第142話 出立
謹慎解除の通達が来ることが分かっていたツバキ小隊は、以降の活動に向け急ピッチで準備を進めた。
各〈R3〉は整備され、未だ寒い東部の戦場に合わせて冬期迷彩が施される。
機体の変更を経て全員分の機体を用意出来た。
新戦力となったリルの〈DM1000TypeD〉、サネルマの〈ヘッダーン4・ミーティア〉、ナツコの〈ヘッダーン5・アサルト〉も整備完了し、問題無く動作可能となった。
ナツコだけは操作マニュアルの習熟に時間がかかり実機テストはまだであったが、調整は現地にて行うことにした。
ツバキ小隊の所有する唯一の装甲騎兵〈音止〉は、パーツが届いたものの既に機体をトレーラーへと格納していて、修理についても現地で行うこととなった。
パイロットのトーコは訓練の疲れで足下がふらついていた。されどこれまでの拡張脳使用後に比べれば当人の意識もはっきりしていて、会話も舌っ足らずになりながら十分にこなせた。
全ての出発準備が整うと、ツバキ小隊はニシ家邸宅の駐車場に停められたトレーラー前に整列し、通達が届くのを待つ。
隊員へと謹慎命令を出したのはカサネだが、現在の隊長はタマキだ。所属していた中隊も一部士官による帝国軍への内通により解隊状態となっていて、ややこしくなった指揮系統を整理し直すため、ツバキ小隊は一時的にトトミ総司令官直轄部隊となった。
総司令官コゼット・ムニエからの通達は、惑星トトミ首都所属フミノ・ニシ大佐に届くよう調整され、次期統合軍監察官の派遣から、トトミ中央大陸東部戦線への移動まで、つつがなく実行されるように下準備がなされていた。
予定された時刻になるとコゼットから連絡が入り、それを受けてフミノは整列していたツバキ小隊の前に立った。
フミノは久しく袖を通していなかった統合軍の制服を着用し、毅然とした態度で立つと敬礼した隊員へと返礼し、端末を手に通達事項を読み上げた。
「トトミ星系総司令官コゼット・ムニエ大将からの通達です。心して聞くように。
ハツキ島義勇軍ツバキ小隊、副隊長サネルマ・ベリクヴィスト兵長、及び隊員イスラ・アスケーグ上等兵の両名による、当時義勇軍臨時監察官であったカサネ・ニシ中佐に対しての不適切な発言、および同隊員5名によるそれに準ずる行為につきまして、ニシ中佐より認識の齟齬があったと報告があり、調査委員会による審議の結果、報告は妥当と判断され、訴えは取り消されました。
これにより謹慎処分を受けた7名につきましては即日処分解除とします。以降、義勇軍としての活動に戻るように」
ユイを除く謹慎処分を言い渡されていた隊員は敬礼して応じた。
続いてフミノは辞令を読み上げる。
「次に、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊付き、統合軍監察官について。
トトミ星系総司令官コゼット・ムニエ大将直々の辞令です。統合軍としては申請を認め、現時刻をもってタマキ・ニシをハツキ島義勇軍ツバキ小隊監察官に任命する。
同隊隊長として指揮をとり、義勇軍主目的の達成を目指すと共に、統合軍のため奮進努力せよ」
「了解。タマキ・ニシ、ハツキ島義勇軍ツバキ小隊臨時隊長の任、謹んで拝命します!」
ぴしっと見事な敬礼を決めて、タマキは揚々と答えた。
その姿に、隊員達から拍手が送られる。母親とは言え大佐の前だったのでタマキは咎めようとしたが、フミノも一緒になって拍手を始めた。
「あなたは私の自慢の娘です。これからも、あなたの為すべき事のために、好きなように暴れてらっしゃい」
「はい。最初からそのつもりです」
「よろしい。それでこそ我が子です。これを」
フミノは小包を差し出した。
タマキが受け取ったそれを開けると、再びフミノが端末を手に辞令を読み上げる。
「タマキ・ニシ。現時刻をもってあなたを中尉に昇進とします。今後も統合軍のために励むように」
タマキは辞令に応え敬礼し、隊員も再び拍手を送った。
軍大学校卒業者は通例なら少尉任官から半年で中尉に昇進する。
それより早い昇進だが、上級大将の娘であり元帥の孫であるタマキに対して、この扱いは別に不思議ではなかった。
「これは、私の仕事ではないような気もしますが、一応このままツバキ小隊へ最初の指令を言い渡します。
これよりハツキ島義勇軍ツバキ小隊は総司令官直轄独立部隊扱いとします。その上で第401独立遊撃大隊所属とし、レイタムリット基地大隊司令所まで出頭せよ。とのことです」
「了解。質問、よろしいですか?」
タマキが尋ねるとフミノも当然だろうと頷く。
「指揮系統はどうなります?」
「基本的には所属大隊直属上官の指示に従うこと。ただし例外的に、トトミ星系総司令官にも指揮権があります」
フミノは一瞬だけリルのほうを見やった。
それでタマキは複雑になった命令系統のことも、ツバキ小隊の扱いについて全て問題無く話が進んでいることも、その理由を理解した。
「了解しました。指揮系統については留意します。ではこれよりツバキ小隊はレイタムリット基地へ向かいます。各員、移動の準備を。カリラさん。運転は任せます」
一同は返事と共にトレーラーへと乗り込んでいく。
タマキも指揮官として助手席へ向かおうとしたが、それをフミノが手招きして引きとめた。
出発の準備を進めるよう指示してから、タマキはフミノの後に続いて屋敷へ上がる。
「どうしました、母様?」
「分かっているでしょうけれど、ツバキ小隊の扱いについて補足しておきます。
リル・ムニエ。コゼットの娘ですね。どうもあの人は娘のことを気にかけているようです。うちの子が一緒だから大丈夫だと言ってやりましたけれどね。命令系統が複雑になったのはそのせいです。
コゼットからあなたへ、娘のことをよろしくお願いしますと伝言がありました。重ねて、くれぐれもこのことを娘に伝えないようにと」
「心得ています」
コゼットからの伝言にタマキは頬を緩ませる。
リルから伺っていたよりも、親子関係は悪くなさそうだった。これはタマキにとっては良い傾向だった。
「それならよろしい」
「はい。では行って参ります」
「少し待って」
フミノはタマキを呼び止め、玄関においてあった鍵のついた小さな木箱を手渡す。
思いがけない贈り物に、タマキは首をかしげながらそれを受け取った。
木箱は軽く、片手で振ってみると中身が小さく動く。木箱とほぼ同じサイズの何か。動いたときの音から、そこまで固いものでもなさそうだった。
「本当はあなたが少尉に任官したときに渡す予定だったのですが、ハツキ島へ行ったきり帰ってこなかったものですから遅れました。士官学校卒業祝いです」
「ありがとうございます。鍵はどこです?」
箱だけ渡されて肝心の鍵が無かった。にもかかわらずきっちり施錠されているようで蓋は開かない。
問いかけに応えるよう、フミノは小さな鍵を取り出して渡した。
「ここにありますよ」
「ありがとうございます。中身は?」
「さあ? それは私からではなく、元帥閣下からの贈り物ですから」
「おじいさまから?」
フミノが元帥閣下と言えば、それはアマネ・ニシ元帥に他ならない。
ずっと探し求めていた祖父。その祖父からの贈り物ときいて、タマキは鍵を受け取ると即座に鍵穴へとそれを差し込んだ。
だが鍵が開かれる前にフミノが告げる。
「もしタマキが軍人になることがあれば渡して欲しいと。そして、士官として1人前になったとき、箱を開けるようにと」
タマキはすっと鍵を引き抜いた。
直ぐに開けたいという衝動もあったが、ゆっくりと鍵を胸ポケットへとしまう。
「そう言われては、今のわたしに開けることは出来ません」
「判断はあなたに任せますよ。私も箱の中身については聞いていません。他ならぬ元帥閣下の頼みですから。いつかあなたがそれを開けたとき、私にも見せてくれると嬉しいです」
「ええきっと。わたしが1人前の士官になったときに」
木箱を脇に抱え、タマキはフミノへと深く頭を下げる。
「では今度こそ行って参ります」
「ええ、行ってらっしゃい。謹慎処分を受けたらまた帰って来なさいな」
「もう受けるつもりはありませんけどね……。では母様、留守は任せます」
「任されました。あなたの部屋も、元帥閣下の部屋もそのままにしておきますから、いつでも帰ってらっしゃい。それと、カサネにもたまには帰ってくるよういいつけておいて。あの子はあなたから言わないときかないものですから」
「しっかりと、言いつけておきます」
タマキは答えると、名残惜しかったが玄関の扉を開け、隊員達の待つ駐車場へと向かった。
見送ったフミノは1人、誰にいうでも無く口にする。
「元帥閣下の信頼したあなたですから、私も信じましょう。娘のことを頼みましたよ」
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