第109話 年明け

 翌朝は前日のタマキの宣言通り、歩兵用陣地の構築を行った。

 その最中にもタマキは大隊長宛の通信を入れていたが、折り合いはつかなかったらしい。


「ツバキ小隊の配置は上からの指示だそうで」

「上って、どの上です?」


 恐れを知らないナツコは未だ怒りさめやらぬタマキに対して尋ねたが、タマキは大きくため息をついてから答えた。


「軍隊では良くあることです。独立大隊といえど所属する基地があり集団があるのですから。どこから出てきた話なのかは分かりませんが、義勇軍には榴弾砲はもったいないだの、通常榴弾はもったいないだの、下らないお節介を焼くお偉いさんも存在してしまうわけです」

「――でも、カノン砲でも、直接当てれば強いですよね! 私、最近弾道学の勉強をしたんです! カノン砲は高初速、低仰角で長距離射撃が出来るんですよね! この200ミリ砲なら30キロ先の海岸まで届きますよ!」


 ナツコは真面目に語ったつもりであったがタマキはまたしてもため息をつく。


「ナツコさんの言うとおり、当てられるのならば強いですよ。尖鋭弾は有効射程も30キロ以上ありますからね。ですが海岸に現れるのは移動する敵です。30キロ先からではいくら狙いをつけて撃ったところで当りはしません。勉強したなら、ここから海岸まで砲弾が届くのにどれほどの時間を要するかも計算できるでしょう?」


 標準的な砲弾を用いた場合の目的地までの砲弾到着時間を計算したナツコは、手を打って頷いた。


「なるほど! 言われてみれば、当たりそうも無いです!」


 ナツコはタマキの知恵に感服した。流石はツバキ小隊を率いてくれていることはある。

 しかし、となるとどうしても分からないことがあって尋ねる。


「あの、でしたら、何故この場所にカノン砲を? もう少し近くに設置すれば直接照準出来ますし、仰角がつけば砂浜に砲弾を突き刺してオブジェを作成することも無くなると思うんです」


 至極真っ当な意見だったのだが、だからこそタマキは言葉を濁した。


「砂浜にオブジェを作成するのも、立派な仕事ですよ」

「はあ、そうですか。そうですか?」


 聞き直したが答えは貰えなかった。

 タマキは野戦陣地構築のために指示を出しに向かい、ナツコに対しても手を動かすように言いつけた。

 仕事をさぼっていたとなれば食事を抜かれかねないので、もやもやする気持ちを振り払ってナツコは返事と共に作業に戻った。


          ◇    ◇    ◇


 野戦陣地が完成し、ツバキ小隊の拠点はそれなりの見栄えにはなった。

 内容は簡素な塹壕と土嚢という至極シンプルなものだが、塹壕には重装機でも身を隠せるし、土を積めて固めた土嚢は、12.7ミリ機銃でもしっかり受け止めてくれる。


 山道方面への防備を固めると、続いてカノン砲の取り扱いを学ぶ。

 使い方を記した教習書を全員の端末へ転送し、それを元に発射手順を確認。

 ツバキ小隊に割り当てられた弾頭は全て尖鋭弾なので弾種選択の必要は無し。

 薬莢は液体装薬で、使用時には2つのタンクをカノン砲に繋いでやれば、後は火器管制が勝手に必要な量を充塡してくれる。


「これは何です?」


 ナツコが最後に余ったタンクを示す。タンクを設置する場所があるのだが、中身は空だった。


「着弾したときに色のついた煙を出すための薬剤タンクですわ」


 近くに居たカリラが答える。これ幸いとナツコは重ねて尋ねた。


「へえ。何のためです?」

「誰が撃った弾が命中したのか分かりやすくするため。――ですけれど、海岸に帝国軍が押し寄せたとなればそれこそ統合軍は必死に榴弾砲を撃つでしょうから、数が多すぎて色をつけたところで分かりっこありませんわ。そもそも砂浜に突き刺されば起爆されないのですから煙も出ませんし」


 最後の方はこんな位置にカノン砲を設置させられたことに対する当てつけだったが、ナツコはそこまで話を聞いてはいなかった。


「わあ! それはいいですね! ここは是非ハツキ色を採用しましょう」

「人の話、聞いていました?」

「カリラさん! どうやって色を作るんですか?」

「聞いてないですわね。少尉さんの許可を貰ってきますから、そちらのボトル出して準備しておいて下さい」


 カリラはタマキの元へと是非を仰ぎに向かった。

 そうしている間にも、サネルマがこれは面白そうだと、早速ナツコの案に乗っかってボトルの準備を始めた。


「着弾観測用の着色料ですか。必要性を感じませんが――」

「是非やりましょう!」

「賛成です!」


 はしゃぐナツコとサネルマを見て、タマキはため息をつく。それからカリラへ尋ねた。


「射撃に影響は?」

「事前に準備してさえおけば、後は勝手にやってくれますから影響はないはずですわ」

「でしたら良いでしょう」


 使用禁止にしてはしゃぐ2人の気分を落とすのと、許可を出してお調子者を2人産み出すのを天秤にかけて、タマキは後者を選んだ。

 どっちにしろ面倒そうなので、叱りつけて解決できる方が楽だと判断したのだ。

 遠くでやりとりを聞いていたナツコはサネルマと共に歓喜の声を上げた。


「やった! ありがとうございます、タマキ隊長!」

「ただし、カノン砲の扱いをしっかり学んでからです。それさえ約束して貰えるのなら、そのタンクは好きにして構いません」

「もちろんです! 頑張って勉強します!」

「不肖サネルマ・ベリクヴィスト、習熟に努めます!」


 2人は教習書を開いた端末を手に、カノン砲の装弾機構の確認へ向かった。


 その背中を見つめて、タマキはため息と共に呟く。


「ま、やる気になってくれたのでいいでしょう。カリラさん、2人がはしゃぎすぎないように監督を」

「それは少尉さんのお仕事では――。いえ、承りましたわ。わたくしにお任せ下さい」


          ◇    ◇    ◇


 カノン砲の扱いについては1通り確認を行った。実射については統合軍から許可が得られなかったことと、余剰の砲弾がないことから見送った。

 着弾観測用の薬剤タンクは、カリラ指導の下でナツコとサネルマがハツキ色になるよう合成を行った。こちらもテストは出来なかったが、データ通りに作成したので大丈夫だろうとした。


 拠点からは海岸の様子が分からないため、着弾観測地点を海岸沿いに存在する山の斜面に置くことにした。

 ツバキ小隊の拠点からは山を2つ越えないといけないため、着弾観測要員はリルとして、有事の際は飛行偵察機で移動することとなった。

 非力な飛行偵察機では観測装置を全て積みきれないので、先に観測地点へと装備を運び込んで、ツバキ小隊の仮設拠点をつくっておく。


 そうこうしているうちに夜は更け、観測用仮設拠点から全員が戻る頃には、日付が変わろうとしていた。

 今日は統合歴20年最後の日。

 年明けの瞬間が迫り、それを外で迎えようと隊員はカノン砲陣地にシートを引いた。


「もう今年もおしまいですね」

「早いもんだなあ。特に秋から先はあっという間だった」


 ナツコの言葉にイスラが応える。

 本当に、秋にハツキ島へ帝国軍が降下して以来、時が流れるのはあっという間だった。


「来年の年明けは、ハツキ島で迎えられると良いですね」


 ナツコは口にして、今はすっかり遠くなってしまったハツキ島へと手を伸ばす。


「そのためにもこの戦いは絶対勝たないとな。策はあるんだろう? 少尉殿」

「砂浜に不発弾を埋め込む策ですか?」

「まだ気にしてたのか」


 タマキは言ってから大人げない発言だったと後悔して、趣旨を切り替えて返す。


「そもそも、今のように戦力バランスが帝国軍側に大きく傾いているような状況では、わたしたちのような小部隊の戦術行動など取るに足らない物です。

 相手が大軍を動員して攻勢を仕掛けてくる以上、統合軍としても大軍を持って迎え撃つしかありません。そこに小部隊の策が入り込む隙はほとんどないのです。大軍の一部となって、言われた通り手を動かすほかありません」


 その説明に、イスラはすかさず口を挟む。


「その結果、砂浜に不発弾を埋め込むことになっても?」

「当然です」


 タマキはそうきっぱりと言い切った。

 撃てと言われたら、それがどんなに滑稽な結果を生むと分かっていても撃たなければいけない。

 もしかしたら直撃するかも知れないし、もしかしたら不発弾が戦後、不発弾処理の仕事となって誰かの人生を支えるかも知れない。


「結局は、帝国軍の出方次第ですけどね」

「違いないね。山から来るか海岸から来るか。それすら分かったもんじゃないし」


 イスラは返答すると大きく伸びをして、手元の個人用端末を見る。

 年明けまで、あと1分を切っていた。


「もう少しで年明けだ」

「あ、ホントです! この時計って、あってますよね」


 ナツコも個人用端末を確かめた。

 端末は統合軍のシステムとリンクされているので、時刻は極めて正確であった。


「ハツキ島では年明けに花火を上げるんですよ」

「そうなんですか。賑やかそうですね」

「ええ、それはもう、お祭り騒ぎで」


 ハツキ島での年明けを思い出して、少し故郷が恋しくなってしまった。

 そんなナツコをからかうようイスラがカノン砲を示す。


「代わりにこれでも撃つか? 花火より数倍派手だぜ」

「馬鹿言ってないで。後方とは言え戦地です。爆竹はおろかクラッカーも禁止です」


 タマキはクラッカーの準備をしていたサネルマに釘を刺すようにそう言った。サネルマはそれを受けてそそくさと片付ける。


「あと10秒」


 イスラが年明けまでの時間を告げると、皆、個人用端末の時計に集中した。

 刻一刻と時は過ぎ、いよいよ、日付が変わった。


「新年、おめでとうございます」


 誰からともなく新年の祝いを口にする。

 同時に、静かだった山の中に遠くからクラッカーや爆竹の音が響き、タマキは眉をひそめた。最近の統合軍兵士は規律がなっていない等と口にしながらも、新年くらい仕方が無いかとため息をつく。

 兵士にだって息抜きは必要だ。特に負け続けで、どうしようもない戦争に赴く兵士達には。


 サネルマが先ほどクラッカーをしまったカバンから、紙袋を取り出してクッキーを配る。


「本当はケーキが良かったんですけど、調達できなくて。……冷蔵庫も必要になりますし」

「ありがとうございますサネルマさん! 流石副隊長、気が利きますね!」


 ナツコは礼を言ってクッキーを受け取った。

 しばらく甘い物を口にしていなかったので、砂糖をふんだんに使ったクッキーは脳が溶けるかと思うほどだった。


「新年は無礼講だよな、タマちゃん」

「あなたはいつでもそうでしょうが」


 イスラの言葉にタマキは怒りながらも、それ以上は追求しない。

 お許しが出たことにイスラはにっと笑って、カリラへと目配せする。カリラは用意していたコップを全員に配り、飲み物の瓶を取り出した。


「わあ! ジュースなんてよく調達できましたね!」

「全てお姉様のおかげですわ。精々感謝なさいな」

「はい! ありがとうございます! イスラさん!」


 なかなかお目にかかれない瓶入りジュースにナツコは目を輝かせた。

 イスラは「こんな時ばっか調子良いんだから名誉隊長は」とナツコをからかうが、そんなこと気にならないくらい嬉しかった。


「どうぞ、お姉様」


 カリラがイスラのコップへと飲料を注ごうとする。しかしその瓶をタマキが止めた。


「ジュースでしょうね」

「当然ですわ」

「貸しなさい」


 有無を言わさずひったくるようにタマキはその瓶をとった。そして瓶の口に鼻を近づけ臭いをかぎ、鼻腔を刺激するアルコールの香りに眉をひそめた。


「ジュース、ですよね?」

「多少のアルコールが入っていることは認めますわ」

「まあまあ。新年に酒なしなんてあり得ないぜ」


 悪びれないイスラとカリラの様子にタマキは深くため息をついて、瓶をカリラへと返す。


「1杯までです。良いですね」

「さっすがタマちゃん、話が分かる!」

「お優しい少尉さんに感謝いたしますわ! 1杯どうです?」


 タマキは首を横に振って否定して、代わりにサネルマからジンジャエールの瓶を受け取った。


「作戦行動待機中に隊長が飲酒できるわけないでしょう」


 断られたカリラはイスラのコップへとアルコールを注ぎ、その瓶をイスラが受け取るとカリラのコップへと注いだ。


「トーコちゃんは飲むかい?」

「残念。刺激物止められてるの」


 トーコが残念そうに答えると、サネルマはジンジャエールの瓶を手渡そうとしたが、ショウガも駄目だろうと首を横に振った。

 ここぞとばかりにナツコは自分が手にしていたオレンジジュースの瓶を差し出して、トーコのコップに注ぐ。


「サネルマ副隊長は?」

「宗教的にアルコール駄目なんですよねー」

「宗教じゃ仕方が無い。名誉隊長は?」


 ナツコは問われて、オレンジジュースの入ったコップを見せて答える。


「私、お酒飲むと駄目なんです。甘いジュースみたいなリキュールでも酔ってしまって……」

「強要は禁止ですからね」


 タマキが釘を刺すとイスラは諦めて、リルへと瓶の口を向ける。


「リルちゃんは――おっと、17歳だった。あと1年お預けだな」

「いちいちからかって貰わなくて結構」


 ぷいと視線を逸らして、リルはサネルマからジンジャエールを受け取る。


「あらまつれないね。フィー様は飲むか?」

「必要無い」


 フィーリュシカは素っ気なく答えて、コップには自分で炭酸水を注いでいた。

 強要は駄目と言われている手前無理に勧められず、イスラは仕方なく最後の隊員へと瓶を向けた。


「ユイちゃんは――そういやあんた何歳だ?」

「関係ない。アルコールなんてのはバカの飲み物だ」


 きっぱり断ったユイは、ナツコへ向けてそれをよこせと催促する。

 ナツコは2つ返事で応えてオレンジジュースを注いだが、その隣でトーコは呟くように「人に物を頼む態度じゃない」と口にしてユイを睨んだ。


「折角調達した上物なのに。まあいいさ、全員飲み物も揃ったし、乾杯しよう」


 イスラがコップを高く掲げると、他の隊員もそれにならった。ユイやリルも、面倒臭そうにしながらも参加した。


「新しい年、統合歴21年に」


 イスラが口火を切ると、それぞれが続くようにかけ声をかける。


「統合人類政府に」「義勇軍に」「お姉様に」「ツバキ小隊に」「宇宙平和に」「命あるものに」「法と秩序に」「ハツキ島に」


「「「乾杯!」」」


 全員コップを更に高く掲げた。

 乾杯の挨拶が済むとそれぞれ飲み物に口をつけ始める。


「それで、隊長殿から一言頂いてもよろしいでしょうか?」


 妙にへりくだった物言いでイスラが尋ねると、タマキはため息半分に答えた。


「年が明けようが、わたしたちの立場は変わりません。

 ハツキ島義勇軍として、為すべき事を為すために誠心誠意尽くして行きますので、規律を乱す等の行為でその邪魔をしないように。特にイスラ・アスケーグ。よろしいですね」

「新年の挨拶の場で個人攻撃は大人げなくない?」


 個人名を出されたイスラは反論したが、タマキはまるで相手にせず続ける。


「わたしたちの目的は、ハツキ島を奪還することです。その目的を果たせるよう、わたしも全力を尽くします。ですから、頼りない若輩者の隊長ですが、今後ともよろしくお願いします」


 タマキが深く頭を下げると、隊員は拍手で応えた。


「タマキ隊長! こちらこそ今年もよろしくお願いします! 絶対、ハツキ島を取り戻しましょうね!」


 ナツコが目を輝かせてそう意気込むと、タマキも笑顔を作って頷く。


「ええ。きっと」


 遠くの方で爆発音が響く。

 タマキはまだ騒いでる統合軍兵士が居るのかと呆れて、便乗してクラッカーを取り出したサネルマを咎めた。


「一体何を考えているのだか」

「なーんにも考えてないんだろ? お、花火が上がったぞ」


 イスラの指さす先で、空に打ち上げられた砲弾が爆発した。

 高射砲弾の炸裂だ。

 綺麗とは言いがたいが、迫力だけは花火顔負けだった。


 しかし何かがおかしいとタマキは士官用端末を取り出す。

 同時に、全員の端末がアラートを発した。


「――帝国軍が攻勢を開始。山道、海岸共に、侵攻を始めています! 宴会は中止! 各員、緊急戦闘配備!」


 タマキは叫び、隊員達も飲みかけのジュースを飲み干すと、即座に行動を開始した。

 戦闘前にアルコールを飲み干すわけには行かないイスラとカリラは、惜しみつつも飲みかけのそれを地面に捨てた。


「酷い新年もあったもんだ」

「花火だけは、いつも以上に上がりそうですわ」

「馬鹿言ってない。既に戦闘は始まっています。急いで!」


 タマキの叱責を受けて、イスラとカリラもテント脇の〈R3〉装着装置へと急いだ。


 こうして統合歴21年。レインウェル基地前線において、帝国軍の新年攻勢が開始された。

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