第134話 謹慎処分
サネルマ率いるツバキ小隊の7人は用意された会議室へ通された。
会議室は士官同士の簡単な打ち合わせ用で、全員が入るには狭く、椅子も人数分は用意されていなかった。足を怪我して杖をついていたリルが座らされると残りは立ったまま整列する。
室内状況を見たテレーズは、会議室の扉を閉めて部屋の外で待機することにした。
既に席についていたカサネ・ニシ中佐は乗り込んできたツバキ小隊の人数に驚く。
「申請者はベリクヴィスト兵長だったはずだが」
「はい。ツバキ小隊として面会を申請したので、ツバキ小隊として参加させて頂きます」
返答に顔をしかめながらも、タマキが率いていた部隊のやることだからとこの状況を受け入れた。
しかし全員一遍に話されても聞き取れないので、サネルマを指名して話を進める。
「ツバキ小隊の現在の状況についてはこちらも簡単な説明を受けている。次期監察官についてだがこちらで選定させて貰った。レーベンリザ中尉だが、トトミ惑星首都士官学校卒業、出身はハツキ島だ。指揮官としての能力も十分だろう。こちらで問題無ければ手続きを進めるが、意見はあるか? ベリクヴィスト兵長」
サネルマは一度隊員達と頷きあってから答える。
「はい。レーベンリザ中尉が素晴らしい士官であることは承知しています。ですがツバキ小隊は次期監察官として、タマキ・ニシ少尉を希望します」
その言葉にはカサネも表情を固めて、手にしていた電子ペンを取り落とした。
唐突に繰り出された妹の名に頭の中をフリーズさせながらも、中佐としての体面を取り持って返す。
「ニシ少尉は作戦行動中の命令無視で後送、謹慎処分を受けている。これから軍法会議にかけられるが、裁判の結果がどうなるかは分からない」
「それでも構いません。お願いします」
「お願いしますと言われてもね……」
カサネは本当に困った様子で、端末を手にしていじり始めた。
サネルマはそんな彼に対して尋ねる。
「ラングルーネ基地で起こったことと、ニシ少尉の現在について何処までご存じです?」
「確かに命令を無視したと報告は受けたが内容については聞いていない。代わりにツバキ小隊の扱いと次期監察官について頼まれた。
現在は先ほど言った通り、謹慎中で裁判待ちだ」
「謹慎先は何処ですかね?」
「それを教えることは出来ない。――義勇軍の監察官規定について調べたが、軍規違反で軍法会議にかけられ有罪となった者は就任できない。それと、就任の際には本人の同意が必須だ。勝手にこちらで決定することは出来ない。本人にもう1度監察官をやる意思があるか確認が必要だ」
どうにも諦めろと言っているようなカサネの言葉にサネルマは頭を痛めるが、変わってイスラが前に出る。
「軍法会議で無罪判決が出て、本人がもう1度やるって言ったら再任できるってこったな?」
「それはそうだが、無罪判決が出るとは思えない。本人も命令無視については認めている。恐らく処罰は軽くなるだろうが、判決が無罪になる可能性はない」
「可能性が全くないって事はないだろ?」
「0とは言わないがほとんど0と同義だよ。そもそもの命令が間違っていない限りは命令無視に対して無罪判決は出ない」
それにイスラはカリラと顔を見合わせてにやりと笑う。
「つまり命令が間違っていれば無罪判決もでるってことか」
「そうそうそんなことは起こらない」
「とにかく、軍法会議で無罪が出ればいいのね」
今度は座っていたリルが凄んで言った。
不機嫌そうなその顔は怒っているようで、面と向かっていたカサネは若干引きながらもうんざりした様子で一応頷く。
「出ればね。そうなることをこちらとしても祈ってるよ」
困難ではあるが解決方法は示された。
軍法会議の判決に干渉する手段などほとんど無いに等しいが、それでもツバキ小隊は顔を見合わせて頷く。
「後は本人の意思ね」
トーコが呟くと、再びサネルマがカサネへと尋ねた。
「ニシ少尉は今どちらに?」
「だからそれを伝えることは出来ないと言ったはずだ」
頑なに拒むのは軍規に関わるからだとサネルマは理解出来た。
だとすれば、軍規に背かない形でタマキの元へと案内して貰わなくてはならない。サネルマとイスラはどうすれば良いかと思案を巡らせ始めた。
どちらかが答えを出すまで時間を繋ごうと、トーコは口を開く。
「彼女は決して間違った行動をしていません」
「こちらとしてもそう信じてはいるが、行動の正しさと軍規は別のものだよ。君も軍人なら理解出来るだろう?」
カサネは階級章と1等装甲騎兵章を読み取ってトーコが正規の教育を受けた軍人だと判断した。装甲騎兵の正規訓練を行える環境は統合軍以外に無いのだからその判断は正しい。
軍人として振る舞うならば、遙かに格上で今や仮とは言えツバキ小隊の管理を任されているカサネに意見するようなことはあってはならない。トーコはそれを指摘されたのではないかと勘ぐって口をつぐみ俯いてしまう。
「ちょっと待って下さい! 私たちはタマキ隊長と会わせて欲しいだけなんです。謹慎中だって言うなら、それが終わるまで待ちます!」
これまでじっと話を聞いていたナツコが口を開いた。
本人もこういう場で勝手に話してしまうことは悪いことだと理解していたし、統合軍の規定もほとんど知らないものだから黙っているのが適切だとも理解していた。
それでも我慢できなくなって口火を切ったのだが、対するカサネはこれまで通り冷静に返す。
「監察官不在のまま義勇軍が存在することは出来ない。このまま1週間もすれば、ハツキ島義勇軍は解隊される。それでも待つと言うのか?」
「待ちます」
売り言葉に買い言葉で答える。
その言葉にカサネは意表をつかれ、僅かながら驚いて見せた。
「1度解隊された義勇軍を再度設立することは出来ない。それでも待つのか?」
「待ちます! ハツキ島義勇軍ツバキ小隊は、タマキ隊長が居てはじめて成り立つんです! 私たちには、タマキ隊長が必要なんです!」
言い切ったナツコは真剣な表情をカサネへと向けていたが、その言葉に彼は口角を上げて、この場ではじめて笑い声を上げた。
「おい、何がおかしいんだ」
イスラが不満気に言うとカサネは軽く詫びて答える。
「いや悪い。シオネ港で義勇軍を設立した日のことを思い出した。あの時のタマキも、同じような事を言っていた。『あの子達がわたしを必要としてるんじゃない。わたしがあの子達を必要としている』とね」
ナツコは目を輝かせ、他の隊員もかつてタマキがカサネへ告げていた言葉に何かしら感じるものがあって表情を変える。
「やっぱり、私たちはタマキ隊長を待ちます!」
「そう言われても、何度も言うが再就任は簡単なことでは無い。そもそも、待つと言うが何処で待つつもりだ? その間の生活はどうするつもりだ? 監察官不在の義勇軍がどう扱われるかは身にしみただろう」
サネルマが声も無く頷く。
撤退指揮を任された彼女はラングルーネからレイタムリット基地までツバキ小隊を撤退させたが、食料やエネルギーの補給を受けるだけでも大変で、かつてツバキ小隊が世話になった部隊へと連絡を取り続けてようやっと辿り着けた。
カサネは直ぐにレイタムリット基地を離れて東部の大隊司令部へ戻ってしまうだろう。そうなったとき、一体誰がツバキ小隊の身元を保証し、補給を行うのか。問題は山積みだ。
サネルマが答えられないでいると、イスラが机を叩いた。
この場において当然相応しい行為では無く、それにはカサネはもちろん、ツバキ小隊の隊員までもが驚いた。
「その辺も含めて何とかしろって言ってるんだ、このシスコン中佐」
明らかに敵意の籠もった言葉にカサネは眉を潜めながらも、怒りもせず口静かに咎める。
「何を言ったのか聞こえなかった。落ち着いて考え、発言内容には気を配るように」
イスラはそれでも言葉を重ねようとしたが、代わりに今度はサネルマが机を叩いた。
「シスコンだって言ったんです! あなたがシスコンであることは疑いようのない事実です! 一体何が問題だと言うのですか!」
「ちょ、ちょっとサネルマさん!?」
慌ててナツコが止めに入るが、部屋の外からはテレーズの笑い声が聞こえてきていた。
カサネは眉を潜めたまま深くため息ついて、テレーズへと合図を出し入室させる。
「話は終わりだ。全く、軍規以前に礼儀の欠片も無い。しばらく頭を冷やすといい。君たちは全員謹慎処分とする。ルビニ少尉、彼女たちを連行しろ。手錠はしなくて構わないが、脱走するようなら撃って構わない」
「え、ええ!? サネルマさん! イスラさん! 何てことを!」
尚も慌てるナツコだったが、トーコが「従うしか無いよ」とナツコの手を引いた。
テレーズはツバキ小隊を罪人として扱い、顔は笑っていながらも個人防衛火器を手に、指示に従い移動するよう厳命した。
「うぅ、きっと話せば分かってもらえたのに」
「話せば分かってもらえるなら最初から話す必要なんてないのさ。それに、いいじゃないか、謹慎処分も」
「そうですよ。悪いことばかりじゃないはずです。命令ですから従わないわけにはいきませんし」
「そんなぁ……」
イスラもサネルマも脳天気で、泣きそうな顔をしているのは1人きりだった。
しかしそこに違和感を感じて、ナツコはリルやトーコの表情を見る。
リルはいつもの不機嫌そうな表情ではあったが別に2人を咎める様子も無い。トーコも、どこか楽しげですらある表情をしていた。
「あれ? どうして皆さん……」
「黙って移動。遅れるようなら強制連行します」
テレーズにそう告げられては黙るしか選択肢は無かった。
ツバキ小隊は全員トレーラーに戻され、整列させられると正式な処分報告が為される。
「ニシ中佐にかわり、自分から処分内容を通達させて頂きます。ツバキ小隊、イスラ・アスケーグ上等兵、サネルマ・ベリクヴィスト兵長、2名が上官に対する不敬罪を働いたため、ツバキ小隊全隊員に謹慎処分を言い渡します。謹慎期限は無期限。反省が見られるまで処分は解除されないのでそのつもりで。
命令に従い速やかに謹慎先へ向かうのであればトレーラーは返却しますが、どうしますか?」
その確認は既にトレーラーが統合軍の所有になっていることを意味していた。
当然、本来私物であるはずのトレーラーを統合軍に持って行かれてはたまらないのでイスラは敬礼して応じる。
「速やかに謹慎先へ向かい大人しく謹慎することを誓います、ルビニ少尉殿」
「良いでしょう。その言葉を信じます。くれぐれも馬鹿な行動をとらないように」
「了解ですルビニ少尉殿」
イスラは敬礼してトレーラーに乗り込もうとしたが、立ち止まり挙手すると発言を求めた。
「手短にどうぞ」
「1つ、ルビニ少尉殿にお尋ねしたいのですが、ツバキ小隊は故郷を失って帰る場所はありません。謹慎先はどちらですか?」
「謹慎先については処分通達書に記されています。念のため、自分からも読み上げさせて頂きます」
テレーズは士官用端末を手にすると、ツバキ小隊に対する処分通達書に記された謹慎場所をゆっくり読み上げる。
「ツバキ小隊の謹慎先は、惑星トトミ首都、第2地区14番地、ニシ家邸宅です。既にレイタムリット基地からの退去命令が出ています。直ぐ移動開始して下さい」
「了解です、ルビニ少尉殿」
それにはツバキ小隊全員が敬礼した。
謹慎先は惑星首都のニシ家邸宅。
その場所に、タマキが居ることは最早疑いようも無かった。
トレーラーへ乗り込むナツコへと、イスラが軽く声をかける。
「な、謹慎も悪くはないだろ?」
「そうですね! こんな謹慎なら、大歓迎です!」
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