第122話 コゼット・ムニエ④

 爆音が轟き船体が揺れる。

 非常灯に照らされた通路を駆けていたコゼットはバランスを崩した。転びそうになるが姿勢を低くし、片膝立ちの体勢で堪える。

 付近で再度爆音。

 手にしたビームライフルを構える。

 吹き飛んだ壁から現れたのは連合軍の用意した無人防衛機械。三角形の土台にビームライフルを搭載したそれは、土台を破損し青白い光を瞬かせていた。


 それを追うようにして壁の亀裂から出現したのは枢軸軍の無人攻撃機械。数え切れないほどの多脚で床はもちろん壁まで這い回り、半壊した防衛機械の攻撃を回避。

 スペックが違いすぎる。最早無人防衛機械は時間稼ぎ以上の役には立たない。

 攻撃機のビームが防衛機械の主動力を撃ち抜き、燃料に引火して爆発。赤々と上がった炎が辺りを照らした。


 コゼットは構えた銃の照準を合わせ、攻撃機械へ向けて発砲。

 1発目のビームを攻撃機は回避。しかし回避先を予想して放たれた2発目が攻撃機正面を捉えた。

 ビーム発射口を穿たれた攻撃機は真っ赤な炎を上げて爆発四散した。

 コゼットもこのときばかりはサブオペレーターのくせに無駄に射撃の成績の良かった自分を褒めた。


 ――こんなことなら狙撃手にでもなるんだった。


 頭の中に馬鹿な考えが現れたが直ぐに意識を通路へ向ける。

 時は一刻を争う状況だった。


「もうこんな所まで来てる。防衛システムはどうなってるのよ」


 攻撃機の沈黙を確認したコゼットは立ち上がり、ビームライフルを構えたまま進む。

 先ほど開いた壁の穴へと飛び込みながら銃口を向けた。敵影は無し。さっきの攻撃機は単機だった。

 穴に接近探知センサと対人地雷を仕掛けるとコゼットは再び走り出す。


 枢軸軍が〈ニューアース〉に突入してからいかほど時間が経っただろうか。

 コゼットはこれまでの戦闘経緯を思い返す。


          ◇    ◇    ◇


 コゼットは戦闘開始からしばらくはサブオペレータとして、サブリ・スーミアの友人として、宙間決戦兵器部隊の司令室で、出撃した〈ハーモニック〉部隊とコンタクトをとっていた。

 だがサブリからの報告を受けてそれが枢軸軍の策だったことに気がつく。

 〈ハーモニック〉3機の前に立ちはだかったのは、2式宙間決戦兵器〈音止〉が1機。

 〈ハーモニック〉と〈音止〉の機体スペックはほぼ同等。3対1では戦いにならない。――はずだった。


 コゼットも分かっていたし、サブリもきっと分かっていた。

 その相手だけはどんなに戦力で優位に立っていようと侮ってはならないと。

 死神の異名を持つ、恐らく、いや確実に、現時点で宇宙最強のパイロット。彼女が出てきた以上、3対1でも部隊全滅の覚悟すら必要だった。


 だけど、情報が違う。

 事前にコゼットが聞いていた情報では、彼女はまともに戦闘出来るような状態ではないはずだった。それが最前線に単機で姿をさらし、〈ハーモニック〉3機を相手に互角の戦いを始めた。


 その時点で罠にはめられたのだと気付いたが、手遅れだった。

 彼女が出てきた以上、〈ハーモニック〉部隊はその対応に専念するほかない。当初19機用意されていた〈ハーモニック〉を3機まで減らしたのはほとんど彼女の手によるものだ。3対1でも増援を送る必要さえ存在した。

 サブリは彼女をここで食い止めると言い放った。〈ハーモニック〉部隊の隊長も、僚機であるサブリの恋人もそれに賛同し、コゼットへ旗艦防衛に専念するよう告げた。


 コゼットは頷き、宙間決戦兵器同士の戦いは任せ、ブリッジへ走った。

 その時だった。突如敵艦接近警報が鳴り響き、〈ニューアース〉の近接防衛システムが作動。レーザー砲の発射音が木霊し、艦内に主砲発射に備えるようアラートが繰り返される。

 コゼットは手近な手すりにつかまって主砲発射に備えた。


 〈ニューアース〉の主砲は1発で惑星ごと破壊可能な代物だ。当然、その反動も恐ろしく強い。

 そして主砲を放つとなれば、相手は枢軸軍の新鋭戦艦。そちらも動作原理は異なるがほぼ同威力の主砲を搭載している。

 そんな威力の主砲が極至近距離で放たれたらどうなるか。想像したくも無いことだった。

 主砲発射までのカウントは容赦なくなされ、遂に〈ニューアース〉が全エネルギーを主砲に集中。艦内のエネルギーが低下し明かりが非常灯に切り替わった。

 直後、艦そのものが吹き飛んだのではないかとも思えるような衝撃がコゼットを襲った。

 必死に手すりにしがみついて転げ回らないよう耐える。


 〈ニューアース〉は低出力状態を維持。主砲の次弾発射に備え冷却システムと充塡システムが起動される。


「何がどうなってるのよ!」


 通信機へ向けて叫ぶが、誰もその問いに答えてくれない。

 代わりに緊急アラートが更に音量を上げてけたたましくがなり立て、艦内に艦長の命令が響いた。


『全乗組員衝撃に備えよ! 艦上部の乗組員は緊急待避! 敵艦接近! 衝突します!』


 敵艦接近。衝突。


 その言葉が意味するところを理解するのにコゼットは半秒ほど要した。

 理解出来ると同時に再び手すりにしがみつく。

 だが、今度の衝撃は堪えきれなかった。

 凄まじい衝撃に、上下すら分からなくなった艦内通路をコゼットは為す術なく転がった。

 全身を打ち付け意識を失いそうだった。

 艦内放送は途切れ、緊急アラートだけが壊れたように途切れ途切れ繰り返される。


「艦長! ご無事ですか! 艦長!」


 コゼットは這々の体で壁に身を預けると通信機へ向けて叫ぶ。だがそれは壊れてしまっていた。

 使い物にならなくなったそれを床に叩き付け、コゼットは立ち上がる。

 ブリッジへ向かわなくてはならない。最愛の人を守るために。

 その最愛の人が再び艦内へ命令を発した。


『敵部隊艦内に――。全――戦闘――――。防衛――』


 放送システムが異常をきたしたのか正確には聞き取れない。

 それでも枢軸軍が〈ニューアース〉に乗り込んできたことだけは分かった。

 コゼットは床に転がったビームライフルを拾い上げ、機構に問題無いことを確かめるとそれを手に走り始めた。

 ぼろぼろの体は立っているのもやっとな程だったが、それでもコゼットは足を止めない。


「艦長! コゼット・ルメイア。今助けに行きます!」

 

          ◇    ◇    ◇


 もう〈ニューアース〉艦内は滅茶苦茶だった。

 枢軸軍が送り込んできた無人攻撃機によって艦内は破壊され、放送システムは沈黙。主動力機構すら枢軸軍に占拠された。

 通信機も繋がらないため、何処がどんな状態に陥っているのかすら確認できない。

 コゼットは出撃した〈ハーモニック〉部隊と連絡を取れないことに歯がゆい思いをしたが、それでも今は艦長の無事が最優先だと、ブリッジへと続く裏道を進んでいた。


 ――もう少し。もう少しで辿り着く。


 一部の乗組員しか知らない秘密の通路。

 艦長と親しかったコゼットは、特別に教えて貰っていた。

 まだここの通路には枢軸軍の攻撃機械は入ってきていないようだった。

 コゼットは非常灯の僅かな明かりを頼りに進み続け、ようやくブリッジ裏手に通じる入り口まで辿り着いた。


「お願い、動いて」


 祈るような気持ちで扉のコンソールを操作。

 やはり電源が落ちていて起動しない。

 コゼットはビームライフルの銃床でコンソールの端を叩く。表蓋を無理矢理開けると、内側の配線を引っ張り出す。ビームライフルの2つある動力パックのうち1つを外して、切断した主電源ケーブルをそれに繋いだ。


 コンソールが起動。

 異常な起動手順が踏まれた警告が発せられるが、コゼットは艦長の認識コードを入力してそれを黙らせた。


「よし。なんとか開きそう。今行きますから、どうか無事でいて下さい」


 起動成功したコンソールへ再び認識コードを叩き込んで解錠信号を送らせる。

 短い電子音が聞こえ解錠されたことを示すランプが点灯。しかしコンソールは起動できても扉の動力機構までは動いていなかった。

 鍵は開いたが扉は開かない。

 コゼットは最後の手段で、銃を肩にかけると扉の隙間に両手の指先を引っかけてそれを強引にこじ開けた。

 ロックは解除されていると言えど、メインブリッジに通じる扉。簡単には開かなかったが、それでもコゼットは無理矢理にそれを開き、ようやくあいた隙間へと自身の体を押し込んだ。


「艦長――」


 乾いた音が響いた。

 コゼットの視界の中で、最愛の人が脳天に銃弾を受け、仰向けに倒れる。

 非常灯の明かりに照らされた艦長の亡骸を見下ろしていたのは、枢軸軍の悪魔。アイノ・テラー。彼女は手にしていた銃を下ろすと、コゼットへとつまらなそうに視線を向けた。


「アイノ・テラーァァ!! 貴様ァーーーー!!」


 目の前で最愛の人を殺され、コゼットは怒りで我を忘れビームライフルを構えていた。

 拳銃を下ろしたアイノ・テラーへ銃口を向ける。警告も威嚇射撃もするつもりは無かった。

 だがコゼットが引き金に指をかけるより早く、床を滑るように音も無く超高速で接近してきた人影が容赦なく襲いかかった。


 突然の側面からの攻撃にコゼットは対応できない。

 攻撃を察知したときには振り下ろされた特殊警棒がコゼットの右腕を捉えていた。強烈な一撃は腕を叩き折りそのままねじ切る。


 あまりの激痛にコゼットは何をされたのかも分からなかった。

 襲撃者は攻撃の勢いをもって更に1歩踏み込み、コゼットの腹部目がけて真っ直ぐに足を突き出した。内蔵を破裂させ、背骨まで砕く一撃。


「やめろ」


 アイノ・テラーの言葉に、必殺の蹴りは急速に威力を失い、軽くコゼットの腹を蹴飛ばしてその体を後ろへと転がした。

 それきり襲撃者であるアイノ・テラーの用心棒はその場で直立姿勢をとり、感情の無い眼でコゼットを見下ろす。


 倒れたコゼットは激痛で目の前が真っ赤に染まっていた。

 それでも頭の中は怒りで支配され、本能がアイノ・テラーを殺せと語りかけ床に落ちたビームライフルへと右手を伸ばそうとする。

 だがコゼットにはもう、伸ばすべき手が無かった。

 欠落した右腕は、ビームライフルと一緒に床に転がっていた。


「……殺す、殺してやる、アイノ・テラーぁ!!」


 立ち上がることも出来ずコゼットは叫ぶ。

 アイノ・テラーはコゼットへ声をかけると、手にしていた物を床へ投げる。

 そして用心棒と共にブリッジを出て行った。


 その背中を為す術もなく睨みつけるしかなかったコゼットは、痛みと出血によって意識を失った。


          ◇    ◇    ◇


 レインウェル基地に設えられた総司令官の執務室。

 総司令官席の椅子で眠ってしまっていたコゼットは目を覚ますと左手で額を押さえる。


 帝国軍による新年攻勢の失敗とその後の統合軍による反攻作戦の成功によって、トトミ中央大陸の戦力バランスはやっと戦争が成り立つ程度に持ち直していた。

 それは統合軍にとって喜ばしいニュースではあるのだが、急速に変化した状況は特に軍上層部に対して莫大な激務を産み出し、ここのところコゼットもあまり眠れていなかった。


 それでも新しい戦略概要の策定はほぼ終わり、奪還したレイタムリット基地に東部方面軍司令所が設立されるとコゼットの仕事も減りつつあった。

 そんな訳もあって、久しぶりに急ぎで無い仕事のみとなったコゼットは、気が緩み職務中にうたた寝してしまった。


「全く、悪い夢だわ」


 もう20年、いや21年も前のことだと言うのに。

 それでもコゼットはここしばらくあの時の――トトミ星系外縁部で行われた前大戦最終決戦の――ことを夢に見ることはなかった。だというのに、夢は当時起こったことを嫌になるくらい正確に再現してくる。

 元より、忘れられるはずもなかった。


 コゼットは上着の内側に手を入れて1挺の拳銃を取り出す。

 将官となって以来、持ち歩いている武器はこれだけだった。リボルバー式の、女性や子供向けの護身用拳銃。

 シリンダーは5つだが入っている弾丸は1発だけ。

 あの時アイノ・テラーから渡された彼女の銃。


 ――殺したければ、殺しに来い。


 彼女はそう言い残した。

 コゼットは手段を選ばずに出世する道を選んだ。

 全てを終わらせるために。――最愛の人の、最後の願いを叶えるために。


「あなたの独りよがりな野望もあと少しでお終いよ」


 誰に言うでも無く口にして、コゼットは拳銃をしまうと職務を再開した。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る