第108話 ツバキ小隊重砲拠点

 レインウェル基地の外れ。訓練用の土地ではないものの、装甲騎兵の調整向けに開放されている区画で、〈音止〉の調整が行われた。


 ユイは前日の訓練の結果気分を悪くしていたが、それでも整備士として午後には体調をなんとか戻した。

 トーコは青白い顔をしたユイを心配しながらも、パイロットとして〈音止〉を指定されたとおりに操縦する。


 〈音止〉はデイン・ミッドフェルド基地での戦いで、敵弾こそくらわなかったものの超高出力コアユニットを全力駆動させたことで、本来の〈I-K20〉部分が過負荷に耐えきれず、壊れはしなかったものの消耗していた。

 それにとどめを刺すようにイスラが操縦中あちこちにぶつけたものだから、結局修理が必要になってしまった。


 トーコの装備変更要求も受けて、ユイとカリラは泊まり込みで〈音止〉の修理と改修に取り組んだ。

 交換が必要な基礎骨格を取り替え、全力駆動に耐えきれるよう関節部分には強化を施した。


 爆発反応装甲は全て外し、代わりに傾斜を持つ複合材料の装甲を装備。主兵装の122ミリ砲は、弾種選択装置を撤去して自動装填装置のみに。弾薬を事前にセットされた順番でしか装填できないが、携行弾数が増えた。


 頭部の40ミリ砲は25ミリに改装された。装甲騎兵相手に無力だが、連射能力と装弾数が増えたので、ロケットやミサイルの迎撃に使いやすい。〈R3〉相手なら、重装機以外はこれでなんとかなる。


 副兵装は88ミリ砲のみとして、こちらは弾種選択装置を残した。これでも〈ボルモンド〉あたりの相手は出来るし、榴弾が使えれば〈R3〉や固定砲台相手にも戦える。

 最後に共振ブレードを2つに増やした。いまは背負ったコアユニットの両サイドに1本ずつ吊されている。

 

 爆発反応装甲が無くなったことで全体的にスマートな外見となり、ただでさえコアユニットを装備する上半身と、ほぼ装甲の無い下半身とでバランスが悪かったのが更に悪化した。それでも動作には問題ないばかりか、総重量が大きく減ったおかげで機動力は増していた。


 仮設の調整区画では大きな動きを出来ないこともあり、簡単に動作確認を終えるとそれで調整終了とした。


 しかしトーコは起動キーの下にあるコンソールボックスを開けようとする。


「ねえ、これ開かないんだけど、ロック解除してよ」

「開ける必要は無い。調整は終わった」


 トーコはむっとして、後ろを振り返り無言で圧力をかける。

 しかしユイにはそんなもの通用するはずもなかった。仕方なく口を開く。


「使う前にテストをしないなんてあり得ない」

「お前は手榴弾を本当に爆発するかどうかピンを抜いて確かめてから使うのか?」

「拡張脳は消耗品じゃ無い。銃だって試射してから使う。それと同じ」

「いいや違うね。拡張脳は消耗しなくても、お前の脳みそは消耗する。それともなにか。またベッドにくくりつけられたいのか?」


 挑発的な言葉に、トーコは腹が立ったが声のトーンは落としたまま返す。


「少し試すだけなら問題無いでしょ」

「少し試すくらいのテストなら必要無い」


 ああいえばこういうクソガキめ。

 それでもトーコは握った拳を押さえつけ、殴るのは保留して堪えきった。


「分かったよ。そこまで言うなら。でも、ちゃんと動くんでしょうね」

「当然だ。このあたしを誰だと思ってる。脳負荷を減らすため同調率が上がるよう調整もしてある。少なくとも前よりはマシになるはずだ。――それでも、危険なことには変わりは無い」


 トーコはコンソールボックスを開けるのを諦めて、〈音止〉を牽引車両まで移動させ停止させた。

 これで〈音止〉の調整は終わり。ツバキ小隊の戦力は、全て元通りになった。


          ◇    ◇    ◇


 〈音止〉調整完了後、タマキに呼び出しが入った。

 告げられたのはレインウェル基地前線における防衛作戦の所属部隊で、タマキは肩を落としてため息をつきながら隊員達の前に戻った。


「ツバキ小隊は第401独立遊撃大隊に編入されることとなりました」


 タマキの残念そうな様子を見てナツコは首をかしげる。


「それは、良くないことですか?」

「個人的な事情です。少なくとも、融通はききます。ですが……。まあよろしい」

「ああ。お兄ちゃんの部隊ね」


 整備用端末で部隊情報を調べたイスラが口にすると、タマキは声も無く頷く。

 ここに来て、ツバキ小隊はタマキの兄である、カサネ率いる独立大隊の所属となった。

 ナツコはそれは嬉しいことでは無いのかと思ったが、どうもそうではなさそうだった。


「どうあれ、辞令を受けた以上従うしかありません。

 これよりツバキ小隊は、レインウェル基地北東、山岳地帯に布陣。東部山道方面を警戒しつつ、重砲による海岸線への砲撃支援任務につきます。各員、拠点の移動準備を」


 ナツコは敬礼して返事をすると、即座に拠点の撤収準備を開始した。


          ◇    ◇    ◇


 新しい拠点は山の中。帝国軍の進軍が予想される山道を睨む位置でありながら、もう1つの予想進軍経路である海岸線へと射線も通るという立地であった。

 レインウェル基地からは北東におよそ35キロ離れていて、しばらくは温かいご飯もシャワーもお預けであった。


 ツバキ小隊の所有する大型トレーラーは山の中まで進めなかったため、途中の統合軍掩体壕に隠させて貰い、そこから先は〈音止〉と〈R3〉で行軍した。

 テントや食料、飲料水を積めるだけ積んで、布陣予定地まで移動。

 重くてかさばる物はほとんど〈音止〉に積んだため、歩兵の負担はそこまで大きくなかった。ただ〈音止〉は輸送機じゃないと、整備士は不機嫌そうであった。


 布陣予定地に到着すると、山の斜面。木々に隠れるような場所にテントを設営。このあたりは対空防備が完璧ではなく、無人偵察機に見られる可能性があるためわざわざ森に拠点を構えた。

 ひとまず拠点が完成すると、タマキは大隊長へと布陣完了の通知をする。大隊長もツバキ小隊が編入されることには驚いていたようで、タマキの扱いをどうするかは決めかねているようだった。


 布陣完了すると、残りの物資を運ぶためタマキと護衛のフィーリュシカを残して、他の隊員は前線の補給基地へ向かう。

 エネルギーパックに、予備弾薬。戦闘のための備えが必要だ。それに、海岸線への砲撃支援のための重砲が必要だった。そのままは運べないので、分解して運ぶ。


 重い物は〈音止〉に積み、歩兵でも持てる物は〈R3〉に積む。積みきれなかった物は、もう1往復するしかなかった。

 しかし所属大隊長が融通を利かせてくれたのか、空輸してくれる運びとなった。

 もう日が暮れそうな時刻であったが大型ヘリが出される。


 暗がりの拠点で、照明灯をたいてヘリを誘導すると、重砲の残りの部品と、弾薬ケースを受け取った。

 タマキはヘリの操縦者へ礼を言って、ツバキ小隊も飛び去っていくヘリへと手を振って送った。


 既に日が暮れていたが、その日のうちに重砲を完成させなければならないとタマキは重砲陣地の設営を命じる。

 人手が足りないのでタマキもスコップを手に、重砲設置用の土地を作り始めた。


「組み立ては技術者に任せます。他の皆さんは肉体労働です」


 タマキ自らスコップを手にしたとあっては、ナツコに拒否権は存在しなかった。

 それでも〈R3〉を装備していることから肉体労働はそんなに苦では無い。木の根を切るのには手を焼いたが、近接戦闘用のハンドアクスを使うと簡単に切れることを知ってからは作業も捗った。


 地面を掘って平らにし、崩れないようにしっかり固める。同時進行で重砲と自分たちを守るための土嚢を作成。

 余裕があれば立体障害を受領してきましょうとタマキは口にしていたが、少なくとも星明かりしか無い真夜中になってしまったので今日中には無理そうだった。


「少尉さんよろしいですか?」


 地面を固めていたタマキへと、重砲の組み立て手順書を持ったカリラが声をかける。


「はい、どうしました?」


 タマキが手を止めて尋ねると、カリラは手順書のタイトルを示す。


「こちらの重砲、カノン砲となっていますけれどこれでよろしいのですか? この仰角で撃ちますと、砂浜にオブジェを作成する羽目になりますけれど」


 タマキは「カノン砲?」と口にして、差し出された手順書をよく読み込んだ。

 それから少し待っていてと告げて、テント内へ入っていく。

 しばらくテントの中からタマキの声が響いていたが、一通り苦情を述べ終えたのか、しかしそれでもすっきりしない表情のタマキが出てきた。


「大隊長に確認をとりましたが、榴弾砲は統合軍に優先配備されたためもう存在しないそうです。ここから海岸までは30キロ以上ありますし、カノン砲が最適だろうとの説明です」

「存在しない物はしかたがありませんわ。ところで、弾薬も尖鋭弾しか存在しないのです?」

「せん――なんですって?」

「尖鋭弾です。長距離射撃用の榴弾ですけれど、この距離でこの仰角ですから、砂浜に着弾しますと爆発せずに突き刺さりますわ」


 タマキはもう一度通信機に向かって叫びたい衝動を抑えながらも、冷静に応える。


「恐らく、それしか無かったのでしょうね。そんなものでも、奇跡的に1発くらい命中弾が出るかも知れない、程度の期待しかされていないのでしょう」

「悲しくなりますけれど、仕方が無いですわね。そろそろ土台の準備は良さそうなので組み立て始めたほうがよろしいですか?」

「ええ、お願いします」


 タマキが力なく答えると、カリラはイスラとユイの元へ戻ってそのまま組み立てましょうと告げた。

 夜遅くまで作業は続き、カノン砲は無事に完成し、その長大な砲身を海岸線へ向けた。

 わざわざ遠くの木から折ってきた枝と偽装網をかけてカノン砲を隠すと、同じようにして〈音止〉も隠す。


 この日の作業はこれまでとし、全員〈R3〉の装備を解除するとテントに入った。


「お疲れ様。明日は歩兵用の陣地を造ります。後方拠点なので直ぐに使うことにはならないでしょうが、攻勢が始まればこの辺りまで侵出されるでしょうから」


 タマキは告げて、制服の上着を脱いだ。

 9人で使うには狭いテント内は、エネルギー転換式の暖房によって暖まっていた。

 ナツコもそのままだと汗をかくほどなので、上着を脱いで自分のカバンにしまい込む。

 それを見たサネルマが暖房を弱めて、寝袋を用意し始めた。既に時刻は11時をまわっていた。


「ありがとうございます、サネルマさん」

「副隊長ですからね」


 自慢げに胸を張るサネルマは、隊員達に寝袋を配り終えると、いの一番にそれに潜り込んだ。


「自分が寝たかっただけか」


 イスラが呆れてみせるがサネルマは「もう消灯時間過ぎてますから」と反論する。

 それもそうだと、ナツコも寝袋にくるまった。タマキはまだランタンの明かりで作業を続けていたが、もう遅いので構わず寝て下さいと、明かりを弱める。


 拠点の移動に、カノン砲の設置にと、いつもより肉体労働の多かったナツコは、寝袋にくるまっていると途端に眠気に襲われた。


 明日は、統合歴20年最後の日。明後日は年明け。そこから統合歴21年が始まる。

 いつもみたいな新年のお祭りは期待できそうにはないけれど、ちょっとばかし新しい年に胸を弾ませながら、ナツコは眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る