第132話 第1次統合軍反攻作戦の終焉

 明け方開始された第1次統合軍反攻作戦。

 攻撃開始からしばらくは統合軍側の優勢に見えたが、帝国軍による奇襲攻撃が開始されるとラングルーネ基地へ侵攻中の統合軍は大きな被害を出した。

 その奇襲はまるで統合軍の位置を把握しているかのように正確で、一部の部隊は耐えきれず撤退を開始した。


 戦線が崩れた結果、奇襲攻撃の手が緩み戦況を拮抗まで持ち込めた部隊も撤退を決定。

 ラングルーネ基地攻略に当たっていた第1軍、第2軍はレイタムリット基地までの退却を開始。

 それに伴い、撤退援護のため第3軍も後退を開始。第1軍と合流した。


 デイン・ミッドフェルド基地方面へ攻撃を仕掛けていた第4軍は、始終優勢を保ちながらも別方面の軍が撤退するのを見て、リーブ山地方面から退路を断たれることを懸念して後退。中間基地まで下がり、一部部隊は先行してレイタムリット基地へ入った。


 統合軍は多数の人的損害と、多量の砲弾・エネルギー資源を浪費し、帝国軍戦力を僅かばかり削った。

 第1軍、第2軍共に大きく崩れた結果反転攻勢を招き、ラングルーネ基地周辺拠点の大部分が奪還され、レイタムリット基地南東まで帝国軍は支配地域を拡大。


 こうして、第1次統合軍反攻作戦は失敗に終わった。


          ◇    ◇    ◇


「痛い痛い! ちょっと止めていったん止めて、痛いですって! 麻酔きいてないです! 痛い痛い! あぁぁ、駄目、ストップストップ!!」


 ナツコはトレーラーの荷室で大声を上げて懇願するが、決して手が止められることは無く容赦なく傷口にピンセットが差し込まれた。


「ピーピーうるさい。黙ってないと神経つまむぞ」


 ユイはナツコの声を無視して作業を続行。

 ピンセットの先で金属片を掴むと、躊躇せず引き抜く。

 その瞬間ナツコはひときわ大きな声を上げて体を硬直させた。


「うるさい奴め。おいトーコ、このバカを押さえつけてろ」

「そんな! ちょっと待って下さいよ!」

「ごめんナツコ。これはあなたのためだから」


 トーコはユイの言葉に従い、暴れるナツコの体を無理矢理押さえつけた。


「ひ、酷い! ちょっと止め――あぁああ」


 右腕の傷口に再びピンセットが突き立ち、大きな金属片が引きずり出された。

 声にならぬ声を上げたナツコは体を痙攣させるが、トーコもユイも一切情けをかけたりしない。

 摘出された金属片は大小20にも及び、精密センサで金属反応が出ないことを確かめるとユイはピンセットを置く。


「なんであたしがこんなことをしなけりゃならんのか。精々感謝しろグズ」

「うぅぅ……」


 グズと言われようが涙で目を真っ赤に腫らしたナツコはもう言い返す気力も無かった。

 それでもこれは必要な処置。小口径とは言えグレネード弾の直撃を受け続けた結果、装甲の隙間から侵入した金属片が体内に残っていた。そのままにしておけば命に関わる。

 とは言えツバキ小隊は統合軍の医療を受けられる立場になかった。

 最後の手段でトーコはユイに処置を施すよう懇願。ユイは当然嫌がったが、トーコが頼み続けると折れて処置を引き受けた。

 結果として意図的に麻酔量を減らされナツコにとっては最悪の処置となったが、金属片の摘出自体は上手くいった。


「歯食いしばれ。しみるぞ」

「えっ――ぎゃあぁああっ!!」


 雑に消毒液を傷口に塗りたくられたナツコは再び悲鳴を上げた。

 突然の声には荷室内から不満の声が上がる。


「全く、品の無い悲鳴ですこと」

「だってだって! ううぅ……もっと優しくして下さいよぉ」


 いくら泣き喚こうがユイが優しくしてくれることなどあるはずがない。

 それを分かっていてもナツコは頼むしか無かった。

 ユイはこれ見よがしに取り出した医療パックの封を切る。

 またしても痛い思いをするのではないかとナツコは身を引くが、その体をトーコがしっかり押さえる。


「動かないで」

「で、でも――それは痛くは……?」

「知るか。もう付き合ってられん。後は勝手にしろ」


 ユイは医療パックをトーコへ向けて投げつけると、血にまみれた手袋を外してその辺に適当に捨てる。


「あ、ちょっと! 血のついたもの雑に扱わないでよ。もう、カリラそっち片付けて」

「どうしてわたくしが――」

「近くにいたから」

「あたしがやるわよ。全く」


 珍しくリルが自分から雑用を買って出た。彼女としてもナツコが怪我をした責任を感じていたのだった。

 手袋を医療廃棄物用の小コンテナへ捨てて、飛び散っていた血液を消毒したふきんで拭き取り、更に念入りに消毒を施す。


「ありがと。ほらナツコ右腕隠さない」


 医療パックを持ったトーコは、後ずさり傷口を隠したナツコへ視線を向ける。

 既に厄介な金属片の摘出は終えているので後の処置はトーコでも出来た。

 しかし散々痛い思いをしたナツコは瞳に涙をたたえて嫌がる。


「でも、それも痛いんですよね?」

「子供みたいなこと言ってないでよ。さっきの耐えられたなら大丈夫だから」

「うう、でも痛いんですよね?」

「傷跡残したくないでしょ。早くする」

「うぅ……」


 観念し右腕が差し出されるとトーコは医療パックから再生組織をピンセットでつまんで取り出し、傷口へと詰めていく。

 再生組織は体の組織と一体化し傷口をふさぎ綺麗に修復してくれる。

 だが当然傷口に再生組織を塗りたくれば痛むし、修復の過程でチクチクと刺さるような痛みが生じる。


「うっ、痛、ううう」

「触らない。傷跡残るよ」

「でも……麻酔増やして下さい」

「ユイ。麻酔うってって」


 トーコは振り向き声をかけたが、既にやる気を喪失していたユイは何の反応も示さず毛布にくるまったままだった。


「残念。我慢して」

「トーコさん打って下さい」

「ごめん。あんまり詳しくないから」


 構わずトーコは処置を再開した。

 直ぐに傷口には再生組織が詰められ、それを固定するよう包帯がきつく巻かれる。


「絶対触ったら駄目だからね」

「分かってます。分かってますけど、ぐぐぐ」


 止まることの無い痛みに堪え切れそうにないナツコは毛布に飛び込んで悶え始めた。

 仕方なくトーコは医療箱から睡眠導入剤を取り出してナツコへ与える。

 寝て起きる頃には再生組織も固着して痛みも引いているだろう。

 ようやくナツコが静かになると、トーコはカリラへと視線を向けた。


「で、教えて欲しいんだけど、私たちが救援に向かってる間何があったの? 隊長は何処行ったの? 私たちは今どこに向かってるの?」


 繰り出された問いにカリラは迷いつつも、事実を答える。


「統合軍から即時撤退命令が出されたので、少尉さんが撤退命令を出しましたわ」

「それは知ってる」

「その撤退命令の内容が、救援に向かう皆さんを見捨てろという内容だったのでお姉様が反論しまして、仲違いを」

「うん? 隊長がそう言ったの?」


 トーコはカリラの言葉に首をかしげる。

 タマキは軍人だ。面倒がることはあるが、上からの命令には忠実だ。

 だからといって、即時撤退を命じられたからと救援中の味方まで見捨てて逃げろと命令するとは考えられなかった。


「確かにそう言いましたわ。それで、撤退指揮はサネルマさんに任せると」

「それでサネルマが指揮をとってたの。で、仲違いして隊長を置いてきたっていうの?」

「違いますわ。その、お姉様が義勇軍特例を使って命令を撤回しましたの」

「義勇軍特例?」


 トーコにとっては聞き慣れない単語だった。

 その言葉に隣で聞いていたリルが表情を変える。


「なんでそんなことしたのよ。それ、命令の撤回と隊長の解任する特例でしょ。それでタマキを解任したって訳?」

「ですが、わたくしとしてもあなたたちを見捨てることは出来ませんでしたわ。そこに関してはフィーさんも同意見です」


 トーコとリルの視線がフィーリュシカへと向いた。

 置物のように座ったまま静かにしていたフィーリュシカだが、視線に答えるように頷く。


「助けられる仲間を見捨てることは出来なかった。自分は独自の判断で命令を無視した」

「独自判断で命令無視? もう滅茶苦茶だよ」


 呆れたトーコだったが、フィーリュシカはまるで悪びれる様子も無く、質問には答えたと元のように動かなくなった。


「そもそもあたしが命令無視して勝手に墜落したのよ。最初から見捨てて当然だった。タマキの命令は何も間違ってない。間違ってるとすればナツコとトーコが助けに来た事よ」

「ちょっとリルは黙ってて。隊長が何も考えずにそんな命令出すとは思えないよ。何か事情があったはずでしょ」

「そう言われましてもわたくしにはさっぱりですわ」


 これは駄目だと、トーコは話す相手を切り替える。

 とはいえフィーリュシカからこれ以上の情報を引き出せるとも思えない。

 残るは運転手のイスラと、助手席のサネルマ。

 イスラは義勇軍特例とやらを切り出したことから考えて事情を知っている可能性はない。

 残るサネルマは、恐らく何か知っている。

 そうあたりをつけたトーコは通信機を手にした。


「サネルマ、ちょっといい?」

『ごめんなさい! ちょっと立て込んでて! なんとかレイタムリット基地まで戻れるように補給を受けないといけないんです。でも補給をしてくれる拠点がなくって……』

「レイタムリット基地? そんなに後退するの? ――それはともかく、どうしても確認したいの。隊長の事なんだけど」

『その件について今は何も言えません! でもレイタムリット基地に着いたら全部お話ししますから! それまでその話は無しです!』

「え?」


 聞き直したが、サネルマからは謝罪の言葉しか返ってこなかった。

 トーコは荷室のメンバーと視線を合わせてから、困惑して首筋に手を当てた。


「事情はあるみたいだけど、込み入ってそう。副隊長命令だしこの話は無しにしよう」


 想像していた以上に面倒なことになっている気配を察したトーコは、そう言ってこの件について話すことを止めた。

 そうでもしないとリルとカリラが喧嘩を始めそうだった。それに、ツバキ小隊にとって重要そうな話をナツコ抜きですることも出来なかった。


「まずは治療の続きをしよう。リル、こっち来て」


 医療箱を用意したトーコが手招きしたがリルは厄介そうに身を引いて見せる。


「そんな顔しても駄目。ナツコも受けたんだから」

「大したことないわよ」

「それは見てから決めるから。早く来て」


 リルは舌打ちしながらも、トーコの要請に応じて診察を受けた。

 ツバキ小隊を乗せたトレーラーは統合軍からの全ての要請を「監察官の不在」を理由に無視し、一路レイタムリット基地を目指した。

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