第150話 報告
タマキはカサネの執務室の扉を叩き、入室許可をとると中へと入った。
カサネはいつものように用意していた椅子を勧めるのだが、タマキもいつものようにそれを無視して執務机の元まで進んで、そこへ手をついた。
それには慣れたものでカサネは動じること無く話を始める。
「魔女の確保、よくやってくれた。しかしどうやってアレを生け捕りにしたんだ? 統合軍の〈ヘッダーン5・アサルト〉ですら返り討ちになった相手だ」
「優秀な部下のおかげよ」
「それはそうだろうが、いくら最新鋭機を装備していたとは言え――」
「〈ヘッダーン5・アサルト〉は補助戦力としてしか使ってないわ。魔女を倒したのは〈アルデルト〉よ」
カサネは最初、タマキの言葉の意味が理解出来なかった。
〈アルデルト〉は機動力の高い重装機として設計された機体だが、開発は機動力については上手くいったとは言いがたく、重装機にしては移動能力の高い程度のものだ。
だがそうと分かっていればどう戦ったのも想定できる。
「上手く待ち伏せして火力集中で倒したのか?」
「いいえ。ほぼ単独で近接戦闘を行い無力化したみたい」
今度こそカサネは何を言われたのか理解が追いつかず、タマキがふざけたことを言っているのでは無いかとすら疑った。
だが妹に対してそんな疑惑を持ったのは一瞬で、直ぐに詳細を話すよう要求した。
「詳しく教えてくれ」
「わたしも分からないことの方が多いけど、一応現状だけ報告しておくわ」
タマキはフィーリュシカについて知り得る情報を話した。
元々はハツキ島区役所職員で、予備防衛官課程をとった上でハツキ島婦女挺身隊で活動していたこと。
統合軍の〈R3〉適性試験で全科目最高得点を獲得していること。
そしてこれまでの戦闘での活躍について。
ハイゼ・ブルーネ基地での帝国軍強襲上陸に対する単独での遅滞作戦。デイン・ミッドフェルド基地辺境における対〈ハーモニック〉戦闘。そしてレインウェル基地防衛戦での、カノン砲長距離射撃による防御特化型〈アースタイガー〉の連続撃破。
そして今回の魔女討伐。
〈アルデルト〉を装備していながら、高機動突撃機である〈エクリプス〉を装備した魔女を、自身も負傷しながらも撃破。生きたまま確保した。
「ただものでは無いことだけは確かだろうな。外見は魔女に似ているが関係は?」
「分からないわ。何か関係あるのかも知れないし、無いかも知れない。だからね、魔女について情報が欲しいのよ。ブレインオーダー計画はどうだった?」
問いかけにカサネは士官用端末を示して、用意していた資料を表示させる。
「枢軸軍が秘密裏に研究していた、完璧な兵士の製造。それがDO計画だ。残っているデータは連合軍が枢軸軍研究所跡地から回収したデータを元にしたもので、こちらでの呼び名がブレインオーダー計画となっている。
計画によって産み出されるはずだった完璧な兵士の名称が、ブレインオーダーだ」
「完璧な兵士、ブレインオーダーね。内容は?」
「遺伝子合成による戦闘に特化した肉体の獲得と、脳化学的手法による高い戦闘能力の継承を目的としていたらしい。だがあまり上手くはいかなかった上に、計画の優先度も低く未完成のまま終わったようだ」
未完成という言葉にタマキは眉を潜めた。
少なくとも今回出現した魔女は、統合軍兵士を圧倒する戦闘能力を有していたわけだから、それなりの結果は出ていたはずだ。
そうでなければ現在の統合人類政府よりも遙かに高い技術力を有していた枢軸軍ですら開発に失敗した計画を、帝国軍が成功させたことになる。
「そんな顔する気持ちも分かるが、本題はここからだ。連合軍の記録では計画は中止されたという内容だったが、計画中止後にもいくつか実験が行われていたようだ。
枢軸軍勢力圏内に存在したある研究施設からはブレインオーダー製造の痕跡が見つかっている。実験体は破損が酷く完成度がどれほどかは分からなかったようだが、残された研究記録では、遺伝子合成段階での脳への情報書き込み成功と、それによる先天的な戦闘能力向上が確認されたようだ。
枢軸軍勢力圏外では、独立自治を行っていたフノス星系で、当時の技術総監が記したとされるブレインオーダー継承実験計画が残っていた。こちらも脳形成段階での情報書き込みについては目処がついていたようだ。また、ブレインオーダー完成体が存在したとの記述もある。
連合軍も枢軸軍のデータを元に計画の追試を行おうとしたが倫理的に問題があるとして却下されたらしい。だが研究に必要な資材は用意されていたようだ」
カサネからの説明を受けてタマキは思考を巡らせる。
戦前にブレインオーダー計画が完成されていたのならば、研究結果が現在の帝国軍勢力下に残っていて、それを再現したという可能性はあり得ない話ではない。
現在の戦争に必要とされる〈R3〉操縦能力をデータ化し、脳に書き込むことが出来たのならば、魔女の高い戦闘能力についても説明がつくだろう。
「なるほどね。魔女がブレインオーダーだとすれば強さの説明もつくわ」
「実際には情報部による魔女の解析待ちだが、単体での強さを見る限りこの技術が適用された兵士である可能性は高い。――で、フィーリュシカ・フィルストレーム伍長がブレインオーダーである可能性は?」
タマキは考え事をしているような素振りを見せてから答える。
「可能性はありそうだけど、現時点では何とも言い難いわ。見分ける方法はない?」
「遺伝子合成の産物ではあるが、骨格も身体機能も通常の人間の範疇から逸脱はしていない。判別するとしたら脳を調べるしかない。――少なくとも、この短期間で収拾できた情報を元にするとそれ以外の方法は考えられない。
それより経歴や過去の診断の結果に不審な点はないか?」
フィーリュシカの経歴についてはタマキも調査を進めていた。情報をまとめてはいなかったが、ある程度まとまったデータがあったので士官用端末へそれを表示させると机の上に置く。
「経歴に不審な点はなかったわ。偽装された可能性があるから念のため初等部時代の教員へコンタクトをとって裏付けもとった。区役所職員としての勤務記録も残っていたわ。
診断結果も、戦闘適性が常軌を逸して高い他はおかしなところはなかった。これ、ハイゼ・ミーア基地で受けた健康診断の結果。健康そのものだし、数値に不審な点もない」
「ふむ。確かに。脳検査は実施できそうか?」
「魔女との戦闘で治療中だから、ついでに受けさせてみる。信頼出来る衛生部の人間手配して貰っていい?」
「分かった。しかしいいのか? 部隊員を調べるような真似して」
それにはタマキも不機嫌そうな顔をした。
彼女としても部隊員を疑いたくはない。だが、他の隊員の安全のためにも、不自然な点は明らかにしておかなければならない。
異常としか言いようのない戦闘能力を有するフィーリュシカ。経歴が不自然きわまりないユイ。2人は既にタマキの調査対象となっていた。
「ずっと味方で居てくれるならこんなことする必要もないのかも知れないけどね。不審な点を放置して、それでも信頼出来ると言い切れるほど、わたしは人間が出来てないわ」
「合理的な判断だろう。彼女についてはこちらでも調査してみる。
ブレインオーダーが人工的に製造された兵士である以上、魔女が再び現れる可能性はある。いや、魔女にしか使いこなせないような機体を製造している点から見て、必ず次の魔女が現れる。
その時のためにも彼女の知見は必要だ。そちらで可能な限りブレインオーダーについての情報を集めておいてくれ」
ブレインオーダー対策についてはタマキも進めなければならないと思っていたので、その提案には2つ返事で応じた。
「いいでしょう。何か分かったら連絡します。それで、ツバキ小隊の次の仕事は?」
今回タマキがカサネの元を尋ねた理由はブレインオーダー計画とフィーリュシカについての情報交換だったが、指示されていた魔女討伐作戦が終了した今、次の指示を受ける必要があった。
もののついでだからと繰り出された問いに、カサネは士官用端末を操作してから応じる。
「ひとまずはフィルストレーム伍長の治療と情報収集に努めてくれ」
「魔女が居なくなった今、ボーデン方面は攻勢始めるんじゃないの?」
「ああ。大隊はしばらくそちらに張り付くことになる。だがそれより魔女対策の確立が優先だ」
あからさまに戦闘から外される指示にはタマキも不満そうな顔を見せたが、カサネの言葉が正しいことも確かだ。
今は魔女を倒して反転攻勢の始まったボーデン方面だが、次の魔女がいつやってくるか分からない以上、対策はしておかなければならない。
「了解。彼女にいい対策がないかきいておくわ。それに、もう1人何か知ってる人がいるみたいだし」
「ん? そういえばブレインオーダー計画の出所は誰だったんだ?」
意味深なタマキの言葉にカサネが尋ねると、机の上に置かれた士官用端末にツバキ小隊隊員の画像が表示される。
「ああ。ユイ・イハラか。一時期技術者として帝国軍に協力していたはずだな」
「ええ、その時知ったのか、あるいは以前から知っていたのか。どっちにしろブレインオーダーについては何か知っているみたいだから、対策も考えてくれると思うわ」
恐らくフィーリュシカ以上にブレインオーダーについて知見があると予想されるのがユイだ。本人はあまりこの件について言及したくはない様子だったが、魔女の調査が進み、帝国軍がブレインオーダーを製造している事実が明らかになれば、彼女も隠し事ばかりしては居られなくなるだろう。
魔女に対して〈音止〉が投入されるのを極端に嫌がったのだから、次の魔女が現れる可能性がある以上、対策もまともに考えてくれるだろうとタマキは考えていた。
「対策は早いほうがいい」
「分かってる。お兄ちゃんも、魔女の調査結果は分かったら直ぐこっちに渡して」
上からの物言いだったが、カサネは指示を受けた新米士官のように2つ返事で了承を返した。
それに満足したタマキはふんぞり返ったまま、大変よろしいとカサネを評価して、いつもの社交辞令以上の価値はない台詞を口にすると執務室を後にした。
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