第128話 異変

 統合軍第1次反攻作戦とされたラングルーネ基地攻略作戦は粛々とその準備が進められ、統合軍は遂に周辺拠点の制圧を完了。

 ラングルーネ基地へ向けて進軍する準備が整った。


 問題は弾薬とエネルギー不足。特に致命的なのが重砲弾で、防壁を攻撃可能な火砲の運用は限定的であった。

 それでも止まることの出来なくなった統合軍は、ある早朝、雪のぱらつく中、東の空が薄らと明るくなると共に攻撃を開始した。


 ツバキ小隊はラングルーネ基地の北部。リーブ山地麓に設営した拠点から南下。

 攻撃目標は〈R3〉の修理工場として運用される工場跡。未修理の機体に各種パーツが保管されているとされ、これを接収し続く市街戦を有利に進めるのが目的だった。


 第1軍の攻撃開始と同時に第2軍も攻撃を開始。

 この方面に投入された戦力は1個大隊。ツバキ小隊は左翼を進むジャコミノ率いる第4中隊の、最左翼に位置し進軍した。

 リーブ山地の麓から続く森林地帯と、森を切り開いて築かれた市街地。その境目に通る道路を進んでいく。


「こんな攻撃して下さいって言ってるような道通って大丈夫なのか?」

「中隊長がこの道が良いのだと。わたしだったら森に歩兵伏せて奇襲かけますね」

「だろうな。側面警戒はしといたほうがいいな」


 タマキは頷いてイスラへと側面警戒を命じる。

 ジャコミノには戦術指揮をとる才能が欠如していて、一番広く部隊を進めやすいからと言う理由でこのルートが採用された。

 もしタマキに指揮権があったのならば、右翼側に兵を寄せて市街地を攻略。森林方面を警戒しつつ、高架道路跡地を占領。そこに重装機部隊を配置して敵の籠もる工場跡を攻撃させただろう。


 だがそれは所詮机上の空論で、義勇軍の隊長であるタマキに中隊の指揮権などあるはずがない。愚かな作戦だと理解しつつも、被害を最小限に出来るよう努めるしか無かった。


「これより敵の潜伏が予想される区域に入ります。ツバキ各機、戦闘態勢。作戦行動を開始。目的は主力部隊への火力支援です。主軸はツバキ3、ツバキ5。くれぐれも無駄弾は撃たないように。ツバキ6、ツバキ8は補助戦力として備えて下さい。

 残りは護衛です。ツバキ2、対空警戒を怠らないで。ツバキ4、敵の高機動機は任せます。ツバキ7、必要があれば偵察を命じるので常に飛行可能な状態を維持」


 一通り命じた後、タマキは思い出したように通信を繋ぐ。


「ツバキ9、聞こえていますね。もし本陣に敵が迫るようなら逃げて構いません」

『そうさせて貰う。しかしどうも妙だ。精々気を付けろ、お嬢ちゃん』

「作戦行動中に――まあいいでしょう。大人しくしていて下さい」


 中隊本陣にて〈音止〉を積んだトレーラーと待機しているユイへとそれだけ厳命して、タマキは通信を切った。

 前方で銃声。本隊が戦闘を開始した。


『支援要請。森林に敵兵』

「了解。――支援に向かいます。前進、ツバキ3、ツバキ6先行して」


 フィーリュシカとナツコは息の合った機動で、一気に加速すると左側にぽつんと建っていた木材加工場へとワイヤーを射出。その屋上で射撃体勢をとった。


『目視確認。〈フレアC型〉』

「攻撃許可。サボってると思われるのは癪なので多少派手に撃って構いません――ツバキ5は絶対に真似しないで」


 未だ攻撃地点に到達していないカリラに対して釘を刺しながらも攻撃許可を出す。

 フィーリュシカとナツコは一瞬視線を交差させ頷くと、それぞれ主武装を森へと向けた。

 ナツコは12.7ミリ機銃。フィーリュシカは60ミリ榴弾砲。

 多少派手にと命令を受けたので、フィーリュシカは焼夷弾を装填。ナツコはフルオートに設定し、タイミングを合わせて攻撃を開始。


 放たれた60ミリ焼夷弾は、木々の間を移動しながら本隊へと攻撃を仕掛けていた〈フレアC型〉の腹部に直撃した。閃光と共に化学燃料が巻き散らかされ同時に着火。周囲一帯が炎の海と化した。

 〈フレアC型〉付近の敵機は機体に付着した化学燃料が炎を上げ、それを消そうと必死にもがく。無防備な状態の彼らは、ナツコの放った銃弾に頭部を射貫かれて即死。

 瞬く間に4機の〈フレアC型〉が撃破された。


『攻撃成功。敵機殲滅確認。――修正、右方向建物内敵機。偵察機〈コロナB型〉を主力とした編成』

「了解、ツバキ5。指定地点へ焼夷弾発射。外さないで」

「お安いご用ですわ!」


 フィーリュシカが共有した敵機発見地点へ向けて、カリラは肩に装備した120ミリ迫撃砲を向ける。

 視線で着弾点を指定し、火器管制装置に照準を任せる。ここまですれば流石にカリラでも静止目標に対して攻撃を外したりしなかった。

 煌輪を発生させながら放たれた砲弾は曲射軌道を描き、指定の建物――3階建ての労働者向け住居――の屋根に直撃。

 砲弾の重さで屋根を突き破ると、屋内で炸裂し3階部分を炎が包んだ。

 慌てて飛び出した〈コロナB型〉へと容赦なく銃弾が叩き込まれる。フィーリュシカとナツコ、それにトーコまで加わって放たれた銃弾によって〈コロナB型〉は瞬く間に撃破されそのまま道路へと落下した。


「側面警戒しつつ前進。伏兵が多いので慎重に」


 タマキは部隊を慎重に進める。

 森からも市街地からも奇襲を受ける可能性があった。市街地を進む別の中隊と連携するには距離は遠すぎる。中隊は単独で周囲の安全を確保するしか無かった。

 市街地に潜む敵から迫撃砲の砲撃を受けながら、それでも中隊は進んでいく。

 そのたびツバキ小隊へは砲撃支援の要請が入り、応じて敵の発射地点へ向けて迫撃砲を放つがどれほどの戦果があったかは確認できなかった。


『第3中隊、奇襲を受け後退開始した模様』


 中隊司令部から通信が入る。

 タマキは戦術データリンクで市街地を進んでいるはずの第3中隊を確認した。

 発見している敵部隊は2機編成に小分けされて、的確に第3中隊へと攻撃を仕掛けている。

 このままでは市街地を完全に押さえられ挟撃を受けてしまう。

 タマキが市街地方面へ進路を寄せる進言をしようと通信機を掴むと、ジャコミノから中隊へ通信が入った。


『第3中隊の援護に向かうよ。第1小隊進路変更。第2小隊、第1小隊のカバーに入って』


 最初からそうすべきであった進路が示され、第1小隊が右折し市街地へと入る。

 これで多少はマシになるだろう。そんなタマキの考えとは裏腹に、進軍する統合軍部隊にとって良くない報告が立て続けになされる。


『第1小隊待ち伏せ攻撃を受けている。援護を』

『第2小隊奇襲を受け交戦中』

『第3中隊、中隊長が奇襲攻撃を受け重傷! 中隊指揮車後退中』

『第2中隊、本陣が強襲されている。交戦中。敵戦力は未知』

『大隊本陣、敵に発見された模様。防衛のため第1中隊より戦力を分割』


「おいおいどうなってんだこりゃ」


 あまりに続く耳の痛い報告に、タマキの護衛にあたっていたイスラが嘆く。


「ツバキ東寄りに移動。〈G-3〉地点鉄工所屋上より第2小隊を援護します」


 タマキが進路変更を告げると中隊長からも許可が得られた。

 直ぐさま進路を変えると、フィーリュシカに先行するように告げてタマキもそちらへと進路をとる。


「敵飛行偵察機接近!! 迎撃します!」


 声と共に、サネルマがタマキの前に割り込んだ。

 低空飛行で森から飛び出して来た飛行偵察機〈J300〉2機は、迷わずタマキへと向けてセミオート狙撃銃を向ける。

 盾になるべく立ちふさがったサネルマは7.7ミリの連装機銃で迎撃。


 敵機は左右に分かれた。サネルマは後退をかけながら個人防衛火器を右手で引き抜くとそれで右の機体を狙い、7.7ミリ連装機銃で左の機体を狙った。

 対空レーダーは敵飛行偵察機を完全に捉えている。

 直ぐに命中弾が出るが、装甲によって阻まれた。それでも、相手の装甲はそう厚くない。サネルマは斉射を続ける。イスラもショットガンを手にして敵の接近に備えた。


 軽対空機が防御に入ったことで戦況不利とみた敵機は軌道を変更。苦し紛れにサネルマへ向けてセミオート狙撃銃とカートリッジ式グレネードによって攻撃を仕掛けると、森の奥へと逃げ帰った。

 飛来するグレネードを迎撃するサネルマだが、全て撃ち落とすことが出来ず、背後にタマキをかばっている故に回避することも出来ず、2発を左腕部装甲で受けた。

 爆発の衝撃を後ろへ飛び退いて反らし、着地と同時に索敵情報を確認。

 敵機に逃げ切られた事を確かめると背後のタマキの状況を確認した。


「ご無事ですか?」

「おかげさまで。そちらは」

「損傷軽微です。作戦に支障はありません」


 サネルマは伸ばした左手をタマキに見せてその指先を動かす。

 グレネードの直撃を受けた装甲は凹んでいたが内側に損傷は無し。しかしタマキはそれを見ようともせず、左手の影に隠れていた右肩へ手を伸ばす。


「被弾していますね」


 サネルマの装備する〈ヘッダーン3・アローズ〉右肩の装甲には、14.5ミリ弾が命中した跡があった。貫通はしていないが、装甲は歪に変形し、内側を加害しているのは明らかだ。


「損傷軽微です。しっかり動きます。強がってるわけじゃないですよ」


 サネルマは微笑んでみせるが、タマキの表情は曇ったまま。

 確かに大それた怪我ではない。この怪我で野戦病院に駆け込んだら追い返されるだろう。

 それでも自分の指揮が隊員を傷つけたことは間違いない。責任を感じるのも無理は無い。

 だがそれは指揮官として前線に立つ以上避けては通れないことだ。

 タマキがそれ以上に気にかけているのは、敵の挙動だ。

 

 飛行偵察機による奇襲。

 入り組んだ市街地では珍しくもない。

 だが今の奇襲はタマキが支援班を第2小隊援護のため動かした直後、一瞬の隙を見逃さずに仕掛けられた。そして何よりサネルマの迎撃に対する反応。軽対空機が存在することを前提に、待避ルートまで考えられた攻撃。


『偵察機をロスト。帝国軍は森に拠点を構えている模様。何処か飛行偵察機を出せないか』


 悩むタマキの元へ、第4小隊小隊長からの通信が入った。

 それを受け中隊長であるジャコミノからツバキ小隊へ命令が下される。


『ツバキは飛行偵察機を所有しているね。危険だが目を瞑って進む訳にはいかないよ。直ぐに出してもらえないか』

「了解。対応します」


 タマキは返答と同時にハンドサインでリルを呼び寄せた。


「聞いてたわ。偵察でしょ」

「ええ。ですがくれぐれも細心の注意を。帝国軍の動きがどうにもおかしい」

「みたいね。気を付けとくわ」


 リルは短く言って、ブースターに点火すると飛行翼を展開。一気に加速した機体は上昇し飛行体勢に入った。そのまま地面すれすれを飛行しながら市街地を進んでいく。


「ツバキ2、怪我の診断は後です。絶対にわたしの側を離れないで。ツバキ4、警戒を怠らないように」

「了解。大分雲行きが怪しくなってきたもんだ」


 タマキ達は速度を上げてフィーリュシカ達を追いかけた。


 支援攻撃班は先行していたフィーリュシカとナツコが鉄工所屋上に到着。そこから味方第2小隊の側面へと攻撃を仕掛けている帝国軍分隊へと攻撃を開始。

 しかし攻撃を予期していたのか、帝国軍分隊は速やかに後退。

 それでもフィーリュシカの正確無比な射撃は後退先を完全に予測し尽くし、分隊を半壊させた。


『敵機後退。――〈G-4〉方面よりこちらの背後へと〈フレアD型〉2機移動中。迎撃許可を』

「攻撃判断は任せます」

『承知した。敵、迫撃砲準備。照準はそちらに向いています』

「まさか――砲撃確認」


 放たれた砲弾はタマキ達の進行方向を正確に狙っていた。

 急ブレーキをかけたタマキは対空レーダーによって捉えられた砲弾の着弾地点から逃れるように、左方向へと機体を滑らせる。


「着弾、被害無し。合流を急ぎます」


 タマキは右手を挙げてサネルマとイスラへ先行するよう指示を飛ばす。

 何かがおかしい。

 タマキの疑問は確信に変わりつつあった。

 ――帝国軍は、統合軍の位置を正確に把握している。


『第1小隊孤立! 集中攻撃を受けている! 至急救援を!!』

『第3中隊、指揮系統再構築完了まで防衛に専念』

『第2中隊、本陣戦闘継続中。戦力を戻し体勢を整える』

『第1中隊、分散した小隊が断続的に奇襲を受けている。損耗率20%』


 かくなる上は手段を選んではいられない。

 恐らく帝国軍は統合軍の戦術ネットワークへと侵入している。これをどうにかしないかぎり、統合軍は延々と奇襲攻撃を受ける。


「ツバキ9、聞こえていますね。頼みたいことがあります」


 タマキはユイへと通信を繋ぎ、命令を下した。


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