回想

第121話 タマキ・ニシ

 100年以上続いた戦争が終結し、人類はつかの間の平和を手に入れた。

 それは脆く儚く今にも崩れ去ってしまいそうな代物ではあったが、和平条約締結による統合人類政府の誕生により、形だけは連合国と枢軸国は手を組む運びとなった。


 されど技術は衰退し、エネルギー資源は底を尽きていた。

 折角作った統合人類政府もつかの間の平和も、エネルギー問題の解決がなされなければ瓦解する。

 そうなったらもう、残された人類は僅かなエネルギー資源を巡って再び戦争をするしかない。それも今度は、手に棍棒を持って。


 だがそうはならなかった。

 連合軍と枢軸軍が戦争末期に産み出した破壊と殺戮のための兵器。最終世代型宇宙戦艦と呼ばれる2隻の新鋭戦艦に使われた技術を組み合わせることで、ほぼ無尽蔵のエネルギーを惑星から抽出可能だと判明した。


 統合人類政府は樹立と同時に、この技術を和平条約締結された惑星トトミに導入。新型エネルギー機関は終戦からわずか1ヶ月後には稼働し始め、産み出されたエネルギーによって新たな機関が製造された。

 それは統合人類政府の首都星系に導入されたことを皮切りに、各惑星へと配備が進められていった。


 それから4年と少し。

 新型エネルギー機関の導入は最終段階に入り、遂に惑星トトミから首都星系へと生産拠点が移設された。

 長らくエネルギー機関の生産拠点として統合人類政府を支えてきた惑星トトミ首都の工場は、新型の歩兵用機動装甲骨格、後に〈R3〉と呼ばれる兵器の生産拠点として用いられることとなった。


 エネルギー機関生産拠点の移管にあたっては大規模な式典が催され、統合人類政府樹立の立役者たるアマネ・ニシ、コゼット・ムニエ両名が参加し、残されていた大戦時代の宇宙戦艦、宇宙巡洋艦など多数も加わった。


 統合人類政府は新たな時代へと踏み出していた。

 しかしまだ問題も多く残していた。

 終戦直後から旧連合軍と旧枢軸軍の対立は頻発し、中には宇宙艦艇を強奪し、統合軍から離脱する部隊までもあった。


 離反した部隊は統合軍の輸送部隊を襲撃し、時には衛星基地まで襲い物資や艦艇を略奪した。

 統合軍はこれらを宙族として扱い、統合軍に属さない艦艇には容赦なく攻撃を加えた。

 当初は小規模だった宙族だが、統合軍へと対抗するため宙族同士が手を組み、徒党を組んで統合軍艦船への襲撃を続けた。


 表向きには決して報告されることは無かったが、最終世代宇宙戦艦とされる旧連合軍の〈ニューアース〉も、大破した状態で後方基地に隔離されていたにも関わらず、何者かによって強奪された。


 統合人類政府は事ここに至って本腰を入れて宙族対策を開始したが、宙族は突如としてかつての小国ズナン帝国皇帝の子孫を名乗るズナン6世を担ぎ上げて、独立国家ズナン帝国の樹立を宣言。統合人類政府へと宣戦布告した。


 統合軍の高級軍人は宙族対策におわれていたが、そんな中にあって、第一線を離れ、悠々とした生活を送っていた人物が居た。

 大戦の英雄。アマネ・ニシ元帥は、元帥の地位にありながら、惑星トトミに構えた新居において孫娘と遊ぶのが唯一の仕事となっていた。

 枢軸軍の首都星系に建っていたニシ家邸宅を再現した古風な建物の縁側でアマネが航海日誌を眺めていると、孫娘が廊下を走ってやってきて元気な声を投げかけた。


「おじいさま。イハラ提督のお話をきかせて」


 歳を重ねながらも決して衰えぬ眼光と元帥としての風格を携えていたアマネだが、孫娘にそうせがまれると柔和な笑みを見せて、すっかり気の優しいおじいちゃんになってしまうのであった。


「ああいいとも。タマキは本当にイハラ提督が好きだのう」

「だって、かっこいいんですもの。滅ぼされる寸前で、戦う力も残っていなかった枢軸軍だったのに、イハラ提督は最後まで諦めずに戦って、連合軍との対等講和を勝ち取ったのでしょう?」

「ああそうだとも。ユイ君は決して諦めなかった」

「ちょっとおじいさま!」


 アマネの言葉に、タマキは目に見えて不機嫌そうにむくれて見せた。


「なんて不敬な発言ですか! たかだか元帥風情のおじいさまが、大元帥のイハラ提督のことをユイ君だなんて呼び方、許されません!」

「あっはっは。こりゃ一本とられたのう。そう、イハラ閣下はもうわしより上官になってしまった。初めて会ったときは少尉だったのに」


 アマネが呼び方を改めたことにタマキは満足して、隣に腰掛ける。

 アマネは航海日誌を閉じると、タマキへと菓子を勧めた。それを1つ口に放り込んだタマキは嬉々として尋ねる。


「ねえおじいさま。イハラ提督は少尉の時から素晴らしいお方だったの? それとも、おじいさまがイハラ提督を立派な士官に育て上げたの?」

「わしが教えたことなど些細なことだよ。ユイ君――もといイハラ閣下は少尉の頃から、その若い感性を持ってわしのような老人には思いもよらない発想をしてのけた。

 わしから教えたのは、そうだのう。――助けられる味方を決して見捨ててはいけない。それだけのことだよ」


 タマキはアマネの言葉を復唱する。


「助けられる味方を決して見捨てない」

「そう。タマキが大きくなって、もし士官になったとき、この言葉を忘れないでおくれ。そうしたらきっと、タマキもイハラ閣下のような立派な士官になれるとも」

「わたしがイハラ提督みたいに?」


 タマキは目をキラキラと輝かせた。


「わたし、絶対忘れない。それでね、イハラ提督みたいな立派な士官になるの。そうなったら、おじいさまより上官だから、おじいさまをわたしの参謀にしてあげる」

「それは楽しみだの。こうなったらわしも、長生きしないとなあ」

「約束よ。だからちゃんと長生きしないと駄目だからね」

「ああ約束だとも」


 タマキが小指を立てた右手を差し出すと、アマネも同じように右手を差し出して、小指同士を固く結ぶ。2人は笑顔で結んだ手を数回振った。


「ねえおじいさま。わたし、イハラ提督の作戦に興味があるの。本を読んだけど、どうしてイハラ提督が200万通りもある撤退ルートの中から〈ニューアース〉の通るルートを特定できたのか、全く分からなかったの。おじいさまはその時もイハラ提督の参謀をしていたんでしょ? どうやったのか教えて欲しいな」

「ああ、あの時のことか。わしも良く覚えているよ。中破した〈ニューアース〉を取り逃がし、一時は追撃を諦めた。しかし――」


 話の途中で、来客があった。

 正門から入ってきた若い男性士官――階級は准尉――は、縁側に居るアマネの姿を見つけるとそちらへ足を向ける。

 タマキが居たため准尉はアマネに声をかけなかったが、気がついたアマネは話を遮ってそちらへ鋭い視線を向ける。


 アマネの視線を受けた准尉はたじろいで見せたが、しかしそれでも足を踏み出し庭に入ってきた。その様子を見たアマネも、ただ事では無いと隣に座っていたタマキへと諭すように声をかける。


「悪いのうタマキ。どうも急ぎの仕事のようだ」

「ずっと仕事らしい仕事もしてなかったおじいさまに?」

「そう言われると言い返せないの」

「でもずっと休んでいたんですもの。たまには仕事もしなければいけません。よろしい。話の中断を許可します」

「ありがとうタマキ。話はまた今度にしよう」

「ええ。約束よ」


 お互い頷きあうと、アマネは草履を引っかけて准尉の元へ向かう。

 タマキは子供心から、気のない振りをしながらも准尉とアマネの言葉に耳を傾けた。

 言葉は早口で小さな声であったが、タマキはそういう他人のひそひそ話を聞き取るのが得意だった。


 ――アイノ・テラーが新鋭戦艦…………を持ち出し……。

 ――分かった。わし…………〈ノーバート・ウィーナー〉と乗組員…………を。コゼット……伝えて…………。……には……スサ…………。


 准尉は報告を終えると足早に敷地から出て行ってしまった。

 戻ってきたアマネは、何事も無かったかのようにタマキへ声をかける。


「仕事に行ってくるよ。少し、長くなるかも知れない」

「ええ。気を付けてねおじいさま。終わったら、またイハラ提督のお話を聞かせてね」

「ああ、もちろんだとも」


 タマキの言葉に笑顔で頷いて見せたアマネは、自室に戻り軍服に着替えると邸宅を後にした。

 タマキはアマネの帰りを待ちわびたが、その日は結局帰ってこなかった。

 来る日も来る日も、タマキはアマネの帰りを待ったが、彼が邸宅に戻ることは遂に無かった。


          ◇    ◇    ◇


 時が経ち統合歴20年。

 21歳になったタマキ・ニシは統合人類政府首都星系軍大学校を主席で卒業し、統合軍少尉となった。

 任官までの期間、僅かな休みを与えられたタマキは久しぶりに惑星トトミの実家へと帰省した。


 貰ったばかりの指揮官機〈C19〉を慣らし運転で大破させてしまったため、統合軍にばれないように修理する必要があるという厄介な課題もあったが、惑星トトミ最大の島であるハツキ島に腕の良い修理工場があるらしいと調べをつけていた。足も確保してあるのでハツキ島観光がてら対処すればいいとそれはひとまず置いておいて、少尉任官の報告を母親へ済ませた後、祖父、アマネ・ニシの居室へと向かう。


 どうしても、士官になったことを伝えておきたかった。

 部屋は綺麗に掃除されているが、アマネの私物は昔のままだった。

 机の上に写真立てが置かれている。


 今時紙の写真なんて。

 昔はおかしかったが、今となってはアマネが思い出を紙に残していたことも頷ける。

 写真に写っているのは、大好きだった祖父、アマネ・ニシと、少尉の階級章をつけた女性。

 短い黒髪。若干垂れた瞳。左目の下に泣きぼくろのある彼女は、隣に元帥が立っているせいか緊張でがちがちになっていて、なんだかぎこちない敬礼と中途半端な笑顔を作って写真に写っていた。

 昔はかっこいいと思っていた彼女と同じ歳になってみてみると、彼女も同じ人間だったんだと自然と笑みがこぼれる。


 データはどうしても、検閲を受けてしまう。タマキが調べたかった情報も、すっかり統合人類政府の検閲を受けて消されてしまっていた。

 だからアマネは失いたくない記録は紙に残した。

 それが政府の勝手な都合で消されたりしないように。


「おじいさま。わたしも、士官になりました。イハラ提督のような立派な士官になれるか分かりませんが、必ずや真実をつきとめて見せます」


 アマネと交わした約束を守るために。

 そして、アマネと再び会うために。


 タマキはアマネと最後に話したあの日の、あの准尉の言葉をしっかりと覚えていた。


 ――アイノ・テラーが新鋭戦艦を持ち出した。


 真相を知るためには、アイノ・テラーについて知らなければならない。


 統合軍は駄目だ。

 アイノ・テラーに関する情報は徹底的に削除され、削除ログを漁ろうと試みようものならば即座に憲兵が送られてくる。


 情報閲覧の権限が与えられた階級まで出世する手もあるが、そんなものはカサネに任せておけば良い。今は少佐。戦争の行方次第だが、数年以内に中佐。良くすれば大佐まで出世してくれる。連隊長クラスになれば自身の裁量で扱える情報も増える。

 カサネの持つ情報に対しては、タマキは妹の特権により何の障害も無くアクセス可能だ。


 だから、自分には自分に出来ることをしなければいけない。

 タマキはそう考えて計画を練った。

 統合軍のネットワークから外れ、されど統合軍と行動を共に出来る存在。

 父であるタモツはタマキのためにいくつかのポストを用意するであろう。

 望むべくは情報将校。統合軍に居ながらにして、軍本部のネットワークの外から、いかなる部署へも情報将校特権でアクセス出来る。


 だがそれだけでは駄目だ。

 タマキを信頼し、指示通りに動いてくれる部下が必要不可欠だ。

 されどそれは統合軍に忠誠の厚い人間であってはならない。タマキの調査対象は統合人類政府によって情報を抹消された人物であるからだ。


 統合軍のデータベースに侵入し憲兵の監視をすり抜けて削除ログを参照可能なレベルの腕を持ったハッカー。

 その機材を運用可能な技術者。それを調達し得る資金力。

 自衛手段に、真相判明後に行動を起こすための手持ち戦力。

 そして何より重要なのが、恐らくは真相の一片を知っているであろう、コゼット・ムニエ中将へと強力なコネクションを持つ人物。


 一介の情報将校が集めるには途方も無い人材と資金になるであろう。

 だがそれでもタマキは真相をつきとめるためならどんな負担も構わないと決意していた。


 イハラ・ユイは、無条件降伏を受け入れようという意見が大半を占めた枢軸軍において、わずか戦艦1隻を持って全ての戦況を覆し対等講和を勝ち取った。

 それを支えたのがアマネ・ニシ元帥だったとしても、彼女は艦長として決して諦めず、強大な連合軍に対して対処しうる戦力を、人材を揃え、そして天才的な智略と戦術を持って目的を達成した。

 彼女は志半ばで宇宙に散ってしまったが、それでもその意思は仲間に引き継がれ、枢軸軍は最終決戦で連合軍と引き分け、講和を手にした。


 これくらい出来なければ、イハラ提督のようにはなれない。

 タマキはアマネの残した写真立てを手にして自分の荷物へと入れた。お守り代わりに。そしてこの決意を忘れないために。


「アイノ・テラー。あなたを見つけ出し、真実をつきとめる」


 邸宅の前にフライヤーが到着した音が聞こえた。

 タマキは荷物を持ち直すとアマネの部屋を後にして、母親へ短い別れを告げる。1週間もすれば戻るからと。

 それから玄関まで迎えに来ていた少佐の階級章をつけた男へと遅いだの機体が古いだの文句をつけてから、迎えに来てくれたことに礼を言っていつもの台詞を口にすると、その助手席へと乗り込んだ。


 機体の修理が終わるまでのほんの少しの外出。

 そのはずだったのだが、その時のタマキは外出先で宙族強襲の大事件に巻き込まれるとは知る由もなかった。

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