第117話 ST山地を攻略せよ

 休憩ののち、ツバキ小隊には出撃命令が下された。

 海岸線での戦いは既に掃討戦に突入していたが、山道での戦いは帝国軍が防備を固めていたことで統合軍の思うようには進められていなかった。

 バンカーバスターを攻撃しうる山頂の制圧はほぼ完了したが、まだ1つだけ残っていた。

 標高700メートルとこの辺りではやや標高の高い山頂に構えられた、付近の対空砲撃支援を担う拠点として防備の固められたそれは、山の名前からST山地と命名され、統合軍の山道方面における優先攻撃目標に指定された。

 ツバキ小隊もST山地攻略を命じられ、大隊長の指示に従い夕刻にはST山地に隣接した山を下り終え、いよいよ攻撃開始となった。


「こちらツバキ。指定座標に到達。これより戦術マップST01を使用。攻撃指示を」


 タマキは大隊司令部へと通信をしながら、ハンドサインを送る。ナツコ達歩兵部隊はそれに従って茂みに隠れた。

 ツバキ小隊の構成は、タマキが指揮官機〈C19〉、サネルマが軽対空機〈ヘッダーン3・アローズ〉、フィーリュシカが重装機〈アルデルト〉、イスラが偵察機〈P204〉、カリラが重装機〈サリッサ.MkⅡ〉、リルが飛行偵察機〈DM1000TypeE〉。

 そしてナツコが突撃機〈ヘッダーン1・アサルト〉。後方ではトーコとユイが〈音止〉で待機していた。

 歩兵は拠点攻略向けに装備を変更。〈音止〉も122ミリ砲に榴弾を多めに積んでいた。


「――了解。16:00より攻撃を開始します」


 通信を終えたタマキは歩兵に集合を命じ、イスラにだけ周辺警戒を命じた。

 戦術データリンクからST山地付近の戦術マップが送信される。

 ナツコは受信した地図を、メインディスプレイに新しくウインドウを立ち上げてそこへ表示させる。

 全員が地図を表示したのを確認すると、タマキは告げる。


「ツバキ小隊はST山地攻略に向けて攻撃を行います。ここは海岸線での絶対的優位を確保するためにも、山道方面での攻勢においても重要な拠点となっています。

 既に情報部より帝国軍の増援情報が得られています。ですので我々は夜までに山頂拠点を制圧。統合軍の特科部隊が到着する明朝までこれを防衛する必要があります」


 タマキが示した指揮官端末には広域の戦略マップが表示されていて、統合軍の勢力図と帝国軍の戦力予想、そして予想進路が示されていた。


「統合軍は現在ST山地攻略に向け、6方面より攻撃を仕掛けています。我々は新たな7方面目として南部より攻撃を仕掛ける運びになります」


 説明の途中、リルが静かに手を上げた。


「はい。なんでしょう」

「名前だけ小隊のあたしたちが1方面担当するのは無謀じゃないの?」


 タマキは頷きながらも戦略マップを指差して答える。


「目的は戦線の拡大による敵兵力の分散です。確かに規模だけ見れば名前だけ小隊ですが、最新鋭装甲騎兵を保有し、十分な基地攻撃能力を持った部隊とも言えます。敵は戦力を割かないわけにはいかず、敵兵力が分散すれば本命の統合軍部隊が攻略を進めやすくなります」

「要するに攻撃に見せかけた囮ってことですわね」


 カリラの皮肉めいた言葉に、タマキは「否定はしません」と返した。


『統合軍は苦戦してるみたいですね』


 通信機越しに〈音止〉にいるトーコが告げた。

 タマキは形だけ頷きながら答える。


「帝国軍は他の拠点の防衛戦力を引き抜いてST山地防衛にあてているようです。予想戦力は1個大隊。ですが装甲騎兵も既に2個小隊規模で確認されています」


 歩兵戦力で言えば1個大隊はおよそ800程度。

 装甲騎兵2個小隊は帝国軍では6機編成。本陣防衛にも当然配備しているだろうから、若干増えるとすれば1中隊19機編成が布陣している可能性もある。

 とすれば統合軍が苦戦するのも当然だった。

 防御を固めた山地拠点へ攻勢を成功させるには、十分な火力支援と敵に倍する戦力が必要だ。

 だが火力支援を担う重砲のほとんどは海岸線方面に配備されており、歩兵のみで突破しなければならない。相手が十分な装甲騎兵戦力まで有しているとなれば、攻略に行き詰まり、義勇軍の小隊まで引っ張り出さなければならないのも頷けた。


『〈ハーモニック〉は確認されていますか?』

「確認された装甲騎兵は4脚機〈バブーン〉のみです」

『でしたら1点突破も可能かと』

「その可能性については考えておきます」


 タマキの操作によって敵の詳細な戦力情報が共有された。

 敵の装甲騎兵は〈バブーン〉のみ。

 ナツコは、トーコの意見は拡張脳の使用を前提にしたものだと理解出来た。

 タマキが提案をろくに取り合わなかったのもそのためだろう。


「そろそろ時間です。〈音止〉を前面に出しつつ、防衛に当たる帝国軍の陣地を攻略・破壊し敵戦力を引きつけるのが目的です。

 こちらが〈ハーモニック〉対策として新弾頭を開発しているのと同じように、帝国軍側も〈I-K20〉に対抗する兵器を開発している可能性は十分にあります。くれぐれも油断しないで。

 ツバキ7、危険ですが偵察飛行を。高度はなるべく上げず、進行方向へ滞空偵察装置の射出をお願いします」

「了解。ブースター使うわよ」

「任せます」


 タマキの指示を受けてリルは、障害物の少ないなだらかな斜面へと移動し、飛行翼を展開。ブースターを使って飛び上がった。低空を、木々の隙間を縫うように飛行し、やがて一気にその上へと飛び出す。


「ツバキ8、戦術レーダー起動。ツバキ2、対空レーダー起動、部隊防衛に専念を。歩兵部隊はツバキ8の後ろを2列で。

 これよりツバキ小隊はST山地攻略に向け侵攻開始します。各機、戦闘準備」


 ナツコは戦闘準備の指示を受け、主武装の安全装置を解除。初弾装填を済ませた。

 ナツコの今回の役目は、敵陣を攻撃するフィーリュシカの護衛。隣を進むフィーリュシカと速度を合わせ、前に出た〈音止〉の後ろをついていく。


『対空偵察装置射出』


 リルが偵察装置を山頂方面へ向けて射出。即座に戦術データリンクを介して索敵情報が共有される。

 しかし、表示されるのは索敵装置の現在位置で敵機は発見されず。


『ツバキ7、前進します』

「くれぐれも注意を」


 リルは旋回しつつ高度を上げ、山頂方面へと進んでいく。

 その姿はナツコからは見えなくなっていたが、やがて報告が飛んできた。


『前方敵機確認。目視のみ。座標共有。攻撃許可を』


 索敵装置には映っていないが、リルが持ち前の視力で山地に布陣する敵機を見つけたようだった。


「攻撃許可せず。索敵装置の射出を。ツバキ8、進路変更」

「側面、偵察機接近。攻撃許可を」


 タマキの命令に続いてフィーリュシカが報告を飛ばした。

 フィーリュシカはナツコを守るように移動しつつ、敵機発見地点を共有。距離は400メートル。葉は落ちているとは言え木々に覆われた山地では発見の難しい距離ではあったが、タマキは即座に指示を出す。


「攻撃許可。確実に撃破を」

「承知した」


 フィーリュシカは一挙動で進行方向右へと攻撃姿勢をとり、片足だけ地面をとらえた状態で躊躇無く88ミリ砲を放った。

 ぎりぎり聴覚保護の間に合ったナツコは強烈な爆音に体を震わせながらも、攻撃のカバーに入るため左腕の機銃を構える。

 敵機目視確認。帝国軍の主力偵察機〈コロナC型〉。

 同時に直撃した88ミリ榴弾が起爆。

 爆発の瞬間ナツコは視線を逸らし、後方警戒へと当たる。警戒に神経を集中すると、ちらと光の反射が見て取れた。その地点に意識を集中。〈コロナC型〉の姿が見えた。距離およそ400。


「反対方向〈コロナC型〉確認」

「射撃許可。追い返して」


 攻撃許可を得て、ナツコは12.7ミリ機銃を構えた。しかし味方が攻撃を受けたのを見たのか既に敵機は後退を開始している。

 木々によって射線が遮られ、狙いが定まらない。

 それでも移動点を予測し、3点制限射撃でトリガーを引ききった。

 敵機は回避行動。予測点からずれ、銃弾は命中したが損傷軽微。


「命中、損傷軽微。敵機後退、追撃困難」

「上出来です。既に敵に発見されています。ツバキ7、滞空偵察装置射出の後降下を」

『まだ早いわ。敵陣を見つけてない』

「命令です」


 重ねての命令にリルは舌打ちしながらも了解を返し、3機目の対空偵察装置を射出すると高度を下げながら後退を開始。

 減速しながら木々の間を縫って、ツバキ小隊の真後ろに機体を着陸させた。

 すると滞空偵察装置が敵機の発見を告げる。だがその瞬間、対空偵察装置はロストした。


「情報解析中。軽対空機〈プロミネンスB型〉確認」

『戦術レーダー反応有り。重装機いるぞ』


 〈音止〉からユイの報告が飛ぶ。

 前方から、ツバキ小隊へ向けて砲撃が開始された。


「回避! 身を隠して!」


 ナツコはタマキの指示に、緊急後退をかけつつ隠れられそうな場所を探した。


「こっち」

「はい!」


 フィーリュシカが手を上げ、ついてくるように示す。ナツコは2つ返事でその後に続き、大きな木の裏へと機体を押し込んだ。

 間断なく放たれる銃弾が木々に着弾しその破片を撒き散らす。


『全機状況報告』


 タマキの指示が飛び、ナツコも機体状況を報告。敵機の発見が早かったおかげで全機無事だった。しかし――


『防衛陣地だな。2個分隊ってところ』


 ユイから報告がなされる。歩兵と違って身を隠せない〈音止〉は、動きの制限される山中で木々の間を移動しながら敵の砲撃とロケット攻撃を躱していた。


『陣地攻撃許可を』

「ツバキ8へ以降自己判断での攻撃を許可。歩兵各機、支援攻撃を」


 ナツコは汎用投射機へと陣地攻撃用の爆弾をセット。射程は100メートル程度だが、山地ならば近づける可能性は十分にある。


「自分の側を離れないで」

「はい。絶対離れません」

「これよりツバキ8の支援に向かう」


 フィーリュシカは淡々と報告をしながら、木の裏から飛び出した。

 ナツコも迷わずその後ろに続く。


 ナツコが目を凝らすと敵陣が見えた。

 木々を寄り集めた簡易障害と土嚢のみだが、敵兵力はユイの報告通り2個分隊およそ18人。しかも防衛能力の高い重装機を主力としていた。


 対歩兵の40ミリ砲弾が、身をさらしたフィーリュシカとナツコへ向けて容赦なく放たれる。

 フィーリュシカはそれを88ミリ砲の同軸に装備した20ミリ砲で撃ち落とし、攻撃の隙間を見て88ミリ砲を発砲。榴弾が陣地直上で爆発。損害は不明だが、攻撃の手が緩くなった。

 ナツコはその隙に敵陣へ向けて爆弾を投射。されど低速の爆弾は空中で撃ち落とされた。攻撃継続は諦め、フィーリュシカに続いて木の陰へと隠れる。


『ツバキ8攻撃開始します』


 トーコが告げ、〈音止〉が速力を上げて前進。

 対装甲砲とロケット弾頭の集中攻撃を受け〈音止〉は回避行動をとる。対装甲砲弾が2発ほどかすったが損害は無く、〈音止〉は122ミリ砲を敵の防衛拠点へと向けて放った。

 強力な122ミリ榴弾は簡易陣地を吹き飛ばし、敵歩兵も負傷者を抱えながら後退を開始。


「追撃します。ツバキ5、敵逃走経路へ弾幕展開」

「了解しましたわ!」


 カリラが前に出ると、主武装の20ミリガトリングを容赦なく連射した。

 連射能力は歩兵装備向けに制限されてはいたが、それでも秒間30発の銃弾が放たれ、木々をなぎ倒し土埃を巻き起こす。

 背後からガトリング砲の攻撃を受けた帝国軍部隊は負傷者を放棄し、全速力で後退を開始。


「一斉攻撃! 可能な限り戦力を削って。指揮官機、重装機を優先!」


 攻撃の意思をなくした逃げる帝国軍の背中へと、攻撃が開始される。

 ナツコは飛び出して機銃を構えたが、無抵抗でただ逃げる帝国軍への攻撃を躊躇した。


「撃ちたくなければ撃たなくてもいい」


 フィーリュシカはナツコへそっと声をかけると、88ミリ砲を構え即座に放つ。後退指示を出していた分隊長機を榴弾がとらえ、機体ごとばらばらに吹き飛んだ。

 ナツコは身を震わせながらも、機銃を構え直して答える。


「いえ。私は、故郷を取り戻すためにできることは全部やるって決めたんです」


 逃げる帝国軍の重装機〈T-7〉を注視。ターゲットをロックし、照準を腰の位置にあるコアユニットへ定めると、射撃モードを連射にしてトリガーを引いた。

 銃弾が放たれ、機銃弾がコアユニットを覆う装甲を叩いた。

 貫通弾無し。だが銃撃を受けた敵機は進路変更し、そこへ〈音止〉から放たれた25ミリ砲が命中。脚部損傷した機体は動きを止め、容赦なくツバキ小隊の総攻撃が襲う。


「そう。あなたがそう決めたのならそれでいい。ついてきて」

「はい!」


 逃走開始した帝国軍防衛部隊を、〈音止〉を主力としたツバキ小隊は蹂躙した。

 その勢いのまま進撃を続けたが、次の敵防衛拠点まで進むとそこで停止。容赦ない攻撃に各機身を隠す。


『1個小隊はいるな。〈バブーン〉確認。対歩兵装備。さっさと破壊しないと厄介だぞ』


 ユイの報告にタマキは「分かってます」と答え、トーコへと破壊指示を出す。122ミリ砲が火を噴くが、〈バブーン〉は瞬間的に足を伸ばし、姿勢を低くして砲弾をくぐる。

 近接信管が作動したが〈バブーン〉の損傷は軽微で、そのまま攻撃を開始。

 広範囲を攻撃することを目的とした40ミリ速射榴弾砲が2基。短い間隔を開けながら山地を薙ぎ払うように放たれた。


「後退! 〈バブーン〉を優先攻撃対象に指定。ツバキ3、榴弾砲を黙らせて」

「承知した」


 部隊が敵陣から距離をとるなか、フィーリュシカだけは身をさらしながら、〈バブーン〉へ88ミリ砲を向ける。

 敵機は回避行動をとりながらも攻撃を継続したが、放たれた砲弾は吸い込まれるように――砲弾の直撃するコースへと〈バブーン〉が吸い込まれるように移動し――直撃し、榴弾の爆発によって〈バブーン〉は中破。速射榴弾砲は沈黙したが、25ミリ機銃による掃射が開始された。


「敵増援確認」フィーリュシカが告げる。

『こっちも確認。1個小隊。〈バブーン〉2機つき。こりゃ戦力バランス崩壊してるな』


 ツバキ小隊の歩兵7装甲騎兵1に対して、敵は2個小隊およそ80名に装甲騎兵3。

 防衛に専念する敵に対して、この戦力差で攻撃を仕掛けようものなら反転攻勢を招きかねない。というより、いつ打って出てこられてもおかしくない状況になった。


 ナツコはフィーリュシカと共に後退を開始。敵陣と距離をとりながら、フィーリュシカの主砲装填を手伝う。


「敵戦力を削り続けることは可能」


 フィーリュシカはタマキに向けてそう告げ、一瞬敵陣へ射線を通すと装填完了された88ミリ榴弾を放ち敵陣へダメージを与える。


「了解。しかし――」


 タマキは言葉を詰まらせた。

 地道に戦力を削れば敵は増援を呼ぶだろう。

 それはツバキ小隊に期待される敵戦力の分散という目的を果たすことになるが、敵に殲滅する必要のある障害だと認知されてしまえば反転攻勢を招き、その場合は戦力を削るとは言っていられない状況になる。


『あの程度なら一点突破可能だ。何のために〈音止〉に榴弾を積みまくったと思ってる』


 ユイの言葉に、便乗するようにトーコが発言する。


『私も賛成です。既に日が暮れかけています。ST山地攻略のために、今こそ拡張脳を使うべきです』


 夕刻から攻撃を開始したツバキ小隊。

 冬の日没は早く、既に太陽は山辺に沈み反射光によってのみ照らされているような状況だった。敵が防御を固めている陣地への夜間攻撃は、効果は高いがリスクも大きい。

 木々の乱立した山地においては、数において有利な帝国軍が奇襲攻撃による遅滞作戦を仕掛けてくる可能性が高く、日が暮れてからこれに対処するのは難しい。


「私は反対です」


 トーコとユイが拡張脳を使おうと意見しているのに対して、ナツコは反論する。

 またトーコが苦しむ姿を見たくなかった。それに、こんなところで意識を失ってしまったら、前回のようには助けられないかも知れない。


「多数決をするつもりはありません」


 タマキはきっぱり答える。すかさずフィーリュシカが口を挟んだ。


「単独突撃を命じて下されば防衛陣地破壊は可能」


 淡々と告げるフィーリュシカ。

 ナツコは榴弾装填の手を止めて僚機に対して意見する。


「何てこと言うんですかフィーちゃん! そんなの危なすぎます!」

「拡張脳の使用に反対する以上、代案が必要」

「それは、そうかも知れないですけど――」


 ナツコも分かっていた。

 このまま攻めあぐねて夜になってしまえば、統合軍はより窮地に立たされ、ツバキ小隊にとっても大きな危機になるであろうと。

 それでも誰かが犠牲になるなんて嫌だった。

 そんなナツコの思いに答えるよう、トーコが通信を繋ぐ。


『ここは任せて頂けませんか。拡張脳は1度使用経験があり、安全装置を搭載したことで危険も減少しています。当然、自分も無茶な行動は慎みます』


 ナツコは反論を試みようとしたが、言葉が出ない。

 フィーリュシカのような代案を出せるわけでもないし、ナツコ自身ツバキ小隊の中ではリルに次ぐ下っ端で何の権限も持っていない。


 タマキは少し考えた様子だったが、敵の防衛陣地から距離をとり、地面に開いたくぼみへと身を隠すと確認のため尋ねる。


「無茶な行動は慎むのは当然です。ツバキ9。拡張脳の使用時間はおおよそ10分でしたね? その時間で山頂拠点まで制圧可能ですか?」

『無論だ。パイロットがヘマさえしなければ、拠点を制圧してお釣りが来る』

「パイロットがヘマする可能性は?」

『ありません! 信じて下さい!』


 ユイへの質問だったが、代わりにトーコが答える。ユイは後に続くように「だそうだ」と告げて、パイロットがヘマする可能性については未知数で予想出来ないと付け加えた。


「無茶な行動は慎む。約束しましたからね」

『はい。絶対に』

「よろしい。良いでしょう。ツバキ各機、前進準備。ツバキ8が突破口を開き次第、山頂拠点制圧へ向け全機突撃。ツバキ3、ツバキ8の援護を主体とすることを条件に単独行動を許可します。

 ツバキ8、拡張脳の使用を許可。隊に先行し、全ての障害を排除せよ」


 トーコは了解を返し、拡張脳使用準備開始を告げた。

 ナツコの望みとは裏腹に、拡張脳の使用が決定され、フィーリュシカもそれに続くこととなった。

 そんなナツコへとフィーリュシカは感情の無い声を投げかける。


「あなたは自分が守る。トーコの身も守ると約束する」

「でもフィーちゃんは?」

「心配は無用」


 言い切るようにそう告げて、フィーリュシカはタマキへの通信を繋ぐ。


「ツバキ3よりツバキ1。単独行動の間、僚機の保護をお願いしたい」

「了解。ツバキ6、突撃開始後はツバキ2と行動を共にして」


 ナツコは命令を受けたが返答を一瞬だけ戸惑った。

 それでも、しっかりと了解を返した。


「ツバキ6了解です」


 攻撃準備を整えるフィーリュシカの手伝いをしながら、ナツコは告げる。


「この作戦に納得したわけではないです。でも、命令を守ることの大切さを教えてくれたのはフィーちゃんですから、私は命令に従います」

「そ。それでいい。命令を守るとはそういうこと」


 フィーリュシカは感情無く答えて、装填された88ミリ砲をゆっくり移動させ突撃に備える。

 そこへトーコからの通信が入った。


『ツバキ8、拡張脳準備完了。以降通信はツバキ9へ。攻撃、開始します――』


 〈音止〉の冷却塔が立ち上がり稼働を始めると、出力を全開にしたコアユニットが甲高い音を立てると共に、光の柱を出現させる。

 通常時の倍の速度で移動を始めた〈音止〉は、集中攻撃の弾幕を全て回避して帝国軍の防衛陣地へと邁進を開始した。

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