第148話 魔女討伐

 フィーリュシカは〈アルデルト〉を装備しているとは思えない機動力で雪上を舞う。

 後に続くナツコは複雑な軌道を描くフィーリュシカを、スラスターまで使って懸命に追いかけた。


 対する魔女も、高い機動力を有する〈エクリプス〉を縦横無尽に走らせる。フィーリュシカの隙をうかがい、時折一挙動で武装を構えては発砲する。

 その射撃はあまりに正確で、鈍重なはずの〈アルデルト〉では本来回避出来ないようなコースへと放たれるのだが、フィーリュシカはその攻撃を事前に察知していたように、魔女が武装を構える直前には回避行動を開始し、全ての攻撃を回避し尽くした。


 通信基地跡に残った円形のコンクリート土台。

 フィーリュシカはしばらくその円弧に沿って移動しながら魔女の攻撃を回避し続けていたが、ついに攻勢へと転じるべく、急制動から転回すると魔女へ向けて突撃を開始した。

 相対距離は150メートル。

 魔女の構えた14.5ミリ連装機銃が、フィーリュシカの全ての移動ルートを塞ぐように火を噴いた。


 しかし攻撃は先読みされ、銃弾が放たれる頃にはフィーリュシカはその射線上に居ない。

 時折〈アルデルト〉のフレームへと命中弾もでるが、それは後ろに位置するナツコを守るために弾いているだけだった。


 これまで統合軍兵士に対して一方的な戦闘を繰り返してきた魔女が、フィーリュシカ相手には有効弾を与えられなかった。

 ついに魔女は緊急後退をかけると、これまで1度も使用されなかったマイクロミサイルを構える。


「フィーちゃん!」


 ナツコは魔女のミサイルランチャーにエネルギーが供給されたのを見て、自身が装備していたマイクロミサイル迎撃用の小型誘導弾ユニットを起動する。

 即座に火器管制が有効になり、メインディスプレイに小型誘導弾ユニット照準補助用のレティクルが表示された。

 だがそれをフィーリュシカが短く制す。


「何もしなくていい」

「はい!」


 戦闘行動中、フィーリュシカはナツコに対する指揮権を有する。

 ナツコもそれを理解していて、命令を受けると直ぐに小型誘導弾ユニットを待機状態にした。


「一時緊急後退。ミサイルを振り切ってからついてきて」

「分かりました!」


 指示に応えるように、ナツコはアンカースパイクを作動させた。雪に突き刺さった複合材料の杭は急速に機体速度を低下させる。十分に速度が落ちたと判断すると杭は引き抜かれ、ブースターとスラスターによる緊急後退が作動された。


 前進を続けたフィーリュシカは1人、魔女の前へと踊りでる。

 愚直に真っ直ぐ進んでいたため即座にロックされ、16連装のマイクロミサイルが全弾投射される。

 〈アルデルト〉には誘導弾を迎撃する機構は積まれていないし、誘導を妨害するデコイの類いも装備していなかった。

 フィーリュシカは左手で個人防衛用火器を持つと、加速して向かってくるミサイルへ邁進する。


 ミサイルを引きつけ命中の直前で機体を横へ滑らせる。右脚で雪を踏みつけ回転しながらの横っ飛びで初弾をすり抜けた。

 着地の寸前、左足の雪上用モジュールが解除される。雪を捉えて空転した機動ホイールによって機体はスリップした。一見滅茶苦茶な軌道を描きながら、マイクロミサイルが命中する寸前にそれをすり抜けるよう移動。

 半数をやり過ごすと、フィーリュシカは左手に持っていた個人防衛用火器を、既に3メートル先まで迫っていたマイクロミサイルへと向けて撃ち放った。

 正面から信管を撃ち抜かれたマイクロミサイルはそこで爆発。巻き散らかされた金属片が周囲に存在したマイクロミサイルへと命中し、あるものはその場で起爆し、あるものは軌道を変えてあさっての方向へと飛んでいった。


 全てのマイクロミサイルをやり過ごしたフィーリュシカへと、魔女は両腕の武装を向けた。

 しかし発砲の瞬間にはフィーリュシカの回避は完了し、悠々と雪上用モジュールを再装備すると魔女への接近を再開。

 右腕を持ち上げ、20ミリ機関砲を魔女へと指向した。

 魔女はそれでも感情の無い表情を浮かべていたが、機関砲が火を噴くと、思考が止まったようにその場で硬直した。

 放たれた銃弾は、容赦なく魔女の左腕。14.5ミリ連装機銃を撃ち抜いた。

 機銃は着弾と同時に強制脱離されるが、弾薬が誘爆し、飛び散った金属片が〈エクリプス〉のフレームの隙間を縫って魔女の左半身へと突き刺さる。


 フィーリュシカは既に次の攻撃体勢をとっていた。照準は魔女の右腕。23ミリ機関砲。

 だが左半身をずたぼろにされながらも、魔女は感情無い瞳でフィーリュシカを見つめたまま、ゆらりと右腕を構えた。

 23ミリ機関砲が指向したのはフィーリュシカではない。その背後に追いつこうとしているナツコだった。


 23ミリ機関砲から3発の砲弾が放たれる。

 発火炎が瞬くと同時にフィーリュシカは射線上へと右腕を投げ出した。


 目の前で起こっている事態を理解したナツコは、放たれた砲弾へと意識を向けた。活性化した脳が認識能力を底上げし、体感速度がゆっくり感じられるようになる。

 色を失って灰色に染まった世界で、砲弾の運動方程式を計算。弾道を算出。


(――命中する)


 ナツコは計算完了と同時に理解した。

 1発目は20ミリ機関砲へ。2発目は〈アルデルト〉の右腕部フレームへ。そして3発目は、フィーリュシカの腕の下をかいくぐって、〈ヘッダーン5・アサルト〉へ。

 銃弾は脇腹に命中し、装甲を貫通する。そうなったら死だ。

 回避軌道を算出しようとするが、魔女の発砲に気がつくのが一瞬遅かった。

 既に回避する猶予はない。だが、生き残る術はある。


 ナツコは脳内で23ミリ砲弾の弾道と、〈ヘッダーン5・アサルト〉の運動性能から最適な防御軌道を再計算。

 右腕を突き出し、砲弾が触れた瞬間にデュアルコアシステムによる運動エネルギー転換で砲弾を弾けば――

 失うのは、右腕だけで済む。


 片腕を失おうが、ここで死ぬわけにはいかなかった。

 ナツコの目的は故郷であるハツキ島を取り戻すこと。こんな場所で死ぬ訳にはいかない。

 覚悟を決めたナツコは、射線上へと右腕を差し出した。


 直後、ハンマーで殴られたような強烈な衝撃がナツコの頭部を襲った。

 あまりの痛みに視界が真っ黒に染まり、立っていられなくなった体が膝から崩れ落ちそうになる。

 〈ヘッダーン5・アサルト〉が装備者の異常な行動に対して姿勢補助を有効にしたおかげで崩れ落ちずに済んだが、それでも意識が朦朧として何が起こったのか分からない。

 砲弾が命中するまでにはもう少し時間的余裕があったはずだった。


(――何が起こった?)


 問いかけると、機能を回復しつつある脳が現状確認を開始する。


(右腕は――ある。あ、フィーちゃん)


 目の前ではフィーリュシカが2発の23ミリ砲弾を被弾していた。

 右腕の20ミリ機関砲は脱離され、砕け散った状態で宙を舞っている。

 砲弾を弾ききれなかった右腕基礎フレームは原形を保たず変形し、フィーリュシカの鮮血が飛び散っていた。

 3発目の砲弾は――ナツコには命中しない弾道をとっていて、既にナツコの側方を通過しようとしていた。


(どうして?)


 どんなに計算を繰り返しても、ナツコの知っている物理法則ではこうはならないはずだった。

 ただ機能回復した脳が認識する灰色の世界の中で、直前までは存在していなかった空気の流れが見えた。

 それは砲弾をはじき飛ばしてしまうほど強力でありながら、局所的に短時間で発生したものだ。

 砲弾が通過するはずだったフィーリュシカの腕の下に意識を向けると、本来そこにあり得るはずの無い大量の熱が存在した。


(熱による空気膨張が砲弾をはじき飛ばしたんだ)


 ナツコの脳が出した答えは正解だった。

 だがナツコには、空気膨張を起こすほどの熱がどうして発生したのかが分からない。

 それでもそれ以上考え事をしている余裕は無かった。

 魔女が23ミリ機関砲の照準を調整していた。これ以上フィーリュシカの足を引っ張ってはいけないと、砲口へ意識を向けて回避機動を算出する。


 フィーリュシカは被弾し、右腕に軽くは無い傷を負ったが、表情を変えることなく、左手に持った個人防衛火器を魔女へ向けて連射した。

 魔女は構えていた23ミリ機関砲を盾にしながら後退する。放たれた軽量高速弾は機関砲に命中し、可動部分に僅かな損傷を与える。その僅かな損傷は、機関砲が機能不全を起こすには十分だった。


 武器を失った魔女は、ボロボロの左手で個人用防衛火器をとり、右手は拳銃をとろうと動く。

 フィーリュシカは先手をとって更に距離を詰めると、1弾倉撃ちきった個人防衛火器を投棄。左手にハンドアクスを持った。

 魔女へ向けてハンドアクスが投擲される。

 〈エクリプス〉のスラスターが火を噴き、右方向へ緊急回避。魔女はフィーリュシカへ攻撃を加えるが、その全てが回避された。

 フィーリュシカは右手で対装甲拳銃を抜いた。対する魔女も右手に持った拳銃を構える。


 2人の持った拳銃は互いに銃口を向けていた。

 重なるように2つの銃声が響く。

 空中で接触する銃弾。

 軽装甲を貫通するよう設計された対装甲拳銃の銃弾は、空中で接触した拳銃弾の軌道を逸らし、自身も軌道を微修正。


 軌道を逸らされた魔女の拳銃弾はフィーリュシカの顔の横。僅か2センチの距離を通過した。

 同じく軌道を逸らされた対装甲拳銃弾は、魔女の左脇腹へ着弾。薄い装甲を貫通し、フレームの隙間へと突き刺さった。


 フィーリュシカは〈アルデルト〉を急加速させる。

 魔女は後退しようと試みるが、左脇腹の損傷によって〈エクリプス〉左脚部の操作が一瞬まごついた。

 その隙が見逃されるはずも無く、10メートルあった距離を一瞬でゼロにして肉薄した〈アルデルト〉の前蹴りが〈エクリプス〉左脇腹を捉える。

 損傷した装甲が押し込まれ、魔女の脇腹を加害する。更に蹴り飛ばされた魔女へと、フィーリュシカは対装甲拳銃を一挙動で構え、迷わず引き金を引いた。


 機体の操縦能力を失っていた魔女の頭部へ、対装甲拳銃弾が命中する。

 銃弾はヘルメット側面を抉るようにしてそれを魔女からはぎ取った。


 内臓と側頭部に傷を負った魔女は雪の上に仰向けに倒れた。

 それでも戦う意思が残っているようで、赤い瞳がフィーリュシカへ向けられて、拳銃を取り落としていた右手が高周波振動ブレードを引き抜こうとする。


 もう決着はついていた。

 フィーリュシカは弾切れになった拳銃をホルスターへしまうと、使っていなかった個人防衛火器を右手に持って、魔女へ向けると躊躇無く連射した。

 魔女の血が飛び散り、真っ白な雪が鮮血に染まる。

 それきり、魔女は動かなくなった。


 戦闘が終わったことを確かめたナツコは、機体の動作状況を確認するフィーリュシカの元へ駆けよって尋ねる。


「魔女さん、殺してしまったんですか?」


 フィーリュシカは首を横に振った。


「いいえ。隊長殿より可能なら生け捕りにするよう命じられている。ただ、動かないよう加工しただけ」

「そ、そうですか」


 ナツコは魔女の姿を見た。

 血にまみれ、決して浅くは無い傷を負っていることは確かだが、それでも魔女は微かに息をしていた。


「そ、そうだフィーちゃん! 右手の怪我は大丈夫ですか?」

「問題無い」

「でも、血が出てます。どうして私なんかをかばって――」


 問いかけたが、ナツコにも答えは分かっていた。

 ナツコが想定していたものと全く同じ答えがフィーリュシカからなされる。


「自分は、ナツコを守れと命令を受けている」

「そうですよね。でも、すぐにちゃんとした治療を受けて下さい。そうでないと、私、傷つきます」

「それはいけない。直ぐ治療を受けると約束する。――だがまずは作戦成功の報告を行う」

「はい。ちゃんと約束してくれるならそれでいいんです」


 フィーリュシカは頷くと、タマキへと通信を繋ぐ。


「攻撃班よりツバキ1へ。魔女の無力化に成功。負傷者1。治療が必要」


 タマキからの返答は早かった。


『了解。軍医を手配します。誘導班は攻撃班との合流を。攻撃班、その場で待機可能ですか?』

「問題無い」

『では魔女を帝国軍に渡さぬようその場で警戒を。直ぐ向かいます』

「承知した」


 通信を終えたフィーリュシカはナツコへ警戒待機を言い渡す。

 命令には応じるナツコであったが、その前にとバックパックから緊急医療キットを取り出した。


「止血だけでもしないと大変ですよ」

「必要を認めない」

「さっき直ぐに治療を受けると約束しました」

「――承知した」


 観念したようにフィーリュシカは〈アルデルト〉の右腕部パーツを取り外し、突き刺さった装甲の破片を引き抜いていく。

 ナツコもそれを手伝い、血に染まったフィーリュシカの右腕に消毒と止血を施し、軽く包帯を巻き付けた。


 そこへタマキ達が合流する。

 更には大隊から派遣されていた情報収集部隊の隊長、ルビニ少尉も駆けつけた。ルビニは指揮戦闘車両から飛び出すと、ツバキ小隊へと指示を飛ばす。


「魔女をレイタムリット基地まで移送します。直ぐに車両へ!」


 ルビニの命令に従って、ナツコは魔女を指揮戦闘車両に運び込んだ。

 フィーリュシカは魔女の状態を簡単に説明すると、念のため自分が側につくと、ルビニとタマキの許可をとった上で指揮戦闘車両に乗り込む。

 指揮戦闘車両では大隊付きの軍医が、傷ついたフィーリュシカの治療と、魔女の止血を進めた。


「フィーさんにこれほどの傷を負わせるとはね」

「すいません。私をかばったせいなんです」


 タマキの言葉にナツコが答える。タマキはそんなナツコを叱咤する。


「作戦行動中にそんな顔をしない。僚機として側にいるよう命じたのはわたしです。あなたはその命令を良く果たしました」

「そうですけど、でも――」

「繰り返しますが作戦行動中ですよ」

「はい、分かっています。外で警戒にあたりますね」

「よろしい」


 ナツコは指揮戦闘車両から下りて、他の隊員と共に周囲の警戒を開始した。

 タマキは治療を受けるフィーリュシカの元へ赴き、怪我の状態を確かめる。


「軽くは無い怪我です。完治にはどれくらいかかりますか?」

「2日あれば戦闘可能」

「あなたにはきいていません」


 タマキはフィーリュシカの回答を聞き流して再度軍医へと尋ねる。軍医からは3週間との回答が得られた。


「しばらくは休んで頂きます。――ですが、魔女の確保は良くやってくれました」

「自分は命令に従っただけ」

「ええ、そうですね」


 フィーリュシカならそう答えるだろうとタマキも予想していた。

 軍医は治療を進め、傷の深い右腕へと麻酔をかける。

 これ幸いと、タマキはこっそりと採血管を拝借し、フィーリュシカの右腕から血液を3滴ばかり回収した。


「治療を受けつつ魔女の見張りを」

「承知した」


 気付かれていないようなのでタマキは満足し、後ろ手に隠していた採血管をバックパックへとしまい込んだ。

 そこへ大隊司令部からの指示を受けたルビニがやってくる。


「司令部よりツバキ小隊へ連絡です。魔女確保ご苦労。そのままレイタムリット基地まで車両の護衛にあたるように。とのことです」

「了解。ツバキ小隊、車両護衛にあたります」


 タマキはルビニへと敬礼して応じた。

 帝国軍との戦闘も気になったが、魔女による攻撃は完全に失敗し、帝国軍攻略部隊は万全の態勢を整えていた統合軍防衛部隊と正面切って戦っているような状態である。

 統合軍勢力圏に突出したウエストシップ補給拠点は他の拠点からの援軍を受けやすく、攻略が長引けば帝国軍は撤退するしか無いだろう。

 そう判断して、タマキは車両からでると外で警戒に当たっていた隊員へと命じる。


「これよりツバキ小隊はレイタムリット基地まで魔女を移送するこの車両を護衛します。今後の戦略決定に大きな影響を与えるであろう重要な任務です。各員、油断せず備えるように!」


 隊員達は敬礼で応え、タマキの指示に従って車両の護衛を開始した。

 魔女討伐と称された統合軍による作戦は成功を収め、いくつもの統合軍拠点を陥落させてきた魔女の身柄は確保された。

 ――だが魔女の身柄を確保した方法とその実行者については、明らかにされることは無かった。

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