第106話 面会

 面会の許可がようやく下りたとあって、ナツコはいち早くツバキ小隊の野営テントを飛び出すと、基地との定期便へ乗り込んだ。

 あまりに急いだものだから、他の隊員より1本早い便に間に合った。

 足並みを揃えておけば良かったと思いながらも、トーコと早く会いたいという気持ちは止められなかった。


 定期便はレインウェル基地の中央に位置する軍施設に到着し、ナツコはそこから個人用端末の地図を確認しながら衛生部の建屋へ向かう。

 建屋に入ると、衛生部所属の兵士を見つけ、声をかける。

 トーコのことを直接聞いても分からないだろうから衛生部のスーゾ中尉をたずねたところ、快く教えて貰えた。


 案内に従って衛生部衛生課、防疫担当の事務所へ赴く。受付でスーゾの名前を出すと待合室に通され、そこにスーゾがやってきた。


「久しぶりだね。リーブ基地で挨拶したとき以来かな?」

「そうですね。お久しぶりです、スーゾさん」


 挨拶を済ませると、スーゾが尋ねる。


「それで今日は何かご用? もしかして――」

「トーコさんの病室を教えてもらいに来ました」


 ナツコは笑顔で答える。

 しかしそれはスーゾの期待していた物と違ったようで、琥珀色の瞳をほんの少し陰らせながらも、スーゾは応える。


「あれ、そういうのはタマの仕事では……。まあいいけどね。面会許可は下りたんだよね?」

「はい! ちゃんと許可は貰っています!」


 個人用端末を差し出すと、スーゾは表示された面会許可を確かめて、トーコの病室位置と扉の開閉コードを送る。


「場所送ったけど自分で行ける? 案内が必要ならついて行くよ」

「大丈夫です! スーゾさんもお仕事ありますよね」

「うん、嫌って程あるんだよね。どっかのバカ大隊がウイルス性感染症流行らせちゃって、もうてんやわんや」

「ではお仕事頑張って下さい! 忙しい中わざわざ教えてくれてありがとうございました!」

「え、いやあ、忙しいからちょっと息抜きがしたかったなぁって、きいてなさそうね。行ってらっしゃい」


 お礼を言ったナツコはスーゾの言葉も聞かず、個人用端末に示されたトーコの病室へ向けて早足で歩き始めていた。

 医療科の棟へと移動し、病室の連なる区域を通り抜け、1つだけ隔離された位置にある病室。

 部屋番号を確かめて、間違いが無いことを確認すると扉を叩く。


「ちょっと待って」


 中から聞こえてきたのはトーコの声だ。

 ナツコは直ぐにでも扉を開けてしまいそうになったが、待ってと言われたので個人用端末を引っ込めた。


「どうぞ」

「失礼します」


 許可を得られたので、認証端末に個人用端末をかざして扉を開ける。

 トーコは着替え中だったようで、クローゼットの前で、ブラウスとズボン姿であった。ナツコの姿を認めると、その格好のままベッドの方へ向かい腰をかけ、手招きしてナツコを呼び寄せる。

 ナツコは誘われるがままに赴いて、ベッド脇の椅子に腰掛けた。


「ええと、面会だよね」

「はい。やっと許可が得られたので。良い香りがします。シャワー浴びてました?」

「さっきまでね。12日ぶりに浴びられた」

「それは災難でしたね」


 ナツコは答えて、言葉を詰まらせる。

 駆けつけてみたはいいが、何を話すか全く考えていなかった。それでも折角しばらくぶりに会えたのだからと、話題をみつけて話しかける。


「髪伸びました?」

「うん、自分でもさっき気がついた。散髪の許可も貰っておけばよかった」

「でも、トーコさん、伸ばしても似合うと思いますよ」

「そうはいっても仕事柄ね」


 なるほどそれもそうかと頷く。髪が長いとヘルメットをかぶる時邪魔になる。装甲騎兵の操縦にも支障をきたす部分があるのかも知れない。

 なんてことを考えていると会話が途切れてしまった。

 何か言おうとしたが、トーコの方から話を切り出す。


「心配してた?」

「当たり前です!」


 即答すると、トーコは頭を下げた。


「ごめん、心配させちゃって」

「許しません。ちゃんと説明して下さい! 何があったんですか!」


 ナツコは詰め寄ったが、トーコは首をかしげる。そんな様子に、再びナツコは声を荒げた。


「タマキ隊長は何も教えてくれないんです。だから、説明をお願いします」

「そっか。分かった」


 トーコは頷いて、話し始める。

 タマキが話をわざわざ伏せている現状を鑑みて口止めをしつつも、〈音止〉のこと、拡張脳のこと、戦闘後の症状のことを話していく。

 ナツコは最後まで大人しくトーコの言葉に耳を傾けたが、全て終わると問いかける。


「それはトーコさんじゃないといけないことですか」

「そうみたい。統合軍兵士の中で、私だけが拡張脳を使えるって」

「でも、危険なんですよね」

「うん。でも危なくない兵器なんて存在しないよ。〈R3〉だって、拳銃だって、使い方を間違えれば使用者を傷つける。〈音止〉も拡張脳もそれと一緒。ただ他よりちょっと余分に注意が必要なだけ」

「でも――」


 ナツコはトーコへと更に詰め寄る。顔を間近に寄せたが、トーコは嫌がらなかった。


「約束したはずです。トーコさんは、勝手に死のうとしたらいけないって」

「ちゃんと覚えてる。でも、ナツコのことを守るって約束もしたから。そのためには力が必要なの」


 屁理屈ですと頬を含ませたが、ナツコもあの時トーコの活躍が無ければどうなっていたのか、イスラとカリラから教えて貰っていた。

 前線から待避して、逃げる先はトトミ霊山。とても生き延びることは出来なかったであろう。

 それでも――。

 ナツコはトーコの顔を真っ直ぐ見据えて意見を述べた。


「私は、拡張脳の使用には反対です」

「そう言うだろうね。でも未熟な私がナツコを守ろうと思ったら、どうしても必要な物だから」


 2人の意見は折り合わない。

 それでも、お互いの考えを押し付けたりはしない。


「私、強くなります。トーコさんが危ない装置を使わなくても良くなるくらい」

「うん。それまでは私がナツコを守るよ。だからそのために、拡張脳を使いこなしてみせる」


 ナツコは納得できたわけでは無かったが、トーコの言葉を受け入れた。

 ただし1つだけ条件をつけて。


「トーコさん、もう、長い間心配させるようなことは無しですからね」

「分かってる。自分でも後悔してるの。もうこんなのはこれっきり。約束するよ」

「はい! 分かってくれれば、それでいいんです!」


 ナツコは満面の笑みで答えて、トーコの手をぎゅっと握った。

 トーコは照れたが、応えるように手を握り返す。でも何か気になったのか、尋ねた。


「さっきの言葉、録音しておかなくて大丈夫?」

「え? どうしてです?」

「いや、約束事を録音して証拠を残しておかなくていいのかなって」

「必要ありません。トーコさんが約束するって言ってくれたんです。私はそれだけで十分ですよ」

「そう、だよね。ありがと」


 久しぶりに真っ当な人間として扱って貰えたトーコは頬を染める。

 それからナツコの手を握ったまま、今度はトーコから顔を間近へと寄せて宣言した。


「絶対、守るから」


 それが約束のことなのか、ナツコ自身のことなのか、ナツコには判別はつかなかった。それでも頷いて応える。


「はい。お願いします」


 その瞬間「失礼します」と短い声がかけられ、病室の扉が開いた。

 やってきたのはツバキ小隊の隊員で、タマキに案内されてきたのかユイ以外は全員揃っていた。

 ナツコとトーコはくっつくくらいに顔を寄せて、胸の高さで互いの手を握っていた。トーコは上着を脱いでいて、上はブラウスだけだ。


「あら、お邪魔しちゃった? 出直した方が良さそうだぜ、少尉殿」


 イスラがからかうように口にするとタマキも首を縦に振った。


「そのようですね」

「あっ、ちょっと待って。違うから」


 トーコは引き留めようと声を発したのだが、扉は閉じ、2人だけその場に残された。


「どうしたんでしょう? トーコさんの面会に来たなら入ってきたらいいのに」

「うん。そうなんだけど。勘違いされてるよ。ちょっと呼び戻してくる」

「勘違いって、何とです? あっ、トーコさん病み上がりなんだから走っちゃ駄目です!」


 ナツコが制止したにも関わらず、トーコはベッドから降りると駆け足で病室の外へ向かってタマキたちを呼び止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る