第119話 ST山地防衛作戦

 ツバキ小隊が山頂拠点への強襲を成功させ、大隊長を始末し、山頂の迫撃砲陣地を破壊すると、防衛についていた兵士達も撤退を始めた。

 タマキによってST山地攻略完了の信号弾が打ち上げられ、ST山地司令部にはツバキ小隊の旗が掲げられた。


「ツバキ3、ツバキ8。敗走する敵を可能な限り撃破。深追いはしないで。残りは奪還作戦に備えるため基地整備を」


 〈音止〉とフィーリュシカは撤退していった帝国軍へ追撃をかけた。

 残った隊員へと、タマキは詳細な指示を出す。


「歩兵部隊は戦闘状態を解除。警戒状態に移行。まだ敵の残党がいる可能性がありますからくれぐれも油断しないで。単独行動は厳禁。イスラさん、ナツコさん。2人で使えそうな武器を集めて」

「はい! お任せ下さい!」


 ナツコは答えると、隣にやってきたイスラへと頭を下げる。


「よろしくお願いしますね、イスラさん」

「分担としちゃナツコちゃんが護衛になるわけだが、頼りになるかどうか分かったもんじゃないな」


 戦闘状態が解除されたとあってさっそくナツコをからかいにかかるイスラだったが、その程度ではナツコも動じることなく、むしろ胸を張って答えた。


「私だって役に立ちますよ! 敵が近くに居たらちゃんと教えます!」

「教えてくれるだけでも大したもんだね。念のため弾倉かえとけよ」

「はい!」


 言われた通り、ナツコは左腕に装備した12.7ミリ機銃に新しい弾倉をセットする。

 イスラに伴って、帝国軍の弾薬庫、武器倉庫、〈R3〉の格納庫と巡っていくが、撤退時に爆破していったようで使える装備は限られた。

 対空砲陣地は手つかずだったが、これでは山沿いにやってくる敵兵を攻撃できない。


「微妙だな。機銃4丁に、60ミリ速射榴弾砲1、25ミリ3連装6砲身ガトリング1、あとは個人防衛火器と近接武器。パイルバンカーもあったぜ」

「微妙すぎますね。60ミリ速射榴弾砲の砲弾はどれくらいありますか?」

「0」

「では使えませんね」


 砲だけ有っても砲弾が無ければ無意味だ。

 タマキは機銃弾も確認をとるが、そちらはしっかり残っていた。ただ、統合軍の規格とは異なる帝国軍仕様の14.5ミリなので、互換性は一切無い。


「〈R3〉は?」

「偵察機の〈コロナB型〉が2機だけ残ってた。装着装置は破壊されてる」

「旧型ですね」

「ターミナルに接続されもせず格納容器に入ったままだったから予備機だろうな。動くかどうかはまだ確認してない。確かめるかい?」

「……念のため」


 タマキは悩んだあげくそう告げた。

 イスラは了解を返すと格納庫へ急ぐ。ナツコもそれに続いて、2人で格納容器から出して〈コロナB型〉を確認。動作はしそうだったが、認証解除と機体調整に時間がかかるとのことでそのまま放置された。


 その頃には〈音止〉もフィーリュシカも戻ってきていて、司令部を1室使えるようにするとトーコが運び込まれた。

 ナツコは心配したが、任務が先だと言いくるめられてまずは自分のやるべき事をやる。


 機銃の整備を優先して行い、終わり次第に配っていく。

 主武装のガトリングを撃ち尽くしたカリラへ1挺。20ミリ機関砲を撃ち尽くしたフィーリュシカに1挺。残弾の心許ないサネルマへ、12.7ミリ機銃と交換で1挺。残った1つは固定機銃として、壊れた対装甲砲の砲座に取り付けて偵察機でも扱えるようにした。


「皆さん、集合を」


 タマキが告げると、作業をしていた隊員も手を止めて司令部前に集まる。

 タマキはフィーリュシカだけには周辺警戒を命じて、残りの隊員へ作業報告を求める。


「ユイさん、トーコさんの病状と〈音止〉の状況は?」

「トーコは発熱が酷いが動けないほどじゃない。しばらく休息が必要だが、いざとなればたたき起こしても構わない。

 〈音止〉は右腕損失。唯一残ってる122ミリは砲弾が2発しかない。それ以外にも損傷箇所が多く修理が必要だが、動かせと言われれば一応低出力でなら動かせる。

 拡張脳は動作停止中。一度基地に戻って冷却剤取り替えないとどうしようもない」

「〈ハーモニック〉の相手は出来そうですか?」

「機体は対応可能でもパイロットが無理だろう」


 それはあまり良い知らせとは言えず、タマキも顔をしかめた。

 だが、攻勢時に拡張脳を使えばこうなることは予想出来たことだった。タマキはそれ以上追求せず、報告に対する礼だけ述べて次を指名する。


 カリラとサネルマは山頂東方面への立体障害の展開完了を報告。ただし範囲は狭く、補強のためにはもう少し作業が必要と注釈する。


 イスラはナツコとともに鹵獲した武器について報告。25ミリ3連装6砲身ガトリングについては〈音止〉への搭載を勧め、ユイも面倒だとは言いつつも、後でカリラに手を貸すように命じた。

 勝手に隊員間で話をつけたことにタマキは不快感を示すが、搭載については了承。対歩兵戦力は可能な限り多く欲しいとの判断だった。


 最後にタマキはリルと共に行っていた別方面から攻略を仕掛けていた統合軍について報告する。


「残念なことですが――」そう前置きして、タマキは続けた。

「別方面でST山地への攻勢を仕掛けていた統合軍6部隊のうち4部隊が壊走、後退しています。残りについては、1部隊は損害軽微で現在山頂へ向かってくれています。もう1部隊は損害甚大ではありますが、ツバキ小隊の山頂占領を受けて、合流を目指し行動中とのことです」


 すかさずイスラが手をあげた。

 タマキは指名する気もなく、何をききたいのか把握した上で話し始める。


「どうして攻勢を仕掛けていた統合軍が壊走するのかという質問でしたら、わたしが説明して欲しいとしか言いようがありません。無謀な突撃を敢行し、死傷者を多数出し、反転攻勢を受けて後方基地まで撤退したそうです。誠に信じがたい話ですけれどね」

「ごもっとも。どこの部隊だい?」

「近辺の星系から緊急招集してきた新編部隊のようですね。指揮官も実戦経験はほぼ無かったようで」

「重要拠点の攻略くらい、もうちっと人選をまともに出来なかったのか?」

「本当にそう思います」


 数だけ揃えれば良いだろうといった考えが統合軍に蔓延していたのも事実だった。

 それは1カ所に大軍が集まって戦うような、海岸線での戦いや、デイン・ミッドフェルドのような荒野なら正しくもあるのだが、入り組んだ地形の山岳部や市街地戦など、小規模な部隊同士が戦うような場面ではそうはいかない。

 特に今回は十分な支援砲撃を受けることが出来なかったため、被害が大きくなったとも予想された。


「ともかくこれから山頂に来る増援は、同じ大隊所属の1個小隊と、新兵の寄せ集め同然の半壊した1個中隊のみです。これだけで、我々はST山地を明朝まで守り通さなければなりません」


 その言葉にナツコは息を呑んだ。

 すでに日は暮れている。まだ空は薄らと紺色に輝いているが、やがて真っ暗になってしまう。

 ツバキ小隊が山頂を制圧した際、帝国軍の防衛部隊はかなりの数が無事なまま山頂から撤退していた。もし、〈音止〉が動かず、歩兵も小規模だとばれてしまえば、山頂が再び帝国軍に占領されるまでそう時間はかからないだろう。


「あの! 他に増援は来ないんですか? レインウェル基地からとか」


 ナツコが手を上げて尋ねたが、タマキはかぶりを振った。


「残念ながら。レインウェル基地からは予定通り重砲装備の特科部隊と、その護衛のみが到着する予定です」

「護衛だけ先に来て貰うとかは……」

「出来ないでしょうね。重砲だけにして護衛が離れたら格好の的ですから」


 望みは絶たれ、小戦力での拠点防衛を行わなくてはならなくなった。

 タマキはカリラとユイに〈音止〉の装備変更と整備。他の隊員へ防衛のための陣地構築を命じた。


 ナツコはフィーリュシカと共に、〈R3〉の投光器を頼りに北東方面の陣地構築にあたる。使用できる立体障害に限りが有ったので、ハンドアクスで近くの木を倒してワイヤーでひとまとめにすると、それを土台にして周囲を土嚢で囲む。土嚢は帝国軍のものを再利用し、足りない分は新しくつくった。


「これで、大丈夫ですかね……?」


 今まで作って来た防衛陣地。デインミッドフェルド基地北東に飛ばされたときに頑張って造った塹壕線や、カノン砲陣地に設営した歩兵用防衛陣地なんかと比べてとても小規模で吹けば飛びそうな陣地だった。

 フィーリュシカは機械的な動作で頷く。


「問題無い。偵察部隊さえ凌げればそれで良い」

「そうかも知れませんけど」


 偵察機さえ近寄らせなければ、帝国軍は山頂に配備された統合軍の陣容を把握できず攻撃を仕掛けられない、というのも事実だ。

 だが帝国軍は余力を残す形で後退している。その原因となったのは異様な機動力で敵陣地を破壊し尽くした〈音止〉の存在で、それに対抗するのであれば確実に〈ハーモニック〉が用意される。

 だが、ユイの話ではトーコはとても〈ハーモニック〉と戦闘できるような状態では無いらしい。


「トーコさん、大丈夫でしょうか」

「気になるなら見てくると良い」


 思いもよらぬフィーリュシカの発言に、ナツコは頷く。


「そうですよね! 陣地の完成報告と一緒に、タマキ隊長に面会許可を取ってみます!」


 ちょっとばかし笑顔になったナツコは、最後の土嚢を積み終わるとフィーリュシカの手を引いてタマキの元へと向かった。


          ◇    ◇    ◇


 やってきた統合軍の兵士を受け入れて、タマキはその指揮官へと挨拶する。


「お待ちしていました。ハツキ島義勇軍ツバキ小隊隊長、ニシ少尉です」


 ほぼ壊滅状態の部隊を率いてやってきた中尉は指揮官機〈アーチクル2〉を装備した、壮年の男性だった。しかしその機体には多くの弾痕が残り、中尉自身の顔も戦いに疲れやつれていた。

 本来中隊長は大尉だが、無謀な突撃の結果伏兵に背後を突かれ戦死。この中尉は臨時に中隊指揮をとっている小隊長であった。


「出迎えご苦労。シノ星系トトミ救援軍歩兵622大隊第2中隊所属、キヨウ中尉だ」

「中隊長は残念でした。しかし、我々はST山地を明朝まで防衛せねばなりません。お疲れでしょうが、指揮をとって頂いてもよろしいでしょうか?」


 心にも思っていないことだが、相手が正規軍の臨時とはいえ中隊長であり、少なくとも自分よりは階級が上なのでタマキは念のためへりくだってそう申請する。


「分かった。引き受けよう。まず負傷者を受け入れて欲しい。場所はあるか?」

「司令部の2階でしたら、散らかってはいますが使用可能かと。1階は既に通信機材を運び入れてしまっています」


 本当はトーコが休んでいるからだが、そう説明して2階を使わせることには成功した。

 砲弾の影響で飛び散った内壁が片付けられずそのままだが、屋根も壁も、あまつさえ空調装置まであるので文句は言わないだろう。


「了解。使わせて貰う。そちらの戦力は?」

「歩兵7、装甲騎兵1。装甲騎兵は現在調整中です」

「少ないな」


 タマキは思わず出かけた言葉を飲み込み申し訳なさそうに頷く。

 この中隊は壊滅的被害を受けて保有戦力50程度。はっきり言って全滅と何が違うのかというレベルだった。

 しかも大量に負傷者を運び込んできて、こんなことなら居ない方がマシだった。

 負傷者は働けないくせに食事も水も普通通り必要とするし、医療品まで要求する。その上看病に人材を割かねばならず、敵の攻撃があれば護衛までつけなければならない。泣くわ喚くわ、士気を下げるばかりで良いことが無い。

 これなら死体のほうがずっと良い。静かだし、何も与える必要もない。


 それでも「どうしてあの荷物を捨て置いてこなかったんです?」等とは言えるはずが無い。この中尉にも、それなりに責任という物が存在して、その上でこういう訳の分からない行動をとったのだ。

 中隊長死亡、隊員の7割を死傷させた状態で、山頂基地を味方が占領したから負傷者連れて合流しましょうとはならない。

 少なくともタマキの学んだ本星統合軍大学校ではそんな間抜けな行為をしろとは、絶対に教えなかった。


「もう1小隊来たようです」


 タマキは憂鬱な気分を振り払い、やってきた喜ばしいニュースを報告する。

 山頂に、同大隊所属の小隊がやってきた。こちらはカサネがシオネ港にて編成した部隊で、デイン・ミッドフェルド基地所属時代には訓練を積んでいたはずだ。

 指揮官についてタマキは知らなかったが、シスコンをこじらせた兄でも士官としては優秀だ。部下の教育くらい当然こなしていただろうと、安心して受け入れる。


 やってきた小隊は、指揮官が武装再確認を命じるときびきびと行動を開始した。

 指揮官はタマキの元へと足早にやってくる。指揮官機〈C17〉後期型を装備した、タマキと年の近い女性士官だった。


「第401独立遊撃大隊第4中隊第4小隊隊長、レーベンリザ中尉です。指揮官はあなたでよろしいか?」

「いえ、こちらのキヨウ中尉に指揮官を引き継いで頂こうかと」


 レーベンリザはタマキとキヨウを見比べる。

 階級も年齢もキヨウの方が上だ。しかし、レーベンリザはキヨウにあまり良い印象を持たなかったようだった。

 切れ長の緑色の目がいぶかしむようにキヨウを見つめた後、問いかけた。


「ST山地を攻略したのはツバキ小隊では?」

「ですがツバキ小隊は義勇軍であり、自分は新米の少尉です」


 キヨウの代わりにタマキは答える。

 キヨウに防衛指揮をとらせたくはなかったが、自分がやるのも億劫だった。階級が上の人間2人へ指示を出すのは気を遣わざるを得ないし、レーベンリザの連れてきた小隊を含めれば戦闘可能人員は100名に迫る。

 指揮をとれと言われれば従うまでだが、可能な限り御免被りたかった。


「キヨウ中尉はどうお考えです?」


 レーベンリザの問いかけに、今度こそキヨウは答えた。


「はっきり言って、自分にここの指揮が勤まるとは考えていない。自分は臨時中隊長で、元は小隊長だ。率いてきた部隊は所属の違う小隊から構成されていて命令系統から作り直す必要がある。とても全体の指揮をとれるような状態では無い」


 良く分からない判断をして登山してきた割りには、キヨウはそれなりの現状把握をしているようだった。

 少尉であるタマキの手前指揮を引き受けたが、レーベンリザがST山地に入った以上話は別であろう。


「では指揮官はニシ少尉が」

「お待ちを」


 レーベンリザの言葉にタマキは口を挟む。

 当然だ。この状況で指揮をとれるはずがなかった。


「指揮官はレーベンリザ中尉がふさわしいでしょう」

「何故? あなたは我々の攻めあぐねたST山地を攻略した」

「いいえ。幸運だったに過ぎません。他方面での戦いがあればこそ、隙をついて本陣への強襲を成功させられたのです。それに統合軍規定を見ても明らかでしょう。わたしがここで指揮官を引き受けることは出来かねます」


 面倒ごとはお断りです。をタマキは精一杯オブラートに包んで伝えた。

 結果として、レーベンリザは分かってくれたようだった。


「よろしい。言い分は正しい。ST山地臨時防衛指揮官は自分が引き受ける。2人には補佐を頼みたい」


 その提案にはタマキも、キヨウも大きく頷いて答えた。


「指揮官補佐の任、承りました」

「ではニシ少尉。山頂付近の状況を説明して頂きたい」

「はい。では簡単に説明させていただきます」


 タマキは2人へとツバキ小隊によって調査した山頂の情報と、現在の防衛陣地構築状況を伝える。

 こうしてツバキ小隊の占領したST山地は、レーベンリザ中尉を指揮官としたおよそ100名の歩兵で防衛にあたることとなった。

 司令部にはツバキ小隊と統合軍の旗が掲げられたが、帝国軍もよもや、重要拠点である山頂を制圧し防備についている部隊がたった100名程度だとは夢にも思わないだろう。


 統合軍の増援が到着するまで残り10時間。

 絶望的な状況の中での防衛作戦が開始された。


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