捕虜後送護衛任務
第152話 雑用
「武装解除確認。停止灯つきました」
ナツコは報告と共に、構えていた25ミリ狙撃砲へと安全装置をかける。
熱くなった銃身は外の寒さにあたってシューシューと音を立てていた。
薄らと雪の積もったゴーストタウンで、生き残った帝国軍兵士達が降伏のため、停止灯のつけられた〈R3〉の両手を掲げる。
戦争法においては、白旗を掲げただけでは降伏と見なされない。武装解除し、〈R3〉や装甲騎兵のメインコアユニットを止め、停止灯をつけなければいけない。
だから敵が白旗を掲げても攻撃は継続され、ナツコも指示に従って無抵抗な帝国軍重装機を撃ち抜いた。
だがそれもこれで終わり。
降伏が認められ、タマキが拡声器を使って敵兵に指示を出し始めた。
ことの発端は魔女討伐の終結から3日後のこと。
フィーリュシカが治療に専念し、ユイが対ブレインオーダー用戦闘プログラムを作成する間、ツバキ小隊は非常に暇だった。
これ幸いとナツコやトーコは自主訓練に励んだが、隊長であるタマキは全くやることがないという状況に不満を漏らし、雑用でいいから仕事を寄こせと大隊長の元に直談判した。
その要求はすんなりと受け入れられて、ツバキ小隊はレイタムリット基地とデイン・ミッドフェルド基地の間、リーブ山地東部にある陸橋の爆破を命じられた。
陸橋は設計データの手違いから必要以上に頑丈に作られており、爆撃機による攻撃では陥落しなかった。これを直接橋桁に爆弾を仕掛けて爆破処理するという内容で、本来ならば施設科の人間が行うべき仕事ではあったが、タマキは他にないならとそれを受け入れた。
フィーリュシカとユイを残し、爆弾を積むスペースの関係で〈音止〉も置いていったツバキ小隊は、指示通りに橋桁へと爆弾を仕掛けたが、ナツコが最近学んだという建築学の知識を活かして橋の爆破処理に必要なエネルギーを見積もったところ、仕掛けた爆弾だけではとても足りないことが判明した。
それでも爆破しろと命じられたのに爆弾だけ置いて帰る訳にはいかないので、奇跡的に橋が崩れることを祈って爆破。しかし物理的計算に基づくナツコの意見が正しく、橋は形を保った。
仕方なく追加の爆弾を受け取りに戻ったツバキ小隊は、帰路の最中、帝国軍小隊と遭遇した。
それは橋周辺の強行偵察を行っていた部隊で、やむなく遭遇戦に突入。早期離脱を目指したタマキだったが、それを読まれて廃墟となっていた旧鉱山街へ追いやられた。
8倍の数を有する敵から包囲を受ける中、タマキは先の失敗を利用し、自分たちを弱く見せるため反攻作戦を全て失敗させ敵による包囲を早めると、不完全な形での包囲陣を形成した敵に対して煙幕展開とイスラの高機動機〈空風〉による単機突撃を実施。
同時に通信妨害をかけて同士討ちを誘発し、それによって混乱した帝国軍部隊の正面を突破。小隊長へと奇襲をかけこれを撃破すると、指揮官を失った敵部隊を分断し、各個撃破した。
わずか7人の部隊によって帝国軍兵士25名が捕虜となり、援軍要請を受けていた同大隊所属のレーベンリザ中尉が駆けつけたときには、拘束された敵兵を見て驚きの余り悪ふざけの類いではないかと疑うほどであった。
兎にも角にも、ツバキ小隊は無事帰還を果たし、橋の爆破処理については今回の失敗を鑑みて、多少コストがかさんでも爆撃機にて行うこととなった。
「大隊長殿の顔見たか? あたしらの戦果にびびってたぜ」
正式な報告をすませ、隊員達は揃って宿舎へ向かう。
途中で話しかけたイスラに対してタマキはため息交じりに返す。
「あの人はいつもあんな顔ですよ。それよりイスラさん。危険な単独突撃を任せてしまい申し訳ありませんでした」
「危険だって? 〈空風〉は宇宙最速の機体だ。あれくらい何の問題もないさ」
タマキにとって〈空風〉は可能ならば運用したくない機体だ。イスラがあまり浮かれないよう、釘を刺すように尋ねる。
「あの機体はまだ使うつもりですか? 〈ヘッダーン3・アローズ〉の修理が完了した今、運用に難のある機体は控えたいのですが」
「今回だって〈空風〉のおかげで助かっただろう? 運用に難があるのは事実だが、〈空風〉は宇宙最速の機体だ」
「それは統合軍の規格に通っていない機体を運用する理由にはなりません」
「ま、心配はいらないよ。〈空風〉は宇宙最速の機体だ」
こと〈空風〉が絡むと、イスラは途端にこんな調子である。
ツバキ小隊の所有機体のうち、現在余っているのは修理完了したばかりの軽対空機〈ヘッダーン3・アローズ〉と、偵察機〈P204〉。
イスラの〈R3〉適性は飛行偵察機以外の全てで高い水準にあるので、どちらを装備させても問題無く運用してくれるだろう。
だというのに本人は〈空風〉という欠陥高機動機を装備したがるので、タマキにとっては悩みの種だった。
次の作戦参加の際は考えをあらためさせようと決意したタマキは、まだ話して欲しそうにしているイスラを無視して他の隊員へ声をかける。
「皆さん、今回の戦闘は良くやってくれました。今日の勝利は皆さんがわたしの指示を信じてくれたおかげです」
「本当に無茶な指示でしたけれど、中尉さんの指示ですから」
「あんたは1発も命中弾なかったでしょ」
「何ですって! このチビ!!」
カリラは煽ってきたリルへ掴みかかろうとしたが、タマキが咳払いしたので手を引っ込めた。
実際戦闘においてカリラは敵機に対する命中弾を出せず、その役割は建造物の破壊と弾幕展開による威嚇でしかなかった。
「ともかく、ツバキ小隊はこと個人技量に関して言えば並の兵士の水準より遙かに高い位置にいます。ナツコさんも、最初の頃とは見違えるほど射撃の腕が上がりましたね」
「え? そ、そうですかね?」
照れるナツコに対してタマキはあまり浮かれないよう釘を刺しておく。
「その調子で機動戦闘の腕も上げてくれると助かります。1つのことに集中しないと戦えないのではこれからの戦いで通用しません」
「ぜ、善処します」
ずばり気にしている点を指摘されたナツコはすっかり浮かれた気持ちを取り去って、渋い表情で敬礼して答えた。
「よろしい。またしばらくは基地に残って自主訓練となりそうです。各自、今回の反省点を鑑みて訓練に励むように。
ただし、今日はしっかり休むこと。わたしの部下に休むべき時に休めない人間は必要ありません。よろしいですね?」
隊員は全員敬礼し返事をした。
それに満足したタマキは解散を告げる。
「大変よろしい。では明朝は6時起床です。解散して下さい。――サネルマさん、少し残って」
解散を命じられた隊員は着替えのために割り当てられた部屋へと戻っていく。
指名を受けたサネルマは残り、全員が居なくなってからタマキへ話しかける。
「メンタルケアですかね?」
「そうなります。命令とは言え、無抵抗な相手を撃つことになりましたから。特にナツコさん。悩んでいるようならわたしに報告して下さい。しかるべき処置をとります」
「はい、こっそり話を聞いてみますね」
「お願いします」
普段はイスラやカリラと一緒にふざけていることの多いサネルマだが、精神面のケアにおいてはタマキも信頼を寄せていた。
ツバキ小隊内最年長であり、元よりハツキ島婦女挺身隊で地区副隊長という人をまとめる立場に居た彼女は、相談事をきき、それを解決する手伝いをするのが非常に上手だった。
「隊長さんは大丈夫ですか?」
「わたしですか?」
思いがけない問いにタマキはきょとんとして答えた。
「厳しい戦いでしたから、指示を出した隊長さんもお疲れでしょう?」
「そういうことですか。でしたらお構いなく。わたしは休むことに関しては誰にも負けないつもりです」
「それは心強いです。ではしっかり休んで下さいね。隊長さんに倒れられたら大変ですから」
「ええ、そうさせて頂きます。あなたもあまり無理をしないように」
「はい、お任せ下さい。ではさっそく、不肖サネルマ・ベリクヴィスト、ナツコちゃんのお悩み相談に行ってきますね!」
ぴっと短く敬礼して、サネルマはその場から駆けだした。
その子供らしい行動にタマキは小さく笑う。
「全く、大人なのか子供なのか分からない人です」
◇ ◇ ◇
自室に戻ったトーコは、ベッドの上で寝転がりながら端末をいじっていたユイに出迎えられた。
「戦闘があったようだな」
「耳が早いのね。というかそれ私のベッド。ユイは床でしょ」
「仕事中だ」
「関係ない。作業なら余所でやってよ」
「うるさい奴め」
それでもユイは動く気が無いらしく、ベッドから下りようとはしなかった。
トーコもそれを無視して、ツバキ小隊の制服へと着替え始める。
「おい、対〈ハーモニック〉向けの装備構成はシミュレータに登録されてた奴でいいのか?」
制服のブラウスを手に取った所で尋ねられ、トーコはそのまま少し考えてから回答した。
「いろいろ試してたから今どんな構成だったか思い出せない。後でいい?」
「今日中なら問題無い」
「分かった」
珍しく装備構成について意見を求められて、トーコはユイがどうかしたのかと案じたが、彼女は相変わらずベッドに横になって作業を続けていた。
「どういう風の吹き回し? 装備変えてくれるの?」
「あたしゃ大人だからな。こっちの理想を押し付けるより、半人前の意見を聞いてやった方がマシになるかもしれないと譲歩してるんだ」
「その発言がまるで大人じゃない」
「そう思うのはお前がガキだからだ。服くらい着たらどうだ」
言われて、下着姿のままだったことを思い出したトーコは慌ててブラウスに袖を通す。
それでも抗議するように返した。
「私が私の部屋でどんな格好しようと私の勝手よ」
「知るか。装備構成は今日中だからな。忘れるなよ」
「分かってるよ」
着替え終わったトーコは乱暴にロッカーを閉めると、不機嫌そうに部屋から出て行った。
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