第141話 新型機

「むう……欲しいけど、これは……」


 ニシ家邸宅での謹慎生活を続けること1週間。

 ついに謹慎解除当日となったが、ナツコは朝から勉強部屋と定めた書斎で1人、教育用端末とにらめっこしていた。

 表示されているのは有料論文の購入画面。統計学を応用した〈R3〉の戦闘機動についてまとめられた論文で、とにかく価格が高かった。

 1項につき20000クレジット。全8項からなる論文をまとめて購入すると割引されるが、それでも合計150000クレジット。

 ちなみにナツコの中華料理店勤務時代の月給は18000クレジットだ。

 だがこの分野に関しては並ぶもののない優秀な論文で、どうしても手に入れたかった。

 買おうと思えば買える。カサネの財布という、クレジットを供給してくれる無限機関がある以上、買えないはずはない。

 だがそれでもナツコは躊躇し、購入ボタンを押せなかった。


「難しい顔をしていますね。内容が理解できないような分野ですか?」


 そんな所にタマキがやってきて尋ねた。

 ナツコは高すぎる論文については正直に言えず、あやふやな回答をする。


「いえ、その。読んでみないと分からないのですけど。何というか、読むのが難しいというかですね……」

「どんな内容です?」


 タマキが端末をのぞき込んだ。

 当然そこに表示されていたのは購入画面で、タマキは首をかしげるが、その値段を見て納得した。


「150000ですか。意外としますね」

「はい。この論文、この分野では間違いなく一番優れたものなんですけど、その分値段が凄くて……」

「必要ならば買って構いませんよ」

「え、でも、流石にお兄さんも怒るのでは……?」


 恐る恐る尋ねるナツコだったが、タマキはその手から端末を拝借すると、迷うこと無く購入手続きを進め、ダウンロードを開始した。


「怒るはずがないでしょう。自分の服も自分で買えないような人間ですよ。使ってやらないとお金が可哀想です。これからも遠慮無く使って下さい。ナツコさんが必要なものならば、いちいち許可を求めなくて構いませんから」

「そんなこと言っていいんですか? 私、娯楽小説を買いあさるかも知れませんよ」


 脅しにもタマキは少しも動じなかった。


「どうぞご自由に。使い方は任せます」


 当然ナツコが他人のお金を無駄遣いすることはないとタマキは分かっていた。そうでなければ、最初から支払いコードの登録なんてしない。


「うぅ……。私のことを試してますね」

「ご想像にお任せします。――それで、サネルマさん何かご用ですか?」


 書斎の扉を半分開いて中を覗いていたサネルマへとタマキは声をかけた。

 サネルマは扉を開けると入室して、敬礼して答える。


「はい。不肖サネルマ・ベリクヴィスト。〈R3〉の調達に成功したので報告に参りました!」


 嬉しい報告に、思わずタマキも表情を和らげて応じる。


「それは素晴らしい報告だわ。――ヘッダーン社の知り合いからですか?」

「はい。持つべきものは良く出来た後輩ですね。荷物を引き取ってこれから開封するところです。隊長さんとナツコちゃんも立ち会いませんか? 突撃機もあるので、ナツコちゃんにぴったりの新しい相棒になると思いますよ!」


 それにはナツコもぱっと表情を明るくした。

 ハツキ島から連れ添った機体は全壊してしまい、いつ機体が手に入るかも分からないような状況だった。

 ハツキ島のために戦いたいナツコにとって、新しい〈R3〉は渇望していたものだ。


「行きます! 是非立ち会わせて下さい! 整備工場ですか?」

「うん。工場の正面にあるよ。ちゃんと隊長さんが来るまで開けないように言いつけておいたので、そのまま置いてあるはずです」

「分かりました! 先に行ってますね!」


 ナツコは教育用端末をしまうと、書斎を後にして走って行った。

 タマキはそんな後ろ姿を見送って、サネルマへ声のトーンを落として尋ねる。


「いくらくらいしました?」

「お金ですか? いえ、言った通り、後輩と、ヘッダーン社ハツキ島開発部の皆さんの好意ですから、お金はかかっていません」

「そうですか。では、その好意に答えなければなりませんね」

「はい。きっと」


 頷き合って、2人も整備工場へと向かった。


          ◇    ◇    ◇


 配達されてきたままの状態で整備工場前に並んでいた2機分の〈R3〉格納容器。

 中身が分からないよう包装されていて、それすら開けられていない状態だった。

 イスラとカリラは早く開けたそうにしていたが、ナツコがやってきてもカッターを準備するが手はつけない。


「新品の〈R3〉を開封する瞬間はいつだって幸せなものですわ」

「そうそう。だからこそそりゃ他人が取り上げちゃいけないもんさ。ほら、副隊長殿」


 遅れてやってきたタマキとサネルマ。受取人であるサネルマに開封の権利があると、イスラはそちらへカッターを差し出す。

 サネルマは念のためタマキに確認をとって、彼女が頷くのを見ると比較して大きい方の格納容器へ歩み寄った。


「ではこちらから」

「大きさ的にグロリアですわね。問題は3か4か……」


 カッターが入れられて包装がほどかれていく。

 ヘッダーン社は重装機を作っていない。やや大きめの格納容器を使用したこれは中装機に違いなかった。

 突撃機と重装機の間を埋める機体として、突撃機と同じ装着装置を使い回すことが可能で、重装機を撃破可能な火器搭載能力とほどほどの機動能力を持った機体。

 ヘッダーン社のグロリアシリーズはその中でも、稼働率が高く整備が容易で、スペックも全体的にバランスがとれていると人気の高い機体だ。

 1世代前の3でも十分な性能だが、最新型の4であれば尚良い。統合軍の配備数も多く、修理用パーツや拡張パーツにも事欠かない。


 しかし、包装が解かれて露わになった格納容器は、〈ヘッダーン3・グロリア〉でも、〈ヘダーン4・グロリア〉のものでもなかった。

 イスラとカリラも見たことの無いその格納容器。ただ1人サネルマだけがその中身を知っていた。


「ミーティアだ」

「ミーティア? まさか〈ヘッダーン4・ミーティア〉か? 最近出荷開始したばっかりの」


 驚いたイスラは残っていた包装をサネルマと共にはがして格納容器の全容を確かめた。

 言葉通り、それは新品の〈ヘッダーン4・ミーティア〉であった。


「凄い機体なんです?」


 何も知らないナツコが尋ねると、カリラが出しゃばって答える。


「重装機のラインナップを持たないヘッダーン社が、中装機の〈ヘッダーン4・グロリア〉を対空仕様に改修した最新鋭重対空機。それが〈ヘッダーン4・ミーティア〉ですわ。

 ミーティアシリーズはこれが初の機体ですが、公開されたスペックシートを見る限りは次世代機に片足踏み入れた、4.5世代機と言っても過言では無い性能でしたわ。

 ヘッダーン社お得意の稼働率と整備性能がこの機体にも備わっているのであれば、第4世代最優秀機体の候補になるでしょうね。

 ――設計がまともすぎてわたくし好みではありませんけれど」


 最後カリラは残念そうに口にしたが、ナツコはそこまで聞いておらず、凄い機体が送られてきた事実に感嘆の声を上げた。


「わあ! 凄い機体なんですね!」

「それは間違いないでしょうね。〈ヘッダーン3・アローズ〉の修理は?」


 確認に対してイスラが「パーツがまだ来てない」とかぶりを振ると、タマキは頷いてから尋ねた。


「最新機ですが整備は可能でしょうか?」

「お姉様とわたくしにかかれば整備できない〈R3〉はありませんわ」

「頼もしい限りです。ではこの機体はサネルマさん向けに調整を」


 最新機体を任されたサネルマは敬礼して応え、イスラも「任された」と、早速格納容器を開けて中身を確認し、運び出す準備を始める。


「もう1機は突撃機だと伺ってますわ。ナツコさん向けの機体でしょう?」


 カリラはタマキに確認をとると、持っていたカッターをナツコへと手渡す。

 サネルマもナツコに開けるよう示したので、ナツコは意を決してその包装にカッターを入れた。


「ナツコ・ハツキ1等兵。開封させて頂きます!」


 格納容器を傷つけないようカッターが入れられ、切り口から包装が引きはがされていく。

 中から出てきたのは、統合軍の倉庫でも見たことのある、〈ヘッダーン4・アサルト〉の格納容器。


「4ですわね。2じゃなくてほっとしましたわ」

「2って欠陥機だったんですよね? 確かに、4で良かったかも知れません」


 ナツコも1度は訓練機として装備したことのある〈ヘッダーン4・アサルト〉。

 ヘッダーン社の突撃機しか使ったことのないナツコにとっては最適な機体と言えた。


「ではこちらはナツコさん向けに調整を。直ぐ終わりますね?」

「〈ヘッダーン4・アサルト〉の調整なら目を瞑っていても出来ますわ。念のため中身の確認をして頂いてもよろしくて?」

「はい。開けますね」


 包装を綺麗に取り去ると、ナツコは隊員の視線が集まる中格納容器を開けた。

 新品の〈R3〉特有の臭いがして、機体の姿が明らかになる。

 でもそれは、ナツコが訓練で使用した〈ヘッダーン4・アサルト〉とは違う機体のようだった。


「あれ? こんな機体でしたっけ?」


 記憶違いだったかと首をかしげるナツコを余所に、それをのぞき込んでいたサネルマは驚愕の表情を浮かべる。

 それは最新鋭機ミーティアの姿を見たとき以上のものだった。


「何ですか? この機体は?」


 タマキも見たことないその機体に驚き、尋ねる。

 だがイスラもカリラも分からないと首を横に振った。

 視線の集まったサネルマが、呼吸を落ち着けてからゆっくり答える。


「第5世代型突撃機〈ヘッダーン5・アサルト〉。量産前最終試作機です」


 それはここに存在するはずの無い機体だった。

 ヘッダーン社の突撃機となれば、統合軍の主力を担う重要な機体だ。その量産前最終試作機が、正式採用を前に外部に持ち出されるようなことはあってはならない。

 だが紛れもなくこの機体は〈ヘッダーン5・アサルト〉で、〈ヘッダーン4・アサルト〉の格納容器に入れて偽装され、こうしてツバキ小隊に届けられた。


「どうして、こんな機体がここに?」

「メッセージカードが挟まってますわ」


 カリラが格納容器の中にカードを見つけた。おもむろに手にとって中身を確かめようとしたが、タマキは厳しく開けずにサネルマへ渡すよう命じる。

 受け取ったサネルマは1人、その中身を確認して微笑んだ。


「差し支えない範囲で内容を教えて頂いてもよろしいですか?」


 タマキの問いに、サネルマが答える。


「はい。ハツキ島を取り戻すために使って欲しいと。開発部の皆さんからの贈り物だそうです」

「そうですか」


 タマキはもう1度機体の姿を確かめる。

 ヘッダーン社開発部はハツキ島にあった。彼らがハツキ島を取り戻そうと思う気持ちも分かる。

 だがそれだけではない。

 量産前の機体を持ち出すリスクを冒してまで、彼らはこれをサネルマに託した。

 受け付け事務だった彼女を、開発部の人間がどれほど信頼していたかうかがい知れた。


 サネルマはこれまでも、ハツキ島義勇軍のための支援金を獲得し、制服や部隊旗の製作を取り付け、旧ハツキ島政府からハツキ島婦女挺身隊の正式な隊員章まで与えられている。

 彼女はヘッダーン社受け付け事務。そしてハツキ島婦女挺身隊の地区副隊長という立場ながら、ハツキ島内で絶大な人脈を築いていることは間違いなかった。


「本当に、良い後輩を持ちましたね」

「はい。自慢の後輩です」

「この機体はナツコさんに預けて構いませんか?」

「え、え、ちょっと待って下さい!」


 サネルマは頷いていたのだが、慌ててナツコが間に入った。


「こんな貴重な機体、私なんかが使っていいんですか?」


 その問いに答えるようにサネルマはもう1度頷く。それに他の隊員も賛同した。


「では決定ですね。それともナツコさんはわたしの決定に意見がありますか?」


 タマキに問われて、ナツコは無言のまま首を横に振った。

 既にナツコも全て受け入れ、ハツキ島を取り戻すためにと託された機体を、どう扱っていくべきなのか考え始めていた。


「どれだけやれるか分からないですけれど、ハツキ島のために託された機体です。

 ナツコ・ハツキ1等兵。〈ヘッダーン5・アサルト〉、確かに任されました!」


 意思表示にタマキも満足し、イスラとカリラへ念のため外見で〈ヘッダーン5・アサルト〉だとバレないよう手を加えるよう指示する。

 それからナツコへと右手を出して要求する。


「教育用端末をこちらに」

「はい」


 ナツコは即座に差し出す。

 タマキは〈ヘッダーン5・アサルト〉のコンソールを補助電源で立ち上げると、そこから操作マニュアルを教育用端末へコピーする。


「新型機は機能が増えますから。しっかり勉強しておくように」

「はい!」


 ナツコは端末を受け取って元気いっぱいに返事をしたものの、統合軍仕様で記された難解そうな操作マニュアルをちらと見ると、内心不安でいっぱいになった。

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