第129話 墜落

『こちらの位置が敵に露見している可能性があります』


 タマキからの報告に、リルはそんなはずはないだろうと鼻で笑う

 それでもあのタマキが戦闘中にふざけたことを言うとも思えない。それに戦術データリンクのハッキングはつい先日、ツバキ小隊が帝国軍に対して行っている。

 それを帝国軍側が出来ないという保証がないことも確かだ。


「あたしはこのまま偵察続けて良いの?」

『下がるわけにはいきません。ですが、帝国軍によるハッキング遮断までは絶対に統合軍の戦闘ラインより前に出ないように』

「それは偵察って呼べるの?」

『命令です。分かったら返事』

「了解。ま、上手いことやるわ」


 リルは既に最前線付近まで来ていた。第4小隊は建物の残骸を盾にして、森にいる本隊と、市街地方面から散発的に攻撃を仕掛ける一撃離脱部隊と戦闘していた。

 戦況は良いとは言えない。

 一撃離脱は正確無比に孤立した部隊を狙い、救援を出そうとすれば直ちに森から集中砲火が加えられる。


「なるほどね。タマキの言うことも間違ってないみたい」


 位置が筒抜けの状態で戦えば全滅は避けられない。

 少なくとも条件を同じにしなければ戦えない。

 敵の位置を明らかにする。それは偵察の仕事だ。


「ちょっと、無理するしかないわね」


 リルはそう呟いて、一時的に速度を落とすと腰の両側に装備されたエネルギーパックを新品へ交換する。それから汎用投射機に滞空偵察ユニットとカートリッジ式索敵ユニットをセット。

 彼女は自身の技量には絶対的な自信があった。

 位置が露見している状態での偵察飛行など、自分以外の誰にも出来ないだろうという確信もあった。

 だからこそ1人で出来る限り敵情を探るつもりだった。


 失速寸前だった機体を加速させ、高度を徐々に上げる。

 既に最前線が間近に迫っていたが、それでも速度を落とさない。

 急旋回で市街地へと突入すると建物の間を縫って最前線脇まで飛び抜ける。そこで一気に急上昇し、視界に入った帝国軍一撃離脱部隊の情報を共有。


 同時に対空砲火を受けるが、機体を捻り、落ちるように急降下。地面すれすれで体勢を立て直すと索敵ユニットを後方へ放ちその場を離脱。

 いくら位置が露見していても、飛行偵察機が速度を活かして移動し続ければ敵は追って来られない。縦横無尽に市街地を動き回り、一瞬姿をさらしては可能な限りの敵機をスポットする。


 3度市街地方面の索敵を行い、次は森へ。

 こちらには敵の攻撃部隊がいる。飛行偵察機に対する備えも十分だろうと予想された。

 それでも躊躇せず建物の影から飛び出し森へと滞空偵察機を射出。

 直ぐに撃ち落とされたが、発砲地点から敵の位置を割り出した。

 急降下と急加速で攻撃を振り切って森へと突入。


 木々の密度が高いがものともせず間を縫って飛行し、敵機の存在するだろう方向へと索敵ユニットをばらまく。


『ツバキ7、前に出すぎです』

「これくらいやらないと意味ないわ。敵機捕捉。大した数じゃない」


 発見された敵機は即座に後退を開始した。

 数的にこの方面はまだ統合軍優勢。位置が露見した時点で帝国軍が退却するのは当然の判断だった。


『仕事ぶりは認めますがあなたの位置も露見しています。それ以上前へ出ないように』

「分かったわよ。統合軍が戦線維持出来るように小隊周辺の索敵に専念するわ」

『そうして下さい』


 返答を受けたリルは舌打ちしながらも通信を切って、敵の居なくなった森を悠々と旋回して第4小隊のいる市街地へと舞い戻った。


          ◇    ◇    ◇


「こりゃ酷いな。統合軍の戦術データリンク完璧に侵入されてるぞ」


 ユイは手元の端末を操作して帝国軍側の戦術データリンクをのぞき見するとだるそうに深くため息をついた。

 〈音止〉の演算装置に接続された端末は圧倒的な処理速度を持って敵の戦術データリンクへと侵入を果たしたが、相手の侵入を遮断するには至っていなかった。


「内通者がいるな。ロクでもないことを考えるバカはどこにでもいるもんだ」


 機密中の機密である戦術データリンクの接続情報が、意図的に帝国軍へと提供されている。それも統合軍内部からは分からないよう巧妙に偽装されて。

 接続を遮断するためには、帝国軍側への侵入を継続しつつ、統合軍の戦略ネットワーク深部をハッキングする必要があった。


「面倒な仕事を寄こしやがって。それに客まで寄こしたか」


 森林奥地を進んでいた帝国軍の別働隊がユイの居る第4中隊本陣へ奇襲をかけようとしていた。敵の接近に統合軍もようやく気がつき、索敵装置が放たれる。


『ツバキ8、後方に敵機接近中』

「把握してる。本陣だ問題無い」


 タマキからの通信へと適当に返答し、ユイは接近する帝国軍のことは無視して作業を続ける。

 高機動機4機編成の奇襲部隊は彼女のいるトレーラーを狙ったが、高機動機が迎撃にあたりそれらを全て撃破した。


「愚かな奴らめ。しかし内通者は明らかにしておいた方が良いな」


 作業の手を進め、端末を惑星首都に隠匿してあるサーバーへと接続する。それは直接統合軍の戦略データリンクへと接続されていて、誰にもバレずにその内側へと入り込めた。


「おいナギ、聞こえてるな。ちょっと手を貸せ」


 ユイは通信機にでもなく、誰に向けて言うわけでもなくそう口にした。

 返答の代わりに、トレーラーの入り口が2回ノックされた。


          ◇    ◇    ◇


「左方向敵機来るぞ! 高機動機2機編成!」

「迎撃しつつ後退。わたしも出ます!」


 タマキは最左翼を進んでいるため森林方面からの奇襲に度々さらされた。

 その度迎撃し、移動進路を変更。いつまで経ってもフィーリュシカ達と合流できていなかった。


「隊長さんは下がって」

「手が足りません。構わず迎撃! 右の機体から狙って!」


 サネルマの意見を聞き入れることなく、タマキは右腕に装備した12.7ミリ機銃を構える。

 指揮官機は指揮能力に特化しているため積載能力こそ低いものの、主武装を使った戦闘能力は同世代の突撃機に匹敵する。


 指揮官機と軽対空機による弾幕。

 高性能な火器管制を持つ2機から放たれた銃撃は、奇襲をかけていた帝国軍高機動機〈スフィアB型〉に命中弾を出す。

 装甲の薄い高機動機は1発の命中弾で体勢を崩し、後退するより早く追撃が放たれる。


 もう1機の〈スフィアB型〉はきびすを返し全速力で後退を開始したが、その背中へとイスラが追いすがる。

 高機動状態の機体を背後から追いかけ、瞬く間に肉薄。


「これで最高速か? 止まって見えるぜ」


 敵機は反転し交戦の構えを見せたが、既にイスラはその背後に回り高周波振動ブレードを引き抜いていた。

 一閃。

 高機動機の薄い装甲が引き裂かれ、コアユニットへ致命的な損傷を与える。


「おつかれさん。来世ではもっと上手くやれよ」


 緊急停止した機体の首筋へ追撃の一振り。

 操縦者は絶命し森の入り口に崩れ落ちた。

 イスラは機体からエネルギーパック2つと、個人防衛火器とその弾倉を回収。エネルギーパックは1つを早速自分の機体へと装填し、もう1つをタマキへと渡す。


「ご苦労様。警戒しつつ進みましょう」

「偵察機2機接近中」

「進路変更しつつ迎撃準備」


 タマキは報告にうんざりしながらも移動指示を出し、機関銃に新しい弾倉を装填した。


          ◇    ◇    ◇


「キリが無いわねこいつら」


 指示通り戦闘中の小隊上空を飛びながら、接近する敵機の観測情報を共有していく。

 観測地点へ向けては小隊から攻撃が行われ、そのたび敵部隊は後退していく。

 だが数は一向に減らず、移動した敵機が攻撃を仕掛け、リルがそちらの索敵へ向かうと別方面からの攻撃が行われるといった状態に陥っていた。

 もう1機、まともな飛行偵察機がいれば対処も出来ようものだが、居ないものはどうしようもない。

 明らかに敵の減る速度よりも味方の減る速度の方が早い現状、このまま戦闘を続けると負けるのは分かりきっていた。

 そして第4小隊が敗走すれば中隊は両側を敵に挟まれる形となり、恐らく真っ当な戦闘にならない。


「もう1度前にでるわ」


 リルは報告し、一度背後へ回り敵からの視線を切ってから、急加速急上昇で森林方面へと進路を向ける。

 タマキからの返答は無かったので黙認かと思いきや、遅れて返答が入る。


『まだ位置情報は漏洩し続けています。直ぐに下がって』

「索敵ユニット撒いたら戻るわよ」


 汎用投射機には索敵ユニットのカートリッジがセットされていた。

 円筒状のユニットは地面に転がるとセンサを起動させ、付近にいる敵機情報を戦術ネットワークへと共有する。

 ばらまいて戻るだけなら危険性も少ない。

 リルはそう考えていた。


『おいチビ。お前帝国軍の優先攻撃目標に指定されてるぞ』

『直ぐ戻って!』


 通信機に入ったのはユイの気怠げな声と、それを受けて叫ぶように命じたタマキの声。

 リルは咄嗟に構えていた汎用投射機を戻し、旋回体勢をとり急降下をかける。

 その目前に、軽対空機〈プロミネンスB型〉4機からなる対空部隊が姿を現した。


「待ち伏せ――」


 移動ルートを予測された――。

 飛行パターンは毎回変えているはずだったが、このタイミングで正確にルートを予測されてしまった。


 ブースターを全開にしてスラスター制御も用いて急降下。翼の切っ先が地面をかすめながらも体勢を取り戻すが、更に市街地へと展開していた軽対空機〈プロミネンスA型〉2機が軽機関銃の掃射を放つ。


 機体を振り、回転しながら急制動。敵機の前で旋回し建物の隙間へと機体を滑り込ませる。

 射線を切る直前、7.7ミリ機銃弾が右の飛行翼へと命中。ブースト燃料の残っていた飛行翼は一瞬炎と黒煙を噴いたが自動消火装置によって鎮火。されど被弾によって内部機構が損傷し飛行継続は不可能となった。


「チッ。被弾した――飛行翼損傷。不時着する」

『なんとか西寄りに機体を下ろして!! 〈I-4〉より東は敵の勢力圏内です!』

「分かってる! 通常機動可能。歩いて帰れるから気にしないで」


 暴れる機体を片側の飛行翼とコアユニット出力の調整だけで安定させ、そのまま市街地の路地裏へと機体を不時着させる。

 壊れた右翼を緩衝材として地面にこすりつけ、速度の落ちたところで壁を蹴り急ブレーキ。アンカースパイクを突き出して急停止をかけ、足が持って行かれる寸前で引き抜いて減速した速度のまま地面を転がる。

 機体は火花を散らしながら地面を転がり、最後はゴミ集積所へと突っ込んで停止した。


 木材の破片と粗大ゴミで構成された集積所。

 衝撃によって崩れたゴミ山から機械の腕が飛び出して、廃棄された工作機械のふちを掴むとその体を引き上げる。

 廃オイルにまみれたリルは飛び出すと同時にヘルメットのディスプレイ前面をこすって視界確保し呟く。


「最悪だわ」


 何とか五体満足で不時着に成功した彼女は、破損した飛行翼を投棄すると、手にした競技用狙撃銃に初弾を装填し移動を開始した。


          ◇    ◇    ◇


「ツバキ9、戦術ネットワークへの侵入はまだ遮断できませんか!」


 リルの撃墜を受け、タマキは叫ぶように尋ねる。


『ようやく統合軍の戦略ネットワークに侵入したところだ』

「統合軍の戦略ネットワーク? どうしてそんなことを」

『統合軍内に内通者が居て接続コードを渡してやがる。遮断するなら直ぐに出来るが、今切ると内通者の追跡は出来なくなるぞ。追跡にはまだまだ時間がかかりそうだが、どうする? あたしにゃ決められん。そっちで決めてくれ』


 ユイの言葉にタマキは迷う。

 もし統合軍内に内通者がいるのならそれは特定しておかなければならない。野放しにしておけば帝国軍はいつでも統合軍のネットワークへと侵入可能となる。

 だが今この状況で、単独で最前線に不時着したリルの位置情報が曝され続ければ、当然無事では済まない。

 決断は急がなければならなかった。

 迷うタマキの脳内に、かつて祖父であるアマネ・ニシ元帥より伝えられた言葉が響く。


 ――助けられる味方を決して見捨ててはいけない。


 決断は一瞬だった。


「直ぐに遮断して。ツバキ7の救出が最優先です」

『愚かな選択だが、間違った選択じゃない。今から遮断する』


 ユイは指先で端末を叩き、帝国軍からの統合軍データリンクに対する全ての接続を遮断した。


          ◇    ◇    ◇


「リルちゃんが墜落したって本当ですか!?」


 リルの不時着を受けて、ナツコはようやく繋がった通信機に向かって尋ねる。


『事実です。現在そちらへ向けて移動中。近くまで来たら援護をお願いします』

「戦術マップ確認しました。途中に敵が潜んでるかも知れません! こっちから迎えに行きます!」


 ナツコはディスプレイに新しくウインドウを立ち上げるとそこへ周辺地図を配置して、リルの位置を確認。そこまでのルートを策定した。


『待って下さい。単独での行動は危険です』

「私も行きます」


 タマキの言葉に応えるようにトーコが口にした。


『おいトーコ、お前はそこでじっとしてろ』


 ことトーコの危険とあっては黙っていられないとユイが口を挟む。

 されどトーコは毅然として意見を述べる。


「今救援に向かえるのは私とナツコだけ。突撃機なら直ぐ行って帰ってこれる」

『危険だ。そんなものはフィーに行かせればいい』

「フィーリュシカの援護が無くなったら前線を支えてる統合軍が壊滅する。そしたら救援も無駄になる。とにかく時間が無い。隊長、指示を。私とナツコに行かせて下さい」

『バカの意見を聞き入れる道理は無いぞ』


 ユイはタマキに対して釘を刺したが、決断はその意に反するものだった。


『分かりました。急いで救援を。ツバキ7と合流次第即座に帰還して下さい』

『愚かな考えだ』

『でも間違ってはいない。そうでしょう?』

『勝手にしろ』


 ユイは一方的に通信を切った。

 ナツコはトーコを視線を合わせると、互いに頷きあう。


「ありがとうございます、トーコさん」

「見捨ててはおけないもの。リルもナツコも。フィー、カリラ、ここは任せるから」

「お構いなく。早くあの生意気なおチビちゃんを迎えにいって下さいな」


 カリラはガトリングでの制圧射撃の合間に答える。

 フィーリュシカはしばし答えなかったが、やがて無感情な瞳をナツコへ向けると指示を出した。


「危機に陥る可能性がある。くれぐれも慎重に。北寄りの市街地を進んで」

「はい、ありがとうございますフィーちゃん! 直ぐに戻ってきますから!」

「よし行こうナツコ」


 ナツコとトーコは装備の確認を済ませると、2人揃って鉄工所の屋上から飛び降りた。

 フィーリュシカの指示通りに、遠回りして北側市街地へと向かいそこからリルとの合流を目指す。


「きっと無事でいて下さいね、リルちゃん」


 ナツコはエネルギーパックを取り替えると、速度を増すトーコに置いていかれないようブースターに点火してその後を追いかけた。


          ◇    ◇    ◇


「愚かな奴らめ」

「助けに行きましょうか?」


 ユイの言葉に、〈音止〉の影に隠れた女性が柔らかい優しげな声で返す。


「お前は目立つから駄目だ。先に帰ってばあさんにさっきの件だけ伝えておけ」

「了解です。では失礼しますね」


 トレーラーの扉が開かれ、女性は飛び出していく。

 扉が閉まるとユイは頭の中に意識を向けて、脳内に埋め込まれた通信チップを起動した。


「聞こえてるな。トーコが無謀にもおもちゃ装備で前線に向かった。まだ奴には生きててもらわなけりゃ困る。何としてでも無事に帰せ。他は死んでもいい」


 即座に返答がユイの脳内に響いた。

 それで通信を切ろうとしたが、トーコの豆腐並みのメンタルを思い出したユイは再度声を発する。


「――前言撤回。他の奴らにも利用価値がある。全員無事に帰せ」


 返答を受けて今度こそ通信を切った。

 暇になったユイは統合軍の戦術データリンク。本来はアクセス出来ない、ツバキ小隊のアクセス可能領域より上の領域へと侵入し大隊の情報を盗み見始める。

 帝国軍によるネットワーク侵入は遮断したが、既に大きな損害を受けている統合軍は苦戦していた。

 本来の目的を達することは難しいだろう。

 あまりにバカらしくなって彼女は大きくため息を吐いた。


「だからラングルーネ基地攻略なんて嫌だったんだ。この作戦を承認したバカは脳みそ入ってるのか?」


 問いかけには誰も答えない。

 ただ〈音止〉の駆動音だけがトレーラーの荷室に響いていた。

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