第147話 戦闘開始
雪上仕様の機動ホイールが雪を巻き上げる。
初めから不整地での運用が想定されている〈ヘッダーン5・アサルト〉は、これまでナツコが重ねてきた行軍訓練の甲斐もあって滑ること無くフィーリュシカの〈アルデルト〉の後ろをぴったりとついて行く。
これまではついて行くのがやっとだったが、機体を乗り換えたことによって余裕が出来た。既に2人は交戦予定地点の南、2級河川沿いに建てられた揚水施設に到着していた。
「索敵を始める。狙撃に気を付けて」
「はい!」
日は沈んでいたが、まだ空は紺色だった。
月は細く、明かりは頼りになりそうもない。時が経てばやがて真っ暗になるだろう。
しかし東の方向で照明弾が打ち上げられ、空に大小4つの明かりが瞬いた。
同時に砲撃音が響き渡る。
『ツバキ各機へ。帝国軍攻略部隊が侵攻を開始。部隊規模は1個大隊と予想。誘導班は魔女の位置特定まで砲撃支援を。攻撃班、そちらの状況は?』
問いかけには班長を任されているフィーリュシカが応答する。
「観測地点に到達。これより魔女を探し出す」
『了解。任せます。発見次第位置共有を』
「承知した」
通信を終えると同時にフィーリュシカは揚水施設屋上に上がった。後を追いかけたナツコも続き、目を凝らして索敵を開始する。
「これまでは魔女って1人で突撃してきたんですよね?」
「そのように伺っている。行動パターンを変化させてきた。この拠点には戦闘可能状態の〈I-K20〉が配備されていたためと推察される」
「なるほど! ロケットもミサイルもない突撃機じゃ勝ち目無いですもんね」
ナツコはそれで行動パターンの変化に納得して、索敵に戻った。
後方には統合軍拠点。直ぐ目の前に2級河川が南北に走っていた。
最初の偵察機ロスト地点は北東側。今帝国軍が攻めてきているのは東側。魔女の行動を予想しようと試みるも、生憎ナツコはそういった知識に疎い。
フィーリュシカはどんな風に探しているのか参考にしようとちらと見て、直ぐ止めた。
いつもの何を考えているのかさっぱり分からない顔をしたまま、じっと近くの揚水ポンプの方ばかり見ていたので、絶対に参考にならない事だけは確かだった。
仕方なく、一番良そうな北東側から東側へと視線を移しながら見ていく。雪の積もった湿地帯には統合軍の設営した待避壕や堡塁が点在し、東側の戦闘は徐々に激しくなっていた。
意識を集中させてみても戦闘中の区域から特定の人物を探し出すのは難しそうだったので、今度は逆方向に、北東から北方向へと視線を動かしていく。
こちらも統合軍による構築物が点在し、さらに北側には小規模な市街地。市街地は戦場となったことがあり瓦礫の山と化していたが、その瓦礫が一瞬、月明かりを受けて光った。
僅かな月明かりの反射をナツコは見逃さなかった。意識を集中し思考速度を上げると、そのまま反射光を見つけた地点の周辺を凝視。
――闇の中を、深紅の機体が進んでいた。
「魔女発見。戦術マップ、ボーデン34、地点『F-4』」
ナツコの報告にフィーリュシカも動いた。視線を北方面へ向け、目を細める。
その目が移動する敵機を捉えると、タマキへと報告が為された。
「攻撃班よりツバキ1。目標を発見。地点『F-4』より統合軍背後へ向け移動中」
『了解。攻撃班、魔女との戦闘は問題ありませんね?』
「問題無い。こちらに誘い出し確保する」
『よろしい。任せます。誘導班地点『I-4』へ移動開始。
魔女に備え、攻撃班を無視するようならそちらへ攻撃を。攻撃班が魔女との戦闘を開始した場合は東の帝国軍攻略部隊と戦闘し魔女との合流を阻止します。
攻撃班、誘導班共に最善を尽くして下さい。行動開始』
通信を終えたフィーリュシカは右腕に装備した20ミリ機関砲を構える。
いつもの88ミリ砲に比べたら細身で軽量だが、それでも20ミリ砲。突撃機の装甲なら容赦なく貫通するし、相手が装甲皆無の〈エクリプス〉であれば1発で行動不能に出来る。
「こちらから仕掛ける」
「失敗したら逃げませんかね?」
魔女までの距離は1200メートルあった。
移動目標に対する狙撃としては距離が離れすぎている。ナツコにとっても当てられるかどうか微妙な距離だ。
「恐らくこちらに気がつけば接近してくる。狙撃失敗時は、予定通り地点『D-6』へ向かう」
「はい、分かりました。直ぐに移動ですね」
「そう。あなたはついてくるだけでいい。くれぐれも戦闘に参加しないで」
「――はい」
一瞬だけ躊躇したが、それでもナツコは頷いた。
命令に従うことの大切さを教えてくれたのはフィーリュシカだ。そんな彼女の命令に背くことは出来なかった。
「射撃まで3、2――」
唐突に3から始まったカウントだが、ナツコは反応し後方に下がると聴覚保護機構を有効にする。
直後に発砲され、発砲炎が瞬く。
一撃必殺のフィーリュシカらしくない、3点制限点射。更にそれを3回。
ナツコが見つめる先で、魔女は発砲の瞬間には回避行動を始めていた。
最初の3発を減速して躱し、次の3発はくぐり抜けるように姿勢を低くし躱す。最後の3発は意図的に分散するよう放たれていたが、低い姿勢から飛び上がるようにして1発目と2発目の間をすり抜けると、3発目を正面装甲の緩い傾斜で弾いた。
「――凄い」
9発全て回避するのを見届けた瞬間にナツコは揚水施設屋上から飛び降りていた。フィーリュシカもその後に続き、反撃の23ミリ砲弾は全て空を切った。
「完璧に防がれたのは想定外。事前予想より高い戦闘能力を有する可能性がある」
「私はフィーちゃんの僚機ですからね」
ナツコは居残りを命じられそうになったので先手を打った。それにフィーリュシカも頷く。
「理解している。自分の後ろを決して離れないで」
「はい! ナツコ・ハツキ1等兵。どこまでもついて行きます!」
「足下、注意して」
「はい! え?」
フィーリュシカの命令には即座に従うナツコだが、足下は乾いた雪でぬかるんでもいないし、雪上仕様の足回りに換装された〈ヘッダーン5・アサルト〉は多少雪が緩かったとしても問題ない。一体何に注意するのかと尋ねようかしたところ、ナツコの視界が歪み、足がふらついた。
それでも事前に注意喚起があったので踏みとどまる。
歪んだ視界の中で、フィーリュシカの周囲に光の線が浮かんで見えた。
ナツコはこの現象を過去に経験したことがあった。レインウェル基地防衛戦の、フィーリュシカがカノン砲の射撃を任されたとき。
ナツコの脳はそれが想定不可能な物理現象を観測すると機能低下を訴える。元は平均以下の鈍くさい小娘を、脳機能によっていっぱしの兵士に仕立て上げている彼女は、脳が突然機能低下すると本来の自分との認識能力・運動能力の格差に対応できず意識を失いかける。
ブラックアウトしかけた脳が機能を回復すると、ナツコはつぶさにフィーリュシカを観察した。
何かが変わっていることは分かるが、何が変わったかは分からない。そんなすっきりしない違和感に、思わず尋ねた。
「今、何したんです?」
尋ねてから「答えてくれないだろうな」と思った問いかけだったが、以外にもフィーリュシカは素直に答えた。
「肉体構造を最適化した」
「え、ええと……?」
「気にする必要は無い。魔女討伐に向かう」
「はい!」
フィーリュシカの命令を受けたら頭を空っぽにしてとにかく従うよう条件付けられていたナツコは疑問をすっかり忘れて、雪原へと身をさらした彼女の後ろに続いた。
元は湿地帯の雪原。視界を遮るのは統合軍の野戦構築物程度。目標とする地点『D-6』までは600メートル程あった。
既に互いに有効射程距離内。フィーリュシカは野戦構築物を使って射線を切りながら進むが、時折射線が通る。
だが魔女もフィーリュシカも発砲しない。
機関砲を向けても、仮想トリガーには手をかけなかった。
攻撃を受けず、フィーリュシカは目標地点まで辿り着いた。
統合軍が通信基地として運用していた場所。帝国軍が前線を押し上げたことにより通信基地は後方へと移され、その名残である通信要員の宿舎や、基地を守るための防護施設跡、それに基地のために造られた直径200メートル程ある円形のコンクリート製土台だけが残っていた。
フィーリュシカは跳躍すると、土台の円周上に存在する堡塁の上へ登る。
身をさらす上に移動先も限られる位置だが、それに応じるよう、魔女も対角線上にある堡塁上に姿を現した。
深紅に塗装された〈エクリプス〉。
武装はナツコ達が見た映像そのまま、右腕に23ミリ機関砲。左腕に14.5ミリ連装機銃。右肩に対歩兵マイクロミサイルランチャー。あとは近接戦闘用高周波振動ブレードとハンドアクスに、拳銃と個人防衛火器。
対するフィーリュシカが装備するのは、雪上迷彩を施された重装機〈アルデルト〉。拡張装甲を全て取り外された、基礎フレームむき出しの機体。
武装は20ミリ機関砲と、個人防衛火器2挺。近接戦闘用ハンドアクスと対装甲拳銃。
2人とも容姿端麗で、銀色の髪と赤い瞳をしていた。
武装を構えようともせず、魔女とフィーリュシカは互いに感情の無い瞳を向け合う。
雪の積もる通信基地跡を照らすのは、東の空で光を放つ照明弾と、時折瞬く火砲の明かりだけ。
フィーリュシカは魔女を前にしておもむろに左手を上げ耳に当てると、通信機を起動しタマキへと報告した。
「攻撃班、地点『D-6』にて魔女と接触。これより戦闘開始します」
返答を受けると同時にフィーリュシカは右腕を上げた。
応えるように魔女が右腕を構え、20ミリ砲と23ミリ砲の発砲音が響く。
空中で火花を散らし衝突する銃弾。
はじけ飛んだ銃弾を追いかけるように、フィーリュシカと魔女は急加速。雪の積もった円形のコンクリート土台へと躍り出た。
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