第146話 ウエストシップ補給拠点

 タマキの作戦参加要求に対して、カサネはこうなると思ったと、渋りながらも作戦参加を認めた。

 1度タマキが言い始めたことだし、隊員と話し合って決めたことならばそれを拒否することは出来ない。

 それでも未だ全容つかめぬ魔女相手に妹を送り込むのは不安で、カサネは再三にわたり無理しないよう釘を刺した。


「いいかタマキ。危ないと感じたら直ぐに撤退しろ」

「分かってる。わたしだって簡単に何とかなる相手だとは思ってないわ。それよりお兄ちゃん。ブレインオーダー計画って知ってる?」


 唐突に繰り出された問いかけにカサネは首をかしげた。端末を操作してみるが、アクセスが拒否されて調べられない。


「なんだそれは? ――機密情報になってるな。しかも枢軸軍時代のデータだ。無理とは言わないが、アクセスには時間がかかるぞ」

「枢軸軍時代の? 時間かかっても良いから調べて貰える?」


 一応頼んでいる建前をとったが、カサネにとってそれは命令に違いない。

 まず頷いてから、カサネは尋ねる。


「で、何の意味があるんだ?」

「魔女と関係があるみたいなの。と言ってもそれ以上の情報もないけど」

「情報の出所は?」


 タマキは伸ばした指先を顎に当てて、少し悩んでから答えた。


「今は秘密。でも確かな情報よ」

「お前が言うのならそうだろうな。調べておくよ。だからくれぐれも魔女相手に不用意な行動は――」

「分かってる。いいからさっさと命令出して」


 タマキは厳しく言いつける。端から見たらどっちが命令する側の人間なのか分からないような状況だった。それでもカサネは中佐として、独立大隊隊長として命じる。


「大隊直轄ツバキ小隊へ命じる。明朝、ボーデン地方ウエストシップ補給拠点へ赴き、侵攻の予想される魔女に備えよ。

 部隊には任意の撤退決定権を与える。状況不利とみたら指示を待たずレイタムリット基地まで後退して構わない」

「了解。ハツキ島義勇軍ツバキ小隊。ウエストシップ補給拠点へ赴き魔女を確実に撃破いたします」


 命令に齟齬があったことにカサネは顔をしかめるが、タマキがこう言っている以上、更に厳しく言いつけたところで無駄な事だ。それにタマキはどんなことがあっても隊員を無駄死にさせるようなことはないと、カサネも信頼していた。


「上層部は魔女を可能な限り生け捕りにして欲しいようだが、気にしなくていい」

「生け捕りね。わたしも魔女には興味があるわ」

「無理しなくていいからな」

「ええ。現場の状況を見て判断させます」


 既に命令を受け取ったタマキはこれ以上ここにいる必要も無いと、いつもの定型文を口にして執務室からでていった。

 残されたカサネは深く深くため息をついて、自身も前線基地へ移動するため副官へと部隊を招集するよう連絡を取った。


          ◇    ◇    ◇


 レイタムリット基地にて過ごしたツバキ小隊は、翌朝早くに集合を命じられて、日の出前だというのに全員制服に着替えトレーラー前に整列した。


「おはようございます。予定より早い起床となりましたが、皆さん体調に問題はありませんね?」


 タマキの問いかけに皆ヘルスチェックの結果を述べていく。

 レイタムリット基地の宿舎は暖房が完備されていたし、温かい食事に温水の使えるシャワーはもちろん、浴槽まで使用できた隊員の健康状態は問題無く、いつも以上に肌もつやつやしていた。

 全員の健康状態に問題無いことを確認したタマキは早朝起床となった理由を説明するべく、昨晩前線で発生した戦闘について報告する。


「昨晩、統合軍が最新鋭機〈ヘッダーン5・アサルト〉を配備した前線拠点に、魔女と思われる敵機が奇襲を仕掛けました。最新鋭機ですら魔女相手には通用せず、拠点は帝国軍の手に落ちています。

 我々はこれよりウエストシップ補給基地へ向かいますが、いつ魔女が攻めてきてもおかしくない状況です。配備後はもちろんですが、移動中も決して気を抜かないように」


 差し迫った状況に、隊員達も険しい表情で応えた。

 既にトレーラーの荷室には各員の〈R3〉と、修理完了した〈音止〉が積み込まれていた。タマキは隊員へと移動指示を出す。


「これよりツバキ小隊はウエストシップ補給拠点へ向かいます。イスラさん、運転をお願いします。サネルマさん、リルさん、周辺警戒を。フィーさん、ナツコさんは出撃待機。

 各員、車両に乗り込んで下さい」


 命令に対して敬礼で応え、隊員達はトレーラーへ乗り込んでいく。

 レイタムリット基地から1歩外へ出たらいつ攻撃を受けてもおかしくない。

 トレーラーの駆動ユニットが暖められる間に出撃準備を完了したサネルマとリルが車体上部に設えられた警戒塔に登ると、移動が開始された。

 レイタムリット基地を出発したトレーラーは、基地正門を抜けると海岸沿いを走りボーデン地方へと向かう。

 向かう先はボーデン地方北西部。1級河川と2級河川が交わる水上交通の要所、ウエストシップ補給拠点。

 魔女が先陣を切る帝国軍部隊は、その目前まで迫っていた。


          ◇    ◇    ◇


 出撃待機を命じられたナツコは、装着装置へと〈ヘッダーン5・アサルト〉の格納容器をセットして、いつでも出撃できるよう機能性インナーに着替える。

 そのままだと寒いので制服の上着を羽織り、以前よりツバキ小隊が備蓄を進めていた毛布にくるまった。

 同じく出撃準備を整えたフィーリュシカは隣に座るが、そちらは寒くないのか上着も着ずに平気な顔をしていた。


「ねえフィーちゃん。ブレインオーダー計画って何です?」


 ナツコがずっと気になっていたことを尋ねたが、フィーリュシカは素っ気なく答えた。


「今それを知る必要は無い」

「そ、そうですよね……。魔女、でしたっけ? 凄い強いみたいですけど、頑張って戦いましょうね! これも、ハツキ島を取り戻すためです!」


 意気込むナツコだが、フィーリュシカは無感情な表情のまま首をかしげる。


「魔女と戦うのは自分のはず」

「えっ!? でも、私はフィーちゃんの僚機ですよ!」


 近くにいる必要があると胸を張ったナツコ。

 フィーリュシカは光の無い赤い瞳でそれを見つめたあと、呟いた。


「そう。くれぐれも自分の後ろを離れないで。あなたは回避と防御に専念して」

「はい! 気を付けます!」

「あなたが居ても足手まといにしかならないと思いますけどね」


 随伴を認められて良い気分だったナツコへと、カリラが事実を告げてしまう。

 ナツコは恨めしげな視線を向けるが、カリラは動じない。


「分かってらっしゃる? 相手はブレインオーダーですのよ」

「でも、私はフィーちゃんの僚機です!! ――あれ、カリラさん、ブレーンオーダーって何か知ってます?」

「多少ですけれど」


 カリラは問いかけに対して、記憶をたどるようにしながら答えた。


「――確か、前大戦中に枢軸軍内で進められた計画がDO計画ですわ。これが連合軍側に伝わったときにブレインオーダー計画と呼ばれるようになったとか。

 内容は、まあ今となっては考えられないものですけれど、遺伝子合成と脳化学を組み合わせて、戦闘に最適な人間を作る計画だったとか」

「えっ!? それじゃあ魔女っていうのは、戦闘するために作られた人なんですか?」


 カリラは冷静に答える。


「あくまで当時の記録がそうなっているという話ですわ。そもそも当時は宇宙空間で戦艦や宙間決戦兵器を戦わせる時代ですから、優秀な兵士より艦船を造ることが優先されて、計画もろくな結果を出せないまま終わったようですわ。

 ――それでも一部の狂った脳科学者は独自に研究を進めていたみたいですけど」

「へ、へえ。ということは……? 魔女はその計画を引き継いだ誰かが作ったってことですかね?」

「情報の出所があの金髪小娘ですからね。事実かどうか――。いえ、きっと正しいのでしょうね」


 人間としてはともかく、技術者としてのユイについてはカリラも認めていた。そのユイがわざわざあの場で口にしたくらいなのだから、正しいのだろうとカリラは判断していた。


「どうしてあなたがそれを知っている」


 カリラにたいしてフィーリュシカが問う。

 感情の無い赤い瞳で見つめられたカリラは、戸惑いながらも答えた。


「それは――昔誰かから聞きかじった知識ですわ」

「誰?」

「誰と言われましても……。そういえば、誰だったかしら? 覚えがありませんわ」


 あやふやな答えに対してフィーリュシカはカリラを見つめ続けたが、カリラもこれ以上何も出てこないと意思表示をする。それでも見つめるのをやめないフィーリュシカへ、カリラは逆に尋ねた。


「むしろあなたに尋ねたいですわ。まさかあなた、ブレインオーダーではないでしょうね。魔女とか言うのも、見た目はあなたにそっくりでしたわ」

「え、カリラさん、何てこと聞くんですか! でも確かに魔女さん、フィーちゃんに似てたかも……」


 ナツコも魔女の映像を思い出し、フィーリュシカと重ねる。

 銀色の髪に赤い瞳、整った顔立ち。見た目は確かにフィーリュシカと魔女はそっくりだった。それに、敵の攻撃を受け付けず、回避運動を予測し尽くした精密射撃で敵機を次々に撃破する戦闘能力も。

 だがフィーリュシカはその疑惑を明確に否定した。


「自分はブレインオーダー計画と一切関係ない」


 きっぱりと否定されて、それ以上カリラも追求しなかった。


「ま、そう言うなら信じてあげますわ。戦うからには、負けないで下さいまし」

「問題無い」


 どうかしらね、とカリラは口にして、ナツコの機体へ装着される12.7ミリ機銃の整備を始めた。

 ツバキ小隊を乗せたトレーラーは、その日の昼過ぎにはウエストシップ補給基地に到着した。

 魔女が出現するのは夕暮れ時から早朝にかけて。魔女は闇に乗じてステルス機構を使い接近し、突如姿を現すと防衛部隊に壊滅的被害を与える。


 魔女の接近に備え装甲騎兵〈I-K20〉小隊が配備されていたが、それでも防衛部隊の間には普段とは異なる緊迫した空気が蔓延していた。

 相手が帝国軍の部隊ならともかく、魔女と噂される未知の敵となれば不安も増す。

 ツバキ小隊も夕暮れ以降の魔女襲来に備え、〈音止〉を出撃可能なように整備場へ待機させると早めの休息に入った。


 そして日が沈む頃、仮眠あけのツバキ小隊に防衛配置につくよう命令が下された。

 同じ大隊からはレーベンリザ大尉の率いる中隊と、ルビニ少尉が率いる大隊長直轄の情報収集部隊が派遣されていた。

 隊員は着替えるとトレーラー前に集合し、各々自身の機体を装備する。


 ナツコは1番最後に装着装置へ入り、認識用の個人用端末を装置へかざす。

 認証が成功すると、最新鋭突撃機〈ヘッダーン5・アサルト〉がナツコの体に装着されていく。

 主武装は左腕の12.7ミリ機銃。

 今回は防衛目的であり、敵は突撃機が想定された。

 しかしナツコ自身は戦闘に関与せず、もしフィーリュシカに何かあったときに、彼女を迅速に待避させるための戦力としての運用が決定していた。

 他の装備は肩に担いだマイクロミサイル迎撃用の小型誘導弾ユニットと、背中には〈ヘッダーン5・アサルト〉の電子戦能力を活かした簡易レーダー錯乱装置。

 右腕には汎用射出機を装備し、煙幕弾、閃光弾、球形偵察ユニットと観測用の撮影ユニットをバックパックに詰め込んだ。

 あとは右手にライフルシールドと、左足太股に6.5ミリ軽量高速弾を用いる個人防衛火器、腰にはハンドアクスを吊り下げた。

 そして右脇の下のホルスターに、9ミリ弾を用いる拳銃〈アムリ〉を装備。


 全ての装備が装着されると、腰のカートリッジへとエネルギーパックが装填される。

 片側2口、両側合わせて4つのエネルギーパックを接続されると、機体全体にエネルギーが行き渡り、ヘルメットに装着された透明ディスプレイへとセルフチェックのログが表示される。

 セルフチェックは全て無事に完了し、出撃準備完了を示すグリーンのライトが点灯した。


 ナツコは両足に力を込めて、装着装置全面のゲートが開くと機体を勢いよく加速させる。


「ハツキ島義勇軍ツバキ小隊。ナツコ・ハツキ1等兵。〈ヘッダーン5・アサルト〉、出撃します!」


 勢いよく飛び出したナツコは、整列していたツバキ小隊の隊列を高速で横切った。

 慌てて引き返しその端についたが、タマキからは白い目を向けられる。


「な、ナツコ・ハツキ1等兵、出撃準備完了しました!」

「大変よろしい。ですが次からはもう少し周囲に配慮して出撃するように」

「め、面目ないです」


 ナツコは謝罪するが、既にタマキは防衛作戦へと意識を向けていた。

 出撃準備の整った隊員達を1通り見渡して、士官用端末を手に状況説明を開始する。


「これより我々はウエストシップ補給拠点の防衛配置につきます。

 ――ですが、今し方最前線において偵察中の〈ヘッダーン4・スカウト〉2機がロストしたとの連絡がありました。拠点には戦闘配備命令が下されています。

 既に戦闘が始まっているものとして、各員くれぐれも油断しないように。それでは集合」


 ツバキ小隊は円陣を組んで、全員が腕を前に出す。

 タマキの操作によって全機体が戦術データリンクで接続される。


「戦術データリンク、成功。出撃コード『ツバキ』を発行。これよりツバキは魔女討伐へ向かいます。

 ツバキ3、ツバキ6は魔女と直接戦闘を行う攻撃班。残りは誘導班とします。

 復帰して最初の作戦参加になりますが、これまで重ねてきた訓練は体が覚えているはずです。各員、くれぐれも油断せず作戦の遂行に全力を尽くすように。

 ――ツバキ、出撃開始!」


 ツバキ小隊は駐車場から飛び出していく。

 既に日は沈み、西の空は朱色に輝き、辺りは紺色の空が広がっていた。小さな星が瞬き、線の細い月の浮かぶ夜。

 雪の積もるウエストシップ補給拠点にて、統合軍防衛部隊と魔女との戦いの火蓋が切られた。


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