第144話 東部戦線戦況報告

 レイタムリット基地に戻ってきたツバキ小隊は、早速新しい所属大隊の司令所へ向かう。

 第401独立遊撃大隊。その大隊長はタマキの兄、カサネだ。

 前回来たときは異なり、タマキがいることでツバキ小隊は顔パス同然で大隊司令所へと通される。

 一応着任の挨拶はタマキだけで、カサネの執務室へと入った。


「失礼します。ハツキ島義勇軍ツバキ小隊付き統合軍監察官、タマキ・ニシです」

「どうぞ」


 建前だけはしっかり入室許可をとると、タマキは扉を開けてずかずかと執務室へ入る。

 対するカサネも慣れたもので、手元の端末で預かっていた〈C19〉の引き渡し準備を進めるよう指示を出す。


「着任の挨拶に来ました」

「ご足労どうも少尉。――いや中尉か。昇進おめでとう。少し早かったな」


 階級章を読み取って訂正すると、カサネはタマキに椅子にかけるよう促した。

 だがタマキは足を止めず、カサネの机までやってきてそこに手を置いて尋ねた。


「そんなことより、ツバキ小隊の所属はお兄ちゃんが決めたの?」

「いいや。司令部から直々に通達があった。総司令官の肝いりとあっては断ることは出来ない」

「なるほどね。ムニエ閣下が」


 カサネの関与を疑っていたタマキだが、その言葉を信じた。

 リルが直接コゼットの元へ出向いたことによって、ツバキ小隊の扱いに大きな変化があったのは事実。

 コゼットは娘のことを気にかけているようだが、リルは母親のことを拒絶している。

 だから手元におくことは諦め、信頼出来る部隊へと預けるしか無かった。

 その点でカサネが指揮する独立大隊は勝手が良かったのだろう。

 カサネの母親であるフミノとコゼットは20年来の友人であり、どこの連隊にも属さない独立大隊は司令部からも干渉しやすい。


「義勇軍の隊長を続けることにしたか」

「ええ。言ったでしょ。わたしにはあの子達が必要なの」

「ああそうだった」


 タマキとしてはカサネが隊員に対して不要なことを伝えた件について咎めたつもりだったのだが、カサネは気がついていないようだった。

 呆れたタマキはため息をついて、必要な話を進めていく。


「わたしの機体は?」

「今準備させてる。装備は後で必要なものを持って行ってくれ」

「よろしい。配備先は?」


 タマキの物言いにも慣れたもので、カサネは執務机に埋め込まれたディスプレイへと周辺地図を表示させ答える。


「遊撃大隊だからな。敵の侵攻に合わせて移動が絶えない。この間まではデイン・ミッドフェルド基地方面に居たが、ラングルーネ基地攻略失敗を受けて、今はボーデン基地のある南東方面へ配置転換している」

「ま、そうなるでしょうね。しばらく指揮官端末もアクセスコードも取り上げられてたから知らないのだけど、ラングルーネ基地攻略は大失敗だったって認識で間違いないのよね?」


 問いかけにカサネは頷いた。


「その認識で正しい。

 肝心の基地攻略は基地防壁にすら辿り着けず被害を出して撤退。帝国軍へと与えた損害も僅か。大量のエネルギーと弾薬を消費し、反転攻勢を受けラングルーネ周辺拠点は全て奪還された」


 周辺地図に現在の勢力状況が色分けして表示された。

 新年反転攻勢で拮抗まで持ち込んでいた戦力バランスだったが、今は帝国軍側の推定戦力が若干上回っていた。


「結局、本星将官たちの決定に従ったのは失敗だったようだ」

「んー、でも最終決定を下して作戦を実行に移したのはムニエ閣下よね? だとしたら、あの作戦は別の意味があったんじゃない?」

「そうか? 本星からの命令に渋々従うしか無かっただけだと思うが。――お前、司令閣下のことそんなに評価してたか?」


 その問いにはタマキは否定するようにかぶりを振って返す。


「わたしじゃなくて、母様がね。コゼット・ムニエは信頼に値すると」

「母さんが? となると……どうなる?」

「ラングルーネ基地攻略失敗は閣下にとっては折り込み済みだった。――閣下が自由に動かすとしたらアイレーンの部隊よね? どこの軍に居たか分かる?」

「調べ物か。ま、付き合うよ」


 当然カサネに拒否権は無く、端末を叩き機密情報へアクセスする。

 だが第1次反攻作戦最中のアイレーン星系出身部隊の配置はレイタムリット基地から動いていなかった。


「基地の防衛だな。レイタムリットから動いてない」

「でも閣下はレインウェル基地に居たのよね?」

「確かにそうだ。虎の子部隊を手元から離してレイタムリットに配備していた。――だがおかしな話でも無い。帝国軍がレインウェルを攻めるとすれば、レイタムリットを通らないわけにはいかない」

「それはそうなんだけど。本当にレイタムリットから動いてないの?」

「記録上はそうなってる」


 答えはしたが、タマキの納得できる回答をだそうと、カサネは当時の備蓄資源持ち出し記録へとアクセスした。当時から現在まで、物資統制が続き備蓄資源は厳しく管理されている。

 もしアイレーンの部隊が動いていたら当然物資が持ち出される。エネルギーパックの空箱1つすら管理されているような状況で物資に手を出せば、いくら情報を改ざんしても何処かにしわ寄せが出る。

 カサネはそんなものないだろうとたかをくくっていたのだが、念入りに調べて見るとどうにも不自然な物資の動きが多数確認された。


「エネルギーパックが、異常な量持ち出されてる。それに機銃弾に、対装甲砲弾まで」

「アイレーン所属部隊は秘密裏に行動していたと」

「待て。まだそうと決まったわけではない」


 カサネは当時レイタムリット基地に駐留していた、信頼のおける士官へと連絡をとった。

 彼は最初回答を誤魔化したが、カサネが念を押すと他言無用だと前置きしてからアイレーン部隊の出撃があったことを報告した。


「基地攻略作戦開始とほぼ同時刻、アイレーン星系出身の1大隊がレイタムリット基地を出発し、北側へ進路をとった。防衛部隊へは基地北方の再測量と説明があったらしい」

「測量に対装甲砲弾を持ち出したと?」

「おかしな話だ。それに、装甲騎兵〈I-K20〉も数機確認されてる。こっちは削岩機装備」

「どこの測量に向かったらそんなもの――待って。削岩機?」


 削岩機を装備した装甲騎兵。

 測量へ向かうのに岩をどかす必要があったのかも知れない。冬期のレイタムリット北部は巨大な氷塊が道を塞ぐこともある。そのためかも知れない。

 それでもタマキの脳内にはどうしてもぬぐえない違和感があった。

 削岩機を装備した装甲騎兵。

 タマキはそれを過去にも目撃していた。


「そうよ。デイン・ミッドフェルド基地の前線哨戒に行ったとき! 帝国軍の〈ハーモニック〉が3機、削岩機担いで偵察に来てた!」


 直ちにカサネが当時の記録を引っ張り出す。

 それはツバキ小隊がデイン・ミッドフェルド基地前線、ドレーク基地所属となり、基地北部山岳地帯にて哨戒任務についていたとき。

 哨戒任務最後の夜、ツバキ小隊が拠点としていた建物へと帝国軍の〈ハーモニック〉3機が接近し、戦闘となった。

 ツバキ小隊は現地にて行っていた対装甲騎兵訓練と障害構築、そして〈音止〉の活躍もあり敵機を全て撃破したが、何故そんな場所に最新鋭装甲騎兵である〈ハーモニック〉が、削岩機を装備して姿を現したのかは謎であった。

 

「確かに。当時〈ハーモニック〉の目的については分からなかった。しかしそれと同じ行動を、司令閣下がとった。帝国軍と司令閣下は、何らかの目的を共有している可能性がある」

「わたしは閣下を信じます。今回の行動は帝国軍に先んじて、隠された何かを発見するためだった」


 フミノの言葉を全面的に信頼しているタマキはそう言い切った。

 カサネは未だコゼットに対する疑念がぬぐえていないが、タマキの仮定のもと話を進める。


「発見に削岩機が必要な何かが存在するとしよう。だが探している場所は帝国軍と司令閣下で異なる。

 帝国軍はデイン・ミッドフェルド基地北部。司令閣下はレイタムリット北部。この2つに共通点は――」


 無い、と言おうとしたのだが、地図を見てカサネは共通点を見つけてしまった。

 それは誰の目にも明らかだった。

 トトミ中央大陸東部。レイタムリットの真北に存在し、その裾野をデイン・ミッドフェルド基地北部まで広げる、標高6000メートルを超える巨大な天然要害。


「「――トトミ霊山」」


 2人の指が同時にそこを指し示した。

 トトミ霊山に何かが隠されていて、帝国軍とコゼットはそれを探している。

 何が隠されているのかは分からない。だが帝国軍は最新鋭装甲騎兵を派遣し、コゼットは物資統制中に1大隊を秘密裏に動かして捜索を行っている。

 ただものでは無い何かが存在する。そう考えるには十分すぎる証拠だった。


「だがトトミ霊山の何処かでは捜索のしようがないぞ。簡単な捜索だけで1年はかかる。しかも冬期はほとんど立ち入れない。それが削岩機まで使う必要があるとなれば、何年かかるか分かったものじゃない」

「全体の捜索は無謀でしょうね。それでもムニエ閣下は何かを探してる――。まさか――」


 タマキはリルからコゼットについての話を伺っていた。

 この戦いには裏で何者かが関与しているとコゼットは言った。アイノ・テラーがトトミの戦いに関与していることは間違いないとも。

 そして、コゼットはアイノ・テラーに対して個人的な恨みを持ち、彼女を殺そうと居場所を探している。


「アイノ・テラー。コゼットは彼女を終戦から21年間ずっと探している」

「情報の出所は?」

「本人にリル・ムニエが確認した」

「だがそうなると、何故司令閣下はトトミ星系所属時代にトトミ霊山を探さなかった? 当時なら十分な時間があったはずだ」

「確かに。――最近になって潜伏場所の情報を掴んだ。あるいは――閣下がアイレーン星系へ移動した後、彼女がやってきたというのは?」

「トトミ霊山に秘密基地を作って?」

「1から作る必要はなかったでしょう。大戦中、枢軸軍は惑星トトミにいくつか秘密の地下拠点を築いていた。たまたまトトミ霊山にあったものを使ったのかも」

「枢軸軍時代の遺構となれば捜索は困難だな」

「今って山遊びしていられる余裕ある?」


 タマキの問いは、冬のトトミ霊山捜索の許可申請のようなものだった。

 何の手がかりも無い状態で、流石のカサネも許可を出すわけにはいかない。それに、余所に構っていられるほど、東部戦線の戦況は芳しくなかった。


「残念ながら。帝国軍が徐々にではあるが戦線を押し上げてきている。このままだと再びレイタムリット基地まで侵攻される」

「む」


 タマキは妹の特権を行使しようとカサネを睨み付けたが、彼が折れるよりも先に勢力図に不自然な箇所を見つけて、睨み付ける対象をそちらへと切り替えた。


「ここ、何かあった? NE・K拠点だけ帝国軍が突出してるようだけど」

「ああ、魔女についてはまだ知らないようだな」

「魔女?」


 まさかカサネの口から出てくるとは思わなかった単語にタマキは思わず聞き返した。

 タマキの知識の中で魔女と言えば、地球時代に信仰されていた一種の超能力者であり、宗教と密接に関わりを持った空想上の存在だ。

 その言葉は、宇宙全体に地球型人類が生存領域を広めた時代に似つかわしくない、怪しい響きでしか無かった。


「統合軍は情報を伏せてる。それを知った上で聞いてくれ。魔女というのは兵士の噂話で語られる名だ。

 こいつが最初に現れたのはボーデン地方のHI拠点。そこから北西へ進み、NK拠点、川沿いのマキ水道局、ウシオ補給拠点、YM拠点、アヤナック物流拠点、そして昨晩NE・K拠点で確認されてる。

 指揮官機に匹敵する電子戦装備と、重装機を破壊可能な火器運用能力、突撃機の機動力を併せ持った帝国軍の新型機体だ。

 単機で出現して現地守備部隊に壊滅的被害を与え、こちらが装甲騎兵を出すと後退していく」

「ふーん。単機でね。こっちの戦力増やしたらどう?」


 大した防備もしていなかったのだろうとタマキは軽く返したのだが、カサネは端末に現地に配備されていた部隊数と、魔女によって撃破された機体数を表示して示した。

 その内容にタマキは目を疑う。


「嘘でしょ。2個大隊丸々やられてるじゃない。それに突撃機でしょ。この装甲騎兵の被撃破数はどういうこと?」


 その記録には4脚対歩兵装甲騎兵〈I-A17〉2機と、2脚人型偵察装甲騎兵〈I-D15〉4機も含まれていた。


「脆弱部分を機関砲で抜いてくるらしい。23ミリだが、重装機だろうが軽装甲騎兵だろうが構わず撃ち抜いてくる。対策は主力の〈I-K20〉か〈I-M16〉を出すしか無い。

 それでも、対歩兵速射砲の攻撃をかいくぐるそうだ。至近距離で榴弾が爆ぜようが無傷。機体には大した装甲もないようだが、命中弾は出せても全て無いに等しい装甲とフレームで弾くらしい。

 これは機密項目にあたるが、映像データもいくつか得られてる。結果、全ての襲撃が同一機体、同一人物であることが明らかになった」


 カサネの端末に、今度は敵機の映像が表示される。

 深紅に塗装された、装甲のほぼ存在しない突撃機。背中には指揮官機向けの電子戦ユニット、ステルス機構の姿が確認された。

 武装は主武装に23ミリ機関砲。左手には14.5ミリ連装機銃。右肩にはマイクロミサイルランチャー。後は近接戦闘向けの高周波振動ブレードとハンドアクス程度。

 それは確かに統合軍のいかなる攻撃によってもダメージを受けず、回避行動を正確無比に読み取った射撃で次々と統合軍所属機を打ち倒す。

 そして装甲が薄くヘルメットも簡素なため、搭乗者の姿も見て取れた。

 銀色の髪を纏った、赤い瞳をした美しい女性。

 だが彼女は瞳に一切の感情を持たず、粛々と作戦行動を遂行していく。

 そこでカメラを搭載している機体が撃破されたのが、映像が遮断された。


「これが魔女だ。こいつが現れてから、ボーデン方面は負け続きだ。うちの部隊はこいつを優先攻撃目標としてボーデン方面へ投入されることになった」

「なるほどね。これは確かに、山登りしている場合じゃ無いわね」


 タマキは口にして、勝手に先ほどの映像を巻き戻し確認する。

 銀髪、感情の無い赤い瞳。そして、常軌を逸した〈R3〉操縦技能。全ての攻撃を受け付けず、必殺の攻撃を繰り出す魔女。

 整った人形のような顔立ちをしたその女に、タマキは既視感があった。だがそれを信じたくないと脳が拒む。


「魔女討伐に統合軍は最新鋭機〈ヘッダーン5・アサルト〉を投入するつもりらしい。量産機のファーストロットをだ。本来ならばロールアウトは来月だったはずの機体だが、やむなしとの判断だそうだ。うちの部隊にもまだ配備予定がない機体だ」

「あ、それツバキ小隊に1機あるわ」

「え?」


 あり得ない言葉にカサネは耳を疑い、尋ねる。


「母さんのつてか?」

「いいえ。副隊長の」


 カサネはツバキ小隊副隊長を思い浮かべて顔をしかめる。ついこの間、その副隊長にシスコンだと罵られたばかりだった。


「この映像データ貰ってもいい? それと、魔女討伐だっけ? その作戦にツバキ小隊も参加させて」

「データは構わないが、はっきり言ってこれまでの常識が通用しない相手だ。作戦参加については許可出来ない」

「聞こえなかったわ」


 許可を出せとタマキは凄みをきかせるが、未知の敵相手に妹を出撃させるわけには行かないとカサネも粘った。

 仕方なくタマキは妥協案を出す。


「分かった。まず映像データだけ頂戴。部隊内で話し合って、勝てる見込みがあると判断したら作戦参加について打診させてもらうわ」

「最新鋭機を所有しているとは言え、相手が悪いぞ」

「そうかもね。でも、恐らく勝算はある。それにこんなのが居座り続けたらレイタムリット基地も直ぐ陥落するわ。早急に対処が必要でしょ?」


 対処が必要なのは間違いないと、カサネも頷くほか無かった。

 タマキは満足して、自分の士官用端末へと魔女の映像データをコピーする。


「いろいろ考えたいこともあるけど、まずはこの戦況をなんとかすることに専念するわ。長旅で疲れたから今日はレイタムリット基地で休んでもいいでしょ?」

「あ、ああ。準備はしてある」

「ありがと。敵の新型機について何か分かったら連絡するわ。それじゃ、また明日ね。大好きよお兄ちゃん」


 貰うべきものを貰ったタマキは、いつもの社交辞令以上の価値はない台詞を口にして、愛想笑いと共に執務室から退出した。

 コゼットの捜しものについても気がかりではあるが、冬期のトトミ霊山にはどうせ手を出せない。まずはこのレイタムリット基地を守らなければ何も始まらない。

 そしてもう1つ。タマキがどうにも気になっていた問題について、もしかしたら魔女が何らかのヒントを持っているかも知れない。


 復帰早々やることが山積みではあったが、タマキは揚々としていた。これはタマキ本来の目的を達成する上で重要な仕事だから。面倒なことは嫌いだが、目的のためなら労力を惜しむつもりはなかった。

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