのかもさっぱりだった。


「これって、一体何をしているものなんです?」

「これですの? コアユニットと変わりませんわ。純粋なエネルギーを別のエネルギーに変換する機構ですわ」

「ええと、それって普通の物理法則で実現可能ですかね?」


 質問にカリラは言葉を失った。

 彼女はナツコへと顔を寄せると、声のトーンを落として話す。


「ナツコさん、何処まで知っていますの?」

「え? いや、分からないから聞いてみたんですけど、一体何なんですかね?」


 カリラは顔をしかめて考え込んでから答える。


「ちょっとした、認識できないエネルギーの応用ですわ。大戦後のエネルギー革命で、認識できないエネルギーが発見された話はご存じ?」

「はい、それは以前イスラさんから聞きました」

「お姉様に説明してもらえるなんてあなたは幸せですわ。

 ともかく、その認識できないエネルギー。より正しく言えば存在する次元がわたくしたちが認識出来る次元ではない、より深い次元に存在するエネルギーですわ。

 それを取り出して保存したものが純粋なエネルギーと呼ばれるもので、次元と次元の接点からそれを認識出来る、わたくしたちの存在する次元まで持ってくるのがコアユニットの最もコアな部分の役割となっていますの。

 そうやってエネルギーを認識出来る場所まで持ってきてから、別のエネルギーに転換しているという訳ですわ」

「なるほど。カリラさんの説明は分かりやすいですね」


 ナツコの知識には深い次元に関する物理学は存在しなかったが、それでもカリラの言っていることは理解出来た。

 相づちを受けてカリラは話を進める。


「それでこちらの新しく試作したコアは、深い次元に存在するエネルギーを、その次元のままで別のエネルギーへと転換してしまうという代物ですわ。

 次元と次元の間を移動させませんから転換効率が良く、認識出来る次元からは干渉できないようなエネルギーにも転換出来るのが特徴となってますの。

 例えば、深い次元のエネルギーをその次元を構成する要素に干渉させることで、万有引力定数を部分的に書き換えたり出来ますわ」

「え? 物理法則を書き換えられるんですか?」


 それはナツコの理解する物理法則にとってあってはならない事だった。

 物理法則というものは全ての事象の元になる絶対的な存在で、それは永久不変でなければならない。

 だというのに深い次元に対するエネルギー干渉で、物理法則が改ざんされてしまうとすれば――


「あの! カリラさん! 物理法則を書き換えるという物理法則について詳しく教えて下さい! そんなものが存在するのなら、知っておきたいんです!」


 きっとそれが、脳のブラックアウトを防ぐために必要だと、ナツコは懇願した。

 カリラは嫌そうにはしたが、真剣な彼女の表情を見て、諦めて個人用端末を取り出す。


「わたくしが自分用にまとめたデータであれば差し上げますわ。ですがこれは統合人類政府内でも扱われていない学問ですから、勝手に公開したりしないで下さいまし」

「はい。こっそり読みます!」

「それと、わたくしも完全に理解しているわけではありませんから、内容については保証しかねますわ」

「大丈夫です。きっとカリラさんは正しいですよ!」

「どこまで本気か分かりませんけれどね。理解出来るかどうかはともかく、渡すだけ渡しておきます」


 ナツコが差し出した教育用端末へと、カリラがまとめた深次元理論に関するデータが送信される。

 受け取ったそれをナツコは嬉しそうに見つめる。


「ありがとうございますカリラさん! 分からないことがあったら質問しますね!」

「わたくしに聞かれても書いてある以上のことは分かりかねますわ。お勧めはしませんけれど、どうしても知りたいことがあればユイさんに聞いて下さいまし」

「やっぱりユイちゃんはこういうのも詳しいんですね。でも私、ユイちゃんには嫌われてるみたいで……」

「だからお勧めはしませんわ。それで、コアユニットの駆動試験再開してもよろしくて?」

「あ、はい。気を付けていればさっきみたいにはならないと思います」


 了承を得たカリラは、新型コアユニットの稼働率を徐々に上げていく。

 やはりナツコは目の前で起こっている、通常の物理法則では理解不能な現象に頭を痛めたが、それもそういう法則があると分かっていれば和らいだ。


「物理法則への干渉って、認識出来ないエネルギー以外でも出来ますかね?」

「うーん、どうかしら。深い次元へ干渉できる手段があれば出来るでしょうけれど、問題はそのような手段が存在するかどうかではなくて?」

「なるほど。深い次元へ干渉する手段、ですか」


 ふむふむとナツコは分かったように頷いた。

 それをカリラは呆れ半分で見ていたが、やがて整備に戻った。


          ◇    ◇    ◇


 翌朝、ナツコは他の隊員より早く起床すると、こっそり外へ出た。

 訓練用の動きやすい服を着て、足下はランニングシューズだった。


「よし。まずは基礎体力をつけないと」

「それはいいことだね」


 こっそり抜け出して来たはずなのに声をかけられて、ナツコは驚くと共に振り返った。

 そこにはナツコと同じく訓練用の格好をしたトーコがいた。


「あれ、トーコさん! どうしたんですか?」

「どうって、自主訓練。ナツコと一緒だよ。時間がとれるときは朝走るようにしてるの」

「そうなんですか。知りませんでした」


 ナツコはどちらかというと起床時刻寸前まで寝ている派なので、早朝にトーコが訓練しているなどとは知る由もなかった。


「時間は大切に使わないとね。ユイも昼間は寝てたりするけど、朝早くから整備してくれてるし」

「へ、へえ以外です」

「うるさい奴が居ない朝の方が集中できるんだって」

「あ、それはユイちゃんらしいですね」


 その時丁度がらがらと音がして、〈音止〉の保管してある整備場のシャッターが開放された。

 そこで作業していたユイへと向けてナツコは手を振ってみるが、当然のように無視された。


「で、どうしてナツコは突然自主訓練しようって思ったの?」

「それは……」


 素直に答えるべきか悩んだが、トーコにじっと見つめられて、結局ナツコは全て白状した。


「魔女との戦いで、フィーちゃんが私をかばって怪我をしてしまったんです。私がもっと集中していれば、そんなことにはならなかったんです。だから――」

「強くなりたいと。そうだよね。強くなろう。少しずつでも、きっと無駄にはならないよ」


 微笑むトーコへと、ナツコは大きく頷いた。


「はい! きっと、強くなってみせます! トーコさんも、フィーちゃんも守れるくらいに強く」

「おっと、大きく出たね。私は基地のまわりランニングするけど、一緒に来る?」

「はい! ついて行きます!」


 大口を叩いたナツコだったが、トーコの基礎体力を甘く見ていた。朝のランニングではとてもすまないような距離を走ることになり、疲れ果てた顔で朝礼に参加した結果、タマキにこっぴどく叱りつけられた。


          ◇    ◇    ◇


 その日、トトミ星系総司令部から魔女に関する公式見解が出された。

 ボーデン地方に出現した魔女と噂された帝国軍兵士については、大戦中に開発されたブレインオーダーという戦闘に特化した兵士であることが公表された。

 同時に帝国軍の新型突撃機〈エクリプス〉の機体情報も公開され、これに対応するための戦闘プログラムが準備中であるとも付け加えられた。

 こうして、ボーデン地方を騒がせた魔女騒動は一段落し、統合軍は再びラングルーネ基地攻略へ向けて進み始めるのであった。

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