第136話 コゼット・ムニエ⑤

 東部戦線における第1次統合軍反攻作戦は、ラングルーネ基地の攻略に失敗し終焉した。

 統合軍は攻勢に出ている帝国軍への対処と、次期反攻作戦の画策に忙しく、総司令官であるコゼットも戦略会議に出席を求められた。

 会議は長引き、夜も更け遅めの夕食にしようと執務室へ向かう。

 総司令官ともなれば、わざわざ食堂まで出向かなくても食事は向こうからやってくる。


 しかし食事を持ってくるよう命じようにも、肝心の副官が不在だった。

 普段なら会議が終わるまで外で待っているのだが、どうも様子がおかしい。

 コゼットは仕方なく連絡を取ろうと端末を手にする。利き腕が無いので手に持って、虹彩認識でセキュリティロックを解除すると、通信機能を立ち上げるよう声で命令する。


 そんなところに、珍しく慌てた様子の副官、ロジーヌ・ルークレア少佐が駆け込んできた。


「一体何処で何をしていたのですか」


 咎めるつもりも無かったが、いつも決して側を離れることの無いロジーヌの行動に対して疑問を持ったコゼットが尋ねる。


「申し訳ありません。基地正面ゲートに来客があったもので」

「来客? こんな時間に? あなた宛ですか?」

「いえ、司令にです。至急会って話したいと」


 コゼットは目を細めた。

 普段から怒っているように見える顔はそうしていると苛立っているようにしか見えないが、つきあいの長いロジーヌはそれが何事か考え込んでいるのだと理解していた。


「予定はないはずです。この間みたいなのは御免よ」

「予定はありませんが、娘さんなので念のため確認を」

「娘?」


 コゼットは更に目を細め、眉間にしわを寄せる。

 それは深く考え事をしているときのもので、ロジーヌの言葉を受けても何事か分かっていないようだった。


「誰の娘です?」

「あなたの娘です」


 ロジーヌははっきりと言ったにも関わらず、コゼットはいまいちピンとこなかった。

 そんな様子の上官に対し、ロジーヌは更に語気を強めて繰り返す。


「司令の娘です。リル様ですよ」

「――リル? 嘘でしょ」


 それでようやく事態を察したコゼットは顔を青くして、慌てて命じた。


「執務室に通して。護衛は不要です。あなたも部屋の前に居ないで結構」

「かしこまりました。直ぐにお連れします」


 本来総司令官が個人と直接面会するのに護衛をつけず、その上副官すら側につけないことなどあってはならないことだったが、ロジーヌはコゼットの内心を理解していた。

 コゼットは自身を母親としては最低の人間だと思っている。

 そんな母親としての自分を誰にも見せたくはないのだ。

 執務室へ向かうコゼットへロジーヌは一礼し、足早に正面ゲートへと向かった。


          ◇    ◇    ◇


 何の用意もせずにレインウェル基地中枢、司令部の存在する建物へ訪れたにも関わらず、リルは来客として扱われ、待合室で紅茶を出された。

 意外な対応に驚きつつも、担当者が来るまでのんびり待つ。


「お待たせしました」


 やってきたのはコゼットの副官、ロジーヌだった。

 顔を見る羽目にはなるだろうと思っていたが、まさか迎えに来るとは考えもしなかった。

 リルは意表をつかれながらも飲みかけの紅茶のカップを置いて、杖を手に立ち上がる。


「車いすを手配しましょうか?」

「必要無い。歩けるわ」


 簡易ギブスをされて歩きにくいことこの上ないが、痛みはほとんど引いていた。

 そうでなかったとしても、ロジーヌやコゼットに車いすに乗った姿など見せたくは無かったから無理をしただろう。


 気を利かせてゆっくり歩くロジーヌの斜め後ろについてリルは司令部へと入る。

 本来ならば義勇軍の下っ端も下っ端。2等兵扱いのリルが立ち入れる場所では無い。

 足を負傷し、統合軍とは異なる制服を着たリルを通りすがりの将校達は奇異な目で見たが、ロジーヌが同伴しているのを見ると軽く会釈さえした。特別扱いされることにリルは強い不快感を抱くが顔には出しても態度には出さずただついて行く。

 ゆっくり歩くのに退屈だったのか、ロジーヌが話しかける。


「医者には診せましたか?」

「診せたわ。直ぐに完治する」


 本当は無免許なのだが、話がこじれて軍医に連れ込まれるのは嫌だったので嘘をつく。

 それにロジーヌはいつもきりっとしている整った顔を崩して笑みを浮かべた。


「それは良かった。また飛べますね」

「当然よ」


 リルとロジーヌは顔見知りだ。

 昔からコゼットの副官をしているロジーヌとは何度か会う機会があった。

 それに、〈R3〉の飛行狙撃競技においてもロジーヌは先輩に当たる。

 かつて最年少で飛行狙撃競技の選手登録を受けたのがロジーヌで、最年少優勝記録を保持しているのも彼女だ。

 そしてリルは彼女の持つ最年少選手登録の記録を更新した。そのまま最年少優勝記録も更新するつもりだった。


「最年少選手登録の記録が更新されたときには驚きました。それが司令の娘だったことも。少しばかり、最年少優勝記録も更新されるのではないかと期待していました」

「こんなくだらない戦争がなかったら更新してるわよ」

「ええ。まだ1度機会はありますから、楽しみにしていますよ」


 どこまで本気か分からないロジーヌの言葉にリルは軽く舌打ちした。

 ロジーヌが軍人となり、現役選手を引退してから10年近い。その間誰もロジーヌの最年少優勝記録に手が出せなかった。

 それどころか技量だけを見てもロジーヌに並ぶ人間は居ない。

 リルでさえ、未だ過去の彼女を追いかけている。そのために最年少優勝記録の更新を目指していたにもかかわらず、戦争の激化によって大会は中止された。

 リルはまだ来年開催の大会で優勝しても、ロジーヌの記録を2ヶ月更新できる。

 ただそのためには、戦争が落ち着き統合人類政府が競技大会を開催できるような状況になっていなければならない。今の戦況を見るに、その可能性は随分低いと予想された。


「司令の執務室はこちらです。自分はこれで失礼させて頂きます」

「総司令官の執務室に1人で入れっての?」

「家族ですから。そうでしょう?」


 胸くそ悪い気持ちを抱えたリルは対した返答もせず、執務室の扉へ個人用端末をかざした。

 装飾の施された重厚な扉はゆっくりと開く。

 扉の先は、執務室とは思えないほど広い、豪勢な居室。

 その中央に置かれた天然木材製の大机の向こうで、コゼットは左手に端末を持って眺めていた。

 扉が開ききると、リルとコゼットは視線を合わせた。

 リルはやっぱり来るんじゃなかったと後悔しながらも室内に足を進める。


「怪我をしたの?」


 先に声をかけたのはコゼットだった。数年ぶりとなる親子の会話に慣れないコゼットはたどたどしく尋ねる。それをあざ笑うようにリルは返した。


「どっかのバカが決定したラングルーネ基地攻略戦のせいでね」


 2人は互いに目を細め、怒ったような表情をぶつけ合う。

 それだけでリルは不愉快だったが、今から帰る訳にもいかない。


 コゼットは用意していた椅子を勧めるが、リルは「直ぐ帰るから」と断った。本当に座ろうとしない様子を見てコゼットは話を始める。


「あなたの経歴を調べました。義勇軍に加入していたようですね」

「あたしが何をしようと勝手でしょ。どうせ大学進学したことすら知らなかったくせに」

「それは――」


 言葉を詰まらせるコゼット。

 リルは小さく「図星かよ」と呟く。


「――大学と義勇軍では話が違います」

「義勇軍の承認したのは何処のどいつよ」

「いちいち構成員の名前まで確認しませんよ」

「でも承認印を押したのは確かにあんたでしょ。あんたはあたしが義勇軍に加入することを自分で認めてるのよ」

「だとしても、軍人になるのなら私に報告すべきです」

「そんな義務があるとは思えないわ」


 コゼットは深くため息をついた。

 彼女自身、育児を放棄し、更にここ数年は生存確認すらしなかった娘から良く思われているとは考えてもいなかった。


「あなたは――」


 コゼットは言葉を句切って端末へ目を向ける。

 確認しないと、娘の年齢すら分からなかった。


「――未成年です。確かに私は母親としては最低だったと理解してます。ですが、あなたに命を与えた以上、それを守る義務があります」

「いつあんたが義務を果たしたって言うのよ。あんたが母親として出来ることは、あたしの身元の保証と、あたしのやろうとしていることを邪魔しないことだけ」


 コゼットは反論を試みたが言葉が出て来なかった。

 代わりにため息を吐き出すと、本題に入るよう切り出す。


「――喧嘩しても不毛なだけです。ここに来た用件を聞きましょう。何の用も無いのにわざわざここには来ないでしょう」


 リルは頷き、不快な思いをすると分かっていながらもコゼットの元を訪ねた用向きを話す。


「あたしの所属してる義勇軍――ハツキ島義勇軍ツバキ小隊――の隊長が、頭のおかしい上官の部隊に編入されたせいでいわれも無い命令無視で謹慎処分を受けてる。

 その人の軍法会議で無罪判決出して」

「無茶を言ってくれますね。――タマキ・ニシ少尉、ニシ閣下の娘ですか。無罪判決は無理でも、謹慎処分のみで済むはずです」

「無罪判決が欲しいの」

「本人は命令無視を認めていますよ」

「そう言わないと義勇軍が潰されるからよ」


 コゼットは切り出された無理難題に頭を抱える。

 いくら総司令官でも、おいそれと軍法会議の判決を変えたりは出来ない。そんな前例が作られてしまったら軍規は緩み、軍上層部にコネを持つものの不正を許す事になってしまう。

 だがタマキの命令無視についての資料を読み進めていくと、コゼットはあることに気がついた。


「告発者――無論匿名ですが――彼は帝国軍との内通が疑われています。帝国軍との交信記録が見つかっていて、どうやら作戦行動中に誤った命令を伝達し統合軍を混乱させるよう指示を受けていたようです。

 戦術データリンク接続情報を渡していた容疑も浮上しています。――少なくとも前者について証拠が上がっている以上、恐らく何もしなくてもニシ少尉の軍法会議は無罪判決が出るでしょう」

「はあ? 何よそれ」


 報告にリルは困惑した。

 ジャコミノ・ザザ大尉が帝国軍に内通し、ツバキ小隊に対し誤った命令を発信していたとすれば、当然その命令無視の罪で軍法会議にかけられるタマキは無罪だ。

 だがそうなっては、リルの今していること。わざわざ顔も見たく無かった母親の元を訪れたことが全くの無駄だったということになる。

 リルは呆れて何も言う気にならなかった。


「まだ義勇軍を続けるつもりですか」


 静寂を破ってコゼットが尋ねる。


「あたしはあたしのやりたいことをやる。ハツキ島はあたしの故郷よ」

「――止めはしませんよ。ですがよりにもよってハツキ島義勇軍ですか」

「何。隊長が旧枢軸軍側の人間だと不満?」

「そうは言ってません。ただ、規模の小さい義勇軍は大きな戦いに巻き込まれたとき被害を受けやすい。特にトトミの戦いは、裏でよからぬ者が関わっているようです」

「ふうん。アイノ・テラーとか?」


 何食わぬ調子で発したリルの言葉に、コゼットは凍り付いた。

 手元から端末が落ち、パタンと倒れる。血の気の引いた顔は直ぐに色を取り戻したが、その瞬間を見逃すはずは無かった。


「図星?」

「誰にその名を――タマキ・ニシ少尉。ニシ元帥閣下の孫娘でしたね」

「調べると拘束されるそうだけど、何を隠してるのよ」


 無罪判決の代わりに手土産を持って行ってやろうとリルは尋ねる。

 コゼットは始め拒否するような仕草をしたが、やがて逆に尋ねた。


「あなたは何処まで知っているのですか」

「アイノ・テラーが枢軸軍の新鋭戦艦の設計に関わって、戦中アマネ・ニシ元帥と行動を共にしてた。恐らく、アマネの失踪と帝国軍とも関わりがある、ってことくらい」

「全て事実ですよ」


 思いがけない言葉が返された。

 統合人類政府が必死にひた隠しにしている内容を、まさか大将の位にあるコゼットが簡単に認めるとはリルは思ってもいなかった。


「アイノ・テラーについて詳しく教えて」

「それはあなたの意思ですか? それともニシ少尉の?」

「両方よ。あたしはこのふざけた戦争の真実が知りたい」

「そう。先に行っておきますが、アイノ・テラーについて統合人類政府内で話すことは禁じられています」

「誰が禁じたのよ」

「私と、ニシ元帥閣下です」


 コゼットが当事者であることにリルは驚きを隠さなかった。


「なんでそんなこと決めたの」

「奴は枢軸軍は愚か連合軍勢力圏でも悪評が立つような人物だった。枢軸軍が追い込まれていたとは言え、ニシ元帥閣下が奴を軍に引き込んでいたなどと知れれば統合人類政府内で問題視される可能性があった」

「勝手な言い分だわ」

「どう思って頂いても結構。ともかく、ここで聞いたことは他言無用です」

「タマキにも?」

「彼女は――構いませんよ。彼女には知る権利がある」

「緩い規則ね。いいわ、話して」


 リルが催促すると、コゼットは再び着席を促した。

 長くなるかもと付け加えられると、リルも応じて杖を椅子に立てかけ、腰を下ろす。


「私から出来るのは昔話くらいです。

 アイノ・テラーは前大戦末期、枢軸軍勢力圏内では知らない人間は居ない悪党だった。彼女は連合軍も枢軸軍も持ち得ない未知の技術を有し、脳科学に傾倒し輸送船を襲って乗組員を誘拐しては、凄惨な人体実験を繰り返した。

 転機は〈ニューアース〉による攻勢によって枢軸軍が滅亡寸前まで追い込まれた時。本星の防衛艦隊を失ったアマネ・ニシ元帥は、手段を選ばず徹底抗戦する道を選んだ。そこで、アイノ・テラーの拠点とする惑星を訪れ、彼女の持つ未知の技術による戦艦建造を要望した。

 彼女はこれまでの罪を全て許され、戦艦設計・建造を引き受けた」


「それで出来たのが枢軸軍の新鋭戦艦って訳」


「ええ。枢軸軍は新鋭戦艦とユイ・イハラ艦長を得て、誰にも手がつけられなくなった。

 枢軸軍首都星系へ攻め込んだ〈ニューアース〉は返り討ちに遭い、枢軸軍は勢力圏を押し返した。

 そしてトトミ星系外縁部で行われた最終決戦で枢軸軍は完全勝利した」

「待って。最終決戦は引き分けたはずでしょ。だから対等講和になった」


 事実確認をしたリルに対して、コゼットは本来秘匿されている最終決戦の事実を話した。


「政府はそう発表していますが、実際は違いました。

 決戦終盤、枢軸軍は戦艦を〈ニューアース〉へ突撃させ直接乗り込んできました。直ぐに艦内は占拠され、アイノ・テラーによって艦長が殺された。私はその瞬間に居合わせ、右腕をねじ切られた。どちらが勝者かは誰の目にも明らかでした。

 ですが統合人類政府樹立のためには最終決戦は引き分けでなければならなかった」

「それで結果を偽ったと。正真正銘、偽りの平和だわ」

「偽りだとしても、平和が必要だった」

「そのせいで帝国軍なんかと戦争する羽目になったのよ」

「どちらにしろ崩れ去る平和だと言うことはニシ元帥閣下も理解していました。ですがそれでも、帝国軍がトトミ星系に到達するまで20年間要したのです。それは紛れもなく偽りの平和がもたらした時間です。

 ――話が逸れましたね。

 枢軸軍はアイノ・テラーの協力によって大戦を勝利に導いた。だが問題もあった。

 奴は天才で済まされるような存在では無かった。私に言わせれば、悪魔そのものだったのよ。枢軸軍は悪魔を表舞台に引きづり出してしまった。

 戦後、奴が何処へ行ったのか私には分からないわ。腕を落とされて気を失って、意識を取り戻したと思ったら〈ニューアース〉の臨時艦長だったことになっていて講和条約と統合人類政府樹立のサインをさせられた」

「あの下手クソな字のサインね」


 リルの言葉にコゼットは意見する。


「利き腕をねじ切られて、その痛みも引かないうちに左手でサインしたのです。読めるように書けただけでも十分でしょう」

「どうでもいいわよ。それよりあんた臨時艦長じゃ無かったの?」


 自分から言いだしておきながらどうでも良いと一蹴されコゼットは不機嫌そうに眉を潜めたが、それでも素直に問いに答える。


「私は〈ニューアース〉では最初から最後までサブオペレーターでした。臨時艦長という役職が出来たのは戦後になってからです。艦長の遺言という事になっていますが、実際の所は分かりません。ですが折角転がり込んできた役職なので、精々利用することにしました」

「でしょうね」


 コゼットが連合軍側の代表として講和条約の締結に関わったことは、その後の出世を大いに助けた。惑星トトミでは絶大な人気を誇り、あっという間に星系を任されるようになり、後には統合人類政府首都星系近辺の星系へと栄転している。


「アイノ・テラーの写真とか持ってないの」

「奴のデータは全て削除されています」

「でも会ったことあるんでしょ。特徴は?」

「それを言ったらデータを削除した意味が無いでしょう。見てくれは小柄な女性ですよ。20年以上経った今でもそうかは分かりませんが。私から言えるのはそれだけです」


 リルは長いことお喋りに付き合ったにも関わらず得るものは少なかったと顔をしかめる。小柄な女性なんて、宇宙中にいくらでもいる。それでは何も知らないのと変わらない。

 その様子を見たコゼットは上着の内側から拳銃を取り出して机の上に置いた。

 リボルバー式の護身用拳銃。


「アイノ・テラーの拳銃です。最終決戦の時、奴から渡されました」

「仲良いのね」

「まさか。私が殺してやると言ったら、「殺したければ殺しに来い」と投げられただけですよ」

「ふうん。そんなに腕落とされたのがショックだったの」

「違います。私の目の前で艦長を殺したことが許せなかったのです。私は当時、艦長を愛していましたから」


 母親の惚気話など聞きたくも無かったが、リルは記憶をたどり、前大戦中に亡くなった〈ニューアース〉艦長について思い出す。


「〈ニューアース〉の艦長って女性じゃなかった?」

「その通りですよ。私が女性を愛したらいけませんか」

「別に。あんたが何を好きになろうがあんたの勝手よ」


 ただ仮にも母親の過去について、そんな情報を聞きたくはなかったという思いはあった。

 だがそれもリルにとっては関係の無いことだ。当時はどうだったかは知らないが、その後コゼットは出世のために結婚し、あまつさえ子供まで作っている。


「その拳銃、借りていってもいい?」

「駄目です」


 きっぱりと断られるとリルにはそれ以上要求は出来ない。

 コゼットはアイノ・テラーから拳銃を渡された。

 21年も前に渡された拳銃を今でも肌身離さず持っていると言うことは、「殺したければ殺しに来い」という彼女の言葉に従って、コゼットは彼女を殺しに行くつもりだ。

 そして辿り着いた席がトトミ星系総司令官。首都後方のアイレーン星系から、コゼットはわざわざこの地にやってきた。その理由は――


「アイノ・テラーはトトミの戦いに関わっているの」


 コゼットは間を置いて、言葉を選んで話す。


「何処にいるかは分かりません。ですが、トトミの戦いに奴が関与しているというのは間違いないでしょう」

「ふうん。それだけ分かっただけでも、わざわざこんな所まで来た甲斐があったわ」


 話はそれで終わっただろうと、リルは杖を手に立ち上がった。


「ところでリル、夕食は食べたの? まだなら一緒にどうですか」

「あたしがあんたと食事なんてすると思う?」

「嫌なら嫌とはっきり言えば良いのです」

「嫌って言ったつもりよ」


 コゼットは不機嫌そうにリルを見つめて、机の引き出しから紙を出すとペンを走らせた。


「これ持って行って」

「はあ? 何よ」


 嫌そうにしつつも、手渡されたそれを受け取りにリルは机の元へと歩く。

 示されたそれには数字と記号が走り書きされていた。


「私のプライベートアドレスです。何かあれば連絡はここに」

「なんで紙で渡すのよ」

「紙なら検閲で消されたりしませんから。くれぐれもなくさないように」


 総司令官のプライベートアドレスを紛失したとなればそれこそ大事であろう。

 リルはコゼットと連絡をとる気はなかったが、仮にもトトミ星系総司令官との連絡手段だ。自分はともかく、タマキならきっと有効活用できるだろうとそれを受け取った。


「それとニシ少尉に、あまりアイノ・テラーについて深入りしないように忠告を」

「言っても無駄よ」

「分かってます。ですが忠告しないわけにもいきませんから」


 リルは渋りながらも頷いた。タマキは絶対にその忠告には従わないであろう。

 そもそもリルはタマキを止めるつもりは無い。どこかおかしい帝国軍との戦争。

 タマキからアイノ・テラーについて告げられた際にはそれほど気にもならなかったが、コゼットの話を聞いて考えが変わった。

 アイノ・テラーはこの戦争に深く関わっている。そしてコゼットはまだいくつも隠し事をしている。

 真実を明らかにするためには、タマキの協力が不可欠だ。

 枢軸軍元帥の孫。統合軍上級大将の娘。そして本人も統合軍中佐と同等の権限を有している。

 足りないのは〈ニューアース〉を含む連合軍側の情報。それをリルは入手できるかも知れない。アマネ・ニシすら知り得ないような情報を。


 リルは偽りの平和の真実を知りたかった。

 それを明らかにすることが、コゼットの娘として産まれてきた者の責任だと信じていたから。


「惑星首都まで足が欲しいわ」

「用意させます」

「どれくらいで用意できる?」

「私が指示すれば直ぐに」


 直ぐに用意されるという言葉にリルは無表情で頷く。

 数年振りに再会したコゼットは、近くで見ると記憶にあった姿より随分と老けていた。口をつぐんだまま変わり果てた母親の姿を見つめる。


 コゼットは、リルが黙っているのを見て端末を操作する振りをしてから言い直す。


「時間が時間ですから少し時間がかかるようです」

「食事の準備は?」

「既に手配していますから言えば出てきますよ」

「そう。待つ時間暇だから、食べてくわ」

「お好きにどうぞ」


 コゼットは端末を指で叩き、やってきたロジーヌに2人分の食事を持ってくるように告げた。

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