第115話 帝国軍侵攻部隊壊滅

 ツバキ小隊のカノン砲が火を噴き、空気を震わせた。

 タマキは片手でヘルメットを押さえながら、もう片方の手に指揮官用端末を乗せて観測装置からの映像を注視し続ける。


 大隊による砲弾、液体装薬の補給を受けたカノン砲は火を吹き続ける。着弾観測を待つことなく、発射を終えると次弾装填し、即座に発射。

 およそ1分に1発というペースで放たれる尖鋭弾は、1つとして外れること無く海岸線を進む〈アースタイガー〉の脚部関節を撃ち抜いた。


 砲撃陣地が侵されレインウェル基地前線を帝国軍に占領される寸前だった統合軍だが、戦況は一変した。

 脚部に支障をきたした〈アースタイガー〉はその場で立ち往生し、内側に隠れていた歩兵部隊は体勢を崩した〈アースタイガー〉の追加装甲を頼りにその場に留まるほか無かった。

 次々と移動不能に陥った〈アースタイガー〉によって、海岸線は最早移動不可能となる。

 ほとんどの部隊が砂浜へ侵出していた帝国軍だが、前と後ろを移動不能に陥った〈アースタイガー〉に塞がれたことで逃げ場は無くなり、容赦なく榴弾砲が降り注ぐ。

 榴弾は帝国軍に対して効果は無かったが、移動不可能な状態で無際限に降り注ぐため、帝国軍は指揮系統に混乱が見られるようになった。


 絶好のタイミングで、統合軍のバンカーバスターが前線に布陣完了。大口径迫撃砲から放たれる破甲榴弾は、容赦なく〈アースタイガー〉を上部追加装甲ごと叩き潰した。


「こりゃ文字通り血の海になるぞ。未成年には刺激が強くないか?」


 タマキへと問いかけるようにしてイスラが口にする。

 タマキも観測を任せているリルのことを気にかけたが、イスラの言葉を通信機越しに聞いていたリルは不機嫌そうに答えた。


『余計な気遣いは無用だから。任務に専念させて』


 意地になっているという訳でもなさそうなので、タマキは「任せます」と観測を継続させる。


 それにしても――

 タマキはカノン砲を見やった。

 戦況を変えた原因はまさしくこれだ。

 30キロの距離がありながら次々と通常では考えられない超精密な砲撃を成功させている。

 普通で無いことは明らかだ。だが命中弾を出すことが何故可能なのかは分からない。

 フィーリュシカ・フィルストレームという元区役所職員がただ者ではないことは分かっても、それ以上は何も分からないに等しかった。


 しかし一方、少なくとも彼女は命令に忠実で、統合軍のために尽くしていることも事実。

 帝国軍を撃破することに関して一切の迷いがなく、危険な任務も率先して引き受けてきたし、ツバキ小隊が生き残るために無茶もしてきた。

 特に僚機としてナツコを守れという命令には、命令を下したタマキですら驚くほどに、彼女は平時有事を問わずその任務を最優先に行動している。


 信頼してもいいのか。

 タマキは葛藤しながらも、今この状況においてはどのような判断も下すべきではないと考えて、ただただ彼女の砲撃を見守った。


 気になると言えばもう1つ。

 バンカーバスターが異様な速度で前線に出てきた。


 防衛戦では敵に鹵獲される危険性もある足の極めて遅い攻城兵器が、なぜこんな早く前線に出てきたのか。

 その射程はカノン砲はもちろん、榴弾砲にすら届かない10キロ程度。当然、敵から反撃を受ける可能性が存在する。

 そんな防衛戦に向かない兵器が前線に用意されていたことの意味は――


 タマキはトトミ中央大陸での戦いを振り返る。

 ハイゼ・ブルーネ基地での戦いでは、いち早く帝国軍の接近を察知したツバキ小隊によって先制して戦略兵器を叩き込むことができたが、結局物量に圧倒されて撤退。

 されど撤退ルートにはシオネ港からの援軍と、アイレーン星系からの援軍が布陣していて、被害を最小限にレイタムリット方面へと撤退できた。


 デイン・ミッドフェルド基地の戦いでは装甲騎兵の集中運用を受けて基地は陥落したが、〈ヘッダーン2・アサルト〉を20万機運用した欺瞞作戦によって、統合軍は被害を最小限にレインウェル基地まで後退できた。


 そして今、レインウェル基地へと進軍をかける帝国軍に対して、極めて限定的な状況でしか有効でないようなバンカーバスターが前線に配備されていた。

 しかしこれは帝国軍の仕掛けた防御特化型4脚重装甲騎兵の集中運用という策に対抗可能な装備だった。


 戦場がトトミ中央大陸に移ってから――いや、総司令官としてコゼット・ムニエが着任してから、まるで帝国軍の行動を予測したような手がうたれている。

 タマキの知るコゼットはこと戦略に関して経験が少ない。帝国軍の動向を見た上で有効な対抗策を練る能力があるとは考えられない。


 しかしコゼットには他の将官にはない秀でた能力がある。

 それは人心掌握能力。統合軍内に敵をつくりながらもコゼットが若くして大将まで出世したのは、要所において最適な人物とのコネクションを確かなものにしてきたからだ。

 その能力を持って帝国軍側の戦略策定に関わるような人物との繋がりをつくってしまえば、相手の行動は筒抜けになる。


 タマキは考えすぎかもと、とりついた妄想を振り払う。

 コゼットは1人で戦略を練っているのではない。副司令としてテオドール・ドルマンという歴戦の陸将をつけられているのだから、情報部が得た情報から相手の出方をうかがい対策を練ることは不可能ではない。むしろ、そちらの方が可能性はあるだろう。


 戦況へ意識を向けると、海岸線での戦いは大勢が決していた。

 打ち破られるはずのない盾を尽く奪い去られた帝国軍は、壊走しようにも移動できず、ただ降り注ぐ榴弾によってばらばらに解体されていくだけだ。

 恐らく10万、もしくはそれ以上の帝国軍兵士がこの海岸で命を落とすであろう。


『白旗を確認』


 リルからの通信に、タマキは呆れてため息をついた。


「わたしからは見えません」

『了解。誤認だった模様』

「よろしい。攻撃継続」


 誰も攻撃の手を止めようとはしない。

 形だけは存在する戦争法によっても、白旗を掲げただけでは降伏とはならない。武装解除し、装甲騎兵もしくは〈R3〉の場合は主機関を停止させ停止灯をつけなければならない。

 あの海岸でそんなことをすれば、次の瞬間には死んでいるだろう。もう降伏などできる状況では無い。統合軍はここで帝国軍を蹂躙し尽くすと決定しているのだから。


「砲身限界まで残り8発といったところですわ」

「まだ替えは届いていません。撃ちきったら一時待機を」


 指示に了解が返ると、タマキは即座に砲身の催促を出す。

 とはいえ、最早このカノン砲が沈黙したところで結果が変わらないであろうことは誰の目にも明らかであった。


「ツバキ1よりツバキ各機へ。大勢は決しました。以降、帝国軍に対する反転攻勢作戦が予想されます。各機、拠点攻略戦に向け装備変更。まずはツバキ2から。――ツバキ6。体調は万全ですか?」


 タマキが問いかけると、通信機に元気の良い声が響いた。


『万全です! すっかり良くなりました!』


 タマキは念のため隊長権限を使って遠隔操作でバイタルチェックをかけ、全て問題無いことを確認してから復帰許可を出す。


「よろしい。ツバキ2に続いて装備変更を。前線復帰を認めます」

『はい! ツバキ6、了解しました!』


 再び響いた声に、タマキは「元気だけはいいんだから」と呟いて、指揮官端末へ各機の装備編成を入力し始める。


「山の中で戦闘になるのが分かってたら、〈空風〉を持ってきたのになあ」


 残念そうに呟くイスラへと、タマキは冷めた視線を向けて思ってもいない言葉をかける。


「それは残念でしたね。山中の遭遇戦となれば活躍の機会もあったでしょうに」

「なあ、今からトレーラーまで取りに行っても――」

「許可しません。ツバキ4は指示通り装備変更へ向かって下さい」


 提案を撥ねのけたられたイスラは残念そうな表情を見せたが、ふざけた調子で「了解です少尉殿」と応えると、装備変更を終え戻ってきたサネルマと入れ替わるように拠点テントまで向かっていった。

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