第131話 別れ

「なにかあったみたい」


 トーコはタマキからの通信を受けて呟く。

 ナツコもそれには同意見で小さく頷く。


「急いだ方がいいみたいですね」

「そうだけど。ちょっと待って」


 建物と建物の間から、道路へ向かってトーコは機関銃の先端を突き出した。

 搭載されたカメラで周囲を確認し、素早く外へ出る。


「あと少し。リルの現在位置は?」

「ゆっくりですがこっちに移動してます。あ、戦術データリンクにメッセージ入ってます。個人用端末からですね」


 ナツコは視線を動かしてリルからのメッセージを開く。

 簡潔に必要な情報だけがまとめられた内容は、通信機故障、移動可能だが機体中破のため戦闘困難、味方機へ向け移動中、の3つ。


「やっぱり通信機壊れてたみたい。〈H-3〉で合流するよう伝えて」

「はい。メッセージ送りますね」


 ナツコは個人用端末を取り出すと急ぎ返信文を作成。

 送信すると、即座に了解とだけ書かれたメッセージが返ってきた。


「リルちゃん確認してくれたみたいです」

「ひとまず方針は決まったね。ルートどうしよう、真っ直ぐ行った方が早いけど」


 目の前には製材所の資材置き場。

 簡易的な屋根だけがある広い敷地を突っ切っていけば間違いなく一番早い。


「フィーちゃんは北側の市街地を通るよう言ってました」

「なるほどね。きっとそれが正しい」


 トーコは最短ルートという選択肢を放棄することに未練もあったが、そう言われてはぐうの音も出ない。

 少なくともフィーリュシカの見通しが外れたことは無い。わざわざそれに背いた行動をとる必要も無い。


 2人は機関銃を構えたまま道路沿いに進み北側市街地へと入る。

 森を切り開いて作られた規模の小さな民間工場と、それを囲うように住宅の建てられた区画。

 ナツコが周辺警戒しつつ、トーコが戦術マップを見て道を示す。

 やがて合流地点に辿り着く。到着と同時に周囲へ設置型索敵ユニットを張り巡らせ、廃工場の出荷場らしき場所でリルの到着を待った。


『こちらツバキ2。ツバキ8応答願います』

「こちらツバキ8。どうぞ」


 トーコは通信に出ながらも、サネルマからの連絡に首をかしげてナツコと顔を見合わせた。


『統合軍から即時撤退命令が発令されました。既に前線の統合軍部隊が後退を開始しています。可能な限り救援を急いで下さい』

「了解。――ところでツバキ1は?」


 当然の問いかけだったが、返答は一瞬遅れた。


『ツバキ1は事情があって指揮のとれない状況にあります。――あ、でも怪我したりしたわけではないですからご安心を』

「訳ありみたいね。こっちに来てるイスラたちは増援って考えていいの?」

『はい。そう考えて貰って構いません。帝国軍の動きが読めませんので急ぎつつ慎重にお願いします』

「うん、何とかしてみる」


 まるで具体性のない要求に対してはそう返さざるを得なかった。

 通信を終えたトーコは肩をすくめて見せる。


「隊長、また面倒臭いことに巻き込まれてそう」

「いつものことなんでしょうけど、ちょっと心配です」

「そうだね。でも今は自分たちの心配した方がよさそう。多分直ぐに帝国軍は追撃部隊を出してくるよ」

「はい。リルちゃん、迎えに行った方が良いかもしれません」

「もうすぐ来そうだけど――そうだね。行こう」


 トーコは視線を上に向けて戦術マップを確認。リルの移動速度が落ちているのを見て決断した。

 2人は機動走行状態で廃工場から飛び出す。

 周囲に敵機の姿は無し。だが統合軍のレーダーがいくつか前進中の敵機情報を捉えていた。


「もうすぐ見える。距離700」

「合流地点変更のメッセージ送りました。ちょっと見てみます」


 言うと同時にナツコはワイヤーを道路右側の3階建てへと向けて放ち、ハーケンが外壁に突き刺さり固定されると巻き上げる。

 地面を蹴るとあとはワイヤーに引かれて機体は外壁へ。

 壁に追突する寸前でハーケンの固定解除。余力で機体を反転させ壁に両足をつくとアンカースパイクを撃ち出した。


「目視確認。リルちゃんこっちに向かっています――戦闘中。背後に偵察機、〈コロナB型〉!! 援護します!!」


 ナツコはアンカースパークを解除すると壁を蹴って飛び上がり、空中で射撃体勢をとった。

 旧型の〈ヘッダーン1・アサルト〉に空中射撃は負荷が重いが、銃の反動を計算し、左腕部の動作によって反動を打ち消しつつ3発撃ち出す。

 リルを追いかける偵察機は2機。もう1機に対しても銃を向けるが弾道計算と回避機動予想の時間が足りない。それでも仮想トリガーを引いて3発銃弾を放った。


 最初に撃った3発がリルとの距離を詰めていた〈コロナB型〉に襲いかかる。

 短い間隔で撃ち出された3発だが、1発目の回避軌道上に2発目が。更にその回避軌道上に3発目が来るよう計算されている。

 リルへの攻撃に集中していた敵は突然の敵弾接近警報に、機体に備え付けられた緊急回避パターンに従って回避行動をとる。

 そのパターンはナツコの計算の内。

 1発、2発と回避した先へ3発目が着弾。12.7ミリ弾は腰部装甲を貫通し重要な臓器に損傷を与える。操縦者が意識を失った機体は速度を保ったまま前のめりに倒れ地面に転がる。


 もう1機は攻撃を見て回避行動を行い、機体を横に滑らせて全て避けていた。

 着地したナツコは衝撃をいなすように3歩走ってそこから機動走行状態へ。遅れていたトーコもそれに追いつき、機銃を構える。


 だが回避行動を行った直後の敵機へとリルが攻撃を仕掛けていた。

 頭部へと狙いを定めた1発。

 ナツコへと意識の向いていた敵機は反応が一瞬だけ遅れた。

 だがその一瞬は、戦闘中にあってはならない決定的な時間だった。

 回避が試みられるが銃弾はヘルメットを捉え、正面の透過ディスプレイを貫通。その内側に突き刺さる。

 動きを止めた機体へとリルが2発目を放ち、再度頭部へ。絶命した敵はその場で崩れ落ちた。


 ナツコとトーコは周辺警戒しつつリルの元へと駆け寄る。

 リルの機体はオイルにまみれ、無数の損傷箇所があり、脚部も明らかに不調をきたし回転する機動ホイールが黒煙を上げていた。


「リルちゃん、無事ですか!?」

「見ての通りぴんぴんしてる。1人で帰れるって言ったのに」

「脚部の損傷が酷いね。腕も損傷してる。右手は大丈夫? 肩も痛めたでしょ」


 機体状況を確認したトーコが告げる。

 それにはリルも観念して、怪我を認める。


「足は着地の時ちょっと無理した。機動ホイールはもう限界。自重は支えられてるけどあまりもたないかも。右腕は怪我してるけどちゃんと動いてる。肩を痛めるのはいつものこと。あと何発か撃っても問題無い」

「問題無い? そうは見えないけど、どうして無理するかな」

「トーコさんがそれ言いますかね」


 投げかけられた言葉にトーコは顔をしかめナツコを睨んだ。

 ナツコはそれを意図的に流して、リルを搬送するためバックパックを切り離す。


「直ぐ担架用意します」

「大袈裟よ。貴重な物資をこんなところで捨てないで」


 意見に対してトーコが告げる。


「でもその機体じゃ走れないでしょ」

「分かってる。機体は投棄する」


 リルは機体から必要な物資を下ろしてナツコへと渡した。

 それから機体装備解除。切り離された〈DM1000TypeE〉は地面に転がる。

 機能性インナーのみになったリルは、セミオート狙撃銃を肩にかけた。


「これで軽くなったわ。しがみついてくから乗せて」

「振り落とされるよ」


 冷静にトーコが告げる。


「突撃機程度に振り落とされたりしない。いいから早くして」

「分かりました。しっかりつかまっていて下さい」


 言って聞かないので仕方なくナツコはリルの目の前でしゃがみ込んだ。

 リルは〈ヘッダーン1・アサルト〉に積まれた個人用担架の突起部に足をかけ、肩に装備された対装甲ロケットにつかまる。

 これで構わないと言うように、彼女は移動開始を催促する。


「早く戻ったほうがいいわ」

「はい。なるべく揺らさないように――」

「気遣いはいらないから、急いで」

「落ちたら怪我じゃ済まないよ? でも急ぐのには賛成。移動開始しよう」


 尚も心配するナツコをリルが急かす。

 トーコの言葉もあって、ナツコは立ち上がり移動開始した。

 トーコが先行し、その後に続く。


 機動走行状態に入って速度を上げるが、リルは右手で狙撃銃を持ち、左手だけで対装甲ロケットを掴んでいるのにバランスを崩さない。

 それで安心し、更に速度が上げられる。

 トーコもそれに合わせて加速。3人は市街地を突っ切っていく。


「敵機発見。森から来ます!」


 建物の向こう側の森から、敵機が市街地へと飛び込んでいた。

 ナツコの目はその瞬間を捉えていて、直ぐに報告。


「ナツコ、先に行って。戦闘になったらこっちで引き受ける」

「でも! トーコさんを1人に出来ません!」


 ナツコは反論する。

 トーコは軍曹ではあるが、ナツコに対する命令権は持っていない。それでもトーコは厳しい口調で再度命令する。


「早く行って! あなたは負傷者を抱えてるのよ」

「――分かりました」


 戦闘になれば、負傷者は装甲に守られない無防備な状態で姿をさらす羽目になる。

 〈R3〉なら問題にならないような小さな金属辺すら、生身の人間を殺傷するには十分な威力を持っている。


 ナツコは加速しトーコを追い抜く。

 後方から敵機。〈フレアB型〉2機。既にサポート終了している機体だが、それでも第3世代初期の機体。

 トーコの〈アザレアⅢ〉は世代的には第3世代中期。最新型は開発の遅れている第4世代機に匹敵するマイナーチェンジを受けている分、機体スペック的には有利。


 だが2対1となれば機体性能差は簡単に埋められてしまう。

 トーコは軍人で当然〈R3〉の訓練も受けているが、その訓練時間は一般兵士並。

 装甲騎兵パイロットとしての訓練が優先された彼女は、ツバキ小隊がデイン・ミッドフェルド基地に駐留していた間も装甲騎兵の訓練に明け暮れていた。


「構わず行って! 直ぐ追いつく!」


 トーコはその場で反転。肩に装備したランチャーから、マイクロミサイルを発射。

 敵機はミサイルの迎撃と回避のために緊急後退する。そこへ機銃による攻撃。


「私も――」

「横から来てる!」


 後退しようとしたナツコの耳元でリルが叫んだ。

 ガラスの割れた窓から、高機動機〈スフィアA型〉が飛び出して来た。


「しっかりつかまってて下さい!」


 ナツコは機体を急加速させる。

 高機動機に速度で勝つことは出来ないが、速度差を縮めておかなければ対応も遅くなる。

 機銃を向けられた敵機はコアユニット出力を増大させる。

 高機動機が奇襲時に用いる、僅かな時間機動力をかさ増しする高機動状態。更にブースターを全開にした敵機は、〈ヘッダーン1・アサルト〉が12.7ミリ機銃を追従させられる速度を遙かに超えた。


 ナツコは距離を稼ぐためにブースターに点火。後退しながら機銃を追従。

 敵機は機銃が追いつかない速度で横移動にしつつ距離を詰めた。

 ジリジリと接近され、焦るナツコ。


「落ち着いて! あの速度で動いていれば相手の攻撃も当たらない! 接近戦だけ気を付けて!」

「はい!」


 リルの指示を受け、ナツコは冷静さを取り戻した。

 敵機の動きに意識を集中。

 脳が活性化し、その動きを子細に観察する。

 右腕の主武装はセミオートの7.7ミリ。〈ヘッダーン1・アサルト〉の装甲でも十分に弾ける。

 注意すべきは背中につかまっているリルへの被弾と、脆弱部への被弾のみ。

 問題は近接武器。

 間合いに入られると〈ヘッダーン1・アサルト〉の機動能力では対処不可能に陥る可能性すらある。


「――こんなときフィーちゃんなら」


 頼りになる相方の姿を思い浮かべる。

 例え相手がどんなに機動力で上回る機体だろうと、間合いに入られようがものともせず迎撃する。


 敵機〈スフィアA型〉は高周波振動ブレードを装備していた。

 〈R3〉の複合装甲すら切り裂く武器だが、その刃は薄く、折れやすい。そして切り裂かれる装甲も、全く役に立たないわけでは無い。


「揺れますよ!」


 言って、ナツコはアンカースパイクを射出。

 左脚から打ち出された杭が道路を砕き、その場で機体が緊急停止。

 直ぐに固定解除すると、突っ込むように接近した敵機は高周波振動ブレードに手をかけ引き抜いた。


 予想外のナツコの動きに対して、接近戦の機会を得た敵機。

 火器管制が貧弱で、装備した銃も低威力な高機動機にとって、接近戦が可能ならばこれを逃す手は無い。


 ナツコの機銃の向いていない右側前方から敵機が突入。

 引き抜かれたブレードが光を纏い振動。横薙ぎに振り払われる。


(今!)


 ブレードが装甲に当たる寸前に、ナツコはコンソールからの操作で右足のアンカースパイクを射出させた。

 地面に対して浅い角度で放たれた杭は突き刺さらず、代わりに地面を弾いて機体を少しだけ後退させる。

 振り抜かれたブレードは腹部装甲の表面を切り裂く。

 だが内側には届かない。更に中途半端に装甲に刺さったブレードは、ナツコがアンカースパイクを解除した衝撃によって刃先が折れる。


 左側へ身を投げるように倒れるナツコは右手で構えた個人防衛火器を敵機へ向ける。

 敵の反応も早い。

 折れたブレードを投棄し、左手に装備した銃を構えながらナツコの背後をとるよう機動。


「お願いします!」

「任せなさい!」


 その瞬間ナツコは左脚で地面を蹴って機体を反転させ、敵機に背中を向けた。

 本来あり得ない行為だがそこには銃を構えたリルが張り付いていた。

 リルは構えていた銃口の先に敵機が入ると迷わずトリガーを引く。

 至近距離からの攻撃を、攻撃体勢の敵機は回避しきれない。銃弾が高機動機の装甲を打ち破って腹部に重大な損害を与えた。


「まだ来てます! しっかりつかまってて!」


 1機撃破。

 だが遅れて〈スフィアA型〉が更に1機住宅から飛び出して来ていた。

 足並みを揃えず1機ずつ出てきたのはナツコ達にとっては幸いだった。

 それでも高機動機相手に単機で戦闘するのは分が悪い。

 トーコと合流したいところだが、それを阻止するように敵機は動く。


「それなら――」


 ナツコは左手の機銃を敵機へ向けた。

 〈スフィアA型〉はその射線上から逃れるが狙いはその後方。トーコと戦闘中の〈フレアB型〉。

 仮想トリガーを引いて発砲。3点制限点射を3回。回避ルートを予測して放った銃弾は、〈フレアB型〉に対して少なくない損害を与えた。

 ナツコの狙いが分かった〈スフィアA型〉は射撃阻止のため距離を詰める。


 それを見てナツコも狙いを切り替える。

 右腕に装備していた汎用投射機を投棄。軽くなった右手で個人用防衛火器を構えて敵機へ追従させる。

 今度の〈スフィアA型〉はセミオート式のショットガン装備。

 高機動状態に入った敵機はナツコの射線から逃れつつショットガンを乱射。

 放たれたのはグレネード弾。

 背中にリルを背負うナツコは安易な回避行動がとれない。

 緊急後退しつつ、顔の前で両手を組んでグレネード弾を受ける。

 直撃したグレネードが爆発。衝撃でヘルメットの透過ディスプレイにヒビが入る。更に右腕の関節が軽微損傷。

 爆風を受け後方に吹き飛ぶ機体。ナツコは踏みとどまったが、片手で狙撃銃を構えていたリルが投げ出される。


「リルちゃん!」

「ッ!! 構うな!!」


 地面に叩き付けられ苦悶の表情を浮かべるリルだが悲鳴を堪えた。

 

 ――そうだ。私の今やるべき事は――


 ナツコは目の前の〈スフィアA型〉と正対する。これを倒さなければ、リルどころか自分も、トーコも無事には帰れない。

 だが敵はナツコが何を守ろうとしているのか完璧に把握していた。

 後退しながらショットガンを構え、リルへ向けて射撃。

 放たれるグレネード弾。ナツコは対装甲ロケットを投棄すると、右脚で地面を蹴ってその射線上に飛び出す。

 左手の機関銃に直撃。即座に機関銃を投棄。

 次弾を正面装甲で受ける。装甲は傷ついたが低威力のグレネード弾は突撃機の正面装甲を貫通出来ない。


「バカ! 構うなって言ってんのよ!」

「駄目です!」


 3発目、4発目のグレネードを機体で受ける。破片が右腕関節部分に突き刺さり、そこから血が滴る。

 それでもナツコはリルの前に立ちふさがり続ける。


「何言ってんのあんた! あたしなんて見捨てて戦いなさい!」

「駄目です!」


 再度ナツコは声を上げ、敵機から放たれるグレネード弾を受け続ける。


「軍人は命令を守るものです! 私はリルちゃんを助けるよう命令を受けました! 見捨てたり出来ません! あなたを連れて帰還します!」


 ナツコはワイヤーを射出。

 敵機はそれを容易く回避したが、ハーケンはその背後の脆い外壁に突き立つ。

 即座にワイヤーが外壁の破片を固定したまま巻き取られる。ハーケンの固定が解除されると破片は敵機後頭部を狙うよう放たれた。

 それを回避する敵機へ向けナツコは右手で掴んだハンドアクスを投擲する。既に損傷を受けていた右腕からの投擲。狙いは荒かったがそれでも敵機の回避方向へと投げ込まれた。


 敵機は急減速をかけ、ボロボロになりながらもまだ戦う意思を失わないナツコへとショットガンを向ける。

 グレネード弾が放たれる。

 怪我をした右手でそれを受け止めたナツコは、痛みに歯を食いしばりながらも左手で拳銃を引き抜く。既に初弾は装填済み。だが敵機はその射線から逃れるよう、ナツコの右側面を押さえようと機動。

 そこからグレネード弾が放たれた。

 機体背後。コアユニットへ向けての攻撃。

 ナツコは、この攻撃を待っていた。


 ブースターに点火。一瞬だけ加速した機体はまだグレネード弾の射線上。

 回避可能な攻撃だった。だがそれをナツコは避けなかった。

 コアユニットの右側面にグレネード弾が直撃。排熱口に損傷を負ったコアユニットが悲鳴を上げ、機体緊急停止の可能性を訴える。

 ひび割れたメインディスプレイが真っ赤なアラートをいくつも表示させた。即座に予備動力が接続され、速やかに機体の装備解除するよう促す報告を出す。

 ナツコは全ての報告を無視した。


「――もう少しだけ、動いて!!」


 グレネード弾の直撃を受けた機体は左足を軸に回転。通常の旋回速度を超え、左手で構えた拳銃が敵機を捉えた。


 引き金を一気に引ききる。

 立て続けに2回、乾いた発砲音が響く。

 9ミリ弾は狙い違わず〈スフィアA型〉のヘルメットに直撃。1発目が透過ディスプレイに突き刺さり、2発目が全く同じ場所に命中。

 押し出された銃弾がその内側を加害した。


 無理な体勢で射撃したナツコは腹から地面に叩き付けられた。

 そこで〈ヘッダーン1・アサルト〉が限界を迎え、異常発熱したコアユニットが白い煙を吹いて緊急停止。

 尽きそうな予備動力を使って機体の装備が解除された。


「――今までお世話になりました」


 ナツコは機体パーツの中から這い出すと拳銃だけを手にして立ち上がり、ハツキ島からずっと一緒だった愛機に頭を下げ、別れを告げる。

 装着していた機能性インナーも傷だらけで、あちこちから出血しているナツコだったが、同じく傷だらけの状態で地面に伏せているリルの無事を確認すると微笑んだ。


「無事で良かったです。トーコさんもこっちに向かってきてくれてます。さあ、帰りましょう!」


 リルへと歩み寄ろうとするナツコ。

 だがそのリルが目を見開いた。


「まだ生きてる!」


 倒れ込んでいた敵機。〈スフィアA型〉がゆらりと立ち上がった。

 頭部に銃弾を受けたが、致命傷には至っていなかった。


 ナツコは慌てて拳銃を構える。リルも狙撃銃を構えようとした。

 それより早く、敵機がショットガンの引き金を引いた。

 グレネード弾がナツコへ向けて射出される。


 あ――


 まるで時間の止まったような感覚。

 色を失い灰色に染まった時間の中でナツコは、宙に放たれたグレネード弾が自分に向けて接近しているのをしっかり見て取れた。

 だが体は全く動かない。

 頭を働かせるが、この攻撃を回避することは出来ない事と、直撃したら自分は助からないことだけがはっきりと分かった。


 ――私、ここで終わっちゃうのかな。でも今度はちゃんと守れました。リルちゃん、あなたは生き残って――


 ナツコの灰色に染まった視界の中に、異物が姿を現した。

 ――100ミリ徹甲弾。


 ナツコがそれを認識すると同時に、灰色の世界が終わりを告げて、急激に意識が通常の時間軸へと引き戻される。


 飛来していたグレネード弾が、何かにはじき飛ばされて消えた。

 30メートル程離れた場所に徹甲弾が着弾。

 何が起こったのか分からない。

 だがナツコはそれで命拾いした。

 狙撃銃を構えたリルが発砲。怪我をしているとは言え、彼女が攻撃を外すような距離では無かった。

 12.7ミリ弾の直撃を頭部に受け、今度こそ〈スフィアA型〉の搭乗者は絶命した。


 ナツコはさっき見た光景から100ミリ徹甲弾の発射地点を逆算。そちらへ視線を向ける。

 建物の屋上に〈R3〉の姿が見えた。とても大型で、カリラの装備する重装機、〈サリッサ.MkⅡ〉より2回りも大きい。

 だが逆光と砂塵によってそれ以上は分からなかった。


「ナツコ! 無事!?」


 戦闘を終えて駆けつけたトーコ。

 傷だらけのナツコへと駆け寄るとその肩を掴んだ。


「無事です。痛、痛いです! ちょっと優しくして下さい!」

「痛いなら無事じゃないでしょ」

「〈R3〉に掴まれたら誰だって痛い――痛い痛い、ごめんなさい、怪我してます! 優しくして下さい!」


 再びの懇願にトーコは肩を掴む力を弱める。

 直ぐその場にリルもかけよった。


「遊んでる場合じゃ無いわよ」

「そうだった。ちょっと待って。バックパック下ろすから」


 最早移動手段はトーコの〈アザレアⅢ〉しか残っていない。かなり無理な体勢になるが、生身の2人はその背中にしがみつくほか無かった。

 トーコがバックパックを下ろし荷物整理をしていると、リルはナツコに向けて不機嫌そうな視線を向ける。


「ありがと。助かったから一応お礼だけ言っておく」

「いえ、私は命令に従っただけです。でもリルちゃんが無事でいてくれて良かったです。こちらこそ、ありがとうございます」

「なんであんたが礼を言うのよ。ま、いいわ――待って。何か――敵機、屋上に〈フレア〉!!」


 リルの目が屋上を伝って移動していた〈フレアE型〉を捉える。

 即座にリルは狙撃銃を構え、トーコはナツコをかばうように前に立ち機銃を構える。

 敵は4機編成。

 トーコ1人で負傷者2人を抱えて戦える相手ではなかった。

 だが敵集団へと、目にもとまらぬ早さの機体が奇襲をかけた。


「〈空風〉!? イスラさん!?」


 ナツコの目が閃光の如く襲いかかったその機体を捉える。

 まさしくそれは宇宙最速の〈R3〉。〈空風〉を装備したイスラだった。

 完璧に不意を突いた奇襲は一閃で〈フレアE型〉1機へ致命傷を与える。

 即座にイスラは離脱。追撃を仕掛けようとする敵集団だが、そこへと60ミリ榴弾が飛来した。

 回避行動をとった敵機は吸い込まれるように60ミリ榴弾の直撃コースへと移動。直撃で1機、爆発によって2機が撃破される。


「お待たせしましたわ! あらまあ、傷だらけですが全員無事のようですわね! おチビちゃん達はこちらに」


 3人の元へ駆けてきたカリラが〈サリッサ.MkⅡ〉の弾薬庫を投棄。生身の2人へ背中を向けしゃがみ込む。


「ありがとうございます! カリラさん!」

「よりにもよってこいつに――。まあいいわ」


 ナツコは飛び乗り、リルへと手を伸ばす。渋々とながらその手を掴んだリルは引き上げられ、2人を乗せたカリラは移動を開始。


「まだ敵機が来ていますから急いで撤収しますわ」

「分かった。でも重装機だとそんなに速度出せないね」


 トーコはカリラに合わせて移動を開始。

 そこにイスラと援護射撃をしていたフィーリュシカが合流すると、カリラはにやりと笑った。


「お構いなく。〈アルデルト〉の速度に合わせて頂いて構いませんわ! こんなこともあろうかと、この機体は改造済みですから!」


 〈サリッサ.MkⅡ〉が異様な音を響かせてコアユニットに埋め込まれた特殊機構を作動させる。

 途端に機体は速度を増して、ナツコは振り落とされそうになるがその体をリルが支える。


「あ、ありがとうございますリルちゃん」


 つかまり直したナツコは、機体の異常に気がついた。

 異様な速度で機動走行する重装機。

 それは明らかに通常の法則から外れていたのだが、戦闘による脳疲労で思考能力の低下していたナツコには、それが「何かおかしいことが起きているな」とは分かっても、その原因まではさっぱり分からなかった。

 だからとりあえず、安易な回答だけ出した。


「凄いですカリラさん!」

「あったり前ですわ! このわたくしを誰の妹だと思っていまして! さあ、深次元機構が温まって来ましたから更に速度を上げますわよ! 振り落とされないようにしっかりつかまりなさいな!」

「はい!」


 急加速する〈サリッサ.MkⅡ〉。

 追撃をかけてきた帝国軍も、フィーリュシカの攻撃を受けると被害を出し後退していく。

 救援部隊は無事にサネルマと合流。

 そのまま中隊本陣まで後退しユイとも合流すると、トレーラーで撤退を開始した。


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