第116話 休息

 海岸線における帝国軍は絶望的な状況に陥ったが、いかに人命軽視な帝国軍と言えど、今後の戦略行動に支障がでる師団規模の人員喪失を黙って見ているはずもなかった。

 さりとて海岸線に直接援軍を送ることはできず、バンカーバスターの破壊に向けて行動が開始される。

 短射程のバンカーバスターは発射地点を特定されてしまえば砲撃の標的となる。

 当然統合軍側もバンカーバスターの布陣について、迫撃砲由来による大きく湾曲した曲射弾道を活かして簡単には敵の射線が通らないように配慮していたが、それでも高所に迫撃砲陣地を構えられては射線が通ってしまう。


 海岸線での勝利における戦果を拡大させ、帝国軍のさらなる進出を防ぎ、レイタムリット基地を奪還するため、統合軍は反転攻勢を開始した。

 攻略対象は、帝国軍が海岸沿いに連なる山々に築いた野戦拠点及び対空砲陣地。ここにバンカーバスターを破壊可能な迫撃砲を設置される前に、迅速に制圧する必要があった。


 タマキの兄、カサネが率いる独立遊撃大隊も、山頂拠点制圧を命じられ行動を開始していた。ツバキ小隊の護衛に当たっていた分隊も作戦投入のため移動。補給部隊も、カノン砲の砲身を取り替えると前線へと移動開始した。


          ◇    ◇    ◇


 ツバキ小隊の隊員、ナツコ・ハツキは反転攻勢に向けた装備変更のため、〈R3〉の装着装置へと飛び乗った。

 既にタマキが装備編成を登録していて、それに従って不必要な装備が取り外され、新たな装備が装着される。


 7.7ミリ機銃は攻略戦においては火力が足りないので12.7ミリ機銃へ転換。

 右肩には対装甲騎兵用のロケット砲が装備され、バックパックには予備弾頭が1発積まれる。弾頭は新型の3連タンデム弾頭で、これは〈ハーモニック〉の振動障壁対策として開発された、振動障壁と爆発反応装甲を無効化しダメージを与えることが可能だとされた弾頭だ。


 索敵装置は防衛向けの設置型から、攻勢向けの飛行滞空型へ変更。汎用投射機向けのカートリッジ式グレネードの数を増やし、拠点攻撃用の爆弾も積む。


 旧型の〈ヘッダーン1・アサルト〉としては限界まで装備を積み込まれた。重いのでライフルシールドは置いていきたかったが、外さないように注釈がくわえられていたのでナツコはそれに従った。


 装備変更が完了すると装着装置の前面が開く。出撃用カタパルトも起動していたが、前回の反省を活かしカタパルトは使用せず、足を軽く踏み込んでその勢いだけで外へと飛び出した。


「ハツキ島義勇軍ツバキ小隊。ナツコ・ハツキ1等兵、出撃します!」


 短くジャンプして外に飛び出す。今度は決まった、と思ったが、そんなナツコの姿を見ていた人物が居た。


「崖際なので勢いよく飛び出すと落ちますよ」


 そう告げたのは装備変更にやってきたタマキだった。

 恥ずかしいところを見られたナツコは顔をほんのり赤く染めたが、一応その辺りの配慮はしたのだと言い訳を欠かさない。


「力加減は調整したので大丈夫です! さっき落ちかけて学んだので!」

「落ちかけた?」

「あ、いえ、まあ、ちょっとだけ」


 タマキは呆れて崖際をみやり、そこに新しいアンカースパイクの跡が残っているのを確かめた。それは落下すれすれの場所で、よくもまあ無事だったなという感想が先に出てくるほどだった。


「飛び出す前に確認をするべきです」

「はい! それも学びました」

「ならよろしい。先に戻って――大丈夫ですか? 砲身も交換されたので、砲弾が尽きるまでは砲撃が行われます」

「はい! すっかり慣れたので問題ありません」

「よろしい。では先に戻っていて下さい。副隊長の指示に従うように」

「了解です!」


 ナツコは敬礼して応えると、カノン砲陣地へと小走りで向かった。

 カノン砲が火を噴き、砲弾が放たれる。

 ナツコは駆け巡った脳内ノイズに一瞬顔をしかめたが、直ぐに持ち直す。


 違和感は脳の認識能力を奪うが、全て取り去ってしまうわけではない。機能低下が分かっていれば、残ったわずかな認識能力でも倒れないように意識を向けておくだけで、最悪の事態には陥らなくなった。


「ひとまずはこれで大丈夫」


 原因は今度フィーリュシカに聞いてみようと割り切って、ナツコはぼんやりする視界だけで体勢を立て直し走り続けた。


          ◇    ◇    ◇


 前線にあった尖鋭弾をかき集めた砲撃は昼まで続いた。

 フィーリュシカを除いては交代しながら休憩を挟んでいたが、尖鋭弾を撃ち尽くしてしまうとツバキ小隊は休憩に入る。


「砲撃任務はこれで完了とします。大隊長指示で、ツバキ小隊に3時間の休息が与えられました。今後の攻勢に備えて休憩を」


 タマキの命令に、ツバキ小隊は返事をしたものの、いまいち納得いかない風だった。

 ナツコも、反転攻勢があるからと装備変更をしたはずなのに、それが命じられないことを不思議に思っていた。

 疑問に答えるよう、タマキはため息と共に呟く。


「朝から砲撃を続けていたので、休まずそのまま攻勢に参加することは認められないとのことです。上官命令には従わなければなりません。命令の意味を良く理解して、十分な休憩をとるように」


 命令である以上、従うのが兵士の仕事だ。

 タマキのこれまでの指示や今の態度から、いつ攻撃命令が出てもいいように隊員を交代で休ませていたのに大隊長命令で強制的に休まされることになったことは大変不服なようだったが、それでも命令は的外れというわけでもない。

 少なくともフィーリュシカとタマキは休みをとっていなかったのだ。

 ツバキ小隊はカノン砲を大隊の特科へ引き継ぐと、拠点へと戻り食事と休憩にあてた。


 休憩は3時間。

 度々後退しては休んでいたナツコは仮眠をとろうとするのだが寝付けなかった。それでも寝袋にくるまって懸命に休もうとするのだが、ちょうど隣に居た人物を見るとすっかり目が冴えてしまった。


「フィーちゃん、ちょっといいですか?」


 タマキに寝るように厳命を受けて寝袋に入っていたフィーリュシカへ、多分起きているだろうと踏んで声をかける。

 ナツコの予想は当たり、フィーリュシカは目を開けた。


「あの、さっきの砲撃のことなんですけど。フィーちゃん、砲撃の時、何をしていたんですか?」

「自分は今、眠るように命令されている」

「そ、そうですけど、教えて頂けると嬉しいなあと……」


 フィーリュシカは感情のない瞳をナツコへ向けていたが、やがて静かに告げる。


「当たるように撃った」

「それは分かります。でも、その方法というか、どうやって当たるようにしたのか、気になって仕方がなくて」

「説明は難しい」

「それも分かりますけど――」


 話は延々と巡ってしまい、聞きたいことが聞き出せない。

 あまり長いこと話しているとタマキに怒られるだろうと、ナツコは肝心な部分だけ取り上げて問いかけた。


「では1つだけ教えて欲しいです。

 全部確認したわけでは無いですけど、少なくとも1発は当たらないはずだった砲撃があったんです。でもその砲撃はちゃんと命中していました。その理由を教えて下さい」


 フィーリュシカは眉を動かす。

 それはほんの些細な動作だったが、ナツコにも、彼女が一瞬動揺したことが読み取れた。

 それでもフィーリュシカは真っ赤な瞳をナツコへ向けたまま答える。


「あなたには見えていたの」

「ってことはやっぱり――」


 何か細工があった。それも、他の誰にも気がつかれないような。


「そう。手を加えたのは事実。でも、それをあなたに説明することはできない」

「どうしても、ですか?」


 こくりと、フィーリュシカは頷いた。

 それから他の隊員が意識を向けていないことを確認して、ナツコにだけ伝わる声で呟く。


「このことは誰にも言わないで欲しい」


 黙秘の代わりに説明を求めることもできた。

 だが、ナツコはその選択をとれなかった。

 フィーリュシカは僚機として、幾度も自分の頼みを聞いてくれた。

 ――今度は私が応える番だ。

 決意したナツコは、こくりと頷く。


「はい、分かりました。2人だけの秘密にします」


 フィーリュシカは静かに礼を告げて、言葉を続けた。


「自分はあなたを守れと命令を受けている。それに――」


 言葉を句切り、一呼吸置いてから続ける。


「自分自身、あなたの無事を望んでいる。黙っていたとしても不利益が無いことは約束する」

「はい。分かってますよ」


 命令だけではなくフィーリュシカが自分から望んでいるという言葉は、ナツコも嬉しかった。上機嫌になって応じたナツコ。フィーリュシカは寝袋から手を出して、そんなナツコへとそっと伸ばした。綺麗な白い手が、額に触れる。


「脳機能低下については謝罪する。あそこまで正確に物理空間を認識しているとは考えていなかった」

「あ、やっぱり分かってたんですね。でも大丈夫ですよ。もう慣れてきたので」

「次があった場合は気を配る。病気の類いではない。安心して欲しい」

「はい。フィーちゃんにそう言ってもらえると安心できます」


 フィーリュシカは手を寝袋の中に戻すと、話はこれでおしまいとばかりに寝袋のフードを深くかぶる。


「もう眠らなければいけない。隊長殿より命令を受けている」

「邪魔してごめんなさい。ではおやすみなさい」


 フィーリュシカが目を閉じるのを見て、ナツコも寝袋に深く体を押し込むと目を閉じる。

 休めと命令を受けたのはフィーリュシカだけでは無い。

 ナツコも、タマキが巡回に来る前にちゃんと眠らなければいけないと、冴えてしまた目をなんとか落ち着かせて、眠りにつこうと努力を尽くした。


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