第107話 レインウェル基地戦況報告


 面会に訪れたツバキ小隊の隊員達へトーコは心配をかけたことを詫びる。

 隊員はトーコが無事だったことを祝って祝賀会を始めようとしたので、タマキが止めさせた。

 首謀者のイスラとカリラ、サネルマがおしかりを受けている間に、トーコはリハビリ施設へ向かう。ナツコとフィーリュシカも同行したが、リルは他にタマキから言いつけられた命令があるとかで別行動をとった。


 トーコの具合は問題無く、歩行も既にシャワー室まで1人で行って帰ってこれるくらいには歩けた。指先の細かい動きも、体を動かして頭がはっきりしてくると何てことは無くしっかり動いた。

 その動作の正確さと来たらナツコ以上のもので、補助についていたナツコは肩を落とす。


「役に立てると思ったんですけどね……」

「問題無いなら、問題無い方が良いでしょ」

「そうですね。トーコさんが元気なのが何よりです」


 残念に思いながらもナツコは笑顔を作る。

 トーコのリハビリは順調も順調で、折角借りた施設も必要無いくらいだった。


「そういえばナツコ。私の頭のこと、処置したのはユイって聞いたけど本当?」


 唐突にトーコが切り出した問いかけに、ナツコは過去を思い出すようにして頭を悩ませ、頷いた。


「はい、そうです。退却途中にレイタムリットの野戦病院で」

「そうなんだ。内容ってきいてる?」

「いえ内容は秘密だとかなんとか。それまで私が看病についていたんですが、邪魔だから出て行けって。――あ、でもフィーちゃんが助手につきました」

「フィーが?」


 トーコの視線がフィーリュシカの方向へ向いた。

 フィーリュシカは事実を認めるように頷く。


「助手についたのは事実」

「処置内容は? ユイと一緒に居たんだよね?」


 その質問にはフィーリュシカは首を横に振って、無感情な瞳をトーコへ向けたまま淡々と応える。


「処置内容は一切追求しないとユイと隊長殿の間で約束が交わされた。自分にもそれを守る義務がある」

「ユイに対する追求は禁止でしょ? 私はフィーに尋ねているの」

「内容について明かすことは出来ない」


 感情の存在しないフィーリュシカの瞳を見つめて情に訴えてみるも、トーコの努力は徒労に終わった。


「ねえナツコ。ナツコから頼んだら、フィーは話してくれる?」

「無理です。フィーちゃんは絶対に命令を守ります」

「だよね」


 当てが外れたトーコに対してナツコは慰めの言葉をかけて、今はリハビリに集中しましょうと話題を切り替える。

 トーコもそれに応え、今は目の前のことに専念した。


          ◇    ◇    ◇


 使用許可が取れたとかで、遅い時間ながら衛生部の食堂に集まって昼食とした。

 リルとユイだけは別行動だったが、何をしているかタマキは触れなかった。


 ナツコもそれより久しぶりの温かい食事の方に夢中であった。

 衛生部の中でも医療科の食堂と言うことで基本は病人向けの場所だ。そのせいか味は薄く、噛みやすいように材料も工夫されていて、食べ応えは全くなかったが、それでも生ぬるい程度とは言え冷たくないだけ十分マシであった。


「調理器具って支給されないんですか? この間近くの統合軍の人が、野外で料理してるの見ました」


 ナツコの問いかけに、タマキは首を横に振る。


「支給はされないでしょうね。義勇軍の装備は基本的には自己調達ですから」


 きっぱり断られたがナツコは諦めず、サネルマに頼む。


「サネルマさん、調達できませんか」

「いやあ厳しいよ。義援金は制服と旗に使っちゃったから」

「むむむ」


 むくれては見せたが、ナツコだってツバキ小隊の懐事情がよろしくないことは分かっていた。

 欲しい物があったら、隊員みんなでお金を出し合って買うしか無いのだ。

 しかし野戦調理具となると、今は手に入らないだろうということも理解出来た。


 デイン・ミッドフェルド基地の陥落を受けて、レイタムリット、ボーデン、ソウムの3基地も放棄。一斉に退却した統合軍兵士は、レインウェル基地と首都になだれ込んだ。

 当然、それだけの人数を急遽受け入れ可能な設備が整っているはずも無く、そのほとんどがツバキ小隊のように野外拠点を構えている。

 早々に退却できたツバキ小隊はちゃんとしたテントがあるだけまだマシな方で、後からやってきた部隊は洞窟を拠点としたり、山を切り開いて拠点を自作したりしなければならないような状況だった。

 そんな状況にあって野戦調理具はどの部隊も喉から手が出るほど欲しい品であり、早々に配給は途絶え、今となってはいくらお金を積んだところで手に入りはしない。


「たき火でもしたらいかがです?」

「レインウェル周辺がはげ山になりかねないので駄目です」


 しょげるナツコへとカリラが提案したものの、速攻でタマキによって却下される。タマキは更に全員が食事を終えていることを確認すると、机の真ん中を空けさせてそこに士官用端末を置いた。


「トーコさんも退院したので戦況を報告しておきます。一応、他言無用と言うことでお願いします」


 ナツコはそれに頷いた。

 衛生部の食堂は時間が遅いこともあって人はまばらで、ツバキ小隊の周囲は閑散としていた。タマキは声のトーンに気を付けつつ、地図を表示して戦況報告を始める。


「ここがレインウェル基地。保有兵力は機密なので詳しい数字はわたしも知りません。

 ツバキ小隊の拠点はこちら。レインウェル基地東部外壁から北東に12キロ。標高870メートル程の山の麓です。

 見ての通り、この山は海岸から距離が無いにも関わらず標高が高いです。レインウェル・レイタムリット間の海岸線はみなこのような地形で、海岸線から幅の広い砂浜を経て、切り立った崖と山といった具合に変化に富んでいます」


 表示された地形図は起伏に富み、海から砂浜を経て、そこからは崖と山。山は連なり、標高2000~3000メートル級のトトミ大山脈へと続いていく。


「まさに天然の要害って訳だ」


 イスラの言葉にタマキは頷く。


「その通り。トトミ中央大陸はこのような地形が多いですが、レインウェルは特にそれが顕著です。首都防衛の拠点として、レインウェル基地がここに建設されたのもこの守りに適した地形からです。

 続いて帝国軍側の陣容ですが――」


 タマキの操作で地図が移動し、レイタムリット周辺が表示される。


「帝国軍はレイタムリット基地の南西。川の東側に攻勢拠点を構えています」

「あれ、そういうのって相手の拠点側に建てません?」


 手を上げて尋ねたのはサネルマだ。タマキは頷いて答える。


「わざわざ攻めるのに川を越えるのは不便ですからね。ですが、この川はトトミ中央大陸随一の急流です。橋も全て爆破処理されたので、橋の建設のために前線拠点を構えたものが、そのままなし崩し的に用いられているようです。

 攻勢に不便でも、守るのにはこちらのほうが良いという考え方もあります。帝国軍が守勢に立つことを考慮しているとは考えにくいですけどね」


 説明にサネルマはなるほど、と頷いて納得する。


「既に橋は完成。帝国軍は川を越えて進出しています。前線基地は海岸線沿い、主要道路と鉄道の交差していた地点に1つ。山間部、高規格道路跡地であり輸送拠点のあった場所に1つ。

 大規模な基地はこの2つですが、これを中心に侵出を続け、いくつもの拠点を築いています」


 地図上には無数の赤い点が表示され、それらが全て帝国軍の物であると注釈が加えられた。

 あまりの帝国軍の侵出の早さにナツコは息を呑む。


「もう、こんな近くまで来ているんですね」

「危機感が伝わってくれたのなら大変よろしい。問題はここから先、帝国軍がどう出るか。情報部によると、帝国軍は前線2基地に部隊を集結させ、大規模攻勢の準備をしているようです」


 基地に集結している部隊と、既に前線に進出し拠点を構えている部隊を併せればレインウェル基地を陥落させるには十分だと判断しているのであろうとの予想であった。


「予想される侵出ルートは2つ。山間部、高規格道路跡地を進むルート。道路もトンネルも爆破処理がされていますが、工事用車両を通した跡がいまだ残っているので進軍は可能だとのことです。

 もう1つは海岸線、砂浜を進むルート。遮蔽物が無く足下も悪いですが、レインウェル基地までは最短ルートで、幅も広いため大軍の動員も可能です。

 皆さん、何か意見はありますか?」


 示された2つのルートを見て、ナツコは頭を悩ませてみる。

 自分だったらどうするか。

 最近やった山間部の行軍訓練では、整備されていない山道を進むのが大変だと言うことを嫌と言うほど分からされた。

 かといって砂浜を進むかと言われると、こちらも遮蔽物の無い場所に身をさらす危険性はデイン・ミッドフェルド基地で嫌と言うほど分からされた。

 だからどちらも選ぶことが出来なかった。

 山を行けば、どこから攻撃されるか分からない状態で進むことになるし、砂浜を行けば、常に攻撃されている状態で進むことになる。どちらか選べと言われて、簡単に選べる物では無い。


「海の可能性は?」


 最初に口を開いたのはイスラだった。

 確かに、レインウェル基地は港を持つし、それはレイタムリット基地も同じ。帝国軍も海上船を運用することが可能だ。

 そういう考え方もあったかとナツコは感心した。


「海上戦力に置いて統合軍は帝国軍を上回っていました」

「いました?」


 タマキの不思議な言いようにイスラが口を挟むと、タマキはそれを咎めるでも無く説明する。


「どうも帝国軍は小型の潜水艦を集中運用して、統合軍艦船に対して攻撃を仕掛けているようです。潜水艦はソナーで探知できないほど小型で、攻撃も低威力魚雷なので沈みはしないのですが、修理には入らざるを得ないため海上戦力が減っている状態です」

「ってことは海から来る可能性もあるってことだな?」

「否定はしません。しませんが――」


 タマキはトトミ中央大陸東部の画像に、帝国軍の海上戦力予想数値を重ね合わせて表示させた。


「潜水艦の拠点となっているのはボーデン基地です。それ以外の帝国軍艦船。巡洋艦や高速艇は、東岸部ハイゼ・ミーアとハツキ島に集中しています。帝国軍にとってここはハツキ島に降下させた物資を中央大陸へ輸送する最重要ルートなので防御を固めているのだと考えられます。

 陸上輸送可能な小型潜水艦を除いては、帝国軍艦船がトトミ大半島の最南端より西側で確認された例はまだありません」


 イスラは頷いて見せたが、タマキの言葉の中に違和感を感じて尋ねる。


「帝国軍はまだハツキ島から物資を輸送してるのか? ハイゼ・ミーアに直接下ろしたらいいのに」

「トトミ大半島の対宙砲はまだ機能していますからね」

「なるほど。――いや待て。トトミ大半島って補給はどうしてるんだ?」


 イスラの疑問も当然だった。トトミ大半島の東側、ハイゼ・ミーア基地は落とされ、西側のボーデン基地も落とされている。

 帝国軍はボーデン基地を拠点に小型潜水艦による襲撃を繰り返しており海上輸送も困難とくれば、補給方法は残されていない。


「補給は空輸のみです。それもごく少量を不定期に。トトミ大半島に残った部隊は良くやっています。が、それも時間の問題でしょうね。帝国軍が真面目に対宙砲の無力化を考えれば、密林地帯を焼き払って進軍してくるでしょう。そのとき為す術は――出来ることは限られるでしょうね」


 タマキは最後言葉を選んだが、そうなったとき残っていた部隊がどうなるかは考えるまでも無いことだ。それでも少なくとも今は、対宙砲はトトミ大半島の残存部隊によって運用されており、帝国軍は間違ってもトトミ中央大陸東部には降下艇を降ろせない。


「輸送艦もトトミ大半島を越えていないということは、内海を横断して西部地域に強襲をかける可能性も無いと考えてもいいですか?」


 今度問いかけたのはトーコだった。


「そう考えていいと思います。ボーデン基地にはまだ輸送船の配備は確認されていません。大軍を海上輸送するとなればそれなりの準備が必要になるでしょう」


 トーコはタマキの言葉を受けて頷く。

 首都強襲も、中央大陸西部への強襲も今のところは考えられなそうだった。


「となると、やはり最初に示した2つのルートしか考えられないでしょうね」

「トトミ大山脈って、越えられないんですよね?」


 ナツコがトーコの言葉に対して尋ねた。

 先日トトミ大山脈を越えることは難しいと説明を受けていたが、確認のために尋ねたのだ。応じるようにトーコが答え、タマキもそれは難しいだろうとの意見を示した。


「それでも、やりかねないのが帝国軍ですけどね。戦況報告はここまでです。既に前線に帝国軍が侵出している以上、後方拠点とはいえ戦闘に巻き込まれる可能性は存在します。各員、注意を怠らないように」


 タマキは説明を終えると士官用端末を片付けて、食事の終わりを告げる。

 解散となり、各員食器を片付けに向かう。

 全員が席を立つのを待っていたタマキへと、トーコが尋ねた。


「〈音止〉の調整は何時になりますか?」

「気が早いです。今はリハビリに専念して下さい」

「見ての通り、もういつも通りです」

「そうだとしても、整備士が居ませんから」


 そう言われてはトーコにはどうしようもない。

 〈音止〉の調整を出来るのは、宇宙でただ1人、ユイだけなのだ。


「そういえば、ユイは何処に?」

「リルさんと酔い止めの訓練。恐らく無事では済みませんから、今日の調整は諦めた方が良いですよ」


 酔い止めの訓練、となれば耐G訓練に無重力訓練。ちょっと〈音止〉に乗っていただけで嘔吐するユイがそんな訓練を受けたら、どうなるかは明らかだ。

 タマキの言葉通り、無事では済まないであろう。


「それってどんな訓練なんです?」


 2人の会話を聞きつけナツコは尋ねたのだが、揃って肩をすくめて見せられる。

 トーコはそれでも、一応の答えをくれた。


「知らない方が良い。とにかく汚い訓練だから」

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